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094.師弟の刃

 ロッシュの武具によって、圧倒的だった魔物の優位性を奪っていく。

 だがそれでも、レッドキャップに決定打を打ち込めないでいた。


 古馬車の購入時に中古鑑定で確認していた相棒馬(スピリットホース)の召還。

 隠し技の一つだったが、逃走を押さえられたのは良かったとサンディは思う。

 

 そして銀狼の首飾りダイアウルフチョーカーを使ったダーハの成人(塩害の女王)化。

 そこから放った熾輝夏砂(しきげしゃ)の完成形で仕留めるのが理想だった。


 だか、そのロッシュの悪知恵は、最善の結果とはならなかった。


 熾輝夏砂(しきげしゃ)の直撃は、レッドキャップに多大なダメージを与えた。

 しかしながら、負っているダメージに反して動きが鈍化しないのだ。


 皮膚はただれ、刀傷を無数に負って尚、その動きは精彩さを失わない。

 見た目だけで言えば、すでに死に体のように見える。

 押せば倒れるようにも見える

 その希望を糧に攻撃を繰り出すも、レッドキャップは常に全力で反撃に出た。


 サンディは、その痛覚を失っているような動きに、攻撃の手が鈍りそうになる。

 不用意な一撃で、ここまで追い込んだ形勢を逆転される事を警戒してしまう。


 レッドキャップは追い込まれてなお、愉悦の笑みを浮べていた。

 彼は未だに、自分は狩られる者ではなく、狩る者であると主張する。


 だからこそサンディは、この戦いの流れを手放す訳にはいかないと考える。

 奇襲の一撃が決定打にならなかった時点で、長期戦の覚悟は決めていた。

 

 レッドキャップの薙刀に、サンディは新たな薙刀で対峙する。

 両者が振るっているのは、師弟の手によって生み出された刀身。

 名工の薙刀(ベイルブレード)師匠越えの薙刀(ロッシュセイバー)


 両者の穂先が交差する。


 打ち合い、響くその衝撃は、等しく両者に跳ね返り、そこに優劣が現れない。

 そこにあったのは、素材の差を技術で埋めている名工の御技(みわざ)


 単純な性能だけで言うのであれば、ロッシュセイバーが勝っていた。


 しかしながら、その強固さではベイルブレードが未だに上をいっている。

 更に、技術伝授を含めた量産性を考慮したなら、こちらが上となるだろう。


 ベイルブレードは、基本となる技術体系の延長線上で生み出されている。

 対してロッシュセイバーは、その工法の成立時に特殊な方法を使用していた。


 ロッシュが生成に失敗した時の為に、サンディに観測させていた行為。

 それは結果的に不必要となったが、あれはあくまでロッシュ専用の観測である。

 ロッシュの手法とは、鉱石と個人の親和性を探り当てて生成する方法。

 その為、サンディか観測したタイミングを、他者に当てはめても通用しない。

 あれはグレイライズ鉱石とロッシュと言う個人にのみ適応される対話。

 ゆえにロッシュセイバーとは、伝授不可能な手法で生み出される武具となった。

 その条件とは、生成時の観測を記録したロッシュの宝剣を介する事。

 それはつまり、宝剣の担い手であるロッシュにしか生成出来ない事を意味した。

 

 一長一短がある師弟の刃が、互いの主を斬り合う。


 塩害の女王(ダーハ)の二発の熾輝夏砂(しきげしゃ)を受けて、尚も健在のレッドキャップ。

 サンディは、その様子を再度鑑定しているが、相変わらず詳細が読み取れない。


 だから、そこから情報を得る事を放棄する事にした。

 当てにならない情報の読み解きより目の前に迫る脅威への集中力を高める。

 

