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097.グレイライズラッシュ

「サントスを疑ったのには、もう一つの理由がある。

それは、オマエ達が大量にグレイライズ鉱石を所有していると言う事だ」


「「「あっ!」」」


 そこでギルド長達が、ここまでサントスを疑っていた理由が分かった。

 さすがにこれだけの符号が重なると確認しない訳にはいかなかっただろうと。


「でもそれは、ギルドに買い取りを拒否されたからですよ」


「値崩れがしていたんだったよねぇ」


「う~ん、でもその事でオレ達の事を追求しようとしている訳でもないんだろ?

何が言いたいんだ?」


「オマエ達が所持しているグレイライズ鉱石を買い取りたい。

金額は現在の相場の三倍だ」


「「「はぁ?」」」


 マサト達は、そのバカげた提示額に驚愕した。


「これは灰鉱石の匠が、グレイライズ鉱石の新たな可能性を示したがゆえの物だ。

現在は多くの鍛冶職人達が、その可能性への挑戦の為に買いの動きを見せている。

これから大量消費が見込まれていて、国からの注文も入っている。

だからオマエ達が所持している大量の鉱石を確保したいと思っている」


「言うなれば、グレイライズラッシュか」


 マサトは、ギルド長の話を聞いて、ゴールドラッシュと言う言葉を思い出した。


 ゴールドラッシュとは、新しく金が発見された地へ、採掘者達が殺到した事だ。

 彼らは、金脈を探し当てて一攫千金を狙った。

 今回の出来事は、新たな技術に鍛冶職人達が飛びついた形となる。

 そしてそこには、冒険者にとっての一攫千金のチャンスも同時にあった。


「ちなみに現在のグレイライズ鉱石の取り引きの相場は、前日の二倍。

下落する前の安定時の四割り増しの状態です」


「その三倍って事は……マサトどのいくらです?」


「こう言う時は小さい数字で確認するんだよ。

昨日までの相場が以前の三割減だったよな。

以前の安定時の相場を基準値で10とすると、つまり……


 昨日の相場は、10×0.7=7


 現在の相場は、7×2×3=42

 または、   10×1.4×3=42 で求められる。


 うん、どちらも間違いは無いな。

 つまり前日までの6倍、安定時の4倍以上で買い取ってもらえる事になるな」


「一晩にして6倍ですか! マサト、売っちゃいましょう!」


「でも、その管理はベスにゃんに任せてるよね。

相談も無しに売ったらダメだよぉ」


「そう言う訳で、パーティの狩猟品の管理者が、ここには居ません。

この話は一度持ち帰って相談させて下さい」


「分かりました。サントスさんは、優秀な者達をお連れのようですね。

ただし待つのは一日までです。遅延工作による値上げ交渉には応じません」


「了解しました。

自分達もそれだけの額を提示してくれたギルドにおかしなマネはしません」


 最後にサントスが、リーデルの条件を了承する。

 こうしてマサト達とギルド長との面会は終了した。


 ◇◇◇◇◇


「それでだ、リーデルとトーラスから見て、あの者達はどう映った?」


 退出した冒険者達を見送ったディルムは、率直な意見を二人に尋ねた。 


「私は諸々の情報から、あのパーティへの疑念は排除しがたいです。

あの者達は、幼い妖孤を連れています。

その妖孤が、塩害の女王との繋がりがある可能性があります」


「だが、サントスはロッシュでは無かったのだろう」


「ええ、そうです。笛には製作者名にサントスの名前がありました」


「それなら疑う余地は無いだろう」


「ただ、彼らのパーティが発注した武具が盗難されています。

そしてそれは、レッドキャップの手に渡っているのです。

先ほどサントスは、『意味も無くあんな化け物の相手をしに戻ったりしません』

