076.化学
今回使用する素材は、片栗粉と水、そして麦芽である。
魔石加工の光が収束して現れたのは、
湯気が上がっている黄金色をした液体。
マサトは、慌てて共有の腕輪から取り出した容器で、
空中から落下する液体を受け止めると、
小皿に分けてスプーンを添えて味見を勧める。
黄金色の液体は、すくい上げられたスプーンの上で、
粗熱が取られていくと、粘り気と固さを持った物へと変化していく。
四人はソレを、そっと口に含んで味を確かめる。
「あ、甘いのです!」
「砂糖ほどではないけど、確かに甘いのにゃ」
「えっ、これってなんなの?」
三人は、マサトが使った材料から現れた液体に喜びもするが困惑もする。
なぜなら、どう見ても甘味が出来上がるとは思えない
組み合わせであったからだ。
「まーくん、これって水飴?」
「ハルナ、正解だ」
マサトは、作り出した物の正体を明かす。
「おにいちゃん、砂糖を使っていないのに、どうしてアメが出来るのです?」
「これは、麦芽水飴と言う物だ。
簡単に説明すると、
水に溶かした片栗粉に、お湯を加えて、かき回すと糊状になる。
そこに麦芽を加えて混ぜ合わせると、固さが増していく。
この時、片栗粉のデンプンって物質が、
麦芽が持つデンプンを糖に変化させる作用で、
麦芽糖と言う物に変化している。だから甘くなるんだよ」
「へぇ~、つまりマサトが言う化学って言うのは、
片栗粉から砂糖を作るような事を言っているって事なのね」
「スゴイのです。それなら、お砂糖がいっぱい出来るのです」
サンディが、マサトの話に興味を示す。
そしてダーハも、興味深げに聞き入っていた。
「いやいや、ダーハ。これって実は、そんなにスゴイ事でも無い。
この世界でも良く使われている手法のはずなんだよ」
「えっ、どう言う事なのです?」
ダーハは、首をかしげて不思議そうに聞き返す。
「エールなどの酒って言うのは、酵母って物で、発酵と言う手段を使って、
糖類をアルコールと炭酸ガスに分解して分裂、成長させて作った物だ。
オレが見せた方法は、エールなどの酒造の中間工程を利用したに過ぎないんだよ」
「えっ、そうなのです?」
「ふ~む、そうなると、今あるエール作りなんかは、
そう言った理屈が分かった上で作られているんじゃなくて、
誰かが始めたものを、ただマネをして作っているだけみたいに思えるにゃ」
「まーくんのように仕組みが分かっているのなら、
もっと甘味が手軽に使えるようになっていても、おかしくないものねぇ」
「そうだな。衛生面の事を考えなくて良いのなら、麦芽の代わりは唾液で出来る。
ご飯を良く噛んで食べると甘く感じるのは、
唾液にも同じ効果があるからだからな」
「オマエも、いきなり、とんでもない事を言うなにゃ」
「マサト、その知識は知りたくなかったわ」
「お、おにいちゃん……」
「まーくん、今のは食事時にはどうかと思うよぉ」
「あっ、すまない」
さすがに、調子に乗りすぎたマサトに冷ややかな視線が集まる。
「じゃあ最後に、今日作ろうと思っていた本命を試してみるな」
マサトは、先程の失敗を反省して、
まずはテーブルに受け皿を用意してから、再三の魔石加工を行使する。
使用する素材は、水とオレンジと砂糖、そして再び片栗粉。
魔石加工の光の収束と引き換えに出現した物体は、
先にテーブルに置かれた受け皿にキレイに落下して収まる。
そして、それを見たハルナが歓喜の声を上げた。
「おおっ、まーくん、これ食べて良いのぉ!」
「今日は、ハルナとダーハが、がんばってくれたからな。
その為に用意したんだから、食べてもらえないと悲しいかな」
「わぁーい、まーくん、ありがとう」
マサトとハルナは、楽しそうに会話をしているが、
他の三人は話から取り残されていた。
なぜなら、目の前に現れたものは、
ギルドで、そして採掘場で見かけた物にソックリな物体だったからである。
「オマエ、何を作ったにゃ……」
「お、おにいちゃん……」
「マサト、これってスライムじゃないわよね……」
「オマエ達、使った材料が何か、目の前で見ていただろう。
前にも言ったが、オレは食べ物で遊ぶ気はない。
魔石加工では、材料を混ぜた物を加熱して、
多少の粘度を待たせてから冷却させる工程を施している」
マサトは三人の目の前で、自作したデザートを食べて見せる。
「やっぱりオレンジ味って言うのがシンプルで良いよな」
「うん、久しぶりの素朴な食感だね。冷たくて美味しいよぉ」
マサト達が、普通に食べているのを見て、三人も意を決して試食する。
「おにいちゃん、美味しいのです」(パクリッ)
「不思議な食感にゃ」(ハグッ)
「マサト、なんで今までコレを作ってくれなかったのよ!」(パクパク)
「サンディ、毎回、手の平返しが凄まじいな」
「サンちゃんは、相変わらず残念美人さんだねぇ」
マサトとハルナは、呆れながらサンディを見る。
「触った感じは、溶かしたニカワに近いけれど、それともまた違った感じにゃ。
それにしても、使っている材料は大して変わらないのに
なんでこんなに違ってくるのにゃ?」
ベスが、デザートと水飴とを見比べて不思議に感じている。
「ベスは良い線いってるな」
「そうだねぇ。
まーくんが言うには、ニカワを精製すると出来るらしいんだけど、
こう言うデザートを作る時は、ゼラチンって物を使った方が、
使い勝手が良いんだよねぇ」
「まぁ、今回は、それを作っていなかったんで、
共有の腕輪の中にあった片栗粉を使っている。
それと魔石加工で作った場合は、分かりづらくなるよな。
こいつは、水飴になる前の糊状の物がメインなんだよ。
だから甘味に水飴を使わずに砂糖を使っている」
「そうなのかにゃ」
「第一オレが、こいつを作ろうと思ったのは、
ハルナが同じ物を先に作っていたからだ。これはソレのマネをしたに過ぎない」
「えっ、おねえちゃんが前に作っていたのです?」
ダーハは、デザートを食べながらハルナの方を向く。
「あ~、確かにそうだったねぇ」
ハルナも、口に含みながら思い出して答える。
「そんな物をハルナが作っていた事ってあったかしら?」
サンディは、食べ足りなさそうにスプーンを咥えながら訊ねる。
「そうだよぉ。ボクがジェルちゃん魔法を作る為に、
魔法創造に放り込んだ白い粉末が、市販の片栗粉だよぉ」
「「えっ!」」
サンディとダーハは、デザートの容器とスプーンを床に落とした。
「だから、このデザートもジェルちゃんも、素材って意味では同じ物だよぉ」
「マサトォォォ!」
「おにいちゃんも、おねえちゃんも、ヒドイのです!」
サンディとダーハが絶叫する。
「まさか、本当にスライムを食べさせられていたとは思わなかったにゃ」
そして、ベスもまた絶句した。




