063.赤髪の剣士
「まーくん、おつかれ」
「ああ、本当に疲れた。でも、これで後始末は済んだな」
練習所の片隅で、偽装に使用していたフード付きのコートと
鉢がねと頬当、そして髪を赤髪に変化させる
中古能力を宿したバレッタを外して座り込んだマサトが、一息ついていた。
「それにしてもサンディが、もっと早く教えてくれていれば、
こんな危険なぶっつけ戦闘をしなくて済んだんだけどな」
「あたしは、言ったつもりでいたから、
なんで皆が、そんなに慌てているのかと思っていたのよ……ごめん」
「サンちゃんは、相変わらず、うっかり美人さんだねぇ」
「ああ、スーラン達と別れた後に、オレがいるから問題ない。
って言われた時には、何を言ってるのかと思ったよ」
◇◇◇◇◇
事の起こりは、サントスの一言だった。
「でも、スライムが相手なら、マサトがいれば問題ないですよね?」
マサトは、サントスの唐突な言葉に虚をつかれる。
「えっと、そこでなぜオレの名前が出てくるんだ?」
「だって、マサトの蒟蒻切ならスライムを斬れるでしょ?」
「蒟蒻切が斬れるのは蒟蒻だけだし、スライムは武器を溶かしてしまうんだろ?
斬れる訳がないだろう」
「そんな事はないですよ。
だって蒟蒻切の中古能力は【スライムを斬る能力】ですよ」
「はぁ?」
マサトの宝刀・蒟蒻切の能力が、蒟蒻を斬る能力に特化したものである事は
実証されている。
それなのに、なぜサントスが、いまさらそんな事を言い出したのかが分からず、
マサトは困惑した。
「要するにエセ商人は、
蒟蒻切に【スライム特攻】ってのがあるって言ってるのかにゃ?」
「そうですよ。さっきからそう言ってるでしょ?」
ベスが、マサトとサントスの齟齬を解消しようと、
必死に翻訳に努める。
その苦労を察する事無く、
サントスがキョトンとした様子で、ベスの言葉に応えた。
そこでマサトも、ようやく頭が回って来る。
思い返してみれば、あの時のサンディは、蒟蒻切に中古能力がある。
とは言っていたが、
[対となる刀が、唯一斬れなかった物体を斬る為【だけ】に創つくりだされた刀]
と、刀についての説明しかしていなかった事に思い至った。
「じゃあ、蒟蒻切の中古能力って言うのは、
蒟蒻を斬るって能力じゃなかったのか?」
「蒟蒻切の固有能力が、蒟蒻を斬る能力で、
中古能力がスライムを斬る能力です」
「なんて紛らわしい能力にゃ」
「蒟蒻が何かが分かった今なら分かるのですが、
たぶん、この世界に蒟蒻が無かったから、
スライムを代用にして試し斬りを繰り返した結果、
中古能力が宿ったんだと思います」
「とにかく、宝刀にも中古能力が継承されている。
って事で間違いはないんだな?」
「そうです。取り込まれた時に確認しています」
「そうか」
マサトは、自身が持つ宝刀・蒟蒻切を見つめながら思案する。
「蒟蒻切の性能が、どの程度のものなのか分からないのが不安材料だが、
このままだと戦線が崩壊する。
少しでも状況が好転させられるのなら、サントスの言葉を信じて
オレがスライムに仕掛けてみるのも有りだと思うが、どうだ?」
マサトは、自分の考えを伝えて意見を求める。
「オマエにしては珍しく、バクチに出るって事かにゃ?」
「無理をする気は無いがな」
「自分から視ても、性能の実態はつかめないですが、有効だとは思っていますよ」
「でも、まーくんが、危険を冒してまでやる意味はあるの?」
「原因が、あのアッレーにあったのは間違いないが、
それをオレ達が手助けしてしまった事もまた事実だ。
清算が出来るのなら、やっておかないと、
後々まで負目を背負う事になる」
「そんなのは、しらばっくれてしまえば良いのにゃ」
