060.奉仕の精神
──冒険者ギルド──
「採掘場に新たに出現した魔物の件を了解したわ。
ただちに緊急依頼による召集を始めるわね」
「おおきに、おおきにやでぇ」
アッレーの説明を聞いた受付嬢のルセラが、
アッサリと緊急依頼の召集の判断を下す。
その様子に違和感を覚えるも、マサトは隣の受付で受注していた依頼の
達成報告を完了させる。
「アンタ達のおかげで、ウチの者達に救援を出す事が出来たわ。おおきになぁ」
「はぁ、そうですか。それは良かったですね。それでは失礼します」
マサトは、アッレーの荷馬車に積んであるイミュランと、
ダーハのマジックバックから出したバッファローの解体の申請を終えた
サントス達と合流すると、出入り口へと足を向ける。
それを見たアッレーは、不思議そうにマサト達に訊ねた。
「ちょ、ちょっとアンタ達、どこ行くんや?」
「どこも何も、今日の依頼は完了したので帰りますよ」
「何言うとんのや。今から緊急依頼が出されるって言うとるんやで?」
「そうですね。がんばってもらって下さい」
「いやいや、ちゃうやろ。アンタ達も救援に行かなアカンやろ?」
「何を言っているんですか。オレ達は、その依頼を受けれませんよ」
「なんでや。緊急依頼やろ。町の一大事やで!」
「はぁ、アナタは、一体何なんですか。ワガママ放題ですね」
「ワガママちゃうやろ。コレはオマエ達の仕事や言うとんのや!」
アッレーの声が、次第に大きくなっていき、ついには突っ掛かって来た事で、
マサト達はギルド内で注目を集める事となる。
「オレ達は、出来る限りの協力をしました。
アナタがイミュランの群れに追い駆けられて、
その進路をオレ達の所に変えて引き連れて来たのを、オレ達が撃退しました。
その上で、オレ達に助けを求めるでも、
後ろに迫っている群れの警告をする訳でもなかったアナタの話を聞いて、
ギルドへの報告にも同行しました。
アッレーさん、ここまでの話に間違いはないですよね?」
「お、おう。そうやったな」
「そしてアレです」
マサトは、アッレーの荷馬車から次々と運び込まれているイミュラン達を指す。それはギルド内に居た全ての者達の注目の的となる。
「オレ達は、アナタが押し付けて来たイミュランとの戦闘で疲弊しきっています。
とてもじゃないが、この後の戦闘には参加出来ません」
ギルド内にいたほかの冒険者達は、解体作業場へと続く通路を通過して、
次々と奥へ運び込まれて行くイミュランの数を見て、
その数の多さに、良く無事で帰って来れたものだと、ささやき始めた。
「そ、そやかて、その数を倒せる実力があるんや。
アンタ達は、実は強いんやろ? そやったら、助けてぇな。
いわゆる奉仕の精神ちゅうやつや。人助けなんや。そやろ?」
「なるほど。奉仕の精神ですか」
「そやで。人様が困っとるんや。
そんな所で、ケチケチしたらアカン。そやろ?」
「なるほど。そう言う見方もありますね」
「そうやで、ホンマ」
マサトが、アッレーの言葉を肯定した事で、アッレーは満足げな笑みを見せる。
その様子に周りの者達も、そうだな。と言う雰囲気に流れ始めた。
「ルセラさん、先程オレが提出した物に目を通してもらえていますか?」
「えっ、ああ、コレの事ね。ええ、確認しているわよ」
「それを、この場で読み上げて下さい」
「分かったわ」
そしてルセラが証明書の内容を読み上げる。
アッレーおよび冒険者パーティ[雷鳴の収穫]は、
以下の事実と内容に同意した事をもって、この取引きを行う。
①[雷鳴の収穫]は、街道を外れて向かって来たアッレーの荷馬車に
追従していた13羽のイミュラン達を、
パーティの自衛の為にアッレーに代わって撃退した。
と言う事実を、アッレーおよび[雷鳴の収穫]の共通事実として、
以下の取引きを行う。
②上記の事実による戦闘後に残されたイミュラン13羽の死体は、
[雷鳴の収穫]の戦果として所有権を認める。
③[雷鳴の収穫]は、戦果であるイミュラン13羽を
製錬都市までアッレーが使用している荷馬車を使って運搬する事を希望する。
④アッレーが、13羽分の運搬料を要求。
[雷鳴の収穫]は、要求を了承して運搬料を支払う。
ルセラは、以上の内容を両者が合意して、サインが交わされた。
