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073.二匹の魔物

 地表を這い、巨体を施設にぶつけて暴れ回る

オアイータの暴力に巻き込まれて冒険者達が倒れていく。


 それを救助に向かおうとする者達の姿もあったが、

突如、吐き出された溶解液が降り始めていた雨と混じって降り注ぎ、

その者達の前進は、ためらいと共に止められてしまう。


 野外で戦っていた者達は、皮膚を焼かれ、(うめ)き、地に伏し、沈黙していく。


 その間も雲間から差し込む陽光に照らされた、

美しくもおぞましい雨が降り注ぐ。


 生半端に起きた雨による溶解液の濃度低下が、

浴びた者達の苦痛を長らえさせ、苦悶に満ちた声が響き、

人々に恐怖を刷り込んだ。


 見るも無残に溶解されていき、力無く倒れ込んでいく者達の

地獄絵図を目の前で見せられた冒険者達の抵抗が弱まっていく。

 そして遂に彼らは全員、施設内に閉じこもり、戦意が失われた。


 しかし、怒れるオアイーターの暴力は収まらない。


 巨大な体躯を(ねじ)らせ、施設を乱暴に叩きつける。

 それは、自身の体躯に触れる物全てを叩き壊すまで収まらない、

と言った様相の徘徊であった。


 暴れ狂うオアイーターが(うごめ)き、砂塵が舞い上がり視界が塞がれる。


 そんな中、地上に点在して残っている溶解溜まりが、ズルズルと(うごめ)き、

意思があるように集まっていく。


 それらは合流すると、一塊(ひとかたまり)となり、その体積を増幅させていった。


「オイッ、アレってスライムじゃないかっ!」


 施設から外の様子を覗っていた誰かが叫んだ。


 その指摘した先には、琥珀(こはく)色をしたスライムが、

オアイーターから離れた先で肥大化していっている。


「あのスライムの腹の中にいるのは、さっきまで戦っていた連中じゃないかっ!」

「ヒデェ、ヤツは自分の養分にする為に取り込みやがったぞ!」

「そう言えば最近、製錬都市にも巨大なスライムが出現したって話があったな」

「あれも元々は、ここの採掘場から流れていった魔物だってウワサだぞ」

「じゃあ、アレがオリジナルなのかっ!」

「なんであんな魔物が二匹も同時に現れるんだぁ!」


 オアイーターの脅威から逃れて避難した矢先に重なった凶事に、

その場にいた者達の心が次々と折られる。


 ただ、そんな中で、一つの希望が訪れる。

 それはオアイーターの標的が、巨大なスライムに移った事であった。


 何が琴線に触れたのかは分からないが、

オアイーターは、一直線に巨大スライムに襲い掛かる。


 対して巨大スライムは、自身の柔軟さを生かした素早い体重移動(シフトウェイト)を繰り返し、

オアイーターにまとわり付いて加重で圧迫していった。


 オアイーターの噛み付きと溶解液での攻撃に対して、

巨大スライムは現在進行中である肥大化による圧殺で対抗する。


 そのせめぎ合いを、残された者達は、共倒れを期待して見守った。


 両者が絡み合い、もつれながら暴れ回る。


 オアイーターの噛み付きは、物理耐性のある巨大スライムには効果が出ない。

 溶解液も、体表を少々溶かす事は出来ても有効打とはいかなかった。

 巨大スライムの圧殺攻撃も、オアイーターに十分な加重を掛けられずにいる。

 共に有効打が与えられずに崖際までもつれ込み、斜面にぶつけ合う。


 その一進一退のもどかしい様子に残された冒険者達は、

ここに介入すべきかの判断に迷う。


 どちらも火属性の魔法に対する弱点があるとされる魔物ではあったが、

この場にいる者達の力では、討伐はおろか撃退の目処も立たない。


 そして、運良くどちらかが倒れたとしても、

残された方に溶解されるか、吸収されるかの、おぞましい未来が待っている。


 それに気づいた時、彼らが割に合わない仕事を放り投げて、

この場からの脱出を考えたのは、ある意味正常な思考の表れであったと言えた。

 