「まぁ、そうなんだが、気持ちの問題なんだよなぁ」
「確かに、まーくんの言うように、
このままだと被害が、どこまで広がるか予想がつかないし、
協力をするのは分かるんだけど、
これが上手くいった時って、こう言っちゃなんだけど、
かなり目立っちゃうと思うよ?」
「ぽっちゃりお嬢さまの目から逃れる為に移動したのに、
それだと本末転倒なのにゃ」
「だから、偽装して行動する。
サントス、赤髪のバレッタを貸してくれ」
そうしてマサトは、髪を赤く染め、ベスかとサントスから借りた
フード付きのコートと鉢がねと頬当で身を固めて行動に移る。
ギルド内に突入するに際して、
ベスに邪魔が入らない侵入経路を探ってもらった所、
なぜかギルドの正面が一番警戒が薄かった。
スライムの正面が、どこにあるのか分らなかったが、
心情的に魔物の正面に立ちたくない。
と言う心情から、多くの冒険者達がギルドの正面を避けていたようだ。
その手薄になっている状況は如何な物なのか。
と思うも今回は、ありがたく利用させてもらう。
マサトは、ギルド内に正面から突入する。
宝刀・蒟蒻切を抜き、挨拶代わりにスライムに一太刀振るう。
その一振りは、以前にギルドでベスに放り投げられた蒟蒻を斬った時と同じく、
スライムに抵抗される事なく刃を通し、腐敗による損傷も受け付けなかった。
その圧巻の切れ味に、マサトは内心でビビリまくる。
「(コエーよっ! 何でこんなに切れ味が極端なんだ。
いや、今はありがたいんだが……)」
マサトは、普段のナマクラ刀との、あまりにもの違いに戦慄を覚えながらも、
宝刀の能力を頼りに、スライムを内部から斬り刻む。
そして斬り落とされた断片は、再生も増殖もする事なく消滅していった。
「(これがスライムを斬る能力って事なのか……)」
スライムを刻みながら、巨大化の原因となっている栄養源を断ちに
解体場へと向かい、獲物を捕食している粘液の枝を切断していく。
その頃から、外が騒がしくなり始めたのに気づき、
役割は果たせているようだと感じながら、
施設内に光源を取り込む為に設けられた中庭へと出る。
そこから仰いで見えるスライムの大きさに辟易としながら、
何だかんだと朝からの連戦もあって、バテ気味になってきたので、
帰還する為の体力の事も考えながら、もうこれで良いだろうと、
最後にヤケクソぎみに、刃路軌を頭部と思しき頂点部に向けて放つ。
ギルドの施設は地下一階、地上二階の建物となっている。
一般的に建物の高さは、既製品の柱の長さが3メートルである為、
屋根の高さを考慮しないなら、一階高くなるごとに高さが3メートル高くなる。
スライムが覆っているギルド施設は二階建ての為、
その高さは約6メートルと屋根の高さとなり、
マサトの刃路軌の射程距離である10メートルが、
ギリギリ捕らえきれる高さであった。
スライムを穿つ刃が天を貫く。
マサトは、その軌跡をスライムを通して目視出来る事に気づき、
再び宝刀を構える。
《摩施》
この瞬間、巨大スライムはマサトの技の実験台に定められる。
縦横無尽に飛び交う無数の摩施
その荒れ狂う刃を制御下に置けている。
と言う事実を確認が出来た事は、マサトにとって大きな収穫であった。
「なるほど。参考になった」
マサトは、霧散するスライムに感謝しながら宝刀を納める。
そしてマサトは、疲弊しきった身体に見合うだけの見返りは得た。
と満足して、事前に打ち合わせをしておいた練習場へと身を潜める。
こうして今回の出来事は、事件の中心となったスライムの最後が、
泡のように弾けて消えて行った事から【バブルスライム事件】と呼ばれた。




