転生神と間違えられたようなので期待に応えてみた
「キターーーーーー!!」
黒い目を開き、周囲を見渡した少女は開口一番にこう叫びました。
拳を握り締め、空を突き破る勢いで天を仰ぎます。
……まあ、この空間には空も天もないのですけどね。
少女は周囲を見渡すと、わたしの姿を見つけたようです。
パッと顔を輝かせた後だらしなく頬を緩ませ、またすぐに引き締めました。
両手で頬を押さえるように表情を隠し、次に腕が下ろされた時には眉を下げ、黒い瞳にはうっすらと涙を浮かべています。
……どうしたのでしょう? 突然?
気がついた瞬間は奇声を発して喜んでいたかと思うのですが、今はさめざめと泣き出しかねない顔つきです。
……いえ、嘘泣きの準備だということは、わかりますけどね。
次に少女が何を言い出すのかと待っていたら、少女はわたしの方を見たままに止まっています。
しばらく観察していたのですが、ちっとも動き出さない少女に、わたしはそのまま観察を続けました。
じっとしてほとんど動かない物の観察には慣れていますので、このぐらいはなんということもありません。
けれど、少女には耐え難い沈黙だったようです。
すぐに悲壮感溢れる作った表情をかなぐり捨てると、両手を突き上げて大声をあげ始めました。
「あーっ! もうっ!! 私は死んだんでしょう!?」
人差し指をわたしへと突きつけ、少女はこう叫びます。
わたしはというと、少女の言葉の意味を捉えかねて首を傾げました。
少女の中でどのような思考がなされ、このような結論がでてきたのかが判りません。
ただ、自分は死んだのだろう、と問われていることは理解できましたので、この質問へは答えることができます。
「いいえ、あなたは死んではいません」
なんだか随分と混乱しているらしい少女に、まずは心を落ち着かせてください、安堵してくださいと微笑みます。
微笑は円滑な交流を築くための道具だと、曾祖父様に教わりました。
「え!? 良くあるアレじゃないの? 神様のミスで死んで、不思議空間に呼び出されて、お詫びチート貰って異世界転生ウハウハじゃないの!?」
「ウハウハ……? ウハウハはよく判りませんが、一つひとつお答えしますね。あなたが死んだのは神様という概念のせいなどではなく、偶然その場に居合わせたあなた自身の責任です。これに関して、誰かのミスであると責任を求めるのなら、あなた自身のミスでしかありません。神様という概念がお詫びをするような出来事ではありませんね」
「じゃあ、なんでこんな不思議空間にいるの!? あんた、こっちが何も判ってないと思って、騙すつもりじゃないでしょうね!?」
質問へは一つひとつお答えしようと思っていたのですが、全てへと答える前に少女から質問が追加されてしまいました。
少しせっかちな少女のようです。
どこから答えたものかと考えていると、わたしの沈黙をどう受け止めたのか、少女の顔に喜色が浮かびます。
本当に、僅かな時間にコロコロと表情の移り変わる、豊かな感情です。
わたしにはない感情ですので、少しだけ興味深くもありました。
「やっぱり神様のミスで死んだんでしょう? 心の広いあたしはスライディング土下座も言い訳も勘弁してあげるから、お詫びチートヨロ!」
少女が片目をつぶって舌をペロリと出します。
この行為はわたしでも知っていました。
大叔母の管理する世界のとある島国で、相手に決闘を申し込む時の仕草です。
……わたし、決闘を申し込まれているのでしょうか?
