071.暴走馬車
製錬都市の防壁を抜けて目的地の鉱山の採掘場へと続く街道を、
御者の訓練を兼ねて馬車をのんびり進めた。
マサトは、手綱を握りながら御者台から周囲の警戒をする。
ただ、その街道は、ロックイーターを狩る為に、
何度か探索にやって来た場所の近くを通っている為、
マサトは、見慣れた荒野と河川の風景の中から、
警戒と言うよりも、獲物を探す視点で見渡してしまう。
青い空の下で風を感じながら、道中は穏やかに過ぎて行く。
しかし、それが長続きするとは限らないのが冒険者業の常であった。
「なんぴとたりとも、俺の前は走らせねぇ!」
マサト達と同じく、運搬依頼を受けていた荷馬車が、
後ろから追い上げて来て、奇声を上げながら爆走して行く。
その様子を見たダーハが、荷台から御者台に顔を出して唖然としていた。
「あのあの、あの勢いで走って積荷は大丈夫なのです?」
「オレ達と同じで、壊れ物じゃない物を積んでいるんじゃないかな」
「あんな荒っぽい運転をする人に壊れ物は託さないと思うよぉ」
マサトと同じく御者台に座っていたハルナも、呆れていた。
「この辺りには以前から、鉱山への街道を使って荷馬車の早駆けを競う。
って言うのがあるのよ。今のもソレに毒された一人だったんでしょうね」
「いやいや、さすがに今のはダメだろう。
だいたいギルドは、どうしてあんなのに運搬依頼を受けさせているんだ?」
マサトは、サンディの説明に納得がいかず、ギルドへの猜疑心も募らせた。
「ギルドの判断が何による物かは分からないけど平気なんでしょ。
そうじゃないとギルドも二度手間の労力が掛かるし、信頼も失うもの。
今は、ただでさえゴタゴタを抱えてるんだから、
余計に慎重な判断を下していると思うわ」
サンディは、荷台から後方の警戒をしながら、何事も無いように言い切る。
その様子にマサト達は、パーティ内で唯一、冒険者ランクが
シルバーランクに達しているサンディの経験から来る言葉なのだろう。
と思い、これもギルドの采配なり手回しなのだと納得する事にした。
「なんぴとたりとも、俺を追い越させはしねぇ!」
【ふざけるなぁ!】
マサトは、前方からバッファローの群れに追い駆けられて舞い戻って来た
先程の爆走馬車に怒鳴りつける。
「はわわわ……」
「まーくん、またこのパターンだよぉ」
「サンディ、ここの連中は、どうなってるんだ。いい加減にしろっ!」
「あたしのせいじゃないのにぃー。とにかくゴメーンッ!」
マサトは、前方から迫って来るバッファローの群れとの正面衝突を回避すべく
街道から外れる。
多少は整備されている街道とは違い、整地されていない荒野に入った途端、
馬車の挙動が荒々しい物へと変わる。
マサトは、右手で手綱を握り、残された左手で隣に座るハルナを引き寄せて、
振り落とされないよう支える。
視界に、暴走馬車と袂を分かったバッファロー5体が
向かって来ているのを捉える。
「マサト、このままだと馬車の横腹を突かれる事になるわよ」
サンディが、声を上げて状況を報告してくる。
「前方の窪地に突っ込む。
ダーハは、飛び込んだ先に飛諸魏を設置。
その後でサンディは、馬車を回収。
ハルナは、流水で着地時のフォローを頼む」
マサトは、各自に一つだけ指示を飛ばすと、
馬車の進路を窪地へと向けて加速させる。
「ダーハ、やってくれ。跳ぶぞ、備えろっ!」
『飛諸魏』
マサト達の馬車が、バッファローの追撃に先んじて窪地に飛び込む。
馬車は勢いをつけて、ダーハのトランポリン魔法が掛かった地面に飛び込み、
大きく空中へと跳ね上げられる。
そのタイミングでサンディが、ストレージコートに馬車を収納した事で、
マサト達も空中へと放り出された。
《刃路軌》
マサト達に遅れて無防備に空中に舞い上がったバッファロー達は、