として読み終える。
その内容を聞いたギルド内の者達は、①と④の内容から
助けてもらったクセにセコイ事をするヤツだ。
とアッレーに対して冷ややかな視線を向けていた。
そして、そこにマサトの口撃が襲い掛かる。
「①は、アナタがイミュランを13羽使った魔物のなすりつけの行為の事実と、
その際に生じているギルドに対しての利敵行為。
更に④は、自分の仲間の危機よりも、金銭の要求を優先してきた事実を、
この証明書が証明してくれています」
マサトの言葉に、読み上げていたルセラが慌てて証明書を見直す。
そして、この証明書が単なる運搬料の取り決め以上の
証明書になっている事に気づかされる。
しかし、アッレーを含む周りの者達に、その真意が未だに伝わっていなかった。
「な、何を言うとんのや。訳が分からん。利敵行為って何言うとんのや?」
「オレ達冒険者は、言うなれば冒険者ギルドの人材と言う資産です。
その資産をアナタは、あろう事か自分の身代わりにしようとして襲って来た。
この事実をアナタは①の[街道を外れて向かって来たアッレーの荷馬車]の
一文で認めています。
これは紛れも無くギルドを軽視し、冒険者を道具として使い捨てようとした
ギルドに対する利敵行動の証明です」
ここに至り、周りの者達の目がアッレーに鋭く刺さり始めた。
「更にアナタは、奉仕の精神と言いましたが、
証明書の②で、イミュラン13羽との戦闘を認め、
③で、オレ達が疲弊した状態であるがゆえに、
荷馬車での運搬を希望した事に対して、
④で、金銭を要求しています。
そして今、アナタに強要される形で戦闘を余儀なくされて疲弊しているオレ達に
更に戦えと無茶な要求を強要している。
例えギルドが、アナタの言葉を汲み取り、
緊急依頼を出したとしても、オレ達はアナタの言葉も行動も信用が出来ません」
マサトが、ギルドの中央でアッレーの言葉をバッサリと切り捨てる。
その様子を見ていたギルド内の者達も、
次は我が身と身構え、今まさに出されようとしている緊急依頼の
危険度と信憑性が計れなくなり、ギルド内は静かに、されど騒がしくなっていた。
「あっれぇ……ちゃうんや。
そんなつもりちゃう。そんなつもりちゃうんやでぇ……」
「それでは失礼します。
ギルドも緊急依頼だからと言っても、オレ達の現状を把握しているのですから、
無理にオレ達を駆り出したりはしないでしょう」
マサト達は、何者にも阻まれる事無くギルドを後にする。
そんな中、サントスは自らが作った証明書が、
まさかこんな使い方をされるとは思っていなかっただけに
以前にマサトに向けられた敵意を思い出す。
あの時と同様に、マサトのアッレーに対する攻撃は、
いつの間にかギルドに対する牽制になっていた。
その攻撃とは、アッレーに対する不信を、自分達の戦果を示す事で、
これまでの経緯をギルド内に居た者達に周知させ、
相手の意識を反らせる所から始まる。
そこから一旦、彼の言動を受け入れたように見せて、
思考が弛緩した所を見計らい、
アッレーがギルド全てに対して不遜な考えを持つ者だ。
と証明書と言う証拠と、これまでの言動をもって、
更なる周知による追撃と誘導を加えてアッレーを一気に沈める。
その上で、再度自分達の戦果と境遇を示す。
ギルドから発せられる緊急依頼と言う名の半強制依頼を、
直前に強要されたアッレー絡みの戦闘で、
継続戦闘能力を失った事の事実証明として使用して牽制する。
この事実があるからこそ、正当性が主張出来るのである。
マサトは、こうしてギルドの強制力を削いで、緊急依頼からの回避を行った。
サントスの見立てとしては、パーティの継続戦闘能力は、
それほど失われていない。
だが、それをギルドは把握する事が出来ない。
むしろ、証明書による事実に則るなら、待機させるべきだと判断が下る。
そしてサントスは、
マサトが、アッレーがもたらしたトラブルに対する警戒と同時に、
ギルドに対しても、その警戒を強めていた事を、一連の流れから汲み取る。
サントスは、以前にマサトに感じた恐怖と畏敬の感情を再び募らせ、
味方として見ると慎重すぎるとも思える行動が、
こう言う事態に対する警戒なのだと、改めて理解させられた。