078.麺作り
──金物屋──
「それで、なんで休息日に、こんな所に来ているにゃ」
マサト達は金物屋に着く。
すると、勝手知ったる他人の職場、と言う感じで工房に入り込んだ。
そして買って来た物を広げて昼食の用意を始めた。
「ベスにゃん、いわゆる一つの差し入れだよぉ。一緒に食べよう」
「いやいや、訳が分からんにゃ。
それに金物屋には、急ぎ仕事が一つ入っているのにゃ。
ハッキリ言って邪魔にゃ」
「昼飯と店番の手伝いをしてくれるって言うのなら俺としては助かる。
仕事の邪魔にならないのであれば構わないぞ」
「やったね、ベスにゃん。道連れが出来たよぉ」
「オマエら、私達を実験台にする気かにゃ」
「安心しろ。不安要素があるのは、そのうちの一つだけだ。
それでだ、ベス。
コンニャクを作った時に使っていた、草木灰液を分けて欲しい」
「むっ、それは構わないけど、何に使うつもりにゃ?」
ベスはマジックポーチから、ビン詰めを一つ取り出して手渡す。
その中には以前に作った草木灰液の上澄み液が入れられていた。
マサトは、受け取ったビン詰めから透明な液体を小皿に少量だけ移す。
次に液体に漬かった赤紫蘇が入った小瓶を取り出した。
そして、小皿に赤紫蘇で紫色に染まった液体を数滴垂らした。
二つの液体が小皿の中で交じり合う。
すると、最初は紫色だった液体が緑色に変化していった。
「ハルナ、いけそうだ。試してみてくれ」
「おおう、まーくん、さっすがだねぇ。
これで三種類の麺が作れそうだよぉ」
ハルナは、マサトから草木灰液を受け取っる。
そしてダーハが準備をしているテーブルへと笑顔で戻って行った。
その様子を覗いていたベスが、不思議そうにマサトに訊ねた。
「オマエは、一体何をしていたのにゃ?」
「ああ、これは『かん水』って物が欲しかったんで、
試験液を使って、ちょっとした確認をしていたんだよ」
「かん水かにゃ?」
「ベスは料理をするから知っているかと思っていたんだが、
これも通じないのか。
大雑把に言うと、かん水って言うのは、ちょっと変わった塩水の事だ」
「それって、普通の塩水じゃダメなのかにゃ?」
「性質が違ってくるから別物と思って欲しい。
以前に、梅干の事で酸性とアルカリ性の話しをしただろう。
アレの話と関係する事で、普通の塩水って言うのは、
酸性とアルカリ性のどちら側にも傾いていない中性って状態なんだよ。
しかし、かん水はアルカリ性の塩水にあたる物なんだ」
「ふ~む、よくは分からないけど、さっきの試験液って言うので
それが分かるのかにゃ?」
「ああ、あれは酸性かアルカリ性かを調べる
リトマス試験紙って言う物の代用品だな。
赤紫蘇の色素が水に溶け出した水溶液は、
ちょうど中性に位置している紫色の水溶液になってくれる。
そこから赤色寄りに変化していけば酸性。
青<緑<黄と変化していけばアルカリ性と言う事になるだ」
「そうかにゃ。それで、その違いがあると何が変わって来るのにゃ?」
「今から作る昼食の麺の食感が変わって来る」
「ほほう、面白いにゃ」
「基本の小麦粉と塩と水を使って練った物は、うどんになり、
そば粉と小麦粉と水を使って練れば、そばになる。
そして小麦粉と、塩と草木灰液を使って、かん水の代用として練れば、
中華麺が出来上がる」
「ふむふむ、それで、それって、
わざわざ作り分ける必要がある物なのかにゃ?」
「う~ん、やはり実際に食べてみないと違いが分かってもらえないか。
このすばらしい麺ライフに対するベスのリアクションの小ささに、
オレは今、猛烈にショックを受けている」
マサトは、自信たっぷりに披露しただけに、多大なる精神的ダメージを負う。
そんな事は気にしないベスは鍛冶仕事に戻って行く。
後されて脱力したマサトは、ハルナ達の下で黙々と麺生地をコネコネした。
◇◇◇◇◇
「じっしょ~く!」
熱がこもる鍛冶場から急ぎ仕事を終えてベイル戻って来る。
そこで全員が揃ったので、ハルナの声掛けを合図に昼食を取った。
マサト達のテーブルの上には、三種類の麺と二種類のスープが用意されている。
麺は、うどん、そば、中華麺の三種類。
スープの方は一つは、かつお節とキノコから出汁を取って醤油を使った麺つゆ。
もう一つは、その麺つゆに、酢と砂糖とごま油を加えた物。
そのどちらも先程までハルナの魔法で出した冷水で、ナベごと冷やされていた。