 冷静だと思い込みながらパニックを起こしている冒険者達は、

半端に知識と行動力があるがゆえに厄介である。


 彼らは、冷静に運搬に使われていた馬車の一つを略奪すると、

資材置場に火を放ち、魔物の注意を反らして脱出を謀る。


「安心しろ、オレ達が応援を呼んで来てやる!」

「オマエ達は、そこで身を隠して大人しくしているんだ!」

「待ってくれ、オレも連れて行ってくれッ!」

「ジャマだっ、定員オーバーだっ!」

「ゲフッ、お、追いて行かないでくれぇ!」


 実に分かりやすい人間模様が繰り広げられて、馬車が駆け出す。


 しかし駆け出して間もなく、馬と馬車をつなぐ革製の馬具が、

再び降り注いだ溶解雨によって溶かされ千切られる。


 その結果、御者は手綱に絡まった腕ごと馬に引きづられ、

荷台に乗っていた者達は、前倒れとなった馬車の勢いで荷台から放り出されて

地面に叩きつけられた。


 そして次の瞬間には、人も馬も馬車も全て巨大スライムの体内に

飲み込まれていった。


 二匹の魔物が、人々が立てこもる施設の目の前に再び舞い戻る。


 そして巨大スライムが、人々諸とも施設を包み込み、

オアイーターと激しくせめぎ合いを始めた。


 そこまでの光景を見せられた者達は、

戦う事はもちろん逃走する事も諦めてしまう。


 自分達が立てこもる施設が、軋みを上げて激しく揺れる。

 彼らは、胸の前で両手を組み、ひたすら祈りを捧げた。

 その祈りを支えに、人々は自身の心の平静を取り戻していく。

 そして、周囲を騒がせていた騒音も揺れも収まっている事に気づかされる。


「オアイーターが、いなくなっているぞっ!」


 琥珀(こはく)色をした巨大スライムの粘液越しに入り口から、

外の様子を覗っていた冒険者が、外に子犬が一匹駆けている事以外に、

魔物がいなくなっているのを確認して、

オアイーターが打倒ないし撃退されたのだと周囲に伝える。


 その吉報に、一瞬歓喜の声が上がるが、すぐに沈黙が訪れる。


 なぜなら自分達は、未だに巨大スライムに包み込まれて()らわれている。

 養分にされるのを待つしかない身である事に代わりがなかったからだ。

 周囲を取り囲んでいた粘液が、扉や窓から室内に侵食して来る。


 その真綿で首を絞めて来るような恐怖に、生き残っている者達は、

侵食から最後まで残された一室に集まって、逃れようと足掻き、抵抗する。


【ゴトンッ】


 それは、琥珀(こはく)色をした粘液から唐突に排出された。


「う、うぅ……」


 室内に、かすかな呻き声が響く。


 それは、オアイーターが出現した時に真っ先に飛び出して戦いに挑み、

溶解雨によって負傷し、巨大スライムに飲み込まれた冒険者の一人であった。


「お、おい、こいつ息があるぞ」

「本当だ。引っぱれ、引き寄せるぞ、手伝え!」

「スライムの体内にいて、よく吸収されなかったな」

「いや、こいつ、武具は溶かされているが、ケガをした様子がないぞ」

「そんなはずは無いだろう。思いっきり溶解液を浴びていたんだぞ」


 人々は、産み落とされるように、続々と排出される冒険者達の姿に困惑する。


 そして、逃走を(くわだ)てた冒険者達が排出されたのを最後に、

巨大スライムは、床に崩れ落ちて消滅していった。


「オイッ、中に誰か居るか。居るなら無事か、返事をしろっ!」


 巨大スライムが消え去った事で、外部から大声を上げた来訪者達が現れる。


「は、はい。ここにいる者達は全員無事です」


 生き残った採掘場の事務員の女性メレが、室内にいた者達を代表して(こた)えた。


「おお、メレじゃないか。無事だったか。

ギルドから運搬依頼を受けて薬品を運んで来のだが、これは一体どう言う事だ」


