009.使い魔
──冒険者ギルド──
「使い魔登録、お願いしまぁーす♪」
ハルナは冒険者ギルドに到着すると、見知った顔の受付嬢のアンナに、
両手で抱えた小型の魔獣チワ・ワンティコアの使い魔申請を申し込んだ。
「しょ、少々お待ち下さい……」
使い魔申請を受けたアンナは、顔を引きつらせながら奥へと消えて行く。
ハルナの元気な声は、ギルド内の注目を集めるも、
マサト達がハルナの周りを囲み視線を遮った事と、
問題の使い魔が、少女に抱えられるサイズであった事から
冒険者達の興味は自然と、目の前に並ぶ食事とエールに注がれていった。
マサト達が待っている間に、依頼の達成報告と、
持ち帰ったグレイウルフの解体と買い取りの申請をしていると、
程なくアンナが戻って来た。
「ギルド長がお会いになりたいとの事です」
アンナに促されて、マサト達はギルドの奥の部屋へと導かれた。
マサト達が通された執務室には、
屈強な体躯の男性と、凛とした佇まいの女性が居た。
「俺が、ここのギルド長のヒュージィだ。
そこに居るのは、俺の昔馴染みの冒険者のシャロンだ。
たまたま訪ねて来てくれていたのだが、何やら面白い物が見られるとの事で、
意見を聞こうと同席してもらった」
「シャロンと申します」
「はじめまして、【サントス】と申します。
ゆえあって、このような姿で申し訳ありません。どうかご容赦下さい」
ギルド長との話し合いは、ハーフエルフのサンディの冒険者としての姿、
サントスで行う事を事前に決めていた。
サントスは、フード付きのコートで素顔を隠して、
男性として冒険者活動をしている。
そのフードは、ベスによって切り裂かれていたが、
ここに来る前にベスが縫い直している。
フードの額部から頭頂部に掛けて、【XXX】と、
わざと大きな縫い目を残してコミカルに仕上げた所、
サンディ以外には好評であった。
「まず今回、我々が入手した使い魔がこちらになります。ハルナさん前へ」
ハルナが、ガブリエルを抱え、ヒュージィとシャロンに見えるように歩み出る。
「獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾。この魔物はマンティコアか?」
「その変種だと思っていただいて結構かと」
「しかし、随分と小柄な魔物ですね。まだ子供なのでしょうか?」
「そこはまだ不明です。ただし……
あっ、御二方、その……全く危害はありませんので落ち着いていて下さい。
ハ、ハルナさん、ア、アレを見せてあげて下さい……」
「は~い、ガブリエル、オシッコ!」
【パシュッ!】
チワ・ワンティコアのサソリの尻尾から液体が床に放たれる。
床に散布された液体は気化し、部屋中を濃霧で満たしていった。
【きゃぁぁぁーーーーーっ!】
女性の悲鳴が響き渡る。
ヒュージィとシャロンの目の前に巨大な魔獣と化した
チワ・ワンティコアが姿を現した。
「くっ、計られたかっ! 貴様らどこの手の者だっ!」
「ヒュージィ下がりなさい! ここは私が食い止めます!」
ヒュージィとシャロンは、素早く剣を抜き、
チワ・ワンティコアに襲い掛かろうとしている。
【ストーップ!】
マサトが慌てて制止する。
「ハルナ、ガブリエルの霧を振り払え!
ギルド長さん達は落ち着いて下さい! これは幻覚です!
アナタ達は先程確認した子犬がそんなに怖いですか?
オレとハルナは、登録四日目の新人です。
新人が捕まえれる魔物が、そんなに強い訳が無いでしょ?」
「オマエもオマエにゃ! こうなる事が分かっていて
なに悲鳴を上げて気絶しているにゃ!」(ビシバシビシバシ)
ヒュージィとシャロンは、濃霧の向こうから聞こえてくる声に困惑しつつも、
次第に晴れていく濃霧に冷静さを取り戻していった。
霧がスッキリ晴れた部屋の中は、微妙な空気を醸し出していた。
必死に恐怖を押し隠しながらサントスは口を開く。
「す、すみません。もう少し詳しく説明してからお見せすべきでした……」
「いや、こちらこそすまない。事前に危害は無いと教えられていたのに、
疑うようなマネをしてしまった……」
「本当にごめんなさい……」
「では、話を進めさせていただきます。
このマンティコアの変種……捕獲したこちらの三名が言うには、
チワ・ワンティコアですが、サソリの尻尾から幻覚液を射出する特徴があります。
この魔物とは、ドレッドベアの討伐依頼を遂行中に遭遇しました。
その際、同行していた冒険者達に置き去りにされ、必死に逃走していた所を、
彼ら三名に助けられ無事に戻って来る事が出来ました。
我々より先に帰還した冒険者達から、報告があったと思いますが、
冒険者ギルドは、どの様な対処をする事になっているのか、
お伺いしてもよろしいでしょうか?」
サントスは、置き去りにして逃げた冒険者達の、
その後の行動と対処について探りを入れる。
ヒュージィは、先程アンナから受け取った依頼報告書に目を通し読み上げた。
「ああ、これだな。参加者名にサントスとある。
