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086.狩猟者

「逃げんな!」


 頭上から降下したレッドキャップが、サントスを串刺しにすべく襲う。

 その追撃を身を返して回避する。

 だがそこで、サントスの意識が遠退(とおの)き、更に動きが鈍った。


 この突然の襲来を目撃した衛兵と冒険者達は、事態の深刻さを再認識する。

 街中に出現した魔物と言う騒動の現状に、彼らの実感が追いつき始める。


 そしてその中で、いち早く現状を把握した一人が動いた。

 彼はレッドキャップに切り込んで、サントスとの間に割り込む。

 

 更にその後に続いた一人が魔法を放った。


 彼らはレッドキャップと対峙すると、戦闘の場を移動させる。

 倒れ込んでいるサントスからを引き離し、後続に救助を託した。


 その迅速な行動と冷静な対処によって、サントスは衛兵に救助される。


「大丈夫か、しっかりしろ!」

「今、ポーションを渡す。ゆっくりだ。慌てずにゆっくり飲め」


 サントスは、救助に入った衛兵から掛けられた声で意識を持ち直す。

 そして、手渡されたポーションを言われたまま、ゆっくりと飲む。

 口に含んだポーションは、相変わらず親しめない味だった。

 しかし、ダメージの回復を図る為だと言い聞かせて、いつものように飲み込む。


「突進から繰り出して来る強力な一撃があります。

戦う際には距離を開けず、また直線状に位置を取らないようにして下さい」


 潰された左手の回復は思わしくない。

 しかしながら、両脚へのダメージは抜けてきた。

 自力で歩けるまで回復したのを確認する。

 そして、優先度が高いと思われる情報を伝える。


 そこまで済ませて、やっと自分のクロスボウを取り出して手に取った。

 そして必死のあまりに自分を見失っていた事に気づく。


 前線では武器を構えた四人がレッドキャップに攻撃を仕掛けていた。

 その後方では三人が魔法による支援を行っている。


 そこにサントスと衛兵の二人が加わり、攻撃に厚みを持たせていく。

 しかし、戦闘は好転しない。


 互いに声を掛け合ってフォローに回る。

 だが、単純明快な身体能力の差によって、不動の構えをなかなか崩せない。

 幾度か存在した決定的とも思われた局面も、その身体能力の差で(くつがえ)される。


 前線を支えている戦士達は、サントスの忠告に注意を払っている。

 レッドキャップを自由にさせない為に、誰かしらが間合いを詰めていた。

 間合いを取られると、あの『突撃剣』が襲い掛かって来る。

 それが分かっているからこそ、誰かが行動の制限を仕掛けてくれていた。


 おかげでサントスを始めとする後衛は、安全圏から攻撃をする事が出来ている。


 しかしながら、誰かが張り付いていると言う事にもデメリットはある。

 それは、後衛に高火力の攻撃魔法があった場合、その使用に制限が掛かる事だ。

 得てして高火力の魔法は、味方を巻き込む恐れがある。

 そんな事を考えるのは、現状の戦力では杞憂であった。

 しかしながらサンディは、つい考えてしまっていた。


 それは当初有していた数による包囲攻撃の優位性が、失われていったからだ。

 次第にレッドキャップの持つ身体能力の優位性の方が表面化してくる。


「面白くなって来た。

要するにオマエ達は、動きの速い一匹の魔物だ」


 レッドキャップが笑みを浮かべて、この戦闘を楽しみ始める。

 放たれた言葉に、サントスの背筋が凍りつく。


 冒険者にしろ衛兵団にしろ、彼らが求める力とは、単純な加算だった。

 剣技にしろ魔法にしろ、敵を圧倒する力と技を求める傾向が強い。


 ここは弱肉強食の世界。

 プラス思考の世界。


 その最たる理由となるのは、物語として語り継がれる英雄に集約される。


 彼らが目指す成長の到達点とは、人類の頂点とも言える英雄の姿である。

 その為、その過程で個人が求める技能に多様性が欠落していた。


 人間が、力や能力のある者、そして英雄に憧れるのは自然な事である。


 しかしながら、特異な存在である英雄にしか目を配らなかった者達。

 その大多数は、そこには到達し得ない者達でもあった。


 ゆえに彼らは、ある程度の個人戦力は有している。

 しかしその反面で、集団戦時に事を優位に運ぶ手段に乏しくなっていた。


 言い換えれば烏合の衆と化す。


 強化や行動促進と言った正面から戦う事を美徳として、皆がそれを目指す。

 弱体化や行動阻害は、人の努力を貶める卑怯な戦い方として嫌悪される。


 程度の差こそある。


 しかし、彼らが修得を目指す技能や魔法の選択肢には、それらがほぼ無い。

 大多数が、同じ方向ばかり見ているのだ。


 それはバブルスライム事件の際に、火属性魔法の使い手が多数いた事。

 対して、氷属性魔法の使い手が、ほぼ皆無だった事からも明らかであった。


「そう言う意味では自分達よりも、

集団戦に特化していたイミュランの方が、脅威と成り得る存在でしょうね」


 サントスは、自分達の今の戦い方を考える。

 これは、こちらが交代しながら代表を一人出して戦っているようなもの。

 そこに回復魔法の支援は有るものの、一対一の対決とあまり変わりはない。

