079.魔道具店
──魔道具店──
金物屋から水路を一つ隔てた通り。
そこに、古びた建屋に比較的新しい看板が掛かった店舗があった。
ベイルに聞いたそのアンバランスな店舗が目的のま道具店である。
その店内には、何に使われるのかが分からない道具が詰め込まれていた。
そして、なぜかロウソクの灯りのみで照らされた店内。
その不気味な雰囲気が、訪れた者達の歩みを鈍らせる。
「あのあの、なんだか怖いのです……」
薄暗い店内の高い位置から見下ろすように人形が並べられている。
それが店内を歩く客を、ずっと目で追っているような錯覚を覚えさせていた。
居心地の悪い空間に、ダーハは怯えて落ち着きがなくなっている。
そして、通り掛った直後に光る光源。
それに驚いた声に反応して踊る巨大な造花。
その悪趣味とも言える演出に、サントスとダーハは面白いように反応していた。
「ひゃぁぁぁ!」
「な、なんですか、この店は!」1
「あはは、ダーハちゃんは、かわいいなぁ」
店内に二人の悲鳴が轟いた。
「確かに趣味が良いとは言えないが、面白い物があるな」
ダーハはハルナの服にしがみ付き、サントスが入り口まで後退する。
そんな中、マサトは展示品を眺めて、そのうちの一つを持ち上げてみた。
それは人間の子供のサイズ。
鉢植えから生えたヒマワリの花の造詣をしていた。
「結構重いな……」
「うわぁ、これって大きなサンフラワーロックだよぉ。
ずいぶん昔のオモチャだよねぇ。久しぶりに見たよぉ」
ハルナは、ヒマワリの造花を床に下ろしたマサトの目の前で手を叩く。
すると、その音に反応した造花が、左右に蠢いた。
ハルナは、そのオモチャの様子に感動している。
「はわわわ、おねえちゃん、それって大丈夫なのです?」
「暗い店内に、動く植物型の魔物の置物を置くなんて趣味が悪いですね」
「え~、かわいくない?」
「まぁ、この薄暗さの中で、いきなり動かれたら驚くよな」
マサトは、ハルナと二人で、しばらく店内を見回る。
すると、ゆっくりと奥の工房から人が歩み寄って来た。
「あらあら、いらっしゃいませ。
当魔道具店の店主、ミレディと申します。
今日は、どのような物をお探しでしょうか」
マサト達は、声がした方向に振り向く。
そこにはは、魔道具店に飾られていた人形に似た衣装を着た長身の女性が居た。
「ボクは、お店を出している魔工技師さんって、
もっと年配の職人さんをイメージしていたよぉ」
「オレは、店内の人形を見て、女性の店主なのかなって思ったな」
「あらあら、そう言う所を気づいてもらえたのでしたら嬉しいですわ」
店主は、マサトの言葉を聞いて嬉しそうに身を寄せて来た。
その予想以上に近づいた店主との間合いに、マサトは思わず後ずさる。
そんなマサト達と店主との話声に気づいたサントスとダーハも集まって来る。
「あのあの、このお店は、どうしてこんなに店内が暗いのです?」
「うふふ、女性も魔道具も、ロウソクの灯りで浮かび上がった姿が、
最も美しく見えると思いませんか?」
「えっ、マサト、この人は何を言っているのですか?」
「あのあの、明るい所で見た方が良く見えると思うのです」
「二人とも、こう言うのはね、深く考えちゃダメなんだよぉ」
「えっ、そうなのです?」
「ある意味、ハルナのスルースキルって大切だと思うな」
「それで、何かお探しの物はありましたか?」
そして店主のミレディも、何事も無かったかのようにスルースキルを発動した。
「金物屋のベイルの紹介で、ここに魔道具って物があるって聞いて
見に来たんだけど、結構大きな物なんだな」
マサトは、サンフラワーロックを見ながら店主に訊ねた。
「あらあら、それは、ありがとうございます。
何かと気に掛けていただいているので、ベイルさんにはいつも感謝しています。
うふふ、そうですね。
その子は、周囲の音を聞いて踊ってくれる愛らしい子なのですよ。
