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093.ロッシュセイバー

 ◇◇◇◇◇


 サンディはマサト達と別れた後、自身を情けなく思いながら街中を駆けていた。


 マサトはベスとの合流の為だと言ったが、アレはウソだ。

 自分をレッドキャップから逃がす為の発言だったと気づいている。

 そして、向けられていた卑下た視線に何度も身を怯ませていた自覚があった。


 あの視線だけは、何度経験しても嫌悪感が拭えない。

 だから未だに、お父様達の庇護(ストレージコート)に頼ってしまう。

 そして、マサトの言葉を振り払えず、甘えて敵前逃亡をしてしまった。

 サンディは、湧き上がって来る後悔に(さいな)まれながら街中を駆ける。


「エセ商人」


 呼び止められて振り向いた先にはベスが居た。

 そしてベスの後方から駆け寄って来た者が、もう一人。


「誰!」


 サンディの魂に蓄積されている恐怖が、その身を縮こもらせる。

 その者は、長い銀髪の美女。

 この世界の伝承として記録と絵姿が残っている災厄の妖孤の姿。


塩害の女王(ハルス・バシリッサ)!」


「オマエも、そう言うのかにゃ……」


 身構えて後退するサンディの姿に、ベスが呆れながら後ろの美女に同情する。

 そして銀髪の美女は、悲しそうな瞳を向けて口を開いた。


「あのあの、わたしなのです……」


「ダーハ?」


 そう気づいてしまうと、確かにその顔にはダーハの面影がある。

 サンディは、落ち着きを取り戻して中古鑑定で確認をする。

 しかしそこに浮かんでいたのは、ダーハではなく塩害の女王の名だった。


「ちょっと、これって、どう言う事よ!」


 サンディは最近、中古鑑定の結果に何度も不信感を味わわされる。


「えーっ! どうしてそんな事になっているのです?」


「ほほう、おもしろいにゃ」


 サンディが鑑定結果を伝えると、二人から真逆の反応が返ってきた。


「ぶっちゃけ、子狐が私の所にやって来た時に現状の話を聞て、

二人で一つの魔法を撃つくらいなら、子狐の後ろについて来ていた駄犬の

銀狼の首飾りダイアウルフチョーカーを着けさせて成人化を(こころ)みた方が良いと思ったにゃ。

そんで、上手くいったのが今の子狐の姿なのにゃ」


「その時に一緒にいたベイルさんにも驚かれて、塩害の女王(ハルス・バシリッサ)って言われたのです」


「つまりそれって……」


「今の子狐は、塩害の女王(ハルス・バシリッサ)って存在として世界に認識されていると思うのにゃ」


「そんな事ってあるのです?」


 ベスの説明を聞いて、サンディには思い当たる事があった。

 それは、レッドキャップを鑑定した時と同じ現象のように思えたのだ。

 そしてベスから、別の視点での意見を聞かされる。


「ところで、この世界には塩害の女王って存在がいたのは、間違いないかにゃ?」


「ええ、伝承も文献も絵画として絵姿も残っているわよ」


「で、ソイツの本名って残っているのかにゃ?」


「えっ?」


「知らないのです……」


「つまり、そう言う事にゃ」


「成人化したダーハは、別の存在として認識されている?」


「これは鑑定阻害と言うよりも、認識阻害って感じかにゃ」


「そうなのです?」


「あと考えられるとしたら、塩害の女王って言う存在が持つ特殊能力なのかも」


「あのあの、どっちにしても助かるのです」


「そうね。正体が見破られないのなら、元に戻れば普通の生活に戻れるものね」


 おぼろげながらサンディの疑問が解け、塩害の女王も安堵する。


 その時、ベスが思案しながら一つの決断をした。


「ふむふむ、なら良い機会だから、ちょっと私の実験に付き合ってくれにゃ」


「え、いきなりどうしたのよ?」


