転の巻
「ふむ。問題は主様がおるかどうか……じゃな」
有脩は多恵と別れた後、幻灯館に顔を出したのだが、目当ての人物を見つける事が出来ず自身の住まいである屋敷に戻って来ていた。店にいるだろうと言う楽観的な発想で顔を出したのだが、その目論見はいとも簡単に外れその他のあても無く残る心当たりは屋敷のみとなった為、一縷の望みを込めて戻って来たと言う訳である。
まあ、本当に他にあてが無いかと言えばそうでも無いのだが、その場所はおいそれと侵入出来る場所でも無いため、はじめから候補から外されていた。戸口を開け屋敷の屋内へと歩を進めた有脩の耳に、騒がしい声が聞こえて来た。
有脩にとってその声は聞き覚えがあり、なおかつ馴染みの声だった。
「子狐……か? ふむ、何かの起点にはなるかのう」
そう呟くと声のする方へと進路をとった。
ガヤガヤと賑わしい声の出所は裏庭。そこには自分の背丈と同じくらいの黒髪を片ポ二テにした少女と、ふわふわな金髪をした少女がメンコを叩きつけながら遊んでいた。二人に声をかけようとした瞬間、場は絶叫に包まれる。
「のーーーーーう!」
絶叫と共に金髪少女はがっくりと膝をつき、傍らでは黒髪の少女が腕を組みながら威風堂々と立っていた。
「にじゅう、二十七連敗……嘘じゃ、嘘じゃと言ってくりゃれ」
「しんじつはざんこくなんだよ」
黒髪少女の言葉に、金髪少女はピクリと体を一度震わせた後顔を上げると
「何を悟った事を言うておるのじゃ?」
「だってー。かっこいいでしょ」
「確かにカッコは良いが……お姉さまはどう思うかや?」
金髪の少女は不意に背後の有脩に言葉をかけた。
「何じゃ子狐、気づいておったのか」
「とうぜんじゃ」
そう言って金髪少女はふさふさの尻尾をブンと一振り。
金髪の少女、名を雫と言い、絶賛十三歳。白面金毛九尾の直系の姫であり、正真正銘の怪異であり、本人曰く幻灯館主人の妻である。
「そうだよー」
そしてもう一人の少女。名を加藤芽衣、忍びであった加藤段蔵の一人娘あり、現在は幻灯館主人の護衛筆頭。年は雫嬢と同じ十三歳、長い黒髪片ポ二テがチャームポイントな少女。
「それでお姉さまは何をやっておったじゃ?」
「うん、妾かへ? 妾は散歩をしておったのじゃが……」
「「じゃが?」」
有脩が言い淀むと、雫と芽衣は目ざとくそれに反応する。反応が関心を呼ぶ事もあるだろうと思い、有脩は事のあらましを二人に語って聞かせた。
「成程のう」
雫はそう言うと、脇に置いてあったポシェトの中からカードの束を取り出した。
「うん? 子狐、それは何じゃ?」
「これかや? これは店の新しい商品でのう、切り札と言う物じゃ」
雫が取り出した切り札、それは未来で言うトランプ。スペードやハートなどの記号はそのままなのだが、数字は全て漢数字に改められており、絵札も浮世絵風の物となっていた。
その中から絵札を四枚抜き取り、それを縁側に並べ残りは袖の中へ。四枚の絵札を並べた雫は、有脩に注意深く語りかけた。
「さてお姉さま、この中から一枚好きな札を選んでくりゃれ」
有脩は「ふむ」と短く返事をし、ハートの記号と女性が描かれた札を取り上げる。すかさず雫は残り三枚を手に取り再度有脩に言葉を掛ける。
「その札をよーく覚えてくりゃれ。覚えたらこの中へ」
そう言って雫は手に持つ三枚のカードを差し出した。有脩はカードをじっと見つめた後、言われたとおりにカードを戻す。一枚戻って四枚になったカードを雫は器用に切りながら
「さてお姉さまよ、今からわらわが読心の術を御見せするのじゃ」
読心、と言われ有脩と芽衣は目を合わせ?マークを浮かべる。
「つまりじゃ、今からお姉さまの選んだ札を消して見せようぞ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら雫は宣言した。そして、手にしたカードを一枚一枚縁側に並べて行く。
一枚。
一枚。
一枚。
一枚。
全てが開示された。
「どうかや?」
有脩はじっと開示された四枚のカードを見つめる。良く似たカードは一枚あった、しかし記号が違う。有脩が選んだカードは見事に消えていた。
「こ、子狐。これは一体……」
「ふふん。じゃからゆうたであろう、読心の術じゃと」
有脩は狐につままれた様な気持ちになった。
まあ、相手は九尾狐なのでまさに狐につままれているのだが。「種も仕掛けも御座いません」と雫は言うが、こんな事は妖術でも使わない限り不可能な事。有脩は仕掛けを問いただそうと試みるが、のらりくらりとどうにも要領を得なかった。そして
「真実を知りたければ我が旦那様にでも聞くが良い。離れにおるぞ」