と言っています。この状況と言葉がどうにも気になっています」


「そうは言うが、サントスがロッシュではないのは明らかだ。

それにワシは、それが戻って来る理由にならないと言う情報を得ている」


「トーラス、それはなんだ?」


「その盗難された武具を作った者、ベイルと言う鍛冶職人の事だ。

そのベイルには傭兵団から使いを出して、昨晩のうちに聞き取りをしている。

あの武具はサントスのパーティの妖孤の為に作成した特注品だったそうだ。

そして、あの一本の作成後は、武具の作成をしていなかったと言う。

主に製錬都市からの依頼と急ぎで入った武具の修繕で忙しかったらしくてな」


「製錬都市からの依頼とは、ギルドの再建に使用する釘の納品依頼ですね。

彼の作る釘は重要な施設、そしてその中枢と言える場所には必ず使われる物です。

なので、彼が武具よりも釘の生産を優先している事を支持する職人は多くいます」


「なるほど、表には出ていないが、知る人ぞ知る有能な人材なのだな」


「それでだ、その釘の作成に、サントスのパーティの一人が応援に入っている」


「何? それはどう言う事だ?」


「ベイルには、盗難事件直後に製錬都市からの釘の納品依頼が入っていた。

ベイルとしては材料の仕入れの問題もあったが、とにかく時間が取れなかった。

材料の方は、サントス達が狩猟で確保したらしいのだがな」


「ああ、なるほど。

その時に買い上げられなかった物が、現在保有しているグレイライズ鉱石か」


「そうなのです」


「彼らは釘の納品依頼の後に、もう一度武具の作成を予約している。

その為の協力として仲間の一人が、応援に入っているのだ。

つまり、盗難された武具の奪還に、それほど強い動機が生まれたとは思えん」


「なるほど、確かにそう言う状況だったのなら、かなり変わってくる。

無為に戦う理由も無ければ、ロッシュとの繋がりも見えないな」


「しかしですね、その鍛冶仕事を手伝っていた者がロッシュと言う事は?」


 リーデルは、トーラスの話に出て来たサントスの仲間の事に注目する。 


「その者は女性の冒険者だ。女性の鍛冶職人なんて聞いた事がないだろ。

せいぜい店番や箱詰め作業程度の協力だろう。

戦いの場となったのは、ベイルの店からも遠い。

戦いに参加する理由も無いのだ。どう考えても違う」


「そ、そうですね。それにサントスが、鉱石の相場を聞いた時の反応。

鉱石の値が、前日の6倍だと聞かされて即売りを考えていました。

もしあのパーティに、ロッシュとの繋がりがあったのなら、それはおかしい。

なぜなら、ロッシュの武具を売りに出した方が利益が出ます。

そんな事を、商人でもあるサントスが、分からないはずがないですよね」


「うむ、リーデルがサントスのパーティを気に掛けてしまう要因は分かった。

確かに彼らのパーティは、今回の件に妙な関わりを持っている。

その割には、どれも決定的な繋がりでは無い。

この微妙な関係性が、他に容疑者がいない現状だと、確かに気にはなるな」


「それも、トーラスの話を聞いて、かなり自分が迷走していたと思い直しました」


「リーデルも赤髪の剣士の件で、かなり振り回されておったからな。

そこに加えて今回の騒動だ。

早急に処理しようと言う思いから焦っておったのかもしれんな」


「そうですね、ははは」


「そうだな、ははは」


 リーデルは、心底疲れた様子で乾いた笑いが出てしまう。

 そして、それにディルムも呼応してつられた。


 ディルムもリーデルも論理的に考えるタイプだった。

 その為、この齟齬(そご)の原因に辿(たど)り着けない。

 サントスが、商人にあるまじき、即物的な反応を示しただけとは思いもしない。

 そして、それを制止した者がいた事を忘却していた。


 それは冒険者ギルドのランク制による先入観からくる認識の弊害(へいがい)

