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061.ギルド炎上

 ──お食事処ミン屋──


「あのあの、本当にギルドの緊急依頼に参加しなくて良かったのです?」


 大衆食堂の夕食のテーブルで、ダーハが気になっていた疑問を訊ねてきた。


「構いませんよ。

緊急依頼などの特殊な依頼は、シルバーランク以上の者が対象となる案件です。

問題の採掘場に居た者達の事は気がかりですが、

我々はマサトが言ったように参加出来ない事情がありましたから……

それに緊急依頼は、自分以外の者は基本的に対象外です。

あの男がいくら(わめ)いた所で、

ギルドが部外者と言う立場でしかない我々を

問題が起きた鉱山に派遣する事はありませんよ」


「そ、そうだったのです?」


「ええ、マサトは、派遣の可能性があった自分を(かば)ってくれていただけです。

ダーハが心配する事はありませんよ」


 サントスは、テーブルに置かれたカップに手を伸ばして、

ゆっくりと野草茶を口に含んだ。


「ただ、サントスに召集が掛かった場合って言うのは、

以前にもイミュランの郡隊を倒している

冒険者パーティ[雷鳴の収穫]の実績を()んで、派遣を指示している事になる。

そうなると、シルバーランクが一人いるって事で、

以降も良いように使われかねない。

こう言うのは、最初に例外を認めてはいけない。

だからこそ用心しておくに越した事はないんだよ」


 マサトが、ギルドに対して警戒をしていた理由を明かして、

パーティが共有すべき認識として忠告をする。


「そうだねぇ。ボクも今回の話は、ちょっと腑に落ちなかったかな。

アレレさんもルセラさんも、採掘場が魔物の巣に繋がって

緊急依頼を出す事態になってるのに、なんだかやり取りが変だったんだよねぇ」


「確かにそうなのです。

普通はドレッドベアが出たとか言って魔物の脅威を知らせて来るのです」


「あっ、ダーハちゃん、ソレだよ。

ある意味、この辺りの鉱山に出る定番の魔物だったのかな?」


「それについて、ちょっと聞いて来たにゃ」


 ハルナとダーハが意見を交わしていた所に、

ギルドで分かれて単独行動をしていたベスが戻って来る。


「おかえり。それで何か分かったか?」


 マサトが、ベスに情報の共有を求める。


「最近、鉱夫達が、ちょくちょく行方不明者になっていたって事だったにゃ」


「行方不明? 鉱山付近の魔物の討伐依頼が出ていたのは知っていたけど、

そんな情報は聞いていなかったな」


「ギルドも正確な事は分かっていなかったみたいで、

あくまで魔物が原因だと考えていたみたいにゃ。

でも採掘作業中に、突然姿が消えているって事が分かってきて、

鉱山の調査に切り替えようとしていた所に、

採掘場が魔物の巣に繋がったって報告が入って来てものだから、

ギルドが早々に緊急依頼を出す判断をした。

って言うのが、目の前で起きていた出来事だったみたいにゃ」


「なるほど。それでベスは、その問題の魔物が何か聞きましたか?」


「ピックモールって名前らしいにゃ」


「ピックモール……ピック、モール……モール……ああ、モグラの事か」


「あのあの、そのピックモールって、どんな魔物なのです?」


「サンちゃん、ピックモールがモグラって事なら、

地下にトンネルを掘って、その中で生活をしている魔物って事であってる?」


「そうですね。ハルナが想像しているので当たっていると思います。

ピックモールは、トンネルに偶然に引っかかって落ちて来た獲物を感知して

狩猟をしている大食漢の魔物です。

その狩猟方法が、あまりにも偶然に傾向(けいこう)している物であるからなのか、

麻酔効果のある唾液で獲物に噛み付き、

仮死状態にして巣に貯蔵する性質があります。

鉱夫達が、ピックモールの手に(おちい)っているのであれば、

まだ生存している者がいる可能性があります。

ギルドが早急に緊急依頼を出した事にも頷け(うなず)けますね」


「サントス、それでピックモールの強さって言うのは、どの程度のものなんだ?」