 レッドキャップの刺突をサンディが払う。

 そこで開かれた腹部の隙に、塩害の女王が斬り込んだ。

 痛みを意に介さないレッドキャップが、懐に現れた獲物に手甲剣を向ける。

 その刃を操る右腕を、ロッシュが的確に矢で射抜いて、刃の軌道を反らす。


 急造の武具に、急造の連携。

 しかしながら、各自が求められた役割をこなして機能していた。


 それは、同じパーティを組み、自分に求められ、また求めた呼吸。

 それが分かっているから取れた阿吽の即興。

 それか機能した事でサンディは、ここが攻め所と果敢に前に出る。


 【ドゴッ!】


 その時、鈍い重音と強烈な衝撃が、サンディの体内を駆け巡った。

 横腹から伝達されたそれが痛みだと気づいた時には、宙を舞っていた。

 サンディの身体は軽々と吹き飛ばされ、そのまま塩害の女王をも巻き込む。


 受け止めようとした塩害の女王は、勢いを殺しきれずに一緒に押し倒された。


 それは、レッドキャップの武具の挙動に注視しすぎた事。

 不慣れな前衛を任されたにも関わらず、攻めの姿勢に傾倒しすぎた事。

 そして、蹴撃と言う意識に無かった攻撃による不意打ちに対処出来なかった事。


 諸々の要因が重なった。

 その結果、サンディが一番危惧していた一撃による巻き返しを食らう。


 重い身体を引きずるサンディと、気を失っている塩害の女王。

 動けない二人への追撃を阻害するように、矢を射掛けるロッシュ。


 しかし、痛みを感じる素振りを見せなかったレッドキャップは、意に介さない。

 その瞳に、倒れた二人の美女を捕らえて薙刀を構える。


 サンディは、レッドキャップが突進攻撃(チャージ)の体勢に入ったのを見て取る。

 そして慌てて塩害の女王を抱え、腰に巻いたストレージコートに手を伸ばした。

 迎撃態勢に入るのが無理だと察して、ヴィジランテでの逃走を試みたのだ。


 しかしながら、レッドキャップの動きの方が、圧倒的に早かった。


突撃刃(アサルトブレード)


 レッドキャップの強靭な体躯を携えて突撃して来る豪速の刺突攻撃が駆ける。


【ドガッ!】


 レッドキャップの技の発動とほぼ同時に、鈍い音と共に翠色のコートが舞った。

 サンディの目の前に迫る紅い槍弾の後ろで、ロッシュが宙に投げ出されていた。

 サンディの視線が両者の間を往復する。

 咄嗟に鑑定した結果、ロッシュは大ダメージを負って意識を失っている。

 だが、その代償として、レッドキャップの手から薙刀を取り落とさせていた。


『パラライズラッシュ』


 それは、ロッシュが所有する宝剣の能力を駆使した状態異常攻撃。

 その攻撃は左腕を集中攻撃して、一瞬にしてマヒ状態にして獲物を手放させた。

 ただし、そのロッシュは、攻撃の為に全ての力を費やしていた。

 その為、武具を落とさせた後、激突攻撃を無防備に受けて弾き飛ばされる。


 だが、レッドキャップの突撃刃(アサルトブレード)は止まらない。

 レッドキャップは、失った薙刀に変わり、本来の武器である手甲剣を構える。

 それはレッドキャップにとっての最大の武器。

 元転移者であった者が、運命の女神様から与えられる専用の宝具。

 サンディは、気を失っている塩害の女王に覆い被さる。

 そして、目の前に迫っている天災の刃から必死に守ろうとした。


「オマエ、これだけ好き勝手やったんだ。覚悟は出来ているな」


 サンディの横を一陣の風が駆け抜けた。


武離路(ブリッジ)

 

