075.花
──製錬都市エイジ──
マサトは、製錬都市の防壁を通り抜け、
宿屋の近くまで馬車を走らせると、
ハルナとダーハを馬車から降ろして先に休ませる。
そして冒険者ギルドへはサントスと向かい、預かった報告書を提出する。
マサトには違いが分からなかったが、
報告書は緊急時の連絡用に使われる封書の形式だったらしく、
ギルドは採掘場で再び起こったトラブルに即時対応すべく慌しく動き出した。
しかし問題の魔物は、すでに討伐済みなので、
その事を口頭で伝えて、報告書を再確認してもらう。
そして、職員達が落ち着きを取り戻してくれた所で、
運搬依頼の達成報告や途中で狩ったバッファローの解体と買い取りの
手続きを済ませてギルドを出た。
「それじゃあ、夕飯を買い込んで宿屋へ戻るか」
マサトは、サントスと共に露店を眺めながら夕飯を探す。
「そうですね。ただ二人共かなり疲れていたので、
あまり油っぽくない物が良いですね」
「そうなると選択肢が、ほとんど無いんだよなぁ。
露店の食べ物って、大抵が肉を焼いた物だからなぁ」
「そうですね」
「サントスは、こう言う時に何を食べていたんだ?」
「自分の場合は、スープや果物を食べていましたね」
「なるほど。それじゃあ、果物を探すか」
「ただ夕暮れの時間となると新鮮な物が無いので、
あまりオススメはしません」
「まぁ、それはそうか……」
マサトは、今までの食事に、
多少の不満はあっても問題が無かったので、気にしていなかったのだが、
それは自分達が健康な状態であったからであって、
体調を崩した状態だと、問題が出て来るものなのだと改めて考えさせられる。
そして、ある露店の前でサントスが足を止める。
そこは山菜を扱っている露店だった。
「何か面白い物でもあったのか?」
マサトが声を掛けると、サントスは少し照れくさそうに答えた。
「いえ、子供の頃に友人と良く探していた
エフェメラルと言う花が目に入ったので、つい目が行っただけですよ」
そう言ったサントスは、薄い赤紫色の小さな花を
懐かしそうに手に取っていた。
「この花は、多年草と言う事なのですか、
一年の内で花が咲く期間が短いので、滅多に見られないのです。
その事から『初恋』と言う花言葉が付いているのです」
「へぇ、そうなのかぁ」
マサトはサントスの……
いやサンディの幼少期を思い浮かべて微笑ましく思う。
「本当に忌々しい花です。
この花探しの時に、自分はいつも見つけられないで泣かされました」
「え~、良い話っぽいものかと思っていたのに、なぜそうなった?」
「聞いてくださいよマサト。
この花の名前って、『観察』では全く違う表示で出るんです。
ヒドイと思いませんか?」
「オマエの方が、ズルをして墓穴を掘っているだけじゃないか。
ちゃんと見た目と名前で覚えろよ!」
「くっ、まさかマサトにまで、
お父様と同じ事を言われるとは思いませんでした」
「誰でもそう思うわ! それで花の本当の名前ってなんだ?」
「それはですね……」
マサトは、サントスから花の名前を聞いて、これが本物なのかと
興味深く見る。
そしてマサトは、この花と地下茎を始めとした山菜を買い上げ、
さらに近くの露店で、エールの醸造にも使われている麦芽と、
鮮度が落ちている物だろ? と言って値切ったオレンジを購入すると、
ホクホク顔で宿屋へと戻った。
──宿屋ルル──
「オマエ達、私がいない所で無茶をしすぎにゃ」
皆でベスが作った雑炊を食べながら、今日の成果を報告し合う。
そして当然のようにベスに呆れられてしまった。
「まぁ、好きでやった訳じゃないが、その通りだと思うよ」
「なら、そう言うベスの方はどうなのよ」
マサトは、言われての仕方が無いと降参し、
サンディは、不本意だとベスに突っ掛かった。
「私の方は問題ないにゃ。
釘の量産は順調だし、グレイライズ鉱石の特長も分かってきたにゃ」
「くっ、なんだか負けたようで釈然としないわ」
「まぁまぁ、サンちゃん、そんなにムキにならないの。
まーくんが作ってくれた、