ドレッドベアとの戦闘中に別の魔物に襲われ殺されたとある。
乱入して来た魔物が死体を食わえて持ち去った為に遺留品も無いそうだ。
ドレッドベア自体は討伐されている為、依頼は達成報告として受理されている」
「酷いものですね。
仲間を見捨てての達成報告。未知の魔物との遭遇報告も無しですか……」
「サントスはシルバーランクとしては珍しい
マジックバック持ちとしても知られている。
大方、運搬役として便利に使っておいて、危なくなって囮にしたのだろう。
冒険者としてのモラルも無ければ、魔物に対する危機管理能力も無い。
ブラックリスト入りだな」
「行きずりの野良パーティですから……
こちらも毎回リスクを理解した上で参加しています」
「それでだ、そのチワ・ワンティコアは他にもいるのだろうか?」
「我々が遭遇したのは、この一匹のみです」
「捕獲時の様子を聞かせてもらいたい」
「マサト、お願いします」
マサトはサントスに話を振られ掻い摘んで説明した。
遭遇前に霧に囲まれた事。
視界を確保する為に魔法で霧を散らした事。
霧を散らした事で幻覚が無効化された事。
バインドの魔法の足止めが効き捕獲が出来た事。
マサトは一通り説明すると再び後の事をサントスに任せた。
サントスとヒュージィは遭遇場所を地図に記録し、活動範囲を推測して
今後の調査について意見を出し合う運びとなった。
マサト達は、それら諸々をサントスに丸投げして受付に戻ると、
申請しておいた依頼の達成報酬と素材の換金が済んでいたので、
それらを受け取って、改めてガブリエルの使い魔申請をした。
「さて、この後だけど、どうする?」
「サンちゃんとガブリエルのパーティ加入祝いをしよう!」
「じゃあ、どこかで食べていくか?」
「う~ん、今朝借り直した部屋が、ちょうど四人部屋だったし、
食べ物を持ち込んだらどうかにゃ?」
「そっちの方が良いのか?」
「今のままだと、例の置き去りパーティと出くわすとトラブルの元にゃ。
それにコート姿のままだと気が張るからパーティに入りたかった訳だし、
宿屋の部屋の中なら素に戻れるので、そっちのほうが良いと思うにゃ?」
「確かにそうだな」
「じゃあ、ボクとベスにゃんで何か買って来るね」
そう言うとハルナとベスは夕食の調達に向かい、マサトはギルド食堂で
果実水を飲みながらサントスを出待ちして宿屋へと向かった。
──宿屋フォックスバット──
陽が沈み、階下の食堂で多くの冒険者達が、エールを片手に
談笑に華を咲かせている頃、宿屋の一室に四人と一匹は集まっていた。
「ああ、素晴らしいわ、この開・放・感!」
「おいバカ、ヤメロ! 見てるこっちが恥ずかしくなる!」
「あら~? 照れちゃって可愛いわねぇ」
「行っちゃえ、ガブリエル!」
「ワウッ!」
「きゃあーっ! ちょっと止めてよ。ソイツ、こっちに近づけないで!」
部屋の中央で恥女の如くコートを全開にし、
恍惚とした表情を浮かべているサンディに、
その場の空気を全て持っていかれていた。
「その……ごめんなさい。このコートを手放してゆっくり出来る事って、
今までほとんど無かったから、ついはしゃいでしまって……」
サンディは脱いだコートを背後の二段ベッドに掛けて座り直すと、
今まで抱えていた諸々の思いから吐露していた。
コートを脱いで露わになったサンディの姿は、
サントスとしての男物の衣類を身に着けているものの、
その長く美しい金髪が目を引き、端整の取れた顔が見る者を魅了する。
【オロロロロロォーーーーー】
「オマエ、酒が弱いなら、なんでこんな無茶な飲み方するにゃ!」
「サンちゃん、情緒不安定すぎだよぉ」
(この残念さが無ければなぁ……)
床を相手に諸々を吐露してグッタリするサンディ。
今まで抱えていたストレスを、ここぞとばかりに発散させた結果なのだろう。
マサトは床掃除をハルナに任せ、サンディを二段ベッドの下段に寝かせつける。
「一度吐いてスッキリしただろうし、しばらくは大人しく寝てるだろう」
「サンちゃんは、残念美人さんだねぇ」
「クゥ~ン……」
マサト達は、買い込んで来た食べ物をつまみながら、他愛も無い会話を続ける。
ベスは適度にエールを飲みながら焼き魚にかぶりつき、
マサトとハルナは早々に果実水に切り替え串焼きを食べていた。
そしてガブリエルはハルナに捕まり撫で可愛がられグッタリしている。
時折、ガブリエルはハルナの隙を見て逃走を試みるも、
『バインド』&『マージ』
「キャイン、キャイィーン!」
「ガブリエル、逃げちゃダ~メッ」(エヘヘッ)
ハルナのバインド(足止め魔法)からのマージ(引き寄せ魔法)による
捕獲パターンが繰り返されていた。
「オマエも大変にゃ」
「ん? どうした?」
「あの魔法、バインドとマージって要するに【構ってちゃんコンボ】にゃ。
あとアイツが使えるライト、ブライン、フォグは【目潰し三点セット】なのにゃ。
アイツのオマエに対するスタンスがアイツの所持魔法なんじゃないのかにゃ?