「あのあの、おにいちゃん達と早く合流した方が良いと思うのです」


「どうせこのまま行っても、討伐前提の敵を相手に、

有効打が子狐の一手しかないのにゃ。それだけだと心もとないにゃ。

貧弱な攻め手を少しだけマシにしておこうと思うにゃ」


 そう言うとベスは、マジックポーチから翠色(すいしょく)のコートを取り出す。

 それはサンディのストレージコートの改修を行う為に用意していた試作用。

 それを身に着けてサントスのように変装したベスに、サンディが顔をしかめる。

 そして思わず口を出そうとした所、ベスが口に人差し指を立てて制止した。


「私の名はロッシュ。

無名の鍛冶師にして、グレイライズの工法に挑む者にぃ」


 ベスの意味の分からない宣言と変な語尾にサンディは困惑する。

 しかしながら、その真剣な瞳に有無を言わせない迫力があった。

 そしてサンディは思い出す。

 これは鍛冶職人が、一生に一度の成功を掛けて挑む挑戦である事を。


 しかしながら、周囲には鍛冶を行えるだけの設備は無い。

 その場にあるのは、素材であるグレイライズ鉱石。

 あとは、鍛冶師が所有する宝剣の一種である短剣が地面に突き刺さっている。


「そこの鑑定士には、これから始める工法の一部始終を見届けてもらいたいにぃ」


「え、ええ、引き受けたわ。でも、その変な語尾は、なんなの?」


 鍛冶師が生み出す緊張感と変な語尾によるマヌケ感。

 サンディは、その両方に引きづられて、感情と緊張感の置き場に困る。


「それはあとで説明するにぃ。

それより、これから先は鉱石の変化の見逃しが無いようにお願いするにぃ」


 鍛冶師は、魔石を取り出して宝剣の直上に魔石の力を開放する。

 そして生み出した魔力の台座を金床(かなとこ)に見立てて魔石加工を開始した。


 それは、ハルナが行っていた『魔法創造(クリエイトマジック)』と似た手法。

 ただし、その進行は非常に、ゆっくりとしたものだった。


 魔石の光に包まれたグレイライズ鉱石が加熱されてアメのように変化する。

 それが次第に、光の中で打ち鍛えられていく。

 繰り返されて鍛えられるうちに不純物が取り除かれていく。

 その工程での鉱石の変化を、鍛冶師は鑑定士に観測させた。


 鉱石は次第に形を整え、その姿を定めていく。


 それは間違いなく刀だった。

 鍛冶師は、自分の武器を打っていたのではなかった。

 鍛冶職人が一生に一度しか成功しないとされる挑戦。

 それを、これから向かう先にいる者へと届ける為に打っていた。


 サンディは思い出す。

 この者は、常に一歩身を引いた位置に居た。

 狩猟で得た物で装備を充実させてきた。

 しかしその中で、この者が得た物は、わずかであった。


 毎回、からかわれていた。

 それを、馴れ馴れしいのだと思っていた。

 だがそれは、常に一定の距離を離して接していたのだと、今更ながら気づく。


 何度か忠言を受けた。

 正論であったとしても、やはり反発する気持ちがあった。

 見下されていると言う気持ちの方が強かった。


 でも、今は素直に敬意を持ててしまっていた。


 サンディは、鍛冶師の鍛造工程を観測する。

 結晶の微細化、それに伴う方向性の整理化によって強度が増していく。


 サンディは、その美しく整えられていく工程に魅入られていった。

 そして、その美しい造形が完成目前となった時、変化が訪れた。


「えっ!」


【パシィィィーーーンッ!】


 サンディの漏らした一言と同時に、鍛造工程が打ち切られる。

 そして魔石の光は、魔力の台座の核となっていた宝剣に収束していった。

 魔力の光の収束と引き換えに一振りの刀が姿を現す。


「完成にぃ」


 ビリジアンコートのフードを下ろしたベスが、満面の笑みを浮べて完成を喜ぶ。