「スカリーラーテルには劣りますが、

地下空洞での戦闘になるでしょうから、

類似する戦闘経験の無さから、我々だと苦戦するでしょうね。

複数のピックモールの探知に捕捉されたら間違いなく挟撃されます」


「やはりそんな所か。ベス以外の手持ちの武器は、それなりに長物だ。

狭い空間での戦闘になった場合、

武器をまともに振るえなくなる可能性があるからな」


「あと、ボクの[流水]を使った窒息攻撃は有効に効くだろうけど、

いざと言う時に、ダーハちゃんの魔法やガブリエルの切り札が使えなくなるから、

今までのようにはいかないだろうね」


「まぁ、洞窟などの限定空間だと、出会い頭や背後からの不意うちは

常に付きまとうのにゃ。今回は、それが回避出来た事を幸運に思っとくにゃ」


「はいなのです」


「でもマサト。良い機会だから難易度の低い洞窟などの狩り場があるなら、

そろそろ戦闘を経験しておいても良いと思いますよ」


「そうだな。

討伐依頼じゃなくても、実際に潜ってみて感覚だけでも知っておいた方が、

自分じゃ気づけていない事が分かるからな」


 ベスによってもたらされた情報とサントスの提案で、

マサトは、その小さくも新しい目標を考慮に加える事にする。


 その時──


【カン、カン、カン、カン、カーン……】


 製錬都市中に警鐘が響いた。


 何事かと大衆食堂から飛び出した人々が次第に騒ぎ出す。


 マサト達は、そのどさくさに紛れて無銭飲食を働いた

食い逃げ犯をしっかりと確保した女主人と子狐達に感心しながら、

現状を把握すべく行き交う人々の話に耳を傾けていると、

冒険者ギルドが炎上している。と言う情報が流れてきた。


「ギルドが火事になっているって事? そんな事は、あり得ないわ。

ギルドには多くの冒険者を始めとして、優秀なスタッフが駐在しているのよ。

火事の火元を消すくらいは十分に出来るわよ」


「サンちゃん、素に戻っているよ。落ち着こうねぇ」


「あっ、すいません……」


「でもでも、あの明るい所ってギルドの方向なのです」


 マサトは、明るくなっている夜空の様子を覗いながら思案する。


「ひとまず、エセ商人が疑問に思えるくらいに、

おかしな事が起きているのは間違いないにゃ。

ちょっと様子を見て来るにゃ」


「本当に火事なら、ボクも行った方が良いと思うよ」


「あのあの、わたしもお手伝いをするのです」


「いや、ダーハは宿屋で、ガブリエルとアルバトロスが

興奮して暴れだしたりしないかを見張っていてくれるかな。

ダーハが近くに居れば、周りが騒がしくなっても

落ち着いていてくれるだろうから頼む」


「あっ、はいなのです」


「ベスは先行して様子を見に行ってくれるか。

オレ達も後を追い駆けて向かう。

何かヤバイ事が起きているなら、すぐに引き返して来てくれ」


「了解にゃ」


 マサトは、それぞれが勝手に動こうとしていたので、

最低限の行動方針を示して動き出す。 


 ベスが早々にマサト達の視界から消える。

 その後をマサト達は追い駆け、ギルドに近づくにつれて上昇する熱量と、

その視界に捕らえた異常事態に理解が追いつかないでいた。


 冒険者ギルドは数十人の者達に取り囲まれ、

次々と火属性の魔法が打ち込まれていた。


 そして、その中には見知った顔も存在した。


「スーラン、ミラ!」


「えっ、マサト、それにサントスにハルナ!」


 声を掛けたスーランから返事が返ってくる。


 その事から目の前にいるスーラン達が、一緒に人狼と対峙した

かつての知人であり、正気も記憶も確かである事を確認した。


「これは一体、どうなっているんだ。

何でスーラン達がギルドに火を放っているんだ!」


「違うだわさ。

アタイ達が攻撃しているのは、ギルドを飲み込んでいる魔物だわさ!」


「サントス!」


「確認しました。アレは肥大化したスライムですね」


 サントス達の言葉を聞いて、改めて冒険者ギルドを見て、

確かに建物の周囲を何かが覆っている様子を確認した。


「えっ、まーくん、どう言う事? 