お花の酢の物とおひたし、美味しいよぉ」(パクッ)
「お花のピンクと葉っぱの緑、根元の白が
色鮮やかでキレイなのです。」(ハグハグ)
「酢の物ってのは、甘酸っぱくて、
おひたしってのは、ほんのり甘いのにゃ」(モグモグ)
「くっ、まさかマサトが、エフェメラルの花で、
こんな物を作るとは思ってもいなかったわ。」(パクパク)
「ハルナとダーハが、疲労から食欲が無かった時を考えて作ってみたんだが、
大丈夫そうで良かったよ」
マサトは、ハルナとダーハが、山菜の酢の物とおひたしに
舌鼓を打っているのを見て安心する。
「ちょうどヒンヤリした物が欲しかったから良かったよぉ」
「しかし、オマエも何かとメシのネタが多いのにゃ」
「そうは言うが、オレが作れる物は、どれも簡単な物だぞ。
田舎のばあさんが作っていた物をマネた物も多いし、
どちらかと言うと化学になる物も多いしな」
「マサト、化学ってなんなの?」
サンディは、聞きなれない言葉について訊ねる。
「簡単に言うと、物の性質を知って、
その反応を利用して変化させる事について学ぶ学問だ」
そう言うとマサトは、酢の物にしたエフェメラルの花を取り出す。
「この花は、地下茎である鱗茎って部分に養分を貯えている。
タマネギをイメージしてくれれば、分かりやすいと思う」
「ふむふむ、でもコイツのは、かなりちっこいのにゃ」
「この花の物は、タマネギより成長が遅いのと、元々大きくならない物だからな。
まぁ、それはそれとしてだ、サンディ。
この鱗茎を乾燥させて粉末した物を、なんと言うか分かるか?」
「えっ、あたし?」
「そうだ。オマエにしか分からないからな」
「そう言われても、あたしは料理は得意じゃないんですけど……」
「サンディは、この花の名前を知っているだろ?」
「エフェメラルの花でしょ……」
サンディは、薄い赤紫色をした花を、じっと視つめる。
「あっ、カタクリ! カタクリの粉、片栗粉ね!」
「正解」
マサトは、サンディの解答を受け取ると、魔石を取出して魔石加工を行い、
鱗茎から片栗粉を生成する。
そしてマサトから答えを知らされたハルナ達は、
エフェメラルの鱗茎から生み出された片栗粉を
手にとって手触りを確かめ始めた。
「えっ、まーくん、これって本当に片栗粉なの?」
「あのあの、片栗粉って、
乾燥した芋を粉末にした物だって聞いているのです」
「でも、触った感じは似ているのにゃ」
「サンディの中古鑑定で名称が『カタクリ』なのは、
購入した時に確認済みだから間違いない。こっちが元祖の片栗粉だよ」
「元祖って、どう言う事にゃ?」
「片栗粉って言うのは、名前の通りカタクリって名前の植物から
精製された粉末なんだよ。ただし、その採取量は非常に少ない」
マサトは、先程も見せた小さなエフェメラルの鱗茎を見せる。
「つまり、その生産量を補う代用品として芋が使われるようになったが、
その名称だけが残ったのが、現在流通している片栗粉だ。
これは、オレ達の世界でも同じ事が起きている現象だ。
過去の転移者が、カタクリの存在を認知して、
片栗粉の精製を行っていた名残があるからこそ、
サンディの中古鑑定にもカタクリの名称で表示が現れるんだと思う」
マサトの説明にサントスは、自身の中古鑑定に現れる表示の意味を知らされる。
つまり、梅の時と同様に未知の物に付けられた原初の名前に
到達出来る能力でもあるのだと気づかされたのであった。
「ふむふむ、それで、オマエが言う化学って言うのは
今の話とどう関係してくるのにゃ?」
「今の話の中だと、カタクリと同じ事が芋で出来る事に気づいて、
大量に利用出来る芋を素材の代用にした事が、化学の成果だな」
「ふ~ん、でも片栗粉なんて、肉や芋を焼く時に表面に付けて
カリッとさせるくらいにしか使わないのにゃ」
「ここではそうみたいだな。
露店の食い物屋を見ていてもそんな感じだったからな。
じゃあ、こう言うのはどうだ?」
そう言うとマサトは、再び魔石を取出して、魔石加工を始める。