 それは、敵の進行を一時的に阻む堅固な障壁防御を生み出す。

 レッドキャップは、その障壁防御に阻まれて突進を足踏みさせられた。

 サンディの背後から赤髪の剣士が現れる。

 赤髪の剣士は、サンディとレッドキャップとの間に割って入り、攻勢に出る。

 レッドキャップは、仕掛けられた遅延行為に苛立ち、赤髪の剣士を睨む。

 そして武離路(ブリッジ)によって(くすぶ)らされている突撃刃(アサルトブレード)の照準を軌道修正した。


 サンディの目の前で突撃刃(アサルトブレード)の照準が、赤髪の剣士へと変わる。

 直後、その刃は武離路(ブリッジ)の障壁防御を突き破って赤髪に剣士に牙を剥いた。

 その攻撃は、今までの、どの攻撃よりも速く鋭かった。

 それは、半端に武離路(ブリッジ)で一時しのぎをした事による反動。

 そこで(くすぶ)っていたのは、 レッドキャップの苛立ちだけではなかった。

 突撃刃(アサルトブレード)のエネルギーが、その場で蓄積され収束されていた。

 それが武離路(ブリッジ)の崩壊と同時に、一気に開放されて襲い掛かる。


「やはりオマエは、すぐに狙いをブレさせる」


 赤髪の剣士は、冷めた口調で宝刀・蒟蒻切を握っている。

 そして、身体を(はす)に構えて、腰を落とした状態から駆けた。

 堅固なナマクラ刀が、突撃刃(アサルトブレード)を迎え撃つ。

 両者が選んだのは、共に突きの体勢。


 それは斬撃能力が無い宝刀・蒟蒻切が、唯一対抗し得る攻撃であった。

 

 ◇◇◇◇◇


 両者の間合いが急速に詰まる。 


 マサトは、刃を固定して照準を定める。

 それはもう、チキンレースでありロシアンルーレット。


 ここまで来ると両者が打てる手は少ない。

 半端な小細工を(ろう)しようとすれば、刃の固定が揺らぐ。

 緩んだ刃では、決死の突撃を敢行している相手に自分が狩られてしまう。

 かと言って、全く何もしなければ、ただ単に両者が串刺しとなって共倒れする。


 だからレッドキャップは全身を一つの弾丸と見なして軌道を制御する。

 両者が激突する瞬間に、最も威力を発揮し、自身が被害を受けないようにする。

 それは、この激突戦を繰り返して敢行し、制して来た経験から来る技能。

 レッドキャップは、それを突撃角度の微調整で実行が出来た。


 マサトは、自身の固有能力『常在戦場』の能力で集中力を高めている。

 そこからレッドキャップの思考と行動を予測して、一秒先の未来を見ていた。

 ただし、その未来予測も完璧ではない。


 予測とは、事前に収集した情報によって導かれる。

 その為、敵の思考がブレた時、または意図していない行動をされた時に崩れる。

 だから事前に、その不安要素と成り得たサンディを戦場から排除した。


 しかし、その予定を上回るスピードでサンディは戦場に戻って来た。

 しかも、訳の分からない援軍を連れて。


 こうなると、考えていた仕掛けを使うタイミングが難しくなった。

 しかし、そんな事を言っている猶予が無くなる。

 サンディが倒され、動けなくなっていた。

 だから、万全とは言えないが仕掛けるしかないと判断した。


 両者が仕掛けられる限界点が迫る。 


 そしてマサトは、レッドキャップとの激突がもたらす未来を見せつけられる。

 それは、ハルナが案じて危惧した最悪の未来。


 見せられた未来を変えられるのは、その未来予測に対応出来るだけの身体能力。

 それが無ければ、ただ悪夢を見せられるだけの呪いでしかない。


 だから、その最悪の未来を回避したければ行動しなければならない。

 しかし、刻々と変化する選択肢の中には、碌な未来が無い。

 選べるものの中の大半が最悪の未来を示唆している。

 そして気づけば、マシな未来も、すでにいくつか流れて行っていた。


 だからマサトは、決断しなければならない。

 マシな未来を手繰り寄せる為に……


 そしてマサトは、覚悟を決めて、そっと目を閉じた。

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