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085.変貌

「これは、どう言う事ですかっ!」


 サントスは、グッタリと倒れ込んでいるケンジを視て問いただす。

 しかしながら直後に、すでにそれが無意味である事を知らされる。

 視界に捕らえたものは、【死亡】の状態表示であった。


 そして直後に、ケンジと同じく紅く発光した物体が襲い掛かって来た。

 視界に捕らえた表示には、ユウタの名称が浮かんでいる。

 サントスは、ユウタから逃れる為に、その場からの離脱を余儀なくされた。


「やっぱり、こんな物を隠し持っていたんじゃないか」


 ユウタは、ケンジが落として本来の姿を取り戻した薙刀を拾う。

 すると薙刀を覆っていた紅い光が、ユウタを覆っていた紅い光と溶け合った。


 その直後、ユウタの髪は赤く伸び、身体は一(まわ)り大きく膨張した。

 そしてその眼光も紅く、激しい歓喜を帯びたものへと変化していった。


「なんだよコレ。すっごいパワーアップするじゃん。

ケンジのヤツ、こんな物を独り占めしていたのかよ。

ランクアップ出来たのも、こいつを持っていたからだな。

本当にズルばっかりしているよなぁ」


 紅く伸びた髪は、頭上でトグロを巻いたように束ねられていった。

 その様子は、まるで血に染まった真紅の帽子を被っているかのようにも見える。


「その汚れたグリーンコート、見覚えがあるな」


 変貌したユウタが、サントスの事を初めて気づいたとばかりに眺める。

 そしてその紅い瞳は、次第に不機嫌なものへと変わっていった。


「オマエ、あの時、尻尾を巻いて逃げたクセに

ランクを上げてもらっていたザコじゃん。なんでまた僕の目の前にいるの?」


 サントスは、異様な気配を(まと)うユウタに槍を構えて観察を試みる。


 ユウタが拾った薙刀には、ベイルが作った証、ベイルブレードの表記がある。

 しかしユウタを視ても、そこには、まともな情報が開示されなかった。


「なんですか。このエラー表示は!」


 今まで中古鑑定で見てきたものの表示には三種類のパターンしかない。

 一つは、鑑定したものの名前や効果が開示されるもの。

 もう一つが、全くの未知なるもので、表記が空白となっているもの。

 そして最後に、高位の偽装や阻害によって起きる改ざん表示が現れるもの。


 試験会場でケンジが所持していた薙刀。

 それが発見出来なかったのは、形状が変化していて注意から外れていた事。

 加えて、鑑定の目から逃れられる程の強力な変質能力による阻害が考えられる。


 しかし、今目の前にいるユウタには、『errar(エラー)』表示が視られている。

 これは明らかにおかしい。

 この事からも、全ての現象から逸脱しているように感じられる。


「(相手が薙刀を手にしたので、とっさに槍を手にしたけど、

ここの路地では失敗でしたね)」


 サントスは、この不可解な者の相手をする気はなかった。


 しかし、ケンジを助けるべく飛び込んだ路地の奥は、袋小路となっていた。

 両脇の店舗から溢れた粗大ゴミだか材料だか分からない物の山で埋まっている。


 ここから出て、通りまで戻れば、助けを呼ぶ事も出来るだろう。

 しかしその動線は、ユウタによって封鎖されている。

 少なくとも、一合(いちごう)は槍を交える必要はあるだろう。


「オマエ、なんなの? 

試験じゃアッサリ諦めたのに、ボクには向かって来るんだぁ。

弱いくせにムカつくなぁぁぁ!」


 サントスが覚悟を決めたのと同時にユウタがキレた。


突撃刃(アサルトブレード)


 ユウタが、限られた空間に飛び出している障害物を破壊しながら突進して来る。

 それは恐れを知らない突進、と言うより猪突猛進。

 異常な速度と威力を纏った一撃が、サントス目掛けて襲い掛かる。


「それには見覚えがあります」


 それは、試験会場で快速を飛ばして参加者を吹き飛ばしていた突進攻撃(チャ-ジ)