 マサト達が、アイアンランクだと知っていたがゆえの油断。

 ディルム達は、ギルドのシステムに慣れきっていた。

 その為サントスに注視するあまりに、マサト達の言動を無意識に軽視した。


 サントスが、マサトに売却を進言した事。

 ハルナが、即決即売を制止した事。

 マサトが、最後の決断をした事。


 マサト達のパーティの本質が自然な感じで現れた、この一連のやり取り。

 ディルム達は、最後にこれだけあった要因を、全て軽視してしまった。


 高ランクの者が他者を率いると言う冒険者ギルドの常識。

 その固定概念が、マサト達への理解を阻害する。


 彼らは、アイアンランクのマサトが、パーティのリーダーとは思わない。

 

 そしてサントスと灰鉱石の匠(オア・スィデラス)を同一視した経緯がある。

 ゆえに正体不明の五名は、最低でもゴールドランク相当の者だと見積もった。

 だから同じ水属性魔法を得意とするハルナと水流の魔女(ハイドロ・マンサー)を同一視する事がない。

 ダーハと塩害の女王(ハルス・バシリッサ)も、当然同一視なんて出来ない。

 女性の鍛冶職人が居ない事が前提だから、ベスと灰鉱石の匠(オア・スィデラス)も繋がらない。


「鍛冶職人の線から、あの五名を探すのが現実的だと思ったが……

こうなるとエルフの目撃情報と妖孤達の動向から探すしかないか」


 ディルムの思考は、自然とその方向へと流れていった。


「赤髪の剣士や赤迅の剣士関連は、もう良いだろう。どうせ偽者ばかりだ。

国から出張って来ている戦士団に丸投げで良いだろう。

衛兵団は、都市の治安と復旧作業に重点を置かせてもらうぞ」


「冒険者がレッドキップに変貌したと言う事実も、お忘れないように。

何かしらの魔法や呪いの可能性が考えられます。

不審な者がいたら注意をお願いします」


「おう、分かっとる。分かっとる」


 そう答えるとトーラスは、席を立って退室した。


「では私は、直近でグレイライズ鉱石を買った者達の調査をしてみます。

あと、レッドキャップこと冒険者ユウタの形跡も辿ってみましょう。

その途中で魔法や呪いを受けた要因が見つけれれば良いのですが……」


「ああ、よろしく頼む」


 リーデルは、疲れた笑みを浮べながらディルムに頭を下げて退室した。


 こうしてディルム達は、各々の仕事に取り組む。

 そして、その調査対象からマサト達は外れていった。


 ──金物屋──


 マサトは冒険者ギルドから出ると、金物屋へと足を伸ばす。

 それはベスに、問題の鉱石の売買について相談する為だった。


「ふ~ん、なら全部売っちゃえば良いのにゃ」


 そして拍子抜けなくらいアッサリと判決が下った。


「ええっ、ベスにゃん、それで良いの?」


「だってすでに悪目立ちしてしまったのにゃ。なめし革の二の舞は御免にゃ」


「ああ、そう言う事か」


「えっと、なめし革の事って何?」


 マサトは、ベスが自作したなめし革を巡って起きたトラブルの話を思い出した。

 そしてサントスが、未だにベスが革細工師レスファーだと気づいていない事も。


「まぁ、あの時は鑑定するまでもない品だったものなぁ。

あと、話術で誘導したのもあったけど……」


「本当にサンちゃんは、カワイイよねぇ」


 マサト達は、サントスを生暖かい目で見守った。


「ちょ、ちょっと、なんですか二人とも。言いたい事があるなら言って下さい」


「まぁ、エセ商人の事は置いておくとして」


「えーっ、放置ですかぁ」


 そしてベスもサントスを無視して話を進める。


「オマエ達も、変に武具に頼るんじゃなくて実力を付けるにゃ。

今回の事だって、結局は武具の性能じゃない所で決着がついたにゃ。

分不相応な武具を最初から持ってると、土台となる実力が(おろそ)かになるにゃ」


