099.気まぐれな風
「はぁ、とにかくディゼさん、
アナタは、コイツが男性か女性かを知りたいって事なんですか?
それとも、何かコイツに用事でもあるんですか?」
マサトは、ディゼの真意が分からないうちは、手の内を見せるつもりはない。
だが、その真意を知る為には、多少のリスクを背負わなければならない。
だからマサトは、そのリスクを負って、必要な情報を得る為の会話を選んだ。
「僕は昨日、槍の戦乙女に助けられました。
だから確信しています。あなたはあの時の方ですよね。
僕はあの時、助けられたお礼を言う事が出来ませんでした。
あの時、空中に放り出された僕を助けてくれてありがとうございます」
ディゼは、真っ直ぐな瞳をサントスに向け、そして頭を下げた。
その様子にサントスは、ビクリと反応して身を退く。
サントスの中ではまだ、ディゼに対する警戒の色が濃いようだった。
だからマサトは、少し大げさな反応をして探りを入れた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。
オレは、その状況の事を良く知らないんだが、
なんで、その時の人物とコイツが一緒って事になるんだ?」
「それは、その方が倒れたのを支えた時に漂って来た清涼感のある香り。
そして、先ほど垣間見た金髪とエルフの耳から確信しました」
ディゼは、眩しいほど純粋で真っ直ぐな瞳でサントスの事を見ている。
そしてマサトは、実際には顔を見られて確認された訳ではない事を知る。
ゆえに、それならまだ、誤魔化しが利くのではないかと考え始めた。
「う~ん、すまないが、それはオマエの思い過ごしだ。
コイツは、その有名人じゃないと思うぞ」
「そんなはずはありません。僕の記憶に間違いはありません」
マサトが否定するも、ディゼはその話しを全く聞こうとしない。
だがそうなる事はマサトも理解していた。
「まぁ、待て、噂に聞いた槍の戦乙女はエルフだよな?
一応訂正しておくが、うちのはハーフエルフだぞ」
「ちょ、ちょっと、まーくん」
マサトの暴露に、ハルナが抗議の声を上げた。
しかし、それを制してマサトは話しを続ける。
「ハルナ落ち着け。どうせ見られているんだろ?
ここで変な隠し立てをした方が怪しまれる。
ここは正直にこっちの事情を話した方が良い」
マサトはそう言うと、一拍置いてディゼに語り掛けた。
「コイツを見て分かるように、今までにも色々とあって自分の正体を隠している。
まず、そこの所は察して欲しい。その上で話しを聞いて欲しいんだが、
そんな臆病な者が、どうして噂の人物のような目立つ事をすると思う?」
「そ、それは分かりません。
しかし、あの時彼女は、レッドキャップを逃すまいとしていました。
そこに何か理由があったのだと思います。
それにあの時の槍の戦乙女と同じニオイが彼女からしました。
こんな偶然があると思いますか?」
ディゼの最後の発言を聞いて、サントスが思わず身を引いた。
そして、その心境をハルナが代弁した。
「ちょっと、それ以上、うちのサンちゃんに近寄らないでよね」
「へ、変な目で見ないで下さいよ。
付けている香水か何かが同じ物だったと思ったって事ですよ」
ディゼは、サントスに対して必死に釈明を始めた。
「う~ん、もしかして石鹸のニオイか?」
「ああ、それはあるかもにゃ」
「ちょっと、まーくん、サンちゃんの事を守る気あるの?」
「いや、こう言うのは、お互いにちゃんと納得しないと解決しないものだからな」
ハルナが、サントスをディゼから庇いながら、マサトの事を注意する。
しかしマサトは、そう言いながら石鹸をいくつか取り出した。
そしてディゼに、石鹸のニオイを確認させた。
「あっ、このニオイです!」
ディゼが指し示したのは、エトログと言うレモンに似た柑橘類の石鹸だった。
「この石鹸なら、よく利用している大衆食堂のミン屋でも使われていたぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「どこにでもありそうなものだよな。これだけだと決定打にはならないと思うぞ」
言葉のマジックである。
そもそもミン屋に、その石鹸を持ち込んだのはサントスだった。
ゆえに、どこにでもありそう、と言うのは煙に巻く為の誘導でしかない。
しかし、その石鹸がミン屋で使われている、と言う部分は事実。
マサトは、その言葉と事実をもって、ディゼの証言を揺るがせる。
「とにかく、もうコイツの事は放っておいてもらえませんか。
昨日の騒ぎで、アナタのように目に付いたものに過剰反応する人が多いようだ」
そしてディゼに、サントスの事を口外しないようにと暗に示した。
「僕は決して彼女に迷惑を掛けるつもりは……」
しかし、まだ納得がいかないディゼは粘って来る。
そしてその視線は、常にサントスの方を気にしていた。
「少なくともアナタの『槍の戦乙女に感謝の意を伝える』と言う目的。
それは自体は、すでに叶っているように思えます」
「はぁ? でもアナタ方は槍の戦乙女ではないと否定しているじゃないですか?」
「そうですが、それはアナタの心の問題でしょう」
「どう言う事ですか?」
マサトは、ディゼに問われて話しを整理する。
①マサトの話しを信じる場合
サントスと槍の戦乙女は別人。
ディゼは、他人のサントスを巻き込んで迷惑を掛けている。
②マサトの話しを信じない場合
サントスと槍の戦乙女は同一人物。
ディゼは、槍の戦乙女と出会えている。
そしてディゼの希望通り、本人に感謝の意を伝えた事になる。
「つまりアナタは、基本的に②の状況を想定している。
だったらアナタの中ではすでに、当初の目的は果たせている訳ですよね?
