007.遭遇
──異世界転移を経て4日目の朝を迎えた──
「まーくん。朝だよぉ」
浅い意識の中、何やら聞こえた気がしたが、前日の疲労で起きる気がしない。
毛布に包まり惰眠を貪る。
「まーくん。朝だよぉ」
止めてくれ。身体を揺さぶって来るのは誰だ。もう少しだけ寝ていたい。
【朝だよぉ!】
結局いつも以上の大声を耳元で聞かされ、毛布も引き離される。
さすがに今回は言い訳が出来なかったので、素直にハルナの言い分に従った。
そして三日坊主どころか、
昨日の今日で早朝の鍛錬を無しにするのも情けないので、
タオルを持って中庭へと向かった。
中庭の井戸で汲んだ水で顔を洗い、昨日と同じように木刀を取り出す。
そして、木刀を上段意構えて素振りを始めた。
とは言え、本格的に学んだ訳でも無いので、これが正しいかの判断が出来ない。
それでも何もしなよりマシだろうと身体を動かす。
その為、この反復練習は、あくまで剣や刀を使う為の筋力を付ける、
と言う意味合いが強くなっていたが、
マサトにとっては、強くなる為に縋れる数少ない足掻きであった。
そして気づけば、今日も全身が汗まみれとなっていた。
マサトは、寝起きに感じていた倦怠感が、
清々しい疲労感に変わっている事に気づき、汗を拭って部屋へと戻った。
そんな様子を、通りかかった子狐のダーハに、再び目撃されていた事など、
マサトは気づいていなかった。
──セラ大森林──
ホ-ンラビットとグレイウルフを相手にするのも三日目となり、
それぞれの動きが見えてくる。
とは言っても、グレイウルフの速度は侮れない為、
基本的に、初手バインドで足止めをして戦闘に入る事を徹底する。
そしてマサトは、いつもの様に余力を残しての撤収の準備を始めた。
「じゃあ、コイツを最後に撤収【シッ、ちょっと待つにゃ!】
マサトの声にベスが被せてきて制止する。
気づけばマサト達は急激に発生した【霧】に取り囲まれていた。
「何かが近づいて来ているにゃ!」
ベスはチキンナイフを構え、一点に向け視線を集中させる。
マサトとハルナも、それぞれ武器を構えて警戒を強めた。
その先からは、草木を掻き分け、こちらに近づいて来る音が聞こえてくる。
そしてマサト達の目の前に、大きなリュックを背負った人物が飛び込んで来た。
「た、助けて下さい!」
フードで顔を隠した怪しげなロングコートの人物が駆け寄って来た。
「巨大な魔物に追われています!
【獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾】を持つ、恐ろしい顔の魔物です。
助けて下さい!」
大きなリュックを背負い、年季を感じる深いカーキ色のロングコートを
身に着けたその人物は、フードで顔を隠したまま叫び、駆け寄って来る。
(見るからに怪しい。信用出来るのか?)
マサトが真っ先に思案したのは、それであった。
マサトは、チラリとベスの様子を覗う。
ベスはロングコートの人物が来た方向に視線を向け、
何やら困惑した様子を見せる。
「マサハル、ソイツに注意しつつ敵襲に備えるにゃ!
確かに、こっちに何かが向かって来ているけど、どうも大きさがおかしいにゃ」
そう言うとベスはロングコートの人物と入れ替わるように前へと躍り出る。
そして──
【シュッ!】
すれ違い様に、ベスの一閃がフードを切り裂き、
ロングコートの人物の素顔が、露わとなった。
「まーくん、エルフだよ、エルフ!」
ハルナが、興奮して騒ぎ出す。
それは長い金髪と耳を持つ美しいエルフの女性であった。
「ちょ、ちょっと、何するのよ!」
「顔を隠したまま、近寄って来たアンタが悪い!」
エルフの女性が、フードを切り裂かれた事に抗議をするが、
こちらにも警戒する理由があるので、その抗議を切って捨てる。
「まだアンタを信用したわけじゃない。場合によっては見捨てる。
それが嫌なら協力しろ!」
マサトは、どれほど効果があるか分からないが牽制しておく。
【パシュッ!】
ベスの足下に水の塊が飛来し、飛び散る。
飛び散った液体は、瞬く間に霧散し周囲の【霧】と同化。
マサト達の視界を一層狭める。
その濃霧の中から、ゆっくりと王者の佇まいで歩み寄って来たのは、
エルフ女性の言っていた、獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾を持つ
魔物の姿であった。
それはファンタジー系RPGにも登場する魔物の一形態。
世に伝わるその魔物の名は、マンティコア。
しかし、マサト達の目の前に現れたソレは、マンティコアの亜種であった。
マンティコア亜種が、けたたましい咆哮を轟かせる。
【なんて恐ろしい顔なの!】
エルフの女性は、その鳴り止まぬ咆哮と姿に恐慌状態に陥っている。
そして同時に、マサトも、ハルナも、ベスもマンティコア亜種に驚愕していた。
そして、次の瞬間──
【バコッ!】
マサトは宝刀である木刀で、思いっきりシバキ倒した。
【キャイン、キャイン、キャイン、キャイン、キャイーーーン!】
のた打ち回るマンティコア亜種こと【チワ・ワンティコア】
魔物の正体は、【チワワの顔、コウモリの翼、サソリの尻尾】を持つ
子犬サイズの魔物であった。
「まーくん、この子、飼いたぁ~い!」
ハルナは、チワ・ワンティコアをバインドで足止めをして捕獲した。
「宿屋で飼えるのか? まぁ、ハルナのおかげで捕まえれた訳だし、
ちゃんと躾けられるならな」
「わ~い、まーくん、ありがとう!」
ちなみに、エルフの女性とマサト達の認識の違いは、
ハルナの魔法フォグによる霧を操る能力で、
チワ・ワンティコアのサソリの尻尾から発射された【幻覚液の霧】を無効化し、
エルフの女性が見ていた巨大魔物の姿は、成りを潜め、
本来の子犬サイズの姿が見えていた為である。
そして、エルフの女性にとって恐怖を感じさせるチワワの顔が、
マサト達にとっては、愛嬌のあるマヌケ面であった為でもあった。
また、ベスにとっては、接近時の移動音の重量感の違いから、
大きさがおかしいと気づいた事もあった。
ともあれ、野生のチワワこと、チワ・ワンティコアは、
ハルナのペットに成り下がった。
「駄犬、大きくなるにゃ~。いろんな皮が取れそうにゃ」
ベスも愛情を注いでいた。
「よし、今日から君の名は【ガブリエル】だよぉ」
「クゥ~ン……」
ガブリエルは、ハルナに撫で回されグッタリしていた。