そうは思うのですが、大叔母の管理する世界と少女の暮らす世界は違います。
もしかしたらわたしの思い違いということもあるでしょう。
少女からなんらかの攻撃があるまでは、わたしからは攻撃をしないようにしておきます。
力に差がありすぎて、いかに喧嘩は先に気勢を制した者が勝つといわれていても、大人げありませんからね。
「先ほどから申しておりますように、あなたが死んだのはあなたのミスです。あなたのおっしゃる神様という方の介在はありません。お詫びチートヨロ? ……は、あなたの国の若者の間で流行している創作物の導入要素、ですね」
大変失礼ですが、現実と物語は別物だということは理解していますか? ――そう指摘したい誘惑に駆られましたが、わたしはその誘惑に抵抗します。
わたしまで心のままに振舞っていては、少女の疑問へと答えることがどんどん後回しになってしまうからです。
「……神様のミスで……死んで……お詫びにチート……じゃないの?」
わたしの言葉が意外だったのでしょうか、少女の声がだんだん小さくなっていきます。
開口一番「キターーーーーー!!」と少女の時間軸では懐かしい言葉を使っていた時の勢いは完全になくなってしまっていました。
「仮にあなたの仰る『神様のミス』というものだとしても、『神』という全能なる概念でしたら、あなたの死という現象も、何も起こらなかった状態への修正が可能でしょう。『神』なのですから。どこにお詫びの必要な要素があるのでしょうか?」
「そこは、ホラ! お約束ってヤツで……?」
「そもそも、人間の考える『神様』なる万能な存在でしたら、『ルールだから無理』だとか、『生き返らせるのだけは無理』といったことはありえないと思うんですよね。ルールがあるというのなら、そのルールを作った者もまた『神』でしょうし」
世界を作る上で確かに規則の設定を行うことはあります。
ですが、その規則を決めた存在が必ずいるはずですし、逆に言えばその規則を作ったということは規則の逆を行なうことも可能だということです。
『死んだ命は生き返らない』という規則が設定されているのは、『死んだ命が生き返る』からこそ必要な規則でもあるのですから。
『神』という概念のミスによる死など『結果』として残らない。
そう説明してみたところ、少女はようやく少し理解してくれたようです。
大叔母の管理する世界においては決闘の申し込みを意味する仕草を引っ込め、静かに周囲を見渡しました。
「……だったら、この空間はなに? なんであたしだけこんな特別そうな空間に呼ばれてるの?」
「人間で言うところの『暇』だったから、ですね」
わたしは彼女の言うところの『神様』ではありませんが、この世界を管理しているという意味ではそれなりに責任を持っています。
今回の修復は、本当にただの気まぐれです。
危険物を積んだタンクローリーの運転手が突然の心臓発作を起こし、意識を失ったところで車の暴走がおこりました。
そこで一番に轢かれたのが目の前の少女です。
少女はタンクローリーの重さに呆気なく潰れ、そこで終わりでした。
むしろそのあとの惨状の方が回想は長くなります。
ですから、回想はざっくりと。
危険物を積んだタンクローリーは暴走を続け、進路にある建物や人間を轢いて最終的に横転し、タンクから漏れ出た危険物に断線した電線から散った火花が引火します。
あたり一帯が火の海に包まれたところで、たまたまこの異変にわたしが気づきました。
普段なら誤差の範囲で命が失われた、と認識して終わりです。
少女の言うところの『神』ではありませんが、わたしにはそれこそ一瞬で何もなかった状態には戻せるだけの権限と力がありました。
本当に、今回起こったことを修正しようと思ったのは、わたしの気まぐれでしかないのです。
気まぐれでの行動だったので、特別に時間をかけて、一つひとつ無駄に丁寧に修復をしています。
たまには基本に返って、基礎から見直すって大事ですよね。
「本当に『何も起こらなかった』状態から時間の流れが再開しますので、ご安心ください」
修正後の流れとしては、タンクローリーの運転手は無事に会社へ戻ってから心臓発作を起こすことになります。
そこで同僚が速やかに救急車を呼ぶことになり、運転手は一命を取り留めることになるでしょう。
運転手が事故を起こさないため、目の前の少女もタンクローリーの爆発によって火の海に飲まれたものたちも死ぬことはありません。
本当に、少しの修正で多くの命が元の生を謳歌できるようになります。
「……しゃ、謝罪と賠償を要求するっ!」
少女はわたしの説明が理解できなかったようです。
俯いてしばらくぷるぷると肩を震わせていたかと思うと、顔をあげた途端に「賠償を」と叫び始めました。
わたしの言葉は少女に合わせて彼女の世界の日本という国の言葉に変換しているはずなのですが、どうやら変換が上手くいっていないようです。
言葉がまったく通じていないようで、少し困りました。
「なにも『起こっていない』のに、どこに謝罪や賠償をする必要があるのですか?」
「精神的苦痛を受けたの! あんたに馬鹿にされて、恥をかかされて、すんっごい精神的苦痛を今受けているとこよっ!」
「恥……?」
少女を辱めた覚えなどないのですが、わたしの何かが少女を辱め、精神的苦痛を与えているそうです。