マサトの刃路軌によって次々と地面に撃ち落される。
撃墜させられたバッファロー達は、マサトによって加速させられた落下衝撃で、
次々に無力化されていく。
『流水』
空中を漂うマサト達の足下にハルナの流水による
螺旋した水流の滑り台か掛けられる。
水流の滑り台は、マサト達を空中で受け止めると、
その浮力をクッション代わりとして、落下速度と衝撃を吸収する。
2メートルを超える厚みはあるが、底のない滑り台の底を抜けると、
再び2メートルの落下が始まる。
それを折り返して戻って来た水流の滑り台で、
再び落下の衝撃を殺す事を繰り返して、マサト達が地上に降り立つ。
その頃には、コウモリの翼で滑空したガブリエルが、
息絶えたバッフアロー達を収穫の腕輪に回収して戻って来ていた。
ちなみに人間は、家の一階分に相当する3メートルの高さもあれば、
飛び降りるのをためらい、4メートルの高さもあれば足を折る事がある。
5メートルの高さは、着地安全限界とされ、
プールの高飛び込みの高さである10メートルは、着水安全限界で、
共に頭から落下した際の生存率は、50パーセントとなる。
そして45メートルの高さは、着地時の、
75メートルの高さは、着水時の致命的落差と言われ、
即死を免れたとしても間接などの弱い部位が破壊され、
ほぼ確実に命を落とすとされる。
こうしてハルナは、マサト達と馬の着地をフォローすると、
無事に降り立った事を確認して、最後の仕上げに清拭の魔法で、
ズブ濡れとなった身体をキレイに乾燥して回った。
目まぐるしい水攻めから開放された面々は、足下をふら付かせながら合流する。
「マサトにハルナ、さすがに今回のはアクロバットすぎよ!」
「おにいちゃんもおねえちゃんも、ヒドイのです」
こうなると、当然のようにサンディとダーハから抗議の声が飛んで来る。
「すまなかったな。オレもそっちの立場なら文句を言っていると思うよ」
「あはは、ごめんねぇ。でも、まーくん、
マイクラフトの水流エレベーター方式が上手くいって良かったねぇ」
「言ってる意味が分からないけど、笑い事じゃないわよ!」
「いや、本当にすまなかった。
ただ、ああしたのは、ダーハの狐火やサンディの射撃では、
一撃でバッファローを仕留められないし
ハルナのバインドも足止め出来るのが一体のみだから手数が足りなかった。
あと、暴走馬車の連中にガブリエルを見られる訳にはいかなかったのもあった。
その代わりと言っては何だが、指示は一人に一つしか出していないんだ。
複雑な要求無しで、この成果なんだから、そこの所は考慮して欲しい」
「でも、まーくん、やっぱりエアバックのような物があったら良かったかもだね」
「無いものは仕方がない。あれはあれで良かったんじゃないかな」
「良い訳ないでしょ。被害が無かったとは言え、もうあんなのはごめんよ」
「ああ、分かったよ」
「大丈夫だよサンちゃん、今度は、もっと上手くやるねぇ」
「だから、二度目は無しですからね!」
サンディは、マサトはともかくとして、
繰り返されるハルナとの見解の相違に思わず声を上げ、頭を抱える。
「はぁ、とにかく先を急ぐとしましょう」
「はいなのです。エルちゃんとアルちゃんも無事で良かったのです」
「じゃあ、バインドしておいた、お馬さんを連れて来るねぇ」
ハルナがマージで馬を引き寄せて連れて来ると、
いろいろと諦めたサンディが、ストレージコートから馬車を取出して、
馬に牽引させる準備を始め、マサトとダーハは周囲の警戒に当たる。
マサトは、他にも暴走馬車の巻き添えになった者が居なければ良いな。
と思いながら準備が整うの待ち、窪地から街道に戻るルートを探す。
そして準備が整うと、御者台に乗り込み手綱を握り、
傾斜の緩やかな場所から街道に戻って、再び採掘場へと向かった。