066.二流
──宿屋ルル──
「今日は、やけに駆け足な一日だったわね」
「サンちゃん、おつかれ」
「でも馬車だと、あんなに回れるものなんだな」
大衆食堂で夕食を取って宿屋へ戻ると、
疲れて睡魔に誘われたダーハを先に休ませる。
そして自然とマサトの部屋に集まって、野草茶を飲みながらの会話が始まった。
マサト達は、製錬都市に戻ると早々に冒険者ギルドへと向かった。
そして、ガブリエルの収穫の腕輪から積み降ろしておいた
ロックイーターごと幌馬車を返却して解体と買取りの申請をする。
このあたりは、幌馬車を借りた事に付随する利点だなと、ありがたく思う。
一緒に狩って来たバッファローとスカリーラーテルは、
ベスが手元に残して置く事を決めたので、そのまま持たせている。
ベスのギルドの解体職人達に対する不信感は、未だに強く残っているらしい。
回収して来たグレイライズ鉱石は、オアイーターの討伐証明にもなっていた為、
跡形もなくなっていたので心配だった討伐報酬を
無事に得る事が出来たのは素直にうれしかった。
「だけど、グレイライズ鉱石の買取り額が、
予想以上に落ちて込んでいたのには参ったわね」
サンディが、ギルドで聞かされた買取り額が、
一月前に比べて三割近く落ち込んでいた事をぼやく。
「だけど、サンちゃん、まだそれなりの値段が付いたんだよね。
元が拾い物なんだから売ってしまっても良かったんじゃないの?」
「あたしもそう思ったんだけど、ベスが考え込んで、
取引きを保留にするように言われたのよね」
「ベスにゃんは、何か使い道でも思い付いたのかなぁ」
「どうだろうな。
ギルドを出た後、また単独行動に出たから、
何をしているのか分からないんだよな」
マサトは、荷物置き場を兼ねている自室で、今日の事を振り返った。
ロックイーターを狙った幌馬車での広範囲移動戦闘は、
ダーハに掛かる負担が大きくなる事と、
幌馬車を扱う事になるサンディについて、
もっと考慮して運用する必要があるのだと気づかされる。
そしてマジックバックを得た時と同じで、
馬車を使った移動力と運搬能力は、
手放しづらい物として印象付けられてしまったので、
その事について二人に意見を聞いてみる。
「まーくん、ボクは普通に馬車は、あった方が便利だと思うよ」
「まぁ、分からなくはないけど、もし入手するつもりなら
あたし以外にも御者が出来るように覚えてもらうからね」
「その時は、オレが手綱を握れるように覚える事になるだろうな。
移動時の遭遇戦を想定した場合、遠距離攻撃の手段が乏しいのがオレだからな」
「それと馬車を入手するとなると、牽引する馬が必要になるから、
そのエサ代を含めた出費と世話に掛かる労力の事も忘れちゃダメよ」
「そうなんだよな。
結局の所、そう言った維持の事を考えると、
ギルドからの貸出し馬車が、お手軽なんだよな」
「まーくん、今日の狩りで思ったんだけど、
馬車を走らせた時の荷台って、揺れが激しすぎて、かなり危なかったよぉ」
「まぁ、サスペンションが、あまり効いていないみたいだったからな」
「マサトが言っているサスペンションって何なの?」
「簡単に言うと、地面からの衝撃や振動を吸収する装置だ。
オレ達の世界だとサスペンションは、
馬車の登場と同時に普及し始めた存在だから、
この世界にもあるのは納得なんだが、オレ達からしたら未熟な代物なんだよなぁ」
「そんな事を言われてもねぇ……」
「まーくん、単純に良い物はまだ、一般化されていないだけかもだよ」
「まぁ、そうかもな。
ポッチャリお嬢様の馬車には、ちゃんとした物が付いていそうだよな。
そうじゃなければ整備された街道を、ゆっくり進むだけだったとは言え、
あの程度の車酔いでは済まないと思う」
「ボクも、馬車を根性論で乗りたいとは思わないねぇ」
「自動車のようなサスペンションは無いだろうから、
使っているのは、跳び箱の踏切板のようなシンプルな板バネだろうな。
材料さえあれば、すぐに取り付けられそうに思えるんだけど……」
そこまで言うと、マサトは考え込んで沈黙した。
「マサト、いきなり黙り込んでどうしたの?」
「思ったんだけど、車両部だけ買ってパーティ資産にしないか?」
「「えっ?」」
ハルナとサンディは、マサトの意図がつかめず、話の続きを待つ。
「さっきオレが言った感じで、購入した車両部を改造して、
普段はサンディに収納しておいてもらう。
馬車が必要になった時は、ギルドの貸出し馬車を借りて、
車両部だけを取替えて使用する。って言うのはどうだ?」
「なるほど。それなら普段の維持費の事を考えなくて済むわね」
「板バネなら探せばありそうだし、ベスなら作れそうだ。
最初は貸出し馬車を使って実験をしてみても良い。
どの程度、サスペンションの機能を上げれるかを試してみて、
上手くいくようなら、車両部の購入と改造を本格的に考えてみる。
って言うのはどうかな?」
「ほほう、面白い事を考えるにゃ」
「あっ、ベスにゃん、おかえり」