わたしの言葉が通じていない、言語の変換機能が正常に行われていない等の不足の事態が原因ではなかったようで、ホッとしました。
「そういえば、『キターーーーーーー!』とか、喜ばれていましたね」
「言ってないわよ、そんな死語! またあたしのことを馬鹿にしてっ!」
「馬鹿にしているつもりなどないのですが……」
「そういうところよっ! あんたの失礼な物言いに、傷ついてるの! あたし、超傷ついてるの!」
「……あら」
「へ?」
傷ついた、と叫んだ少女の膝が折れ、胸が大きく凹みます。
せっかく綺麗に修復したのですが、少女の体が少女の叫びに、自分の負った傷を思いだしてしまったようです。
「せっかく綺麗に直したのに、傷ついただなんて思いださせるから、傷ついた状態に戻っちゃいましたね」
「……な、何事もなく修復できてないんじゃんっ!」
「修復はしましたよ。あなたが今自分で傷つけただけです」
基礎に忠実に、一切のほころびもなく綺麗に修復しましたのに、少女の主張のせいで台無しです。
ここまで自分の死に拘られてしまうと、もうこの少女を何もなかった状態に戻すことは少し手間です。
わたしの時間はいくらでもあるので暇を潰しても良いのですが、気まぐれに手間をかけるのも少々面倒になってきました。
……あら、『面倒』というのも珍しい感情ですね。
これは本当に珍しいことです。
わたしに『面倒』だなんて感情が存在していることを、少女のおかげで初めて知ることができました。
……これは一つお礼として、この方のお願いを聞いてみてもいいかもしれません。
少女を面倒に感じているのも、全てはわたしの気まぐれが引き起こした結果でしかないのですから。
わたしに『面倒』だなんて感情を芽生えさせてくれたお礼として、少女の望む『異世界転生』と『チート』を贈っても良いかもしれません。
ちょうど良いことに、わたしには少女が望む程度のことを叶えられるだけの力はあるのですから。
「ええっと……お望みは『異世界転生』でしたか?」
「え? いいの? マジでっ? だったら……」
「ああ、何もおっしゃらなくても解ります。頭の中を覗かせていただきますから」
望みを叶えてやろう、と言うわたしに、少女は喜色を浮かべました。
あれもこれも、と今にも囀り始めそうな雰囲気に、『面倒』になったわたしは少女の頭の中を覗くことで黙らせます。
本当に、『面倒』という感情はとても強い物なのですね。初めて知りました。
暇つぶしに置いたはずの少女の囀りが、すでに暇つぶしとはいえ耳障りになってきました。
「……はい。大体理解しました。では、地球とは異なる世界、年頃の合う美形の多い国の上級階級の家への転生でいいですね?」
「美少女、チート魔力、言語マスター、アイテムボックス、ステータス最強もよろしく!」
他には、とブツブツと悩み始める少女を傍目に、連絡係として光珠へと仮の魂を吹き込みます。
わたしが少女を引き寄せたのですが、この騒がしさにはそろそろ限界です。
「連絡役をつけますから、必要になったらその都度思いついた要求を伝えてください」
「え? マジで? 女神様に直でチートの追加をお願いできるとか、チートの中のチートじゃんっ!」
ひゃっほうっと両手を突き上げて喜ぶ少女に、『女神』と思われているようなので『らしく』微笑みます。
わたしは『神』だなんて存在でないのですが、少女がそう思うのなら、少女にとってわたしは『女神』なのでしょう。
「最後の確認です。赤ん坊から生まれ直すのと、成長過程を省略してある程度の年齢で記憶を取り戻すのと、どちらを選びますか?」
「現在の自分で!」
「……え?」
聞き間違えたのでしょうか?
少女の口から出てきた答えは「生まれ直す」でも「ある程度の年齢で記憶を取り戻す」でもなく「現在の自分で」でした。
ですが、わたしは『最後の確認』と言ってありましたし、それに対する彼女の答えが『現在の自分で』だったので、わたしは希望を叶えてあげます。
何かあったら光珠を通じて連絡を寄越すはずでしょう。
……さて、作業は全て無駄になりましたね。
せっかく手間と暇をかけて修復していたのですが、少女にお礼として『お詫び』を施したため、お詫びが必要な事態は発生したことになりました。
タンクローリーの運転手は運転中に心臓発作を起こし、少女を轢き、暴走したタンクローリーは横転して辺り一帯を火の海に変えます。
少女に『お詫び』をしたのですから、この事故で命を失った者が大勢出ることになりましたが、それら全てに『お詫び』をします。
少女にだけ『お詫び』をしては、不平等ですからね。
少女のように異世界への転生を希望する人間は少しいましたが、多くは残された家族の幸せを祈るものでした。
そういった者たちへは来世の幸運を追加して、次の生へと送り出します。
異世界転生希望者へは、少女と同じように希望を聞いて送り出しました。
途中で伯父がやって来て、珍しいことをしているな、とわたしに呆れた顔を見せます。
まあ、確かに今日はわたしの気まぐれで手間と暇をかけて修復をしたり、かと思えば修復をなかったことにして転生先の希望を聞いたりとしているのですから、呆れもするでしょう。
――ちょっと、どういうことよっ!?
