088.ベイルブレード
◇◇◇◇◇
サンディは、マサトの後を追従していた。
そのマサトはと言うと、レッドキャップを追跡している。
サンディも、その危険な行動に追従するも、やはり聞かずにはいられなくなる。
「マサト、ハルナ達と合流しようとしているのに、
なぜレッドキャップが戦っている場所に近づいて行くの?」
「それは、ハルナ達もレッドキャップを追っているからだ。
オレ達に掛かっている呪いは、ヤツを倒さないと解けない。
だから、ヤツを逃亡させる訳にはいかないんだよ。
ハルナには、今の状況を想定して、事前に戦闘を避けて、
遠目で見失わないように監視をしてもらっている。
だから、こっちに気づいたら、向こうから……」
サンディが、マサトの言葉を途中まで聞いていた所で、身体が浮く。
そのいきなりの変化と、高速で流れて行く視界の変化にパニックになる。
そして、眼下で駆けるマサトの姿が小さくなっていくのを見て一度。
辿りついた場所で、先ほど視た赤髪の魔女と邂逅して二度。
自分の身に起きた唐突な出来事に背筋を凍らせて戦慄した。
「サンちゃん、おかえり」
「ハ、ハルナなの?」
サンディは、赤髪の魔女に掛けられた言葉で、相手がハルナだと認識する。
そのハルナは、自身の正面に三つの水球を円盤状に変化させて展開していた。
「そうだよぉ。
今、ま-くんも呼んじゃうから、ちょっと待っててねぇ。
よし、見つけた。『マージ』」
ハルナは奇妙な仮面を被り、いつもとは違って髪をほどいている。
その紅い髪は、陽の光に照らされて美しく風になびいていた。
それは見る者によっては、神秘と恐怖の相反する印象を与える。
ハルナは合流魔法マージを唱える。
そして、街中を見下ろしていた建物の屋上までマサトを引っ張り上げた。
サンディは、ハルナの視線の先を追い掛ける。
実際に体感した身ではあるが、そのあまりにも長い有効距離に再度驚かされた。
「な、なんなのよ、この長距離移動は!
いつもの五倍……は言いすぎだけど、三倍はあるわよね?」
「たぶんだけど、この水鏡レンズを使って視認が出来て、
間に障害物が無ければ、五倍もいけちゃうかもだよ。
ただ、長いだけだと使い道は無さそうだけどねぇ」
ハルナは、肩をすくめながら答えた。
そしてマサトと合流すると、浮遊させていた水鏡レンズを一旦待機させる。
ハルナは、別に浮遊させていた水球を呼び寄せて新たにレンズ化させる。
そして、先ほどまで使用していたレンズをピント調整の補助に加えた。
「それで、まーくん。この魔物って、やっぱりアレだったの?」
ハルナは、新たに巨大なレンズ化をさせて映し出した映像について訊ねる。
その中央には、レッドキャップの姿が映っていた。
「ああ、サンデイが最初から目撃していた。
エラント・レッドキャップだ」
「そっかぁ。じゃあ、今度の相手は、本当に一緒に来た人なんだね……」
マサトとハルナの間で沈黙が落ちる。
「何を言っているの。少なくても相手はすでに七人を殺している魔物よ。
それに放っておいたらマサト達も魔物化してしまうんでしょ。
だったら、強敵ではあるけれど倒すしかないでしょ!」
サンディは、自身が恐怖した魔物の強さを思い出すも必死に抗う。
そして再び戦うのは、それがマサトを助ける事になるから。
そう自分に語り掛けて、自身を奮い立たせている言葉を二人に投げ掛けた。
しかしなぜかマサトには、先ほどまでの気概が失われているように感じられた。
サンディは、その様子に得も言えない不安を抱いてしまう。
だがそれも、マサトが一呼吸置いた直後に戻ってくる。
その様子を見てサンディは、安堵した。
「サンディの言う通りだ。
結局、やらなければならない事は一つしかないんだ。
なんとかしないとな」
「そうだね、まーくん」
「そうね。それでなんだけど、ダーハが見当たらないけど、どうしたの?」
「ダーハちゃんには、ベイルさんの所にお使いに行ってもらったよぉ。
ここからだと結構近いし、巻き込まれたら大変だから
避難してもらおうと思ってね」
「それじゃあ、最初にレッドキャップに放たれた光りの赤槍は、
ダーハのものではなかったって事なのね」
「サンちゃん違うよ。
あれはダーハちゃんの熾輝夏砂だよぉ。
ダーハちゃんには、魔法の集束に専念してもらって、
