表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/100

077.赤茶色の鈍器

──製錬都市での二度目の休息日の朝を迎えた──


「レジーナさん、小屋にあった分の薪割り、全て終わりました」


「お疲れさん。相変わらず仕事が早いね」


 マサトは、早朝の薪割り(アルバイト)を終えて大衆食堂の女主人に報告する。

 そしていつものように定位置化したテーブルで待つハルナ達と合流した。


「まーくん、おつかれ」


「ああ、おはよう。ベスの姿が見えないけど、もう出かけたのか?」


「ええ、なんだかんだと、鍛冶仕事を面白がっている感じでしたよ」


「あのあの、それで、おにいちゃんは今日、何か予定はあるのです?」


 ダーハが、マサトの前に食事を運んで来て訊ねて来た。

 マサトは、それを受け取って食事をつまみながら答える。


「いや、特に予定とかは無いな。

普通に休息日として考えていたから、昨日の事もあるし、

ハルナやダーハに疲れが残っているようなら、休んでいてくれて構わない」


「そうですね。

最近はダーハに掛かる負担が大きかったですし、

体調が(すぐ)れないようなら、明日も休息日にしても良いですよ」


 ダーハの質問を聞いて、二人の体調を危惧して様子を訊ねる。


「いえ、そう言うのは大丈夫なのです」


「ボクも一晩寝たら完全回復したよぉ。

あと、まーくんが作ってくれたデザートのおかげかな」


「アレは美味しかったです。また作って下さい」


「サントスは、ちょっと黙ってような。

それでダーハは、オレに何かをやって欲しいって事なのかな?」


 マサトは、話が脱線しそうになっていたのでサントスを制止する。

 そして肝心のダーハの意図を探った。


「あのあの、わたしも、その気持ちはあるのです。

なので、休息日で予定が無いのなら、

何かお料理を教えて欲しいと思ったのです」


「なるほど、そう言う事か。

でも、料理の事ならハルナの方が詳しいぞ」


 マサトはダーハの意図を汲み取る。

 しかし、掛けられている期待の大きさを感じてしまった。

 だからハルナに丸投げしようと考えた。


「おねえちゃんとは、いつでも一緒に作れるのです。

なので、おにいちゃんが知っている物を教えて欲しいのです」


「そうは言われても、急には思いつく物がないなぁ」


「そうなのです?」


 ダーハは、マサトの返事を聞いてガッカリする。


「じゃあ、まーくんが食べたい物って何かないの?

ボクが作れるものなら作るよぉ」


 ハルナが、ダーハの様子を見て二人に助け舟を出してきた。


「う~ん、カレーかな」


「まーくん……それはボクだって食べたいけど、さすがに無理だよぉ。

シチューなら小麦粉と牛乳で作れるけど、

カレーは、使うスパイスの種類も分量の分からないから、

一から作るのは無理だよぉ」


「うん、分かっていた。そうなると、無難な線で言うと麺類かな」


「あっ、良いね。

材料はパンと変わらない小麦と塩なのに、

バンが主流だからなのか、意外と見かけなかったんだよね」


「麺ってなんです?」


「材料となる小麦粉に水、塩、卵を使って練った生地を、

細長く切って加工した食べ物の事だよぉ」


「材料的には、うどんが一番作りやすいかな」


「そうだね、つゆの材料もある程度は揃っているねぇ」


 ハルナが、共有の腕輪の中にある材料を思い出しながら答える。


「じゃあ、ダーハちゃん。今日は、うどん作りをしようか」


「はいなのです」


「じゃあ、出来上がりを楽しみにしてるな」


 マサトは、ハルナとダーハにエールを送る。

 そして早食いをして食事を終えたテーブルから立ち上がった。


「えっ、おにいちゃんは、一緒じゃないのです?」


 ダーハは、マサトと一緒に作るものだと思っていた為、驚きを表す。

 そしてハルナは、しっかりとマサトの服を掴んで逃さなかった。


「まーくん、どこに行くのかな?」


「いや、うどんって、基本的にパン作りと一緒だから、

慣れている二人に任せた方が間違いがないだろ?