スライムって、ちっちゃくてカワイイ最弱の魔物だよね?」


「ハルナは、一体何を言っているのですか?」


 サントスの観察結果を聞いたハルナは、自身の認識との齟齬(そご)に困惑し、

スーランは、そこに思いっきりツッコミを入れた。


「えっ、だってスライムって言ったら青色で、ベスって言ったら赤色だよね?」


「何でそこで私が出てくるにゃ」


 そして合流する為に戻って来たベスにも不信がられていた。


「それに最弱って、どう言う事だわさ。

スライムって言ったら、その不定形の粘液の塊に、

人や物を取り込んで溶かす凶悪な魔物だわさ」


「あっ、すまない。

ハルナが言っているのは、オレ達の地域の物語に登場する空想の魔物の話だ。

だから現状を見れば、それが間違った知識だったと分かる。

だからスーランにミラ、詳しい事を教えてもらえると助かる」


「なるほど、分かりました。

私達が相手にしているスライム種は、自身の粘液の塊が持つ溶解液で、

人も物も溶かして吸収する魔物です。

その粘液の身体は、単純な物理攻撃ではダメージを与える事が出来ず、

逆に武器の方が、溶解液で腐敗させられて使い物にならなくなってしまいます」


「だからスライムには、炎や魔法で攻撃する事になるだわさ」


「それが、この状態なのか」


「私が見て回った所でも、同じ理由で四苦八苦していたにゃ」


「それにしても、ここまで巨大化する前に対処は出来なかったのですか?」


 冒険者ギルドを包み込むまでの大きさに成長したスライムを見て、

サントスが率直な感想を口にした。


「いくつかの不運が重なったようです。

最初に侵入した時のスライムの大きさは、本当に微細だったようです。

ただ、それが運悪く大量に持ち込まれたイミュランに付着して、

一緒に解体場に運び込まれてしまった事で、それらがスライムの栄養源となって

急速に成長してしまって為、巨大化に気づいた時には、

もう手の(ほどこ)しようが無かった。

と聞いています」


 マサトの耳に、何やら不穏なキーワードが飛び込んで来た。


「え~と、そのスライムの侵入経路って判明しているのか?」


「聞いた話によると、鉱山の採掘場の一部が崩落して魔物の巣に繋がった際に、

慌てて脱出して来た鉱夫長が、異変を伝えにギルドに来たのですが、

その鉱夫長は、採掘場の途中で水溜りに足を取られて転んでいたらしく、

ギルドで簡単にではありますが治療をしてもらっていたのです。

その事からギルドは、水溜りは実はスライムの擬態で、

ブーツの底に付着していたスライムの一部が、

一緒に運び込まれたイミュランにも付着したのだろう。

と言う結論を出したようです」


「ちなみに、元凶となった鉱夫長は、

ギルド内で増殖していたスライムに飲み込まれて死んでいたのを発見されて、

スライムごと焼却されたって聞いたわさ」


「アレレさん……」


 どうやらハルナも、荷馬車にイミュランを積み込んでいた際に、

アッレーが、何度もイミュランを足で踏みつけては転んでいた姿を思い出して、

なかば呆れ気味に冥福(めいふく)を祈っていた。


「ひとまず、いろいろと把握した。

あと、もう少し聞きたいんだが、何で氷属性の魔法で凍らせなかったんだ?

そっちの方が、被害が大きくならないだろうし、

凍らせたなら物理攻撃を加えられると思うんだが?」


「それは、あのスライムを凍らせられるだけの魔法の使い手がいないからだわさ」


「こんなに人がいるのにか?」


「私も含めてですが、氷属性より火属性の魔法の方が、

適正を持っている者が圧倒的に多いのです。

すでにかなりの火が放たれた後だったので、

それを一度消して氷結させられるだけの魔法となると、

そうそう使い手がいません」


「スーランの言う通りだわさ。とてもじゃないけど、実行不可能だわさ」


「それに良く思い出すにゃ。

鉱山の一件で、直前に緊急依頼が発せられているにゃ。

更に言えば、国境の街の武術際の事もあるにゃ。

今、この都市に残っている冒険者は、

それらから除外されるている者が大半にゃ」


「あっ、そうか。

緊急依頼は基本的にシルバーランク以上が対象だし、

武術際の武術大会に挑もうって人なら更に上位の実力者になる。

その上で更に魔法が使える者に絞られる訳だから、

そりゃあ、人材不足にもなる訳だ」


「これらの事から、

ギルドも全体的に威力が高く、火属性魔法を使える者が多い事を考慮して、

ギルドの施設を放棄してでも、この場で決着を付ける判断したのです」


 スーランは、ギルドの臨時本部からの意向を伝える。


「そうなると、子狐を置いて来たのは失敗だったにゃ。

私が走って連れて来るかにゃ?」


「そうだね。火事だと思っていたからボクが来たけど、

この場合だと、ボクの魔法じゃ役に立たないよ」


「とにかく、私達はスライムを押さえ込む為に戻ります。

その間に何とかギルドと衛兵が連携をして、

排除する手立てを見つけてくれる事を願います」


 スーラン達が、再び戦列へと戻って行く。

それを現状で手の出しようがなかったマサトは、ただ見送る事しか出来なかった。

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