 その事をレッドキャップの言葉で気づかされた。


「そう、今の自分達の攻撃は、あまりにも直線的で単調なのです……」


 サントスは、マサト達と組んだパーティでの戦闘を思い出す。


 マサトには、間合いをコントロールする刃路軌(ハジキ)武離路(ブリッジ)がある。

 ハルナには、バインドやブラインのような行動阻害の魔法がある。

 ベスにも、毒や麻痺の状態異常を引き起こす手段がある。

 ダーハは、砂維陣(さいじん)飛諸魏(ひもろぎ)によって、防御陣地作成や立体行動を可能とする。


 サントスは、それらの事と比べてしまう。

 レッドキャップにとっては、自身よりも劣る個体からの斬撃や魔法。

 しかも行動阻害も状態異常の脅威も無い攻撃。

 それは確かに、手癖の悪い一匹の魔物を相手にしているようなものだろう。

 そう思い至った時、彼の者の言った言葉が、自然と納得が出来てしまった。


 そしてその認識を認めた時、思ってしまう。

 この戦闘は、個人と個人、と言う形式に近いものとなる。

 だがそれは、人間と人間の器を越えた存在との戦い、とも置き換えれもする。


 レッドキャップに対して、何一つとして勝算が無い事を知らされた、と感じた。

 そしてそれは、サントスの目の前で実現される事となる。


 レッドキャップの背後に回り込んだ一人が死角から首を狙う。

 しかしその者は、レッドキャップが振り回した左腕が叩き込まれて撲殺される。


 その振りかぶった隙を付いて、剣士が切り込む。

 だがそれは、レッドキャップの右腕が、進入を阻んで叩き落とす。

 そして、剣士を巻き込むように倒れ込み、一連の動きの勢いで圧殺する。


 一瞬にして凄惨な殺し合いを制したレッドキャップ。

 しかし、その代償として大きな隙をも作っていた。


 未だに倒れ込んでいるレッドキャップに、一斉に炎の魔法が撃ち込まれる。

 それは後衛の三人が、この戦闘で初めて与えた魔法攻撃。


 直撃して炎上しているレッドキャップに、場の空気が一気に湧き上がる。


 ──が、炎の中から薙刀が飛来する。

 射線を揃えてしまっていた前衛一人と後衛二人がまとめて貫かれて刺殺される。


 再びレッドキャップが立ち上がる。

 その右手の篭手(こて)の甲の部分から刀身が伸びる。

 それは、最も手近にいた者の腹部を身に着けていた金属鎧ごと貫く。

 そして物言わぬ物体となったソレをサントスの目の前に蹴り飛ばして廃棄した。


 レッドキャップは、ニヤけた笑みを浮かべながらサントスを見る。


 そんな様子を見せられた生存者達は、あまりにもな瓦解の仕方に呆然する。

 そして絶望感で戦意を消失させていた。


 ここは弱肉強食の世界。

 プラス思考の世界。

 言い換えれば、強い者には決して勝てない世界。


「オマエは面白かった。オマエが残って戦うのなら他の者は見逃してやる。選べ」


 レッドキャップの意外な一言に、サントスと生存者達が顔を見合わせる。


 サントスは三人の表情に、罪悪感と懇願の色が浮かんでいるのを見る。

 そこにオマエは死んで来い、と言う感情が無かった事に救いを感じてしまう。

 だからサントスは肩を落としながら、レッドキャップに向き直った。 


「自分の何がそんなに気に入られたのかは分かりませんが、

どうせ死ぬのは自分の方になるのでしょう。

なので、ここに居ない仲間達に最後の言葉を残す事を許してもらえるのなら

残る事を約束しましょう」


「ああ、それくらいは構わない。ただし三分だけだ」


「話の分かる方で助かります。

どうせ最後なので贅沢に羊皮紙を使わせてもらいますか」


 そう言ってサントスは、奇妙な気分になりながら羊皮紙を取り出す。


『マサト、ミスっちゃいました。先に逝きます』


 との一文から書き記されたその内容はレッドキャップについての情報であった。


 時間を迫られている中での執筆。

 その為、マサト達に残せた物はそれだけであった。

 しかしながら、知り得た戦闘情報を可能な限り書き記す。

 そして衛兵の一人に他の者達の避難と一緒に遺書を託した。


「あと、ついでにソレを返してもらえませんか? 

元々は、自分達が新調して作ってもらっていたのに盗まれた武器なんですよ」


 そしてダメもとで、ずうずうしくも薙刀の返品を要求する。


「オマエ、面白いな。コレがあれば勝てるとでも思ったのか?」


 レッドキャップが、浅はかな事を言い出した下等生物を嘲笑(あざわら)う。


「もしそれが本当なら、コレが何と言う名前の武器か答えて見せろ」


「えっ、薙刀ですよね?」


 サントスのアッサリとした即答に、レッドキャップの笑みが消える。

 しかしそれも、次の瞬間には元に戻った。


「なるほど。

だから、アイツが持っていた武器と違っていたのか。

認めよう。持っていくと良い」


「ありがとうございます」


 サントスは、思いがけない拾い物が出来たと思う。

 しかし、これで残された運も使い尽くしたと諦めの境地に達する。

 そして精一杯の見栄を張りながらレッドキャップに礼を返した。

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