オレがいた方が邪魔になりそうだと思ってだな……」


「まーくん。

ラップとか無いから、足踏みで生地を練る事が出来ないんだよ。

だから練り物って、けっこう重労働なんだよねぇ」


「そ、そうなのかぁ。大変だな……」


「手伝ってね」


「「は、はい」」


 マサトは、ハルナに懇願されて了承する。

 そして、そのやり取りの隙を付いて逃れようとしていたサントス。

 マサトはそれを見逃さない。

 サントスはマサトの手によってコートを掴まれる。

 こうしてサントスも同じく巻き込まれて了承をした。


 ──商業ギルド──


 製錬都市の中を通っている運搬水路沿いにある一際大きな建物がある。

 そこは商業ギルド。

 多くの荷馬車が絶え間なく出入りして活気に満ち溢れていた。


 ここでは、船によって大量の積荷が運び込まれている。

 その積荷は一度集積された後に馬車へと積み替えられる。

 またその逆に、空になった船には引き返す先への新たな積荷が積まれていく。

 こうして多くの積荷が移し変えられて流通されていた。


 マサト達は、製錬都市に来てからは、露店での買い物ばかりしていた。

 それでも十分に一般的な流通品を手に入れる事が出来たからだ。

 そして何よりも、珍しい物を探す事を優先していた。

 その為、商業ギルドには、なかなか訪れる機会が無かった。

 しかしこの度、麺を作る事となった。

 なので、手っ取り早く材料や道具を入手する為に訪れる事と相成(あいな)った。


「まーくん、そば粉と卵、あとニボシっぽいものやワカメなんかも見つけたよぉ」


「オレの方は、延し棒に良いのが見つかったかな。

あと、個人的に面白そうな物も見つかったから、いくつか試しに買ってみた」


「面白い物って何?」


「マサトが購入した物は、鉱石の見本が置いてあった所で

自分に観察をさせて探し出した鉱石の粉末などがいくつかと、

あとは、そのぉ……気付け薬もですね」


「気付け薬って、前に()がされたアレ!」


「そうです」


 ハルナとサントスが、顔をしかめる。

 それは、以前に調子に乗って作った石鹸作りの際に嗅がされた物。

 ハルナは、あの強烈なアンモニア臭を思い出して反射的に鼻を押さえた。


「と言う訳で、食べ物じゃないからな」


「まーくん、分かったから。

そんな物をわざわざ取り出して見せなくて良いんだよ。

間違えてもフタを開けないでよ」


「開けないって……」


 マサトは、ハルナに念押しされて手持ちの小瓶を共有の腕輪に収納する。

 すると、探し物を終えて戻って来たダーハから声が掛けられた。


「おねえちゃんが達が言っていた物って、これで良いのです?」


 ダーハの頭上には、両手で支えられた大きな木鉢が持ち上げられていた。


「ちょうど良い物が見つかったね。ダーハちゃん、ありがとう」


「粉を練る為の、こね鉢に使うのか」


「そうだよぉ。あると便利だよねぇ」


「それで、必要な物は揃ったんですか?」


 全員が揃って持ち物を持ち寄った所で、サントスが確認をする。


「いや、ちょっと待ってくれ。

もう一つ後回しにしていた物の回収を忘れていた」


 マサトは、視線を向けた先を見て、慌てて駆け出した。

 そこは海産物が置かれいるエリア。

 そこでは今まさに、職員の手によって何かが廃棄されようとしていた。

 それは、薄緑や赤茶色をした棒状の物体。

 マサトはそれらを大量に譲り受けて戻って来た。


「マサト、その棒状の塊は、なんですか?」


 それを視たサントスが訊ねて来る。

 サントスは、それがハルナが探して来たニボシと似た物だと理解はしている。

 しかし、そのカビ(まみ)れとなっている様子に嫌悪感を(いだ)いた。


「おにいちゃん、それはなんなのです!」


 そしてダーハも同様の反応を返して来た。


「これは、カツオ節って言う物の製造過程の代物だ。

ハルナが探して来たニボシと同じで、煮た魚を乾燥させた物だな。

シャブシャブをした時の昆布のように出汁(だし)を取るのに使う」


「でもでも、これにはカビが、いっぱい生えているのです」


 ダーハは、マサトの説明を受けても、納得がいかないようだ。

 やはり目に留まるカビが気になってカツオ節に目が行っている。


「まぁ、こう言った変り種は、

オレ達以外だと、どうしても敬遠されてしまうだろうな。

だが、このカビが重要なんだよ」


「どう言う事です?」


「カビの中には、悪い物もあれば良い物もある。

その悪いカビから守る為に、わざと良いカビを付けて保存が利くようにした物が、

カツオ節って言う物を生み出したんだよ。

これらのカビによって、カツオ節の水分が取り除かれていくと、

旨味や香りが良くなっていく事が、先人の職人達の経験で分かっていったんだ。

それによってカツオ節の商品価値が上がって、昔の土佐って国では、

その製造方法を国外に持ち出す事を禁止したって話を聞いた事がある」


「へぇ、ボクは、削ってある物を料理に使った事はあっても、

そこまでは知らなかったなぁ」


「まぁ、特殊な物だからな。

こいつは、一度煮た後で天日干しにしただけの物のようだから、

まだ生っぽいが、カビ付けと天日干しを繰り返して行くと

水分が取り除かれて硬くなっていく。

そうなると、カツオ節を叩いた時に金属音のような音が鳴るらしいぞ」


「それって、もう凶器じゃないですか!」


 サントスが、信じられない物を見たかのように、カツオ節を見る。


「そうだよ。凶器にしろ出汁を取る素材にしろ、知らなければ、

さっきの商業ギルドの下っ端のように捨てようとしても仕方がないよな」


「はぁ、あの職員、身なりからして、

それなりの役職の人のだったようなのですが……」


 サントスは、一生懸命に在庫管理をしていた職員を哀れに思う。


「マサトの言う事が本当なら、そうなのでしょう。

ただ、やはり商業ギルドとしては、あんなカビの生えた干物を売って、

信頼を失う訳にはいかないですから……」


「でも、まーくんは、そんな廃棄品をよくもらって来れたね。

信用って事なら、なおさら、もらえないと思うよぉ」


「そこは交渉のやり方だな。

魚の方を譲って欲しい、と言ったら断られたかもしれないが、

カビの方を譲って欲しい、と言たら変な顔はされたが譲ってもらえたな」


「あのあの、それで本当にカビだけを渡されたら、どうしたのです?」


「実際に重要なのは、良性のカビの方だから何も問題はないな。

良性のカビよりも魚の干物の方が探しやすいからな。

どちらにせよ持ち帰った後で、いぶして乾燥させるつもりだったから、

大した違いにはならなかったよ」


 こうしてマサト達は、満足のいく仕入れを終えた。

 そしてその揃えた物を持って商業ギルドを出ると金物屋へと足を運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