ただ、音を聞き取る事と、それを伝えて踊る事。
そして、それらを行う為に全体に魔力を満たして維持する為の物を、
この子に持たせようとすると、どうしても大きな子になってしまうのです」
「また、何を言っているのか分かりません。
それって、そんなに大げさな物が必要になる事なのですか?」
サントスは、ハルナのマネをして、手を叩いてサンフラワーロックを躍らせる。
「サンちゃん、人間には簡単な事でも、こう言う物を動かそうとすると、
難しい事をしなくちゃいけなくなるんだよぉ」
「そうだな。聞いた感じだと、
音を拾って伝達信号に変えるマイク。
その中の小さな伝達信号を確実に伝える為の増幅器のアンプ。
伝達信号を受け取って、躍らせる為の動力に変えるモーター。
そしてこれら三つの装置を動かす為の待機動力としての魔石が電池に当たる物。
って事なんだろうな」
「あなた方も魔工技師なのですか!」
マサトとハルナの会話を聞いたミレディが、身を乗り出して迫って来る。
それは、サンフラワーロックへの理解の速さから感じ取ったものだろう。
そして二人を、魔工技術の知識を持つ同士だと思たからこその反応であった。
「いや、ボク達は、そう言うのとは違うよぉ」
「以前に知り合いが、これと良く似た壊れ物を調べていたのを
見た事があるってだけだな」
「そうなのですか。
ただ、今のお話ですと、ここの子よりも小さな子のようでしたが、
それがどう言う仕組みの物だったか分かりませんか?」
「いや、分からないな。
少なくともそれは、魔石や魔力を使う物じゃなかったな。
だから、珍しい物がある店って聞いて店に寄ったみたんだよ」
「そうでしたか」
マサト達は、科学的な知識から魔工技術と言う物の類推は出来る。
しかし、そのもの自体の事を全く知らないので、次第に話に答えられなくなる。
だからマサトが、店内の他の魔道具へと興味を移すと店主は口をつぐんだ。
あくまで様子を覗うに止めると言った感じとなっていった。
マサトとしても、あまり深追いをされたくはなかったので、その点は助かった。
しかし、いくつか訊ねておきたい事があったので、こちらから質問をした。
「ところで、そこにある羽根を回して風を起こしている魔道具と、
同じようなも物を作って欲しいんだけど、
その場合、どのくらいの時間が掛かりますか?」
マサトは、扇風機と思える魔道具を指差してミレディに訊ねる。
「そちらの送風機では都合が悪いのでしょうか?」
マサトの問いに、ミレディは不思議そうに聞き返して来た。
なので追加の条件を加える。
「横向きの風ではなくて、上に向かって風を送るような物が欲しい。
大きなボウルの底に、羽根を付けたような物だ。
羽根の部分を取り外して付替えが出来るようにして欲しい。
羽根は一枚羽根で形状は、こんな感じの物で頼む」
マサトは、共有の腕輪から黒板とチョークを取り出す。
そして黒板に勾玉のような形状の羽根を描いてミレディに見せた。
「えっ、そ、それは一体、なんなのでしょうか?
いえ、そのぉ、変わった形の羽根ですね……」
その様子を見たミレディは、黒板とチョークに興味を示して身を寄せて来る。
しかしながらすぐに我に返って、描かれた図形について考えながら話をする。
「この形状になりますと風を起こす事が出来ませんが、よろしいのですか?」
「ああ、構わない」
マサトの注文に、困惑しながらもミレディは、言葉を続ける。
それは、魔道具についての思い違いが無いようにとの説明だった。
この辺りは事前に聞かされていた、魔道具店に課せられた説明責任なのだろう。
それが守られている事が分かって、マサトは良い印象を受ける。
なので、こちらが想定している使い方に送風機能が必要ない事を伝える。
そして、試作品の魔道具を改修して製作するミレディの案を受け入れて任せた。