092.参戦者
◇◇◇◇◇
レッドキャップと衛兵団との戦いは、衛兵団優勢へと傾いていく。
それは決して劇的な変化ではなかった。
しかしながら、確実に真綿で首を絞めるように推移していった。
それは彼ら衛兵団が、地道に訓練を重ねて身に着けてきた成果。
レッドキャップのような、突然もたらされた力とは違う地力の差。
彼ら自身の力は決して大きくは無かった。
しかしながら、一度結束した時の安定感が違った。
彼らはレッドキャップのような、勢いに任せた調子の上下は少ない。
指揮を執る者からすれば、安定した戦力が期待出来る部隊は都合が良い。
ムラッ気のある部隊では、成果も損害も消耗も計算が出来ないからだ。
製錬都市の防衛能力は、この堅実な者達の手によって常に守られてきていた。
だからこそ、その自負が彼らを支え、この事態も収束出来ると信じている。
それが、後からやって来て、指揮権を奪い取った衛兵団長ウノムの見解だった。
だがそれは、楽観的な指揮官から見た都合の良い見解でしかない。
同じ土俵で戦う人間同士の戦いであれば、その理も通じる。
しかしながら、土台となる種としての能力が違う魔物相手では通用しない。
基本性能の違いとムラッ気による能力の振り幅による理不尽な暴風が襲来する。
薙刀によるたった一振りが、盾隊を薙ぎ払って包囲網の一角を崩壊させた。
衛兵団を指揮するウノムは即座に、破られた包囲網を埋めるべく人員を送る。
しかしながらレッドキャップは、即座に行動はせずに様子を覗っていた。
そしてその差が、レッドキャップに新たな道を開いてしまう。
崩れた包囲網の穴を埋めるべく、人員を移動させた事で包囲網の強度が落ちた。
それは、包囲の形を成してはいても、先ほどまでのような防御力は無い。
言うなれば、ハリボテの壁面。
レッドキャップは、ただ穴埋をする為だけに移動しているハリボテを軽く突く。
ただそれだけで、新たな逃走経路を発掘して見せた。
「まだだ、まだ逃がさんよ!」
そこに、後方の指揮に回されていたトーラスが、一団を率いて回り込んだ。
そして、これも想定内だと、ここぞとばかりに予備戦力を投入する。
その迅速な決断が、レッドキャップの足を止めた。
それが意味する所は、レッドキャップ最大の突撃攻撃を封じたのと同義。
トーラス達衛兵団は、瞬時に蹂躙される危機を脱する。
しかしそれは、あくまで一時しのぎにしかならない。
調子を上げた暴風が、陣形の修復より先に、再び衛兵団を薙ぎ払い始める。
そしてついに、レッドキャップの前に一筋の逃走経路が開かれてしまった。
「くっ、誰でも良い、ソイツを足止めしろ!」
包囲網からの脱出を図って駆るレッドキャップの背後から、必死の叫びが飛ぶ。
その時、一人の若い衛兵が、レッドキャップの前に飛び出した。
彼は、些細な抵抗にしか成り得ない大盾を構える。
それは、レッドキャップにとって、障害に成り得ない小さな壁。
レッドキャップは、その壁を壁と認識する事なく無常に吹き飛ばす。
そして青年ディゼは、宙空に力の入らない身体を投げ出された。
ディゼには、短い期間ではあったが製錬都市を守って来たと言う気持ちはある。
だからこそ、無為な死だけは御免こうむりたかった。
わずかではあったが、ディゼが稼いだ時間。
それが、あの魔物の討伐につながる事と信じている。
ディゼは、あとの事を仲間達に託した、と心の中で伝えた。
──が、
そんなこっぱずかしい事を考えていたと、誰にも知られなくて助かった。
現在ディゼは、槍を携えた美しい戦乙女とでも言うべき女性の庇護の下にいた。
宙空に放り出されたディゼを彼女が救ってくれていた。
ディゼは、その戦乙女の美しい横顔に見惚れてしまう。
そして戦場には似つかわしくない、ほのかに漂う清涼感のある爽やかな香り。
その二つの記憶が、ディゼの脳裏に強烈な印象として刻み込まれた。
一瞬、呆然としてしまったディゼ。
しかし、すぐに現状を思い出して周囲を見る。
そして自身の足元に、古びた馬車がある事を確認した。
それは、眼下を駆けるレッドキャップ目掛けて、現在進行形で投下されていた。
ディゼは、その訳の分からない状況を、夢でも見ているかのように感じる。
そして現実感のないまま、何も出来ないでいた。
だがそんな事は、レッドキャップの知る所ではない。