「……はい?」
話が違うじゃない、と突然異世界へと送り出したはずの少女の声があたりに響きます。
何ごとかと顔をあげれば、連絡役をつけたのだったな、と思いだしました。
これは連絡役を通じて少女の声が送られてきているのです。
「どうかしましたか?」
――どうしたもなにもないわよ! 百歩譲ってあたしの体のままなのはいいとして、なんでこんな死にかけてんのよ!
「死にかけ……?」
はて、なんのことでしょう。
少女が何を怒っているのかがわたしには理解できず、首を傾げます。
どこに疑問が生じるのか理解できませんでしたが、少女からの質問には一から答えていくことにしました。
「その体が壊れているのは、あなたが壊したからですよ?」
最後の確認をした際に『現在の自分で』と少女がいったので、その希望を優先してかなえた。
ただそれだけのことです。
少女の体が死に掛けているのは、もとはタンクローリーに轢かれたことが原因でしたが、わたしが直した体を少女がさらに壊したせいでもあります。
どちらにせよ、わたしが怒られる理由はないと思います。
――言い間違いよ。現在のあたしと同じぐらいの年齢で、って言いたかったの!
「そうですか。ですが、もう生まれ変わらせてしまいましたので、生まれ変わることはできません」
わたしとしてはお礼のつもりでしたが、少女にとってはお詫びの転生です。
少女の希望通りに転生させたのだから、わたしにはもう少女のために行動をする義理はないはずです。
――チートの追加よ! あたし、まだ死にたくないっ!
「わかりました。では、『不死』を追加しますね」
ご一緒に『不老』もどうだろう、と提案したところ、少女はこれに飛びつきました。
やっぱり不死だけでは色々と不都合がありますよね。
不老と不死はセットで扱うべきものでしょう。
――ちょっと、ホントに『不老不死』になったんでしょうね!? 全然傷が治らないんだけど!?
「不老不死にはしましたけど、体を直せとは言われていませんでしたよね?」
――……そのぐらい察しなさいよ、馬鹿っ! 今すぐあたしの体を治して!
「あなたの体を治したら、あなたの言う『お詫び』をする必要もなくなるのですけど……」
そもそも、綺麗に治したものを壊したのは少女の方である、と指摘します。
最初から何も起こらなかった状態に直すというのを、少女の願いによって異世界転生させたのです。
思えば、少女の選択で助かったかもしれないいくつもの命が輪廻の輪へと戻っていったのですが、少女にその自覚はないのでしょうか?
「……あら?」
不意にキンキンと響いていた元気すぎる少女の声が消えました。
連絡役に何か不測の事態でも起こったのだろうか、と心配になったところで、わたしの目の前に少女に付けたはずの光珠が現れます。
「どうしたの? あの子との連絡役をお願いしたのに?」
一人(?)で戻ってきてしまった光珠に、わたしはそっと手を伸ばします。
ほんの一時少女のもとへ送っていただけなのですが、光珠からはなんとなく疲れたような雰囲気を感じました。
「……え? あんなのには付き合いきれない、ですか? たしかにわたしは強制はしませんでしたけど……」
どうやら光珠は賑やかな少女に耐えかねて逃げ帰ってきたようです。
わたしとしても、連絡役を付けるとは言いましたが、少女に一生付いていろ、とは命令をしていませんでした。
光珠が自分の意思で戻ってきてしまったとしても、これは命令違反にはなりません。
気が合わないと思えば離れていくのは、心をもつ存在にはよくあることです。
……静かになりましたね。
連絡役が戻って来たことで、あの少女の声は聞こえなくなりました。
おそらくは、もう二度と聞くことはないでしょう。
「さて、次の方。あなたの来世の希望をお聞きしましょう」
たぶん、どこかの異世界に、美少女でチート魔力で言語マスターでアイテムボックスをもったステータス最強の不老不死なほぼ死体がいるんでしょう。