006.鍛錬と魔石加工
──異世界転移を経て3日目の朝を迎えた──
「まーくん。おっはよぉ!」
ハルナの大音量のモーニングコールで、マサトは起こされた。
「ハルナ、おはよう……ただ、お願いだから静かに起こしてくれないか?」
マサトは、目覚めの悪さから頭痛に襲われる。
「おはにゃ」
向かいの二段ベッド上段からベスの挨拶が聞こえてくる。
声がする方向を見ると、尻尾がユラユラと挨拶をしていた。
「ああ、おはよう」
マサトは、まだ寝ぼけているベスに挨拶をすると、
顔を洗いにタオルを持って一旦部屋を出る。
中庭にある井戸で水を汲み、顔を洗い、水で濡らしたタオルで、寝汗も拭う。
「あれっ、この後どのくらい待てば良いんだろう?」
マサトは女性陣の朝の身支度に気を使い、部屋を出たまでは良かったが、
手持ち無沙汰になってしまった。
しばらく空を眺めていたマサトの脳裏に、何時の頃からか見始めた
時代劇の再放送のシーンが浮かんだ。
それは剣術道場に通う侍の青年が木刀の素振を繰り返し鍛錬する姿。
ひとしきり繰り返した青年は、井戸で手拭を濡らし汗を拭うと、
何かに思い至り、井戸の前で再び素振りを始める。
愚直に、不器用に、ただ一心に……
気づけばマサトも侍の青年に倣い、
自身の宝刀である木刀を構え、素振りを始めていた。
時代劇を見始めたのは田舎でじいさんが見ていたのが切っ掛けだったと思う。
子供心に終盤のチャンバラを見る為に見ていた気がする。
子供向けの特撮ヒーローのアクションシーンの延長だ。
戦国時代を知るようになってからは、戦国武将好きの友人と話をする様になり、
本を読んだり、シミュレーションゲームをするようになった。
ただ、思い出す侍の青年の時代は江戸時代。
戦国の世が終わり、江戸幕府による長期安定政権となった時代。
剣の道に魅入られ、立身出世に想いを馳せ、憧れ、苦悩し、足掻く。
時代劇のシナリオは思い出せない。
ただ、侍の青年は主役ではなかったと思う。その後の結末も思い出せない。
だが、そんな侍の青年の姿が、なぜか印象的で思い出された。
気づけばマサトは全身を汗まみれにしていた。
「やばっ、結構夢中になってた。さっさと汗を拭いて戻ろう」
マサトは汗を拭った後に訪れる程よい疲労感を感じながら、
良い朝の鍛錬が見つかったと部屋へと戻った。
その間、通りかかった子狐のダーハが、
上半身裸の姿で木刀を振るっているマサトを目撃して、
顔を真っ赤にしていた事にマサトは気づいていなかった。
──冒険者ギルド──
「ベスにゃん、何か良いの見つかった?」
前日に引き続き、ベスに依頼表を見繕ってもらっていると、
ハルナがベスに近寄って行った。
「う~ん、ホーンラビットを乱獲するのと、グレイウルフを狙うのと、
どっちが良いかにゃ?」
ベスは、いくつかの依頼表を見た後に、マサト達に向き直って聞いた。
「どっちも昨日狩った魔物だよね?」
「そうにゃ。オマエ達は、あまり狩りに慣れていないから、
まずは場慣れするのが最優先だと思うにゃ」
「まーくん、どっちか良い?」
マサトはハルナに訊ねられ、少し考えて答えた。
「それならグレイウルフかな。
現状はベスに索敵や警戒を頼っているけど、
オレも出来るようにならないといけないからな。
その練習相手になってもらおうかと思う」
実際問題、昨日マサトが魔物と戦ってみた所、
ハルナやベスのサポートが無い状態だと、
不意打ちで倒され兼ねないと実感していた。
それゆえに、周囲警戒の強化が必要と感じていた。
「分かったにゃ。じゃあ、この辺りの依頼表にするにゃ」
マサトの返事を聞き、ベスがグレイウルフ関連の依頼表を見繕っていく。
ベスとしても魔物を探しに行っている間に、
本陣が襲撃を受けている事態など望まないので、
マサト達の周囲警戒の強化に異論は無かった。
──セラ大森林──
『ブライン』
ハルナはグレイウルフの進路上にブラインを放ち、視界の阻害を行う。
マサトに向かい襲って来ていたグレイウルフが、
急に訪れた視界の変化に動きを鈍らせ、身体の軸を左右にブレさせる。
そこをマサトがロングソードを振り下ろし一撃を加えると、
反撃が来る前にグレイウルフの攻撃範囲外へと、そそくさと離脱した。