つまり、前者が冷製うどんとそば、後者が冷製ラーメンとなる。
「うはぁ、うまいっ。そして生きかえるぅ」
直前まで鍛冶場としている炉の前で作業をしていたベイル。
うどんはもちろんの事、麺つゆも一気に飲み干していた、
そして二杯目にそばを選んで、これの麺つゆも飲み干す。
三種類の麺を味わってもらう為に単品の量は控えてあった。
しかしベイルは勢いのままに、三杯目となるラーメンも瞬く間に平らげた。
「オマエらは、いつもこんな美味い物を食っているのか、スルイぞ。
三杯目のと同じ物を、もう一杯くれ!」
ベイルは、冷製ラーメンを気に入ったらしく四杯目を要求して来た。
「いや、だから今回が初めて試作したって言っただろ。
それよりも、そのスープって他のと違って、
酢の酸味があったんだけど大丈夫か?」
マサトは、多目に用意して収納しておくつもりだった麺を取り出して訊ねた。
「おう、一口目は驚いたが、この麺に合っていて美味かったぞ」
そしてベイルは、今度は味わうように、じっくりと食べ始めた。
「まーくん、やっぱり冷たいのにして良かったねぇ」
「そりゃあ、あんな熱い所で仕事をしていた人間に、
熱い麺料理を出すって、どんな鬼畜だって話だろう」
「えっ、これって、こう言う冷たい料理なんじゃないのです?」
ダーハが、うどんを食べながら意外そうに訊ねる。
「ダーハちゃん、普通は冷やす手間が掛からない温かい物で出すんだよ」
「あと、スープの方も、作り分けが簡単だったから
醤油ベースにしたけど、味噌を使っても良い」
「あと、うどんを使った材料に卵を加えれば、
パスタって言う、また別の麺も作れるねぇ」
「ふむふむ、じゃあ、なんで今回は作らなかったのにゃ?」
ベスは、そばの香りを嗅ぎながら、すすっている。
「個人的にパスタは、どちらかと言うと、温かい物で食べたいかな。
あと醤油ベースのスープってイメージじゃなかったからな」
「そうだね。
ボクの中でもトマトソースやクリームソースを使うイメージなんだよね。
あとはポテトサラダに入れるくらいかな」
「それも食べてみたいですね」
サントスが、食後の野草茶を飲みながら興味を示す。
「ただ、パンにしろ麺にしろ、生地作りって時間と労力が掛かるからな。
食べたければ手伝ってもらうからな」
「生地を練るミキサーや、生地を伸ばしたり麺にする
パスタマシンがあれば、楽になるんだけどねぇ」
「でも、ああ言う道具って、数回使ったら使わなくなる事が多いよな」
「そうだねぇ。道具を洗ったり出し入れするのが面倒になって使わなくなるよね。
でも、野営した時の食事の事を考えると欲しいかもだよ」
マサトとハルナが、調理器具あるあるを始める。
「おい、その道具が、どう言う物か教えろ」
そして、そこにベイルが割って入ってきた。
「急にどうしたんだ?」
「今の道具があれば麺が食えるようになるんだろ? 詳しく教えろよ」
どうやらベイルは、本気で中華麺を自作しようと模索しているようだった。
「あのねぇ、道具があれば作るのが楽にはなるけど、
スープの作り方も覚えないといけないし、
冷やした物だともっと手間が掛かるよぉ?」
「そうか。それで、どんな物なんだ」
ベイルの目が、引く気がないと訴え掛けてくる。
「まーくん、どうしよう……」
「作れるかどうかは別にして、教えても良いんじゃないか?」
それからハルナはベイルに、、ミキサーとパスタマシンについて教えた。
そしてついでに冷蔵庫やコンロの話もする。
「要するに、小麦粉を混ぜる物と、生地を練る物。
そして物を冷やす物や、携帯が出来るナベなどを加熱する物があれば便利だね、
って話なんだよ」
「なるほど、
ミキサーとパスタマシンならハンドルを使った物で作そうだが、
物を冷やしたり、火を出す道具となると魔石の力を借りた魔道具になる。
魔工技師の領分になるから、俺だけでは作れそうにないな」
「魔工技師?」
マサトは、ベイルの話の最後に出て来た聞きなれない言葉について訊ねた。
「魔工技師って言うのは、魔石から取り出した魔力を使って、
物を動かす道具を作る職人の事だ」
「ほほう、それでソイツらは、どんな物が作れるのにゃ?」
ベイルの話にベスも興味を示して会話に混じって来た。
「代表的な物だと、王都にある魔石を使った外灯だ。
一定の時間になると、明かりが点いたり消えたりするようになっている。
そんな風に、ある程度、魔石から魔力の放出の
