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起の巻

怪異と言う言葉がある。


妖怪、物の化、魑魅魍魎。


簡単に化け物と言っても良い。


あやふやで希薄で意味不明な者達をさす言葉。


このお話はそんな者達と偽りだらけの一人の男が一切会い対せず関わらない物語。


少女達が巻き込まれ首を突っ込む物語。






 京の都、雅香るこの街の大路を一人の少女が歩いていた。膝まで届くであろう黒髪をなびかせながら、黒目がちの瞳で周りの喧騒を楽しむ様に。漆黒のセーラー服に身を包み、黒いストッキングで脚部を保護しつつ、片手に持った通学用鞄の重みを感じないかの様に軽やかに少女は歩く。


 年の頃は高等学校に入るか入らないかぐらいの年齢だろうか、しかし醸し出す雰囲気はもう少し年上にも見える。例えるのならば、全寮制の女子高に存在すると言われている伝説の生物。憧れのお姉さま。そんな彼女が違和感をまき散らせながら京の大路を闊歩する。


 なぜそんなに違和感を醸し出しているのか? その答えは今が戦国時代と呼ばれる時代だからだった。

織田家が無事? 上洛を果たし、京を平定した時代。以前と比べ平穏、安全となった京の都を黒髪セーラー服の少女が闊歩する。


 そんな時代にセーラー服は存在しないと言う、言い張る人もいるかも知れないが、実際居るのだから仕方が無い。尾張で旗揚げした、風変わりで奇妙な商品を扱う店、幻灯館の存在によって。そんな少女が朝の散歩、と言うには少し遅い時間の日差しを感じながら歩いていると不意に声がかけられる。


「お狐様ー。お狐様、お狐様ー」


 お狐様、そう呼ばれた少女は声のする方向へと視線を向ける。むろんこの少女、お狐などと言う名では無い。この少女の名は土御門有脩(つちみかど ありなが)と言い、若狭土御門家の次期党首と言われた者。それが回りに回って、うんたらかんら、かくかくしかじかと言う理由で今は幻灯館に身を寄せている。


 少女、有脩とて別段自身の名を隠している訳でも無く、場所が京と言うだけあって彼女の生まれを薄々感づいている者も多い。だが、彼女の日々、そして街の者への接し方などから、街の者達は彼女を親しみを込めて “お狐様” と呼んでいた。


 有脩は声の主を確認するとその者の方へと進路を変え返事を返す。


「ふむ。誰かと思えば多恵ではないか。店先から大声を出して。で、どうしたのじゃ?」


 有脩から多恵と呼ばれた者は、有脩よりも二つ程年下の大路でも有名な茶屋の娘であった。茶屋と言っても茶を飲む方では無く、茶葉を商う方の茶屋。店先には目に眩しい新緑の茶葉が並び、その香を漂わせている。


 その前には長椅子が一脚。有脩が近付くと多恵は熱心に椅子に座る様進めて来た。怪訝に思いながらも有脩は勧めに応じ椅子に着席する。するとすかさず茶が振る舞われ多恵が横に座って来た。


「多恵よ、どうしたと言うのじゃ」


 多恵は待ってましたと言わんばかりに有脩に近づくと、耳元で「わかります?」と囁く。何が解りますじゃ! 見え見えじゃ! と有脩は突っ込みを入れようと思ったが、それを一度のみ込み優雅に返事を返す。


「う、うん、まあのう。何か知らんが話してみよ」


 僅かばかりに興味が湧いて来た有脩が多恵に先を促す。多恵は神妙な表情を浮かべながら、少しずつあらましを語って行った。


「お狐様、ウチの裏に住んでいるご隠居、知ってます?」


「ご隠居? あー、材木屋の先代じゃったか?」


「そうです。そのご隠居です」


 これで話の主要人物は解った。後はその内容。


「そのご隠居がですね、なんでもすっごい占い師に出会ったそうなんですよ」


「ほう。占い師」


「ええ。なんでもズバズバ当てちゃうらしいんですよ」


「ほう。してその者はどんな道具を使うのじゃ? 易か?」


 有脩のこの言葉に、多恵は人差し指を左右に振りながら


「道具は使わないそうです」


「ではどうやって?」


「掌をかざすんだそうですよ」


 掌をかざす?


「それだけかや?」


「ええ。なんでもその人の手には手の目と言う怪異が宿っているそうで」


「怪異、手の目じゃと?」


 有脩はそう言って口を噤む。そしておもむろに通学鞄を開くと、中から布に包まれた物を取り出し、それを口元に寄せる。有脩の艶やかで妖艶な唇は、キラキラと輝くそれを優しく咥えると


「ぽっぺん」


 一鳴きさせた。


 そして続けざまに


「ぽっぺん、ぽっぺん、ぽっぺん」


 ゆっくりと、何度と無く有脩はビードロを鳴かせた。この行動に困惑したのは相席している多恵である。多恵は恐る恐ると言った感じで有脩に声をかける。


「あのー、お狐さま?」


 言われて初めて気付いた様に有脩は口からビードロを外すと


「すまぬな。少々考え事をしておっ。」


「考え事? ですか」


「うむ、手の目が読心出来るなどと妾は聞いた事が無きゆえな」


 有脩は此処で一旦言葉を切ると、再度多恵に向き合い


「多恵よ、妾は話を聞いてくるとしよう」


そう言うとおもむろに有脩は立ち上がり件のご隠居が住む家へと足を向けるのだった。



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