そう言って全てのカードを有脩に渡した。有脩は首を捻りながらカードを受け取り、奥の間へと消えていった。その姿が視界から消えた時、おもむろに芽衣が口を開く。
「しずくちゃん」
「何じゃ芽衣よ」
「あれっていんちきだね」
「ふふん、やはりお主は騙せんか」
そう言って有脩が消えた場で少女二人は笑いあっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
有脩は屋敷の廊下を奥へ奥へと進む。屋敷の最奥には渡り廊下でつながった西洋風の離れが姿を見せる。それがこの屋敷の主人であり、幻灯館をまとめる主人の部屋である。
「主様、おるかえ?」
トントンと扉をノックしながら、室内に居るであろう人物に声をかける。しばしの静寂の後、室内から「はーい」と言う返事が返って来た。有脩はため息を吐きながらドアノブを捻ると室内へと歩を進める。室内には二人の人物がいた。
一人は男。背中の中ほどまである黒髪をお団子に纏め、黒の着流しに黒の羽織を纏った鋭い風貌の男。だが注目すべきはその瞳、右目は黒曜石を思わせる黒、そして左目は深海を感じさせる藍。その瞳からは全てを見透かしているかの様に感じさせられた。
もう一人は少女、年の比は十六才ぐらいだろうか、現代では、アルビノと言われる透き通る様な白い肌と紅玉の瞳を持つ少女。白髪の髪を日の光で煌かせ柔らかい物腰で有脩を向かい入れる。
男は幻灯館の主人、少女の名は平賀源内、有脩が主様と呼ぶ男と同僚の少女が部屋の内にはいた。
「あら有脩さん、ご飯ならもう食べたじゃないですか」
「腹黒白狐よ、お主は妾を何だと思うておるのじゃ?」
「腹黒とは失礼な、それでどんな楽しいお話を?」
「ふん、いつもながら感の良い事じゃな」
源内とそんな冗談を交しつつ有脩は部屋の奥へと進む。
そしておもむろに机に手を付くと
「さてと主様、答えを聞こうか。」
狐の笑みを浮かべながら言い切った。
「まだ問題を聞いてもいないんだがな。お前には俺が全知全能にでも見えているのか?」
手に持った本から視線をそらしながら、幻灯館主人は悪党の笑みで有脩に告げる。
「それでは全知全能さん問題じゃ。妖しく、謎めいて僅かな胡散臭さを醸し出す物語をの」
そう言って有脩は事のあらましを語る。
「成程、占い師ねぇ。胡散臭さしか残って無い話だな」
幻灯館主人はさも楽しそうにそう呟く。
「そしてこれじゃ」
有脩は先ほど雫から受け取ったカードを差し出す。
「子狐は見事妾の選んだ札を消し去ったのじゃが……何か妖術でも使ったのかのう」
「妖術、か」
幻灯館主人はそう言いながらカードを一枚一枚確認する。確認し終えたカードを机に置くと、幻灯館主人は口を開く
「あなたの大切な人は……しんでいませんね?」
「「は?」」
謎の問いかけに有脩、源内の両名は? な表情をするが、かまわず幻灯館主人は再度問いかける。
「あなたの大切な人は……しんでいませんね?」
これはもう答えるしかない、そう結論に至った二人は素直に返事を返す事にした。その返事は
「そうじゃな」
「何を言ってるんですか? 旦那様」
彼女達の口から出た言葉、解り易く訳せば有脩は「YES」、源内は「NO」。この返事に幻灯館主人はニヤリと悪党の笑みを浮かべると有脩に視線を向け
「まだ若かったのに残念だ」
「うむ、三十代後半じゃったな」
「ああ。それに葬儀の日は雨の降る寒い日だったな」
「何を言うておるのじゃ。父上の葬儀の日は、春うららかな日じゃったぞ」
有脩のこの言葉に幻灯館主人は左目を掌で包むように隠すと
「そうだったか? どうやら俺の見た映像はお前の心だった様だ」
「な、なんじゃと?」
「あの時のお前は気丈に振る舞ってはいたが、心の中は悲しみで一杯だったからな。お前の心が流した涙が雨に見え、心の喪失感が寒さを感じさせたのだろう」
幻灯館主人の言葉が続くほどに有脩の表情は固まっていった。自らの過去を言い当てられ有脩は、乾いた喉から何とか言葉を絞り出す。
「ぬ、主様。何故に妾の父上の葬儀の事を? まさか、主様には神通力が……」
やっとの事でそこまで言った有脩だが、その袖が引かれているのに気づく。その方向に視線を向けると不思議そうな表情の源内がいた。
「な、何じゃ白狐よ」
「あのー、有脩さん」
「何じゃ?」
「お父上の情報、全部有脩さんが語っていますよ」
「なぁ!」
有脩は驚愕する。しかし改めて会話の内容を思い返して見れば確かに源内の言う通りだった。有脩は照れ隠しの意味もあるのだろうが、幻灯館主人を鋭い視線で睨みつける。だが、当の本人は涼しげな表情で受け流す。しばしの間そんな時間が続いたが、この有脩と言う少女、何と言うか非常に気が短いのである。そんな彼女が長時間の睨み合いに耐える事など出来るはずも無く「主様」とドスの利いた声を発した。
