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098.訪問者

 ◇◇◇◇◇


 開放された窓から、金物屋の店内を心地良い風が通り抜けて行く。

 ベイルの金物屋は、基本的に釘を専門に扱っている。

 他にもナベかヤカンなどと共に、いくつかの武具は置いてはある。

 しかし、その値段は比較的に高めな設定がされていた。


 その為、資金に余裕のない駆け出しの冒険者達は、自然と他店へと足を向ける。

 そして、目が利く者や鑑定系の能力がある者達が、店へと足を運んで来ていた。

 こうして金物屋と他の鍛冶屋との間で、自然と顧客の住み分けが成される。

 ゆえに金物屋は、周囲から煙たがられずに自由な営業が続けられていた。

 

 だから、今日も真昼間な店内には、お客さんは居なかった。

 それは冒険者達が、最も活動している時間帯だったと言う事も理由である。

 サントスは、店番と言う(てい)を装いながら、誰にも邪魔をされる事無く快眠する。

 それはある意味、体調管理の一環。

 マサト達が昼食を用意している間に、少しでも体調(筋肉痛)を癒す為の責務。

 そう言い聞かせて、快適なイスの背もたれにもたれながら、夢の中に入り込む。


 疲れきっていたのか、次に意識を取り戻した時には、身体を揺すられていた。

 特に夢を見るでもなく、起された事で目覚めた為か、意識がフラフラしている。


「ふぁ~、もうお昼ですか?」


「あっ、いえ、そうじゃないんですが……」


 そして思いがけない声を聞いて、サントスは目を覚ます。

 そこには、衛兵の姿をした一人の青年が立っていた。


「あなたが、ここの店主のベイルさんですか?」


 青年は、どう見ても鍛冶職人に見えないサントスを前にして訊ねた。


「いいえ、しばらくの間だけ店番を任された者です。

ベイルでしたら奥の工房で作業をしています。

呼んで来るので少々お待ち下さい」


 サントスは、居眠りを見られた事に焦りを覚え、慌ててベイルを呼びに向かう。

 そしてイスから立ち上がって一歩踏み出した。


「はうっ!」


 その瞬間に、筋肉痛の激痛がほとばしった。

 バランスを失って横に倒れ込み、そこにあった甲冑もろとも床に倒れる。

 サントスは思う。

 本当なら今日は宿屋で、ずっと横になって休んでいるつもりだった。

 なのになんで、こんなに痛い思いをし続けなければいけないのだろうか。

 全ては朝っぱらからギルドが呼び出して来たせいじゃないか。

 サントスは、涙目になりながらギルドを逆恨みした。


「だ、大丈夫ですか?」


 衛兵の青年が駆け寄って来て、背中に倒れ込んでいる甲冑を持ち上げてくれた。

 そして、いつまで床に倒れていたサントスに手を差し伸べて起こす。

 サントスが立ち上がると、コートの汚れを払い退けてもくれた。

 その誠実そうな態度にサントスは、敵意を向ける。


「あれっ、この香りは……」


「きゃー、痛い、痛い! 止めてぇー! 筋肉痛に響くー!」


「え、あっ、すみません!」


 サントスは、青年の魔の手から逃れるべく後退する。

 しかし、そこには先ほど転倒した甲冑のパーツが残されていた。

 足元を確認していなかったサントスは再び転倒して壁に激突する。

 そして壁に掛けてあった盾が、サントスの左手に落下してきた。


「ひぎゃぁぁぁーーーーっ!」


 店内に絶叫が響いた。


「サンちゃん、さっきからドタドタと、うるさいけど、どうしたのぉ?」


 ここまで大きな物音が続くと、さすがに奥から様子を覗いに人がやって来る。

 それがハルナであった事を幸いに思い、回復魔法を頼もうとした時……


「「あっ!」」


 なぜかハルナと青年の声がシンクロした。

 だが、そんな事は今のサントスにはどうでも良かった。

 とにかく左手に落ちて来た盾による負傷の治療を懇願した。


「ハルナ、回復魔法をお願いします。それと、もうこの筋肉痛も治して下さい」


『ブライン』


 しかし、ハルナが唱えた魔法は行動阻害魔法。

 それが青年に命中して目くらましに掛けると、ハルナからタオルが投入された。

 サントスの頭上にはタオル、左手にはヒールの魔法が飛ぶ。

 そしてハルナが、大声を上げてサントスに近寄って行った。


「サンちゃん、何やってるの!」


「えっ、別に何もしていませんよ……あれ、タオルが髪に触れて……」


 ここに来てサントスは、慌ててフードを被り直す。

 二度目の転倒時に、フードがズレ落ちていたのだと気づいた。

 そしておそらく、目の前にいる青年に顔を見られた事を。


「あなたは……もしかして槍の戦乙女(ロンヒ・デスピニス)!」


「そんな名前の人、知りません!」


「とにかく、そこの人、うちのサンちゃんに変な事しないでよね!」


 三者三様に、サントスを巡って口論が始まった。


「オマエ達、うるさいにゃ!」


「ひとまず野草茶を入れるから、それを飲んで落ち着いてから話をしようか」


 三人が更に騒ぎを大きくした事で、マサトとベスも奥から顔を出す。

 そして人目を避ける為に、青年を工房に招いて話し合いの場を持つ事にする。


 ◇◇◇◇◇


 マサトは、すぐに店主であるベイルを呼んで、テーブル上に野草茶を配る。


 マサトの隣にベイルとハルナがイスに座っている。

 そのハルナの後ろにはサントスとベスが立っていた。

 テーブルの対面にはディゼがイスに座っている。

 そしてこちらへの、と言うよりサントスが見せている警戒心を解く為だろうか。

 ディゼは、帯剣していた剣を外してテーブルの横に立て掛けていた。

 マサトは、一通りディゼの事を観察してから話を切り出す。


「まずオレは、マサト。

隣に居る店主であるベイルを除いた三人とパーティを組んでいる者です。

アナタが誰なのかをお聞きしても良いですか?」


 マサトは、ベイルを紹介した後に自分達の素性を、ぼかしながら説明する。

 そして相手の青年の情報の聞き出しに入った。


「僕の名はディゼ。この都市の衛兵です」


 青年はディゼと名乗った。そして衛兵だと。

 マサトは、なかなか厄介な相手にサントスの正体を見られたものだなと思う。

 ひとまず、ハルナから聞いた状況と彼の目的を照らし合わせるべく話を進めた。


「衛兵の方ですか。それで今日はどのような用事で店に寄られたのでしょうか?」


「僕は衛兵団からのベイルさんへの要請を持って来ました。そこで……」


「要請と言うのであれば、要請書をお持ちですよね。

まずはディゼさんの仕事を先に済ませてから話しをした方が良いでしょう。

ベイルに、その仕事の確認をしてもらいましょうか」


 マサトは、ディゼが余計な事を言おうとしたのを制止する。

 そして、まずは彼が持って来たと言う仕事の確認を優先させた。


 その提案にディゼは釈然としない様子を見せたが、それに応じる。

 さすがに彼も、仕事より私事を優先させるのは、おかしいと気づいたらしい。


 ディゼは、ベイルに衛兵団からの要請書を手渡して内容の確認を求める。

 その間マサトは、サントスを落ち着かせながらディゼを観察していた。

 そうこうしてベイルは、ディゼに返答をする。


「さすがに、この衛兵団への武具の大量納品には応じられない。

俺の仕事量を超えている。他の大手の鍛冶屋にでも発注してくれ」


 マサトは、衛兵団の思惑とベイルの実情を想像する。

 そしてバカな要請を出したものだと思った。


 衛兵団は、今回のレッドキャップが手にしていたベイルの武具に目をつけた。

 それは良い。ある意味で実践での戦闘能力が証明された武具と言えるからだ。

 ベイルの武具が正式採用されれば、確実に戦力の増強が図れるだろう。

 しかしながら、ベイルの金物屋の規模を無視したゴリ押し案だ。

 これを言い出した者は、現実を知らなすぎる。

 マサトがチラリと覗き見した依頼書には、団長ウノムのサインが入っていた。


「しかし、これは衛兵団からの正式な要請です。

従ってもらえない場合は、何かしらのペナルティが都市から出されると思います」


「ベイル、そうなのか?」


「ああ、さすがに都市の防衛に関わる事だからな。

これは、ある程度の強制力を持った物だ。

前回の冒険者ギルドへの納品依頼とは違う。

だがそれは、一度了承をして納品が出来なかった場合も同じだ。

それなら、最初から無理だと言っておかないと、とんでもない事になる」


「と言うか、そこのオマエ、

この工房を見て、その要請書の内容が適切な物だと思うのかにゃ?」


「そ、それは、そのぉ……」


「うん、まともな反応が出来る人で助かるな」


 マサトは、ディゼが全く話を聞かないタイプではなかった事に安堵する。


「じゃあ、ベイルの結論も出たし、話はここまでだな」


「そうだねぇ、じゃあ、かいさーん」


「ちょっと待ったーーーっ!」


 マサトが、ディゼの仕事を片付けて、全てを終わらせる。

 そして、昼食の準備に取り掛かろうと席を立った瞬間に突っ込みが入った。


「まだ僕の用件が終わっていません!」


「えっ、仕事は終わったんだろ。さっさと職場に戻らないと怒られるぞ」


「そうだよぉ、昼食は人数分しか用意してないんだよぉ」


「誰が昼食を(たか)ってるって言うんですか。違います。彼女の事です!」


「自分の彼女の事なら自分で考えてね。ここは恋愛相談はしていないんだよぉ」


「違います。彼女の事です!」


 ディゼは、ハルナの切り返しにを否定してサントスを指差す。


「兄さん、頭は大丈夫か? コイツは男だぞ?」


「えっ、ベイルさん、それ本気で言ってますか?」


 ベイルに正気を疑われたディゼが、逆に正気を疑い返す。

 その事がベイルを不快にさせた。


「おい、コイツは本当に何を言っているんだ? 

とにかく俺は、その手の話しには、これ以上関わりたくない」


「ああ、そうだったな。ベイルにはトラウマ物だったな。分かったよ。

コイツの相手はオレ達でする。昼食が出来たら呼ぶからな」


「ああ、そうしてくれ」


 そう言うとベイルは工房の炉の前に戻って仕事を再開した。

 ディゼは、釈然としない顔でサントスの事を見る。

 その様子を見てマサトが話しを切り出した。

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