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069.灯し火

 ──宿屋ルル──


 ロックイーター狩りを進めながら、御者の交代も繰り返して、

夕暮れ前に製錬都市へと帰還する。


 そしてマサト達は、得られた狩猟品を冒険者ギルドで換金して、

大衆食堂へと戻り、そこで金物屋から戻って来たベスと合流すると、

情報交換を交えながら夕食を取った。


 焼き魚を頬張(ほおば)りながらベスが言うには、今日の午前中は、

金物屋ベイルの釘の製作の助手をしていたとの事。


 ベイルは、小さな釘にも関わらず鍛造(たんぞう)による作製を行う。

しかしそれも、わずか10本を作製するのみであった。


 最初に鍛造製作を行うのは、

その日の環境と、自身のイメージとの誤差の確認の為なのだと言う。


 そうして得た、最適なイメージと魔石加工を駆使して、大量生産に対応する。


 ベイルが、こうした一連の流れで製作するのは、

自身の鍛冶職人としての腕と、イメージの維持と更新をする為であった。


 その後ベスは、ベイルから火が入った炉を使っての釘の作製試験を受ける。

そして、そこでベイルが求める合格ラインを超える製品を作って見せた事で、

改めて協力者としての立場を確立させた。


「私なんて、魔石加工が失敗しても、そこでイメージを修正をする感じにゃ。

ところが金物屋は、途中で狂って来たと感じると、

また最初から釘を打ち直して、イメージとの()り合わせから、

やり直しをしていたにゃ」


 その生真面目さを、呆れ気味に言ったベスだったが、だからこそ、

ただの金物屋が他の鍛冶職人以上の腕を身に付けたのだろうとも言っていた。


 そのベスの言葉を思い出しながら、

マサトは自室に置かれた据え置きの机の上に置いたオイルランプの明かりの下で、

木製ボードと木ベラを用意していた。


 ちなみに、このオイルランプはマサトの自作である。


 作り方としては、まず手頃な空きビンに、ハルナが買っていた菜種油を入れて、

上蓋に開けた穴にオイルの芯を通す。


 上蓋の穴と接触する芯の部位には、薄い金属板を巻いて、

点火した火が延焼しないように処置を施す。

最後に、オイルがビンからこぼれないように蓋を閉めて完成となる。


 単にオイルランプとして使うのであれば、これで良いのだが、

マサトは、オイルランプの左右にブロック置いて、

炎が直接触れない真上に、廃品として捨てられていたヤカンの蓋を設置する。


 そして時折、オイルランプの上に置いた蓋のつまみを、

少しだけ回転させてまた放置した。


 マサトは、他人から見たら奇妙に映るこの行動を、

オイルランプを製作した三日前から何度か繰り返していた。


「まーくん、ベスにゃんが、二種類持っていたからもらって来たよぉ」


「ああ、やっぱり持っているよな。

確認するのを、ついつい忘れていたんで助かった」


 マサトからのお使いから戻って来たハルナから、お使いの品を受取る。


「それで、この【ニカワ】って何に使うの?」


 ハルナは、カチカチに固まった棒状のニカワと、

ふやけて柔らかくなっているニカワの二種類を見て訊ねる。


「ニカワって言うのは、動物の皮や骨を煮込んで作り出す物だ。

コラーゲンって言えば分かるかな? 

これらから更に不純物を取除くとゼラチンになる。 

まぁ、その事は置いておいて、

ニカワは、保存する為に乾燥させた物を、水に浸けて一晩ふかした後で、

お湯で湯煎(ゆせん)してから使う物だ」


「じゃあ今は、こっちの柔らかくなっている物を使うんだね」


「そうだな」


 マサトは、オイルランプの上に置かれていたヤカンのフタのつまみを掴んで、

木製ボードの上に置く。


「まーくん、それは何をしていたの?」


「これは、菜種油を燃焼させて、ススを集めていたんだよ。

このススを接着剤である、ニカワと混ぜて乾燥させた物が【(すみ)】になる。

そして、その墨を水に溶かした物が【墨汁(ぼくじゅう)】になるんだよ」


 マサトは、木製ボードの上に、

ヤカンのフタの内側に付いたススを落として集めると、

魔石を取出して、魔石加工の準備を始める。


 今回の素材としたのは、ススとお湯、そして、ふやけさせたニカワ。


 魔石の力を解放して、作業工程をイメージして送り込む。


 炭素の粒であるススと水は、反発して交じり合わない。

 ソレを仲介する接着剤となるのがニカワである。


 湯煎(ゆせん)されて溶解したニカワがススを包み込む。

これは、水となじみやすいニカワに

両者を繋げてもらう為に必要な調合となる。


 柔らかくなったニカワがススを取込み、

練り上げられる過程で、その色は黒く染められていく。


 ススとニカワを十分に馴染ませたら、乾燥させて水分を取除く。


 そして全ての工程が終了すると、魔石が放っていた光は収束し、

虚空へと弾けていった。


 マサトの手の中には、完成した墨が姿を現す。


 マサトは、(すずり)の代わりに、砥石の上に水を垂らす。

そして、墨をゆっくりと()っていく。


 砥石からは、次第に濃度が高められた墨汁が溢れてくる。

そして砥石の下敷きにされていた木製のボードは、

垂れて来た墨汁で黒く汚れていった。


「まーくん、墨や墨汁の事を、聞いた事はあるけど、それを作ってどうするの?

筆も作って書道でも始めるつもり?」


 ハルナは、わざわざ墨や墨汁を作る意味が分からず、不思議に思う。


「まぁ、見世物としては面白いかもな」


 そう言うと、マサトは、砥石を別の木製ボードの上に移して、

黒く汚れた木製ボード上の墨汁を、木ベラで伸ばして真っ黒に塗っていく。


 そしてハルナに、墨汁を送風(ヴェンタレイト)の魔法で乾燥してもらうと、

目的の物を完成させた。


「まーくん、もしかして【黒板】を作っていたの?」


「そうだよ。これが最も簡易的に作れる黒板だな。

紙を潤沢(じゅんたく)に使える環境じゃないからな。

代わりになる物があった方が便利だろ?」


「そうだけど、肝心のチョークが無いよ」


「その点は大丈夫だ」


 マサトは、ハルナの疑問を解消する品を取出す。

 それは以前にダーハと一緒に大衆食堂で作っていた

小さなウサギの造形品であった。


「それって、粘土もどき!」


「そう。これはチョークなんだよ」


 マサトは、黒板に動物の造形品で文字を書いてみせる。


「おおっ、ちゃんと書けてるよぉ」


 ハルナは、マサトからチョークを受取ると、

久しぶりにラクガキを堪能(たんのう)して感動していた。


「墨もチョークも、塗料と接着剤を混ぜて乾燥させた物だからな。

そしてニカワは、絵の具にも使われる接着剤の一種だ」


「じゃあ、後は布の端切れで黒板消しを作れば完璧だね」


「黒板の耐久性や、黒色だと光の反射で目にキツイとかの問題点はあるけど、

無いよりはマシだろう」


「そうだね。ボク、ちょっとダーハちゃんと遊んで来る」


「ほどほどにな。オレは人数分の黒板を作ったら休ませてもらうよ」


「うん、分かったよ。まーくん、がんばってね」


 マサトは、ハルナを見送ると、木製ボードに墨汁を塗って自然乾燥させる。


 その間、隣の部屋から楽しそうな声が響いて来る。


 マサトは、その様子に温かい気持ちとなりながら、後片付けをして就寝した。

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