制御と維持が出来る道具が魔道具だ」
「ああ、まーくん、言われてみれば、今までの魔石の使い方って、
その場で魔石を一つ使い切る方法だったよぉ」
「確かに魔石加工だと、毎回魔石を一つ使い捨てていたにゃ」
「つまり、魔工技師は、魔石を動力にしたスイッチやタイマーを組み込んだ
道具の作成が出来る職人って事か」
マサトの中で、魔工技師について一定の理解が定まった。
要するに魔石の魔力を使って、電子レンジなどが作れるのだろう。
組み込み式の電子回路が入った器具を作れる職人と言う認識で良いのだと思う。
「わぁ、まーくん、そうなると小麦粉を混ぜるミキサーや
パスタマシンもスイッチで動かせるように出来そうだね」
「だが、その分、大型で高額になると思うぞ」
ベイルが腕を組んで、思案した後に答えた。
「資金的な事もあるが、ハルナやダーハがメインで使う事になるから、
サントスしか持ち運べない物になるのなら考えようだな」
「確かに、それは言えるねぇ」
「う~ん、物が大きくなるって事は、専門知識を覚えるのに必死で、
結局の所、技術を有効に使えていないって事にゃ。
一般に公開されている物があるのが王都って事から、
国に囲われている技術って事なんだろうけど、
閉鎖的になって、更に技術の進歩が遅くなっているんじゃないのかにゃ?」
「なるほど、狩猟都市での革細工職人達の状況に似ているな。
そう言えば、商業ギルドで、それらしい道具を見かけなかったな。
サントス、そこの所ってどうなんだ?」
マサトは、商業ギルドが魔道具を取り扱っていなかった事を不思議に思う。
だから率直にサントスに訊ねてみた。
するとサントスは、苦笑いを浮かべて答えた。
「魔道具は、専門の免許と販売許可証の二種類を持った者が扱う、
と言うのが、商業ギルドでの認識です。
これは、以前に魔道具を誤った使い方をしてトラブルを起こす者が
多数いた為です。
その主な原因とされているのが、半端な知識を持った
魔工技師くずれの者達が、大量の粗悪品を市場に流して
混乱を招いた事があったからだそうです。
そして、その尻拭いに追われたギルドが国に訴え掛けて、
魔道具には必ず製作者の銘を入れさせて、
販売時には使用方法の説明を必ず行って責任を持つようにさせたのです。
こうしてギルドは、魔道具関連との関わりを断ったのです」
「ああ、どこにでもあるようなトラブルだな……」
マサトの言葉を聞いてサントスがうなずく。
「魔道具は、上手く使えば便利な道具なのです。
ギルドも、その事は理解しているのですが、
当時の魔道具は、とにかく誤動作が多かったようで、
完全にお手上げ状態になったそうです」
「そう言えば、俺の知り合いの魔工技師の店内にも、
よく分からん道具がいっぱい埋もれていたぞ」
「それって、どう言う物だったにゃ?」
サントスの話を聞いたベイルが心当たりを思い出して、ベスの問いに答えた。
「頭が回転する人形や、毎朝、雄叫びを上げる魚を食わえた熊の置物などだ」
「あのあの、なんだかとっても怖いのです」
「そいつは、なんの為にそんな物を作ったのにゃ?」
「俺が知るか。
あとは棒の先からロウソクのような小さな火を出す物もあったな。
そんな物は、生活魔法の着火が使えれば意味がないのにな」
「なるほど、面白いな。ちょっと買いに行ってみるか」
「マサト、本気ですか?」
サントスは、マサトが、なぜそんな物に興味を持ったのかを不思議がった。
「オレは、生活魔法が使えないからな。
火が出る棒って、手元にあると便利そうだからな。他の道具も見てみたい」
「ふ~む、私も魔法は使えないから、その程度の規模の道具なら
有りな気がするにゃ」
「と言う訳で、その魔道具店の場所を教えて欲しい」
「それは構わないが、俺はもっと詳しく麺作りの事を
教えてもらいたいんだが……」
「それを言うなら、先に都市から来ている釘の納品依頼を
終わらせてからだ。
特に中華麺は、麺にもスープにも、
オレ達しか持っていない素材を使っている。
麺作りの道具作成を優先して、ベスに遅れた分の仕事を回すようなら、
肝心の素材の方を差し止めるからな」
「お、おう、分かった。おまえの言うとおりにする」
マサトは、ベイルの妙な麺への執着に釘を刺す。
そして、魔道具店の所在を聞き取って仕事に戻らせた。
その後は、後片付けを済ませて、ハルナ達と魔道具店へと向かった。