「まあそう怒るな。これはな、南蛮語でコールドリーディングと言う詐欺師が使う会話術だ」
「はあ、旦那様が使う会話術ですか」
「源内、お前は俺を何だと思っているんだ」
源内の的確な突っ込みも柳の様にかわす。
「腹黒の言う事はさて置いて、こーるどりーでぃんぐとは如何なる物なのかのう」
「腹黒だけとは失敬な、無礼です」
その都度挟まれる源内の相槌を華麗にスルーして、二人の会話は続いて行く。
「コールドリーディングとはな、どちらとも取れる言葉を皮切りに、相手を手玉にとる会話術の事を言う」
「ほう。では手の目も?」
「それは解らんが……手の目が読心を使えるなんて聞いた事もない」
「そうじゃのう」
「しかし、そんな事で簡単に信じてしまうものですか?」
突如源内から初歩的な質問が投げかけられる。その言葉に同意する様に有脩も頷く。
「それもそうじゃな」
二人の意見に対し幻灯館主人はニヤリと悪党の笑みを浮かべると
「その為のこいつだ」
言ってトランプを机に置いた。
「切り札?」
有脩の言葉に幻灯館主人は大きく頷くと、カードの中から四枚の絵札を取り出し一枚ずつ机に並べた。有脩は「ふむ」と一息吐くと一枚のカードを手に取る。そのカードは先ほどと同じハートの女王。
じっとカードを見つめ、幻灯館主人の差し出した三枚のカードにそれを合流させた。幻灯館主人は静かに四枚のカードを切ると、一枚ずつ机に置いて行く。そして、そのカードの中には有脩が選んだカードは無かった。
驚愕する有脩の表情を見つめる幻灯館主人は、もう一度カードを四枚提示する。再び有脩は一枚を選ぶ。先ほどとは違い今度は選ばれた一枚以外のカードは提示されたまま。有脩は選んだカードを机に置くと、幻灯館主人は四枚のカードを回収し、切った後、再び提示する。提示されたカードの中には、やはり有脩の選んだカードは無かった。
「ぬ、主様。これは一体……」
有脩の表情は凍りつくが、横からは怪訝な表情の源内がカードを見つめていた。重い沈黙の中、その源内が口を開く。
「あのー、三文芝居中すいませんが有脩さん」
「なんじゃ、腹黒白狐」
「その観音菩薩白狐様からの助言です。この札、四枚ともさっきの札とは違う物ですよ」
「なぁ!」
有脩はカードに近寄るとじっと見つめる。だが、解らなかった。有脩は自身の引いたカード以外全く覚えてはいなかった。有脩は無言の抗議として幻灯館主人を睨みつけるが、当の本人は邪悪な笑みを浮かべ
「まあ、そう言う事だ」
そう言い切った。何ら、微塵も、ホンの僅かにも悪ぶらずに。ピクリとこめかみが動く有脩を見、幻灯館主人は慌てて話を再開した。
「こう言う小手先の茶番で相手の心を掴み、さっきのコールドリーディングで信じ込ませる……と言う手口、だろうな」
「成程のう」
納得の意を示す有脩。その有脩が次の疑問を口にする。
「それでは詐欺師。いや、主様よ、息子との確執を言い当てたと言うのはどうじゃ?」
「失礼だな有脩。まあ、人間生きていれば対人関係での悩みなんか持ってて当然だろう?」
「言われてみれば……そうじゃな」
「あなたは今、対人関係での悩みがありますね? それも近しい人の。おお、解りますか。実は息子との関係が最近芳しくなくてって感じか」
幻灯館主人の淡々とした解説に有脩、源内の二人は感心するしか無かった。
「でも旦那様、その旦那様。いえ詐欺師……」
「占い師」
源内のわざととしか言えない間違いにでも幻灯館主人は冷静に突っ込みを入れる。それを満足げに源内は受け入れ話を再開した。
「その占い師は、金品を一切受け取っていないんですよね?」
「うん? 誰がそんな事を言った」
「それはご隠居本人の言葉じゃが」
「違うだろ。爺さんが言ったのは、その時、占い師は一切の金品を受け取らなかった。だろ」
「「は?」」
二人は疑問の声を挙げるが、幻灯館主人は気にも留めず話を続ける。
「注目すべきはその時、と言う事だ」
「どう言う事じゃ?」
「その時と言うのは恐らく最初の時だろう。では次の時は? その後は? 占い師はずっと金品、もしくは食糧などを受け取っていないのかねぇ」
嘲る様に、さも当然だと幻灯館主人は言う。有脩はしばらく考え込んだ後、吹っ切れた様に顔を上げ
「推理御苦労じゃった主様。いや、詐欺師様よ。流石は悪だくみの総大将じゃ。行くぞ観音菩薩白狐よ」
「はい! 行ってまいります旦那様。いえ、詐欺師様」
そんな失礼極まりない言葉を残して有脩と源内は離れを出ていった。