ベスが、話をどのあたりから聞いていたかは分からなかったが、
馬車の車両部の購入に興味を示した。
「私は、馬車は見た事があっても乗った事が無かったにゃ。
だから、あんな物なのかと思っていたけど、
あの揺れがマシになるのなら協力をするにゃ」
「ベスは元々冒険者をしていたんでしょ。
それなのに馬車に乗った事がなかったの?」
サンディが、ベスを意外そうに見て訊ねる。
「私の所だと、騎獣に乗るのが一般的だったにゃ」
「ベスにゃんは、お馬さんに乗れるんだぁ」
「なんか、カッコイイな」
「馬だけじゃなくて魔物の騎獣がいたにゃ。
まぁ、それはそれとして、板バネの件は了解にゃ。
特注品が要るようなら用意してやるにゃ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「ただ、私も少し試してみたい事が出来たから、
買える物は買ってくれにゃ。
そんでもって、しばらく単独行動をさせてもらうにゃ」
ベスは、板バネの用意を了承するも、唐突に話題を切り替えた。
「それは構わないが、ベスは何がしたいんだ?」
「金物屋に寄って来たにゃ。
手伝いと言う名目で鍛冶修行の話を付けて来たにゃ」
「えっ、ベスは鍛冶にまで手を出すつもりか?」
マサトは、ベスが更に職人寄りの技能習得を目指している事に驚いて訊ねる。
「最初に言っておくと、私は革細工の技術で装備作製をする為に、
鉱石や宝石を扱う技術にも多少は心得があるにゃ」
「おおう、ベスにゃんは、多芸だね」
「逆にゃ。私は二流にゃ。
ただし、だからこそ見える物も出来る事もあるにゃ」
「どう言う事かしら?」
「グレイライズ製の武具作製をしてみようと思うにゃ」
「ベス、本気なの?」
サンディが、ベスの言葉に思わず聞き返す。
「私程度の鍛冶技術なら成否に関わらず、損失は少ないにゃ。
それよりも試してみたい事を思いついたのにゃ」
「試してみたい事か……」
「私は、製錬都市から金物屋に入っている釘の生産依頼に協力をする事と、
耐熱仕様のイミュランアンダーを提供する事で、
グレイライズ鉱石の扱いを教えてもらえるように交渉して来たにゃ」
「イミュランアンダーを放出するの? ベスにしては思い切った事をするわね」
サンディは、イミュランアンダーが持つ自然治癒能力に加えて、
鍛冶職人用に追加された耐熱能力を有する物を提供する。
と聞かされて呆気にとられる。
「これは、いわゆる技術交換にゃ。
釘の生産協力は、子狐の武具作製や私が教えてもらう時間を作る為の物にゃ。
だから金物屋が、こちらに必要な技術を提供してくれるのなら、
こちらも相手が必要とする技術を提供しなければいけないにゃ。
それが対等な関係と信頼を作る事になるのにゃ」
「そうだな。こちらから不義理な事をしたら信用を失う。
失った信用は、まず戻らないからな」
「でも、その技術提供って本当に対等なの?
一度しか完成させられない武具の為に、
分野が違うとは言え、ベスの技術が詰まった物を提供する訳でしょ?
単純に見ても、こちらからは、鍛冶場の高熱と向き合う鍛冶職人にとって有用な
現物品を渡しているのに対して、
ベスは名声を得ようって訳でも無いから、損をしてるように思えるわよ」
「私としては、ちゃんと対等な条件にしたつもりにゃ。
あとはそれを有効に使えるかどうかの問題だと思うにゃ」
マサトは、ベスが無駄になるかもしれないと思いながらも、
グレイライズ製の武具の作製に挑戦する気になったのは、なぜだろう。
と思うも、それがベスの職人としての性分なのかと思う。
「それじゃあ、私は自分の分と金物屋に提供するイミュランアンダーを作るにゃ」
そう言うとベスは、自室兼作業場へと戻って行く。
後に残された三人は、入れ直した野草茶を手に取って話し合いを再開する。
「まーくん、明日からしばらくは、ベスにゃん抜きになるんだね」
「そうだな」
ただ、最初に出て来た言葉は、そんな感想だった。
マサトとハルナは、最初から一緒に狩猟に出ていたベスが、
一時的とは言えパーティから離脱するのだと思うと、少し寂しく感じていた。
そんな雰囲気を、故意か天然か、サンディが程好い加減に吹き飛ばす。
「マサト、ベスが抜けるのであれば、その時間を使って馬車の扱いを覚える。
って言うのはどうかしら」
「ああ、さっき話していた御者の件か」
「そうよ。ベスは騎乗の経験があるから戻って来てからでも、
すぐに覚えられるでしょうから、先にあたしがマサト達に教えるわ」
「交代要員が多いと融通が利くものな。
御者訓練を中心にして、群れからはぐれている魔物を狩って回るのは良いかもな」
「ボクは、どうせなら遠出したいかな。ハチミツもまた取って来たいね」
「そうなると、午前中に遭遇したスカリーラーテルがいた辺りを
探してみるのが良いかもね」
マサト達の会話は、明日から御者訓練を始める事を決めてからは、
いつの間にか脱線して行く。
そしてサンディが、ドサクサに紛れて酒を取出し始めた所で、
その夜の集会は、お開きとなった。