090.衛兵団
◇◇◇◇◇
「まーくん、大丈夫?」
「ああ、毎回助かる。
予想はしていたが、パワーとスピードで押される。
相手に大した技術が無いおかげで対抗は出来ているが、
それも接近されて武離路の防御を剥がされると
誤魔化しがきかなくなる」
マサトは、ハルナに負傷を回復してもらうと再び前線に戻る。
そこでは、レッドキャップが吠えながら執拗にサンディを追撃していた。
すでに人間の言葉を失ったのか、レッドキャップからは奇声しか発せられない。
互いに槍を交わして攻防を繰り広げているが、基本的にサンディは防戦である。
レッドキャップは、交差した槍を払うと、横を抜けるサンディに剛腕を振るう。
そして、力任せに振るわれた右腕で、そのままサンディを吹き飛ばした。
サンディは、放置された無人の露店へと放り込まれ、崩れた積荷に埋もれる。
そのサンディへの追撃を抑えるべく、マサトはレッドキャップの前へ割り込む。
その時、レッドキャップの動きが鈍り、数瞬止まった。
レッドキャップの視線は、サンディへと向けられている。
マサトは、その不可解なレッドキャップの動きの隙を突いて斬り掛かる。
しかし、その攻撃をレッドキャップは掻い潜り、サンディへと矛先を向けた。
今までレッドキャップは、目の前にいた者を優先的に攻撃対象としていた。
しかし今回は、その矛先が自分から反れた事に、マサトの違和感が増幅される。
そして マサトの視線も、自然とサンディへと流れた。
するとそこには、めくれたフードを被り直しているサンディの姿があった。
(コイツ、サンディの正体に気づいたのかっ!)
マサトは、レッドキャップの真意はつかめなかったが、その原因は理解した。
ヤツにとってのハーフエルフとは、どのような存在なのかは計り兼ねない。
しかしながら、サンディへの攻撃は、追撃から捕縛へと変化していった。
マサトは、明らかに興味がサンディへと移った事を確認する。
「マサト、コイツ……」
そしてサンディも、レッドキャップの変化に気づき、動揺の色を見せた。
「オレからあまり離れるな。単純な力比べに持ち込まれると手に負えなくなる」
マサトは、サンディの動揺を抑える為にも声を掛けてフォローに入る。
しかし、それが癇に障ったのか、レッドキャップが吠え、凶暴化した。
マサトに向けられて大きく薙ぎ払われた刃が、暴風雨の如く荒れ狂う。
刃路軌を基本とするマサトの持ち技は、一度刀を振るう動作を必要とする。
その為、攻撃のスピードが勝る相手と対峙した時、その技を振う隙を失う。
マサトは、そうなる前に、敵の動きを先読みをして仕掛けを施す。
刃路軌を飛ばして、間合いを中距離に保つ。
武離路を重ねて網の目状に設置して障壁防御を構築する。
それらは刺突攻撃を反らし、大振りの斬撃を防ぐ。
重さ、威力、速度。
攻撃の質が全て上回っているレッドキャップ。
その敵にウザイと言わせるマサトの防御能力。
それを可能としたのは、マサトの固有能力『常在戦場』であった。
それはマサトの身体能力と集中力を向上させる。
そこに敵の単純な思考と単調な行動が重なる。
この結果、マサトの思考は、敵の一秒先の未来を予測する。
そしてそれが、速度で劣るマサトをレッドキャップの域にまで押し上げた。
レッドキャップが乱暴に振り回す薙刀の軌道を、武離路が反らす。
その隙を突いて一撃を加え、後退時に新たに武離路を設置する。
マサトは、一撃離脱設置を繰り返して、レッドキャップの戦力を削りに掛かる。
本来なら都市の衛兵達に任せたい仕事だったが、その衛兵達が頼りにならない。
なぜなら彼らはレッドキャップを発見すると、無能な突撃を繰り返したからだ。
それは、レッドキャップの見た目が、ゴブリンのように見えたからであろう。
製錬都市は敵の戦力を見誤り、戦力の逐次投入と言うバカな消耗戦を敢行する。
マサトとしては、一旦戦闘区域から離脱したいと考えている。
しかしながら、低下していく都市の防衛能力を前にすると、そうもいかない。
それは、レッドキャップを逃がす訳にはいかない立場でもあったからだ。
衛兵達には、レッドキャップを抑えてもらわなければならない。
レッドキャップを捕捉し続けてもらわなければならない。
そして離脱時には、追撃を妨害してもらわなくてはならない。
その為にもマサトは、可能な限り衛兵達の致死の未来を刈っていく。
マサトは、彼らに向けられた斬撃を摩施で叩き落す。
そして返す刀で刃路軌を放ち、衛兵を吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇
「ディゼ、大丈夫か!」
「ああ、僕は大丈夫だ。だけど……」
最初は偶然や幸運に助けられたと思った。
製錬都市の衛兵として勤めて二年。地道に誠実に仕事をこなしていた。
街中を同僚と見回り、酔っ払い達によるトラブルを仲裁して回る。
今日まで街中に魔物が現れるような事態は無かった。
その緊急事態も、魔物の正体がゴブリンであった事で、早期解決が見えていた。
なぜなら、ゴブリンなら戦闘訓練を兼ねた任務で定期的に討伐している。
だから油断もしたし、討伐欲を出した。
それは周囲の者達も同様で、ゆえに次第に気づき始める。
目の前に漠然としながらもあった、死の境界線の内と外の結末の差を。