しかしこの場合、アナタは本人を怯えさせている事になる」
マサトは一度、言葉を区切る。そしてディゼの顔を覗った。
サントスは、自分より背の低いハルナの後ろに身を隠している。
その様子を改めて冷静に見たディゼは、顔を青くして狼狽していた。
「現状でアナタは、感謝の言葉を伝えた代わりに迷惑を掛けている事になります。
今のアナタは、二人が同一人物だと確認したいと言う欲求で行動している。
それは、最初にアナタが言った純粋な目的とは別物です。
相手の立場や気持ちを無視している。それは、①②どちらの状況でも同じ事です。
だからオレは、「それはアナタの心の問題だ」と言っているんですよ」
ディゼは説明を聞いて、自分の本意がすり替わっていた事に気づかされる。
そして、自分よりも小さな少女の後ろに身を隠している彼女の姿を見て恥じた。
「すみません、僕は自分が思っていたより冷静さを欠いていたようです」
そう言うとディゼは、席を立ってサントスに頭を下げる。
そして思っていたよりもアッサリと身を引いて、仕事へと戻って行った。
ディゼが立ち去ったのを見送ったハルナが、そこでやっと肩の力を抜いた。
「ふぅ、やっと帰ってくれたね」
「ああ、この都市に来て会った人間の中では、まだまともな部類で助かったな」
「あれでまともって言うのはイヤなんですけど……」
「そうだよぉ、サンちゃんのニオイを嗅いで覚えてるような人だよぉ」
「いや、石鹸のニオイだからな。話が通じるって意味での、まともって意味だぞ」
マサトは、ディゼをディスる二人の言葉に、思わず擁護をしてしまう。
「それにしてもエセ商人は、いろんな所で怪しまれすぎなのにゃ。
金物屋には子狐の姿を見られているから、ある程度は事情を説明してあるのにゃ。
でも、ここで更にエセ商人の事まで話すのは、さすがにマズイと思うにゃ」
「そうだね、そうなると昨日の事が、全てボク達の事だって分かっちゃうものね」
「ひとまず金物屋の手伝いは、今日中には終わりそうなのにゃ。
だからその後で、さっさと、この都市から、おさらばするのが一番だと思うにゃ」
「まぁ、それも手だよな。一応、その準備も進めておくか」
「じゃあ自分が、先に宿屋に戻って引き上げる準備をしておきますね」
サントスが、妙な気を回し始める。
こう言う場合、本人の気が済むように行動させるのも一つの手ではある。
しかし、マサトは適当にあしらいながら、それを却下した。
「いや、まだ慌てなくても良い。移動は早くても明日の昼以降だな。
ギルドにグレイライズ鉱石を買い取ってもらて、資金の確保しておく必要もある。
この後から取り引きをして来ても良いんだが、あまり急な動きをすると目立つ。
取り引きは、明日の午前中にしておこう。
何よりサントスとダーハの体調の事もある。一日は休息の為に使おう」
「了解にゃ。じゃあ、私は仕事を続けるにゃ」
「そうだね、ボクも、なんだかドッと疲れたよぉ」
そう言うと、ベスは仕事に戻って行き、ハルナはテーブルの所まで戻って行く。
そしてハルナは、イスに腰を掛けると、うつ伏せになって脱力していた。
ディゼの見た目は、強面とは真逆の好青年ではあった。
しかし、対峙して、張り詰めていた緊張感で、かなり疲弊していたようだ。
「ハルナもお疲れさま。しばらく休んでな」
マサトは、ハルナに声を掛けると、中断していた昼食作りの準備を始める。
まずは、横に寄せて醗酵待ちをしていた生地をテーブルの上に置く。
それから共有の腕輪からパスタマシンを取り出して、生地を伸ばす準備をした。
【ガシャンッ!】
その時、近くで大き目の音がした。
音に引き寄せられた視線の先には、床に転んでいるサントスの姿であった。
「痛たたたっ、なんでこんな所に剣が放置されているんですか?」