「ザールさん! それでは、あなた達がオアイーターを倒してくれたのですか?」


「いや、ワシらは、オアイーターなんぞ見ていないぞ。

真っ赤な巨大な竜巻のようなものが出現したかと思ったら、

すぐにが消え去っていった。

それを見て、何か異常事態が起きているではないかと思って、

急いで駆けつけて来た所だ」


 互いに面識のあった中年冒険者のザールと事務員のメレは、

どちらも状況を把握出来ずにいた。

 そこで、互いが持つ情報を寄せ合う話し合いの場を持つ事にした。


 事務員のメレは、採掘場に現れたオアイーターと冒険者達との戦闘。

 それに続いて出現した巨大なスライムとオアイーターによる戦闘。

 そして自分達が立てこもった施設が、巨大スライムに包まれた事。

 更に巨大スライムに飲み込まれた者達が、なぜか無事に戻って来た事を話した。


 対してザールは、小雨が降る中、目的地付近で真っ赤な巨大竜巻を目撃した事。

 その赤い竜巻の出現を境に小雨が止み、採掘場へと急行して来た事。

 入場門に着いた時、門番達が誰も居なかった事。

 この施設を黄色い粘膜が(まゆ)のように覆っていた事。

 そして、その繭も突然消失した為、声を掛けて駆け寄った事を告げた。


「これは一体、どう言う事なのでしょうか……」


「さぁて、良くは分からないが、

巨大スライムに飲み込まれた者達に外傷は見当たらん。

外から見たワシらの感想としては、ソイツがお前達を守っていたようにも思える」


「魔物が、私達を守っていたと言うのですか!」


「結果だけを見ればのぉ。

その巨大スライムが偶然、オアイーターの溶解液を中和する能力を持つ

突然変異種だったのかもしれんが……」


 ザールとメレが、すでに消えてしまい真偽が分からなくなった

巨大スライムの事を惜しむ。

 その時、現状で現場を預かる立場にある二人若い冒険者が話し掛けて来た。


「少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」


 ザールは、声を掛けて来た青年に見覚えがあったので少々確認を入れる。


「お前は、今朝ギルドで運搬依頼を受けていた新顔だったか?」


「はい。オレ達は、ここに運搬依頼を受けて来ていた冒険者です」


「それで、なんの用だ?」


「仲間達と負傷者の様子を見て回っていたのですが、

治療も一通り済んだようなので、そろそろ製錬都市のギルドへ

誰かを連絡の為に送っておいた方が良いと思うのですが、いかがでしょうか?」


「うむ、確かにそうだな。

また何か起きた時の事を考慮して、早めに状況を報告しておいた方が良いだろう」


「そこでオレ達なら馬車が使えるので、製錬都市へすぐに走れます。

ギルドへの報告書などがあれば、お預かりしようと思うのですが、

いかがでしょうか?」


「そうか。お前達が行ってくれるのなら助かる。少しだけ待っていてくれ。

メレ、書類の作成を頼む」


「分かりました」


 ザールは、メレに報告書を作成させて青年に託すと製錬都市に向けて送り出す。

 そして残された者達は、排除された二つの脅威以外への警戒を敷き直していた。


 ◇◇◇◇◇


 青年が手綱を握る馬車が、採掘場から街道に駆け込み製錬都市へと向かう。


 青年の横には、ローブ姿の少女が背もたれに身体をあずけながら座っていた。

 その後ろの荷台には、グッタリと疲弊した子狐の少女が横になっている。

 その周囲には、一匹の子犬のような魔物と一羽のヒナ鳥。

 そして深いカーキ色のコートを身に着けた人物がいた。

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