正義感や使命感で、無謀な突撃を敢行した者達は、無残な姿となっていった。
そして今、赤髪の剣士に弾き飛ばされた自分達だけが、生き延びている。
自分と赤髪の剣士との力量は、それほど大きく離されているとは思えない。
しかし、赤髪の剣士と共闘している者達との連携に大きな差があった。
彼らの連携は、自分達衛兵が訓練で身に着けた洗礼されたものでは無かった。
しかしながら彼らの動きは、一つの意識の下で繋がっていると感じさせる。
それが現れていたのが、赤髪の剣士と槍使いの位置取りだった。
移動と戦闘を繰り返す彼らにとって、攻防の切り替えは一つの武器であった。
彼らは、止む事のない継続戦闘の中で、一時の休息を交互に取る。
人間と魔物では、体力に大きな差がある。
ゆえに持久戦を挑もうものなら、先に体力が尽きて敗北が濃厚となる。
その差を彼らは、絶妙のタイミングと間合いで埋めていた。
魔物を相手にする時は、初撃に最大の攻撃を叩き込むのが定石だった。
だから最初は誰もが、また赤髪の剣士のニセ者が戦っているのだと思っていた。
あんなゴブリン相手に、いつまでも手をこまねいているのだから……
しかし、その初撃を赤髪の剣士に妨害され、死の刃から逃れた今なら分かる。
自分達は思い違いをしていたと。命を救われたのだと。
敵は格上の魔物で、定石と言うエサで自分達を狩る狩猟者だった。
そしてディゼは、自分が冒険者ではなく衛兵である事を思い出す。
自分達は冒険者や英雄のように、華々しく戦う者ではない。
地に足をつけて堅実に都市を守るのが役割だ。
それを思い出させてくれたのは、赤髪の剣士だった。
ディゼが見た赤髪の剣士は、噂で聞いた単身で魔物を圧倒する英雄ではない。
彼は特異な技を持つも、仲間との連携で、かろうじて魔物に対抗していた。
ゆえに最初はディゼ達も、彼がニセ者だと思い込み、意識するのを止めた。
それが、名高い冒険者と自分達衛兵が比べられた時と同じだと気づかずに。
赤髪の剣士が、魔物を倒せないでいるのを見て侮った。
自分が一人で魔物を倒せない事を棚に上げて。
そして仲間の助けを借りている事を見下した。
それは英雄の姿では無いと。
しかし彼らに守られ、継続される戦闘を見せられてディゼは気づく。
あれは戦いの規模こそ違うが、自分達衛兵と同じ戦い方なのだと。
それに気づいた時、自分を恥じた。
衛兵は、個人の力で魔物と対峙して、魔物の都市への侵入を防ぐ者では無い。
結束された集団の意思と力で対抗して、魔物から都市を守る者だ。
その自分達が、仲間の助けを借りて戦う者を見下してしまっていた。
あの赤髪の剣士は、大衆が求める英雄では無いだろう。
しかし彼の戦い方とは、自分達衛兵を映す鏡だった。
赤髪の剣士は、自分達衛兵にとって、間違いなく等身大の英雄だった。
ゆえに、ディゼを始めとする生き残った衛兵達に、大きな影響を及ぼす。
「キサマら無事か。無事ならワシの指揮下に入れ」
大柄な男性が、大声を上げて周囲に呼び掛けた。
その者の姿にディゼは見覚えがあった。
「トーラスさん、こっちにも生き残りの衛兵が居ました」
「よし、動ける者は全員ワシの下に集まれ!」
トーラスと呼ばれた男性は、衛兵達に声を掛けて、まとめ上げていく。
彼の登場で、場に統制が生まれる。
「キサマらは、無為に魔物に突っ込んで行った者達とは違う。
自分達の力の使い方を知る優秀な衛兵だ!」
トーラスに言われて、先走った挙句に、赤髪の剣士に助けられた事を思い出す。
そして皆、無言で顔を反らすも、トーラスは場の空気を無視して声を張った。
「ゆえに、ワシらは衛兵団の戦い方を、鎮圧戦を開始する。
ワシらの中に英雄はいらぬ。
実直に確実な仕事を行う集団がワシらだ。
自分達が教え込まれ、最も力が発揮出来る戦い方に専念しろ!」
トーラスは集めた衛兵達に、難しい事を要求しないと宣言する。
そして代わりに、プロ意識をもって十全な力を発揮しろと言った。
それを聞いた衛兵達の顔が引き締まり、整然とした動きを取り戻す。
「オイ、キサマ、いけるか!」
「は、はい、大丈夫です」
ディゼはトーラスの声に応えて、仲間の衛兵から受け取った大盾を構える。
「よし、盾ぇー、前へ!」
「盾ぇー、前へ!」
トーラスの号令を盾隊の部隊長が復唱する。
そしてディゼを含む盾隊が、盾構えたままレッドキャップに突撃した。
衛兵団はトーラスの指揮の下で、盾隊でレッドキャップを包囲する。
そして盾の隙間から、槍隊が槍を突き出してレッドキャップを牽制した。
トーラスは包囲が完成すると、その中に剣隊を送り込む。
彼らは回復魔法の支援を受けながら、レッドキャップと対峙する。
当初レッドキャップは、今までと同様に衛兵団の相手をしていた。
しかし、次第に煩わしく思ったらしく、空中に飛んで包囲網からの脱出を図る。
だが、そこを待ち構えていた術隊と弓隊が、容赦なく撃ち落とす。
トーラスの指揮下に集った衛兵団は、もう目の前の魔物を侮る事は無い。
彼らは決定打を与える事が叶わなくとも、確実に敵の体力を削っていく。
わずかながらの手傷を与えるチャンスを生み出すべく、地に足を付けて戦う。
だから仲間を守る盾となるディゼは、倒れる訳にはいかない。
ゆえにディゼは、盾を構えながらレッドキャップの動向を注視する。
そして、いつしか姿を消した赤髪の剣士達に気づいていなかった。