サントスは、足元に倒れ込んで来て引っ掛けた剣を拾い上げて立ち上がる。
マサトは、その様子を見て不思議に思った。
ベイルは、商品をキチンと整理して管理している。
こんな所に商品が、出しっぱなしになっているのは、おかしいと。
「すみません、外していた剣を置き忘れました!」
その時、金物屋の店内と工房を仕切る左右開きのドアが勢い良く開かれた。
そこには、息を切らせて大急ぎで戻って来たのが良く分かるディゼの姿。
そして、その開放音に驚いて、横にふらつきながら振り返るサントスの姿。
そんな光景が、なぜかマサトにはスローモーションのように視界に入ってきた。
店内と工房内の温度差による物だったのであろう。
そのタイミングで、一陣の風が工房内を駆け抜けた。
それは決して、強風とは言えないものであった。
ただ、サントスのコートを少しばかり揺らす程度のもの。
それが結果として、横にあったテーブルの突起にフードを引っ掛けさせた。
振り向いたサントスは、引っ掛けたフードによって後ろに引っ張られる。
その不意打ちが、サントスの筋肉痛を襲う。
両脚が抵抗しきれずに屈して、サントスは再び床に倒された。
ディゼは、見下ろすような形で一部始終を見る事となる。
その視界には、金色の髪が、ゆっくりと宙空に広がっていく光景が飛び込む。
そしてサントスは剣を両手で抱え、床にしゃがみ込み、ディゼを見上げていた。
しばしの沈黙が訪れる。
そして、つい言葉がこぼれてしまった。
「はぁ、今までの話は、なんだったんだよ……」
「サンちゃんは、どこまで残念美人さんなんだよぉ……」
「あのぉ、ごめんなさい……」
「僕は、何も見ていないので、お気になさらずに……」
慌ててフードを被り直すサントスであったが、もう遅い。
むしろ全てを理解したディゼが、気を使って言葉を選んでいる。
マサトは、ディゼがサントスの事を無闇に口外する事はないだろうと考えた。
だから、ある程度の情報を与えて、念押しをする方向へと方針を変える。
「と言う訳で、見られたからには、こちらの事情を話しておきます。
コイツは、ハーフエルフと言う事で人に狙われた経験があります。
こんな姿でいるのは、その影響もあります。
なので、変に吹聴するような事は止めてもらいたい」
そしてマサトは、嘘や偽りを排除して語る。
ただし同時に、サントスと槍の戦乙女が同一人物とも認めない。
全ては、ディゼが思うように、勝手な想像が出来る余地を残して語る。
「分かりました。
僕は、彼女に迷惑を掛けたい訳ではありません。
この事は、決して他人に話したりしません」
そしてディゼは、マサトの言葉を勝手に解釈して状況を察した気になっていた。
ディゼは、サントスへと向き直る。
そして、改めて助けられた事への感謝の言葉を伝えた。
「最後に、あなたの名前を聞きしても良いですか?」
ディゼはサントスに訊ね、その問いにサントスは逡巡する。
そしてマサトに、不安そうな顔を向けて対応の答えを求める。
しかしマサトは、好きにしろ、と言う態度でサントスに決定権を返した。
しばしの沈黙の後、サントスが出した答えは──
「今の自分は、冒険者のサントスです」
告げられたのは、マサトがディゼの前で一度も呼ぶ事がなかった仮初めの名前。
ただサントスには、自分を偽ろうと言う気持ちは無かった。
そこにあったのは、共に肩を並べて歩んで来たと言う冒険者としての想い。
だからサントスは、自然とその名前を選び、名乗っていた。
「ではサントスさん、また機会があれば、お会いしましょう」
ディゼは答えを得ると、ごく自然に日常業務へと戻って行く。
それをサントスは、先ほどまでと違った清々しい気持ちで見送っていた。