ハルナはマサトとグレイウルフとの距離が離れたのを確認すると、
ファイアを放ち追撃する。
グレイウルフは炎の包まれるも、地面に身体を擦り付けて
アッサリと消火してしまう。
しかし、その横たわった隙に接近したマサトが、追撃を加えていく。
その内の一撃が、たまたまクリーンヒットしてグレイウルフの討伐は成功した。
「完全に見つかっていたにゃ」
ハルナの護衛に控えていたベスが、マサトを採点して告げた。
「面目ない」
「視界に入らない様にしていたのは分かるんだけど、
風上に居たせいで嗅覚で見つかっていたにゃ。
他にも接近時に音が出るのは仕方が無いとしても、
私と同じ距離感で飛び込もうとしちゃダメにゃ。
自分の速力と相談していないから、
逆襲された形での戦闘突入になってしまうのにゃ」
「分かった。次から気をつける」
「まーくん、やっぱり最初はバインドで足止めした方が良くない?」
マサト達の会話を聞いていたハルナが心配そうに言ってきた。
「そうだな、ブラインの効き方も知っておきたかったから使ってもらったけど、
次からそうしてくれるか」
「あと、やっぱりボクのファイアじゃ、魔物を一発で倒す所までいかないね」
「それでも十分な威力はあると思うけどな」
「魔法が使えない者が聞いたら怒るレベルにゃ。
あと皮が売れる魔物に火魔法を使うと、コゲて価値が下がるのにゃ」
「そっかぁ。
周りも火に弱い草木ばかりだから延焼させない為にも使わない方が良いよね」
「そうだな」
「はにゃ? 木は燃えるけど、火に弱いって訳じゃ無いのにゃ」
「「えっ?」」
マサト達はベスの意外な言葉に困惑する。
「ベスにゃん、何を言ってるの?
木って燃えるんだよ。火に弱いに決まってるよぉ」
「う~ん、燃えるのと、火に弱いってのは、ちょっと違うのにゃ」
「どう言う意味だ?」
「たとえば、木製の倉庫と鉄筋の倉庫が隣あって建ってるとするにゃ。
その内部で同時に火事が起き時、倉庫の中身を多く回収出来るのは、
どっちだと思うにゃ?」
「ベスにゃん、そんなの鉄筋の倉庫だよ」
「木製だと全部燃えてしまうものな」
「ところが、木製の倉庫の方が多く回収出来るのにゃ」
「なんでだよ。おかしいだろ」
「実は火事の状態において、建物を支える柱や梁の部分の耐久力が、
鉄製より木製の方が高いのにゃ」
「「ええっ?」」
「木製の柱は、表面が燃えて【炭化層】ってのに成るにゃ。
これは木炭とは違って中身まで炭化していないので、燃え難くなるのにゃ。
逆に鉄筋の柱は、高温下では、急激に耐久力を失ってアメのようになって、
一気に崩れ落ちるにゃ。
つまり、人や物が移動出来る時間を確保しやすい木製の倉庫の方が、
回収率が高くなるのにゃ」
「それ本当なのか?」
「鍛冶職人は、火で加熱して柔らかくなった鉄を叩いて成形するにゃ。
その様子を思い出せば、鉄の耐久力が急激に落ちる事に納得が出来るはずにゃ」
「なるほど」
「それに前にも言ったけど、私は木材加工の技能も習得しているにゃ。
この話は、木は燃えるけど、火に弱いとは言えない一例にゃ。
耐火性を、燃えない事に焦点を当てるか、
燃えた時に逃げる時間を確保出来るかに焦点を置くかで変わってくるって話にゃ」
ベスはイタズラっぽく微笑むと魔石を取り出し、
近くに落ちている枯れ枝を拾って、魔石の力を解放し魔石加工を行う。
そして全ての工程の終了をもって魔力の光は霧散し、
人差し指サイズの物体が現れた。
「笛か?」
「そうにゃ。私が木材加工の技能がある証明にゃ」
ベスは作り出した小さな笛を吹き音を確かめる。
単音しか出ない簡単な物だが、笛の音を聞いてマサトは、なんだか楽しくなる。
「ベスにゃん、ボクも作ってみたぁ~い」
「まぁ、レシピと言うか素材が、単品の簡単な物だし、
ちょうど良い練習になると思うにゃ」
ベスの笛か、はたまた魔石加工になのか、
ハルナが興味を示し魔石加工に挑戦し出した。
ハルナは、枯れ枝を二つ取って来ると、その片割れをマサトに手渡してきた。
「オレもやるのか?」
「そうだよ。せっかくなんだし挑戦してみようよぉ」
マサトはハルナに促され魔石加工に挑戦する。
素材も仕上がる品も単純。
あとは出