ボクが、水鏡レンズで補助観測者をして着弾点への誘導をした
魔法分担の『分励・熾輝夏砂』だよ」
「一つの魔法を二人で発動させたって事?」
「そうだよぉ。
採掘場でダーハちゃんと、お話した時に出て来た物の一つだねぇ。
ダーハちゃんから、『分励』て言う、魔法を教える際に使う
補助魔法があるって話を聞いていたから、それを試してみたんだよぉ。
ボクは、火属性や土属性の適正は高くないけど、
水流操作が出来るから、魔力操作だけなら手伝えると思ったんだよね。
だからあの魔法は、ダーハちゃんが将来使える魔法を先取りして来た魔法だねぇ」
「そうだったのね。
近くで見せられていたけど、
確かに、あの赤槍が放っていた熱量や竜巻の威力は凄まじかったわ」
「本当は、直撃によるダメージを与えて、抵抗力を削いでから竜巻で拘束。
そして、そのまま焦熱地獄に叩き落す魔法なんだけど、
圧縮された魔力が凄すぎて、
ボクが照準のコントロールをしきれなかったんだよねぇ」
「能力が向上している状態のハルナでも、
コントロールが出来ない一撃だったのか……」
「ダーハ、恐ろしい子……」
レッドキャップに、あの光りの赤槍が直撃していたら倒せていたのではないか。
サンディはそう思うと、実に残念に思えてしまう。
「ハッキリ言って、ボク達にアレ以上の攻撃は無いよ。
アレでダメなら、何をしても無理だねぇ」
「それに、さっきから様子を見ていたが、
レッドキャップを相手に接近戦をするのは、かなり分が悪いな。
特にアイツの宝具と思われる武器がヤバすぎる」
マサトが水鏡を通して、レッドキャップの戦闘を分析する。
サンディもまた、レッドキャップとの戦闘で受けた印象からマサトに同意した。
「そうね。あの右手の甲から伸びてくる刀剣の異常な威力は厄介よね」
「やはり、あの長物だ。リーチも然る事ながら、
異常な耐久力と切れ味が全く衰えないのは厄介だよな」
サンディは、マサトと顔を突き合わせる。
そして互いに、コイツは何を言っているんだ、と言う表情になった。
「マサト、何を見ていたのよ。
どう見ても、あの右手の篭手から伸びていた手甲剣が、
レッドキャップの宝剣でしょ!」
「うっそだろ? じゃあ、あの異常な長物は、なんだよ!」
「どう見ても薙刀でしょ。アレ、ベイルブレードよ!」
「マジか! 見た目は確かに薙刀だったけど頑丈すぎるだろ。
なんでアレだけ人を倒して刃こぼれ一つ起さないんだよ!
アレが宝刀や宝槍じゃない、ただの鉄製の武器なのか?」
「そ、そう言われると、確かに疑問の余地があるわよね……」
サンディは、レッドキャップから逃走した際の事を後悔する。
手に取り損ねて残して来た薙刀。
それが、今も乱暴に振り回されて脅威となっていた。
そしてマサトが指摘したように、損傷の度合いが見て取れない事に呆れ返る。
「なんでベイルさんが、未だに無名だったんだろうねぇ」
「オレの宝刀・蒟蒻切並みに頑丈で、
更にまともな切断能力がある時点で、
武器として完全に上位互換じゃないか……」
「確かに、そう言われてみると、
転移者の宝具を二つ持っているようなものなのよね」
「サンちゃん、まーくんにトドメを刺さないでね」
「あっ、そのぉ、ごめんなさい」
サンディは、ハルナにツッコミを入れられて焦る。
そしてマサトの宝刀の事を思い出す。
マサトの宝刀が、現在の状況になっている元凶は自分である。
それはもう、謝るしかないかった。
「あっ!」
その時、水鏡レンズを見ていたハルナが声を上げる。
水鏡レンズに映し出されたレッドキャップと視線が合う。
その瞳は、煩わしげに、こちらに向けられていた。
「まーくん、ゴメン。見つかったっ!」
ハルナが、慌てて水鏡レンズを左右に展開する。
それ様子を目で追って、サンディが訊ねた。
「レッドキャップの視認能力って、
この距離で敵を捕捉出来てしまえるの?」
「サンちゃんもゴメン。
普段、周囲警戒を任せていたから太陽の向きの事を忘れてたよ。
たぶん陽の光の反射で気づかれたんだと思う。
水鏡を飛ばして囮にしたから、少しは時間を稼げると思うよ」
「見つかったのなら応戦するしかない。少しでも優位に立てる場所に移動するぞ」
マサトに続いてハルナも移動を始める。
それをサンディも追って街中に溶け込んだ。