レッドキャップは、頭上の異変に気づき、後方に飛び退く。
そのまま直進をしていたなら、馬車の下敷きになっていたであろう。
それをレッドキャップは、適切な判断で回避した。
そしてそれは同時に、ディゼ達のピンチとなる。
なぜなら、投下された馬車の上で、地面への激突を待つ立場にあったからだ。
『ヴィジランテ』
戦乙女がしゃがみ、馬車に手を触れて叫ぶ。
すると、神々しい光のを纏う霊体の馬、スピリットホースが召還された。
自警団の名を持つスピリットホースが、古馬車を牽引する。
墜落していた馬車は、スピリッツホースに軌道修正をされて地上に降り立つ。
そして戦乙女は、古馬車を魔物に向けて反転させた。
戦乙女は、ディゼを古馬車から降ろして槍を構える。
そして、腰に巻いた古びたコートのような物をひるがえすと、魔物と対峙した。
「あの魔物を良く留めてくれました。感謝します。
あとは任せて後退して下さい」
ディゼは、戦乙女に掛けられた言葉に困惑する。
しかしながら、その直後に消えたスピリッツホースと古馬車に気づいて察した。
彼女は、すでに戦闘態勢に入っているのだと。
ディゼは、言われるがままに、その場から引き下がる。
その視界に、高々と奇声を発し出したレッドキャップの姿を捕らえながら……
その姿は、待ちわびた獲物を見つけた歓喜のように映った。
だから、その奇声を聞いて、このまま下がって良いものかと逡巡した。
──が、その直後
下卑た奇声で歓喜していたレッドキャップの声が激変した。
その異常な雄叫びに、ディゼの視線が引き寄せられる。
そこには、新たに降り注いだ厄災に見舞われた、魔物の姿があった。
『熾輝夏砂』
魔物が出没した当初に目撃されたと言う赤槍が、レッドキャップを貫く。
その規模は、情報以上の威力を現し、拘束燃焼でレッドキャップを蝕む。
その術者と思われる人物が、一振りの刀剣を突き出しながら姿を現した。
その者の手にあったのは、戦乙女の物と同じ、飾り気の少ない刀剣。
その事から、どちらも同じ刀匠の業物だと思われた。
だが、ディゼの周囲の視線は、他の所に向いていた。
『塩害の女王』
誰かが古の忌み名を口にした。
それから瞬く間に、その名が広がっていく。
それは、かつて猛威を振るった悪女の名称。
一晩にして一国を落とし、不毛の大地を生み出したとされる妖孤。
その痕跡は、現在も砂漠となって残っている。
ゆえに、その種を『害種』として、未だに恐怖の対象とする者が大半であった。
金髪の戦乙女とは対照的な、【銀髪の美女】の登場に周囲が恐怖する。
それはレッドキャップとは別種の……魂に蓄積されてきた恐怖であった。
衛兵団の包囲網の中に戻され、焦熱地獄の中から脱出した魔物に追撃が注ぐ。
それは、赤髪の剣士と共闘をしていたビリジアンコートによる物だった。
ビリジアンコートは、今回はクロスボウの代わりに弓を手に持っていた。
威力で言えば、安定した射出が出来るクロスボウの方に分があるように思える。
ゆえにディゼは、それを持ち替えて来た事を不思議に思っていた。
しかしそれも、放たれた矢によって考えを改めさせられる。
彼が放った矢は、衛兵団の弓隊が放ったどの矢よりも深く鋭く魔物を射抜いた。
そしてそれは、彼を含めた二人の美女が斬りつけた斬撃にも同じ事が言える。
その戦闘を見守っていたディゼ達は、その急激な戦況の変化に戸惑う。
そして戦闘中に矢を使い果たしたビリジアンコートの行動が、常識を破壊した。
彼は、戦線を離脱すると魔石を取り出して、追加の矢の生成を始めた。
そこで造られた矢は、グレイライズ鉱石を用いた矢じりの矢。
彼は、安定生産が不可能とされたグレイライズ製の武具の生成を実行する。
しかもその手法は、こちらも不可能とされていた魔石加工による複製生成。
その事実を目撃したトーラスは、鑑定持ちを呼び寄せる。
そして彼らの事を調べさせた。
そこで浮き上がって来た情報は、
金髪の戦乙女は、『──』
銀髪の塩狐は、『塩害の女王』
ビリジアンコートは、『ロッシュ』
ビリジアンコートのロッシュ以外は、鑑定阻害を受けていた。
しかしながら彼らの武具が、全てグレイライズ製である事が断定される。
その銘は、『ロッシュセイバー』
全て目の前にいる刀匠の手によって生み出された物だった。