 しかしながら、サンディは申し訳なく思いながら、重い口を開いた。


「それは完成では無いわ。

あたしが余計な一言を発したせいよね。ごめんなさい……」


 サンディは鍛えられていた刀が、キレイに整う前に工程が終了した事を告げる。

 しかしながらベスは、仕上がった刀を見て動じる事無く答えた。


「いや、この刀身、『ロッシュセイバー』は完成なのにゃ。鑑定して視るにゃ」


 その揺ぎ無い言葉に後押しされて、サンディは鑑定を行う。


 するとそこには、製作者ロッシュの記述とロッシュセイバーの銘。

 そして、レッドキャップが持っていたベイルブレードを上回る性能があった。


「えっ、これってどう言う事? 失敗作でこれなの?」


「だから違うのにゃ。この刀身はこれで完成なのにゃ」


 サンディは、ベスの言葉に困惑が(おさ)まらない。


「エセ商人は、キレイに整っていないから、まだ先があると思っているのにゃ」


「そうでしょ、この刀は鍛えられ方が不安定な状態で切り上げられているのよ」


「そんなんだから、ここの鍛冶職人達は二本目が作れないのにゃ」


「えっ?」


 そう言ってベスは、刀をダーハに預けてフードを被る。

 そして再び魔石加工を開始した。

 今回は通常の魔石加工を行うように加工を進行させる。

 そして、魔石の光の収束と引き換えに、今度は薙刀を出現させた。


「ほれ、鑑定してみるにぃ」


「ウソでしょ……」


 サンディに手渡されたそれは、間違いなく二本目のロッシュセイバーであった。


「この世界の名工達の話を聞いていて思ったのは、

未熟だった鍛冶職人達が、一本のグレイライズ製の武具を作った後、

二本目が作れなくなった事への疑問だったにぃ。

これって要するに、その職人が小生意気にも上手くなったからだと思ったのにぃ」


「それって、どう言う事よ」


「見栄を張って、自分の腕を上手く見せようとしてキレイに整えすぎたのにぃ。

私が金物屋に提供したイミュランアンダーを覚えているかにぃ?」


「ええ、技術交換をするのだから、同等の価値がある物を渡すって言って、

ベイルに提供した耐熱仕様の服の事よね」


「あのイミュランアンダーの縫製には、手抜き箇所が随所にあるにぃ」


「はぁ?」


「つまり、手なりに縫っていて(ゆる)い所があるのにぃ。

それは、キレイに縫いすぎると融通がきかない動きにくい物になるからにぃ。

だからある意味これも、同じ技術を使って造った物なのにぃ」


「と言う事はつまり……」


「頭の固い職人気質の連中との相性が最悪な鉱石。それがグレイライズ鉱石にぃ」


 サンディは、唖然としながら手にしている新しい薙刀を見る。

 先程までは、唯一の武具作成機会をマサトの為に行っているのだと思っていた。

 そして、そのベスの行為に、敬意と感動を覚えていた。

 しかしながら、これらの行為は、全てベスの思惑の範疇(はんちゅう)だったと知らされる。

 サンディは、感動までしていたベスへの敬意が、一気に薄れたのを感じた。


「あと、エセ商人から視て、今の私は、なんと出ているにぃ?」


「えっ、そうね……えっ? ロッシュになっているわ!」


 ビリジアンコートを纏った姿だと、その鑑定結果はロッシュとなっていた。


「でもおかしいわね。例え変装していても普通は鑑定結果は変わらないのに……」


「それは、今の私は新技法を生み出した、ロッシュと名乗る人物だからだにぃ」


「えーっ、そんな事で良いのです?」


 ロッシュのあまりにもな言葉に、塩害の女王は唖然として聞き直した。


「歴史的な視点で見たなら、私は新技法を生み出したロッシュと言う人物にぃ。

そしてその認識は、今の様子を観測していたオマエ達から見ても同じはずにぃ。

子狐が塩害の女王と認識されているのも、金物屋が最初にそう認識したからにぃ。