オマエに向けられないと良いにゃ……」
ベスは、チビチビとエールを飲みながら、ハルナとガブリエルを眺め呟いた。
「えっ、いや、考えすぎだろ……」
マサトは、自信無さげに答える。
ハルナの所持魔法のライト、ブライン、フォグに関しては、
確かに使用用途が偏っている気はしていたが、改めて指摘されると、
目の前で無邪気にガブリエルと戯れているハルナの姿が、
ちょっと怖くなってくる。
「世の中には気づかなくて良い事があると思うんだ。オレは……」
「……私は何も気づいてないにゃ……」
「お~、よちよち。も~う、ガブリエルはカワイイなぁ」
「ク、クゥ~ン……」
ハルナの無邪気な笑い声が響いていた。
◇◇◇◇◇
用意した食べ物が粗方食べ尽くされた頃、サンディがムクリと起きてきた。
「お腹すいた……」
「サンちゃん、お目覚め~、焼き鳥食べりゅ?」
「オマエ、口が回ってないにゃ。もう寝るにゃ」
「う~ん、ねむねむ……おやすみぃ」
「クウゥ~ン……」
「ほら、サンディ。焼き鳥と果実水な。酒はもうお終いだ」
「ありがとう。あと悪酔いしてゴメン……」
眠気に負けたハルナは二段ベッドのハシゴを上り消えていく。
ガブリエルも寝ぼけたハルナに抱えられ無抵抗に抱き枕と化し消えていった。
サンディは、焼き鳥を受け取ると、小動物のように大人しく食べ始めた。
「それじゃあ、明日からの事を少し話しておかないか?
サンディは、今までどおりサントスとして冒険者をするので良いのか?
パーティの加入申請はまだ保留にしてある。
オレ達は、登録して間もない最下位のカッパーランクのパーティだ。
一応サントスは魔物に殺された扱いになっていただろ?
タイミング的に今ならギルド長に掛け合って、
サントスの経歴を引き継いでの再登録の相談が出来ると思う。
ダメでもサンディとしてオレ達と同じランクで再出発出来る。
そこの所はどう思う?」
「そうね、あたしは二つ上のシルバーランクだけど、
あなた達を見ている限り、ランクなんてすぐに上がると思うわ。
だからサントスとしてのランクはあまり気にならないかな。
単純に戦闘面だけで言えば、ベスはあたしの一つ上のゴールドランク。
ハルナは、シルバーランク。マサトは、一つ下のアイアンランク相当ね。
あっ、気を悪くしたらごめんなさい……」
「いや、オレの見立てでもそんな感じだな。」
「それで、考えないといけないのが、
あたしがサンディとして表に出てしまった場合のトラブルよね。
ほら、あたしって美人じゃない?
言い寄って来る男性が後を絶たないと思うのよ」
「まぁ、そうだな」
「えっ、あ、うん……
そうアッサリ返されると恥ずかしいんだけど……」
「でも、サントスのままでも、
今回の置き去りパーティに絡まれる未来が目に浮かぶのにゃ。
まぁ、それを差し引いても個人的には、
サントスのままでいる方が良いと思うにゃ。
そうすれば、傍から見たらサントスが新人三人を連れてるように見えるにゃ」
「あたしとしても、元々変な男達に絡まれたく無いから男装していた訳だし、
対外的に男性二人、女性二人のパーティになるから、その方が良いかもね。
マサトのハーレムパーティって目で見られたら、余計に変なのに絡まれそうよね」
「助かる。じゃあ、サントスとしてパーティの加入申請をするな。
それで、サンディは何か予定があったりしないのか?
オレ達は、戦闘訓練を兼ねた狩りをする予定なんだけど?」
「特に無いわ」
「そうか、なら数日はオレ達の戦闘訓練に付き合ってくれ。
オレ達のパーティって、前衛をしなければいけないオレが一番脆いからなぁ……」
「気にしなくて良いにゃ。
後先考えずに突っ込んで行くバカが一番厄介なのにゃ。
現状なら盾役なんて私でもソイツでも出来るのにゃ
バインド入れとけば同格相手でも三体までなら相手が出来るにゃ」
「そうね、冷静に分析が出来る冒険者って貴重よ。
マサトはパーティのリーダーだって認められている事に
自信を持って良いと思うわ」
「ああ、ありがとう。
あとサンディにも時間がある時に剣を教えてもらいたいかな」
「ええ良いわよ、あたしが手取り足取り教えてあげるわ」
「ああ、よろしく」
「えっ、あ、その……本当に手とか足とか取って教える訳じゃないからね……」
「オマエも毎回、見栄を張って自爆してんじゃないにゃ。
もう寝るにゃ。またたび~」
「ああ、オレも寝るわ。おやすみ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんだかすごく恥ずかしいじゃない!
ああもう~、おやすみ!」
こうして、その日の夜は更けていった。