 速度も威力も迫力も増したが、その軌道と性質には大差が無い。


 武器が剣から槍へと変わり、快速から豪速へと変化した刺突攻撃。

 それに対してサントスは、覚悟を決めて対峙する。

 強襲して来る薙刀の穂先を見極め、槍の穂先で横に受け流す。


 それが、サントスの槍が薙刀に対抗出来た全てであった。


 サントスは、薙刀の刃から逃れる。

 しかしながら、その後には強靭な体躯を生かした激突攻撃(クラッシュ)が続く。

 その全身を使った攻撃により、サントスは路地の奥へと吹き飛ばされた。


「確かに、予想した事が、その通りになったとしても

それが良いとは限らないですね」


 サントスは、いつだかマサトが言った言葉を思い出して口にする。

 その左手には、ベスが使う物とは違う短剣が握られていた。


 マインゴーシュと呼ばれる短剣。

 それには、剣を握った拳を守る盾型護拳(シールドガード)が取り付けられている。


 サントスは、身を引きながら槍で初撃を反らすと、武器を持ち替えていた。

 それは気休め程度ではあったが、確実にサントスへのダメージを軽減する。


 そして後方に飛ばされると、いつもの旅支度を始める。

 それは、ストレージコートの擬装用に使っている空気袋入りのリュック。


 背負ったリュックを緩衝材として背後の鉄クズの山から身を守る。

 その間に左右の壁面に、取り出した投擲槍を投げつけて足場を確保していた。

 あとは、リュックの反動と跳躍を駆使して、左右の壁面の足場へと跳んだ。

 こうして隣の店舗の屋上へと逃走を果たすと、最後に発炎筒を取り出す。


 それは、魔物の襲来などの緊急連絡用に使われる物。

 サントスは、その発煙筒のピンを抜いて眼下のユウタへと投下した。


「これで異常に気づいた近くの衛兵達が、この場にやって来るでしょう」


 サントスは、勢い良く立ち昇る赤煙の中で動いているユウタの影を監視する。

 そして、慌てて大通りに飛び出して行く様子を見届けた。


 そこまでの様子を見守ったサントスは、そこで一息つく。

 軽減させたとは言え、全身を強打された事には変わらないのだ。

 痺れたままで握力が戻ってない左手の状態で、良くやれたと自分を褒める。

 そして取り出したポーションを一気飲みして回復を(はか)った。


「きゃぁぁぁーっ、魔物よぉ!」


 サントスが点火した赤煙の発煙筒によって、人々が異常に気づき始める。

 しかしながら、街中への魔物の進入と勘違いをされてしまったようだ。

 サントスは、勘違いをした住民達の騒ぎ声が大きくなって行く様子に焦り出す。


「や、やりすぎたでしょうか?」


 煙幕代わりと言う意味もあった為、三本まとめて投下したのはやりすぎたか。

 そんな事を思いながら眼下の様子を覗う。


 すると、赤煙の中から人間と変わらぬ大きさの鈍色(にびいろ)の肌をした者がいた。


「な、なんで、こんな街中にゴブリンが居るんだ!」

「衛兵団を呼べ!」

「しかもデカイし、赤いトサカもあるぞ!」

「いや、あれは帽子か? しかも槍のような武器も持っているぞ!」


 混乱する人々の声から得た情報によって、サントスのみが事実を認識していた。

 眼下に居るゴブリンの変異体と思える者。

 それは、元はユウタと名乗っていた冒険者が変貌した姿であった。


『レッドキャップ』


 誰かが、変貌したユウタを見て、その名を口にした。


 その瞬間、サントスが視ていたユウタの情報が更新される。

 エラー表示の隣に、新たにレッドキャップの名前が刻まれたのであった。


「こ、これは……」


 サントスは、マサトが初めて梅の存在を、自分に認識させた時の事を思い出す。

 その時に起きた鑑定結果の更新。

 サントスには、目の前で起きた現象が、あの時と同じであるように映った。


「今、この瞬間に、この魔物が世界に認知されたと言う事ですかっ!」


 こぼれ落ちた自身の言葉を受け止められずに、サントスは動揺する。


 ここは弱肉強食の世界。


 二人の冒険者が争い、殺害された事。

 その手からこぼれ落ちた武器が、紛失していた武器へと姿を変えた事。

 更に人が魔物へと変貌し、それが新たな魔物への新生であった事。


 それらの出来事が、サントスを混乱させる。

 そしてそれにより生じた隙が、レッドキャップの接近を許してしまった。


 自身の身体の変化と強化を実感したレッドキャップは嬉々としていた。

 レッドキャップは捕捉し直したサントスへと跳躍して、薙刀を振り下ろす。


 反応が遅れたサントスは、間に合わない回避を諦める。

 そして左手のマインゴーシュを割り込ませて直撃を避けた。


 しかし、新たに変貌した魔物の一撃は、先程の比ではない威力となっていた。

 マインゴーシュの盾型護拳(シールドガード)が力で捻じ伏せられる。

 そしてその攻撃は、サントスの左腕をも潰した。


 ガツンと響いた衝撃の後に、もたらされたものは、激痛を超えた灼熱地獄。

 それは痛覚の認識を置き換えた身体の防衛能力。

 痛覚が麻痺して、熱いと感じている。

 その為か、客観的に事態を見ている、もう一人の自分がいるように感じる。


 その変にズレた意識こそ、混乱して逃避をしている自分なのだと気づかない。

 それでもサントスは、迫っている脅威から逃れる為に行動を起こす。

 必死に頭と身体を回転させて、屋上から店舗用テントへと転がり落ちる。

 そして身体を打ちつけながら路上へと戻った。

 左腕を潰されると同時に負った両脚へのダメージが、かなり大きい。

 サントスは、歩く事がままならない身体を、なんとか這わせて足掻く。


「おい、誰か落ちて来たぞ」

「キミ、大丈夫か!」


 騒ぎを聞きつけた衛兵達がサントスの下へと駆け寄って来た。

 サントスは、その無防備な接近に警告を発しようとする。

 しかし、それよりも早く頭上に影が差した。

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