だから、オマエ達も、今の私や子狐の事を呼ぶ時は気をつけるにぃ。

もしかしたら、オマエ達の認識が上書きされて鑑定対策の認識阻害が

剥がれる事になるかもしれないにぃ」


「もしかして、その変な語尾も認識阻害の為のキャラクター作りの一環?」


「まぁ……そうにぃ」


「なんだかウニさんを思い出すのです」


「この際、その屈辱を甘んじて受け入れるにぃ」


 ベスは単に「にゃ」と発言しないように言葉を留めていたに過ぎなかった。

 ただそれが「にぃ」となって、結果的に認識阻害に一役買う事となる。

 だから許容する事にしたのだが、ベスが受けたショックは意外と大きかった。


 そんなロッシュの心情など知らずに、サンディは新たな薙刀を見る。

 そしてコレがあれば自分でも、レッドキャップと対等に戦えるのではと思えた。


「この薙刀なんだけど、あたしがもらっても良いかしら……」


 それはサンディの素直な一言であった。そして言って後悔した。

 これはどう見ても、これからの戦闘を想定してダーハの為に用意した物だ。

 だから、そのあまりにも身勝手な事を言った自分をひどく恥じてしまった。


「あっ、ごめんなさい。やっぱりこれってダーハの為に用意した……」


「構わないにぃ。持って行けにぃ」


「はいなのです。わたしは、この刀を預からせてもらうのです」


 しかし、二人はアッサリとそれを承諾した。

 その事にサンディは、自身の耳を疑ってしまう。


「私は実践をしばらく離れていたにぃ。オマエが前に立てるのなら任せるにぃ。

この三人だと子狐は唯一の魔法の使い手だから、基本的に後方待機にぃ。

護身用と考えるなら刀を持たせておいても問題ないにぃ」


「はいなのです。おにいちゃん達と合流したら、これを渡すのです」


「そう言う訳で、私は今回、弓を使わせてもらうにぃ」


 そうしてロッシュは、グレイライズ製の矢じりを使った矢の量産を始める。

 サンディは、ロッシュが迷いの無い動きで準備を進める姿を見て迷ってしまう。

 それは自分に対しての信頼と受け止めて良いのだろうかと。

 そしてまた、何かしらの思い違いで、オチを付けられる未来が頭をよぎる。


 ただそれでも、自分が信頼されているのだと勝手ながらに感じてしまう。

 だからサンディは、今感じている素直な信頼感を信じようと思った。

 そして(かたく)なに出ようとしなかった庇護下から一歩踏み出した。


「……そんで、エロフに目覚めたのかにぃ?」


「はわわわ、なんだかとってもセクシ……エッチィのです」


「ちょ、ちょっとぉ、その言い直し方って、何かおかしいわよね?」


 そして、ある意味ズレた感性を発揮したサンディの行動に二人が驚いていた。

 サンディは、ストレージコートの隅に置いたままにしていた装束を着ていた。

 それは、白と新緑色を基調としたエルフの装束。


「これは風と樹木の加護も下で、身に着けた者を守護する魔法の法衣なのよ」


「ふ~む、聞いた感じだと、市街地戦じゃ碌に能力を発揮しない気がするにぃ」


「き、気持ちの問題よ。あたしだけ覚悟を示せていない気がしたから、

あなた達に合わせようと思ったのよ」


「でもでも、だからって自分から姿を出しちゃうって言うのはどうなのです?」


「エロフは本当に、どうしようもない事を考えるにぃ」


「あたしは普段がコート姿なんだから、こっちの方が結果的にバレないわよ。

それにあたしには、お父様のブレスレットに宿っている『鑑定制御』があるわ。

あたしに鑑定は通用しないわよ」


「ふ~む、そいつの存在は忘れてたにぃ。

そう言う事なら、なんとかなるかにぃ」


 こうしてサンディ達は、目まぐるしく推移していく戦況の中に飛び込んだ。

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