「まぁ、そう言われるとそうなんだが……」


「あんなイチかバチかみたいな事は、もうしたくはないよぉ」


「そうです。冒険者である以上、装備の充実は必須なのは間違いないんですよ」


「それで調子に乗って、下手をうって子孤を巻き込んだのは誰にゃ」


「うっ!」


 ベスの一言に、サントスは、さすがに二の句が()げなくなった。


「エセ商人は、広い視野を持っているけど、広すぎるのにゃ。

漠然と見すぎて、肝心な時に得ていた情報の使い所を誤っている感じにゃ。

最終的に感覚に頼って動いているのにゃ」


「うっ、なんだかフルボッコにされた」


「そのクセに、ちゃっかりとゴールドランクに昇格しているのにゃ。

実力はあるって事だから、自分の能力の使い方を見直せにゃ」


「あれっ、もしかして褒められた?」


「もっとしっかりしろって言ってるのにゃ!」


「あっ、ちょっと、突っつかないで、筋肉痛がぁーっ」


 ちょっと調子に乗ったサントスが、ベスに筋肉痛を攻められて、のた打ち回る。

 そんな騒ぎを起していれば、当然店主のベイルが工房から顔を出して来た。


「おい、仕事の邪魔をするなら、よそでやって……」


「ベイル、昼食は中華麺で良いか?」


「良し。全てを許す」


 そして、またすぐに工房に戻って行った。


「もう、サンちゃんが騒ぐから、ベイルさんが怒って来たよぉ」


 そしてハルナが、止む無しと言った感じで、麺生地の作成準備を始める。


「えっ、自分が悪いのですか?」


「まぁ、それはもう良いよ。

だけどベス、少しは鉱石を残しておいた方が良いんじゃないか?」


 マサトは、ベスに続く者が出て来た場合を想定する。

 そして鉱石の高騰が続く状況を危惧していた。

 しかし、そんなマサトの考えをベスが汲み取って答える。


「昨晩も説明したけど、躍起(やっき)になった人間では、あれの再現は出来ないのにゃ。

放っておけば、自分達じゃ無理だって気づいて投げ出すにゃ。

そうなったら、また値が下がって安定するにゃ。

周りが踊っているうちに、売り逃げしておくのが一番にゃ」


「そうか……」


 マサトは、ベスの見立てが間違っていないだろうとは思う。

 しかし、同時にあの武具を見せられて、やはり惜しいと言う気持ちもあった。

 そんなマサトの生返事を聞いて、ベスが語り掛ける。


「う~ん、私が多少はストックしておいた方が納得が出来るって感じかにゃ。

確かに私が作った武具は、現状では貴重な物に映るかもしれないにゃ。

でも結局は、目新しさで目立っているだけの代物にゃ。

上位の鉱石で作られた武具には(かな)わないのにゃ」


「ベスは、あの武具に、その程度の価値しか見ていないのか?」


「結局、悪目立ちしてしまったから、常時使える物じゃなくなったのにゃ。

あの武具は封印にゃ。子狐にも金物屋に新しく作らせる薙刀を持たせるにゃ。

と言う訳で、エセ商人に預けてある物は全部換金しておけにゃ。

それが私達の事を探している者達の目を誤魔化す事にもなるのにゃ」


「ああ、そうだな。

ベスの言う事の方が、今置かれている状況には適しているんだろうな」


 マサトは、特に塩害の女王に関しての周囲の反応を危惧して考えを改める。


「じゃあ私は仕事に戻るにゃ。エセ商人は、ちゃんと休んでろにゃ」


「痛いっ、痛いから。そう思うなら、突っつかないでっ!」


 そう言うとベスは、サントスの全身を突っついて仕事に戻る。

 そして残されたサントスは、グッタリとしていた。

 だからサントスは自然と、身体を休められる場所へと逃亡する。

 そこは、この店で一番見栄えと座り心地の良い店番席のイス。

 こうしてサントスは、店番をする形で心地良く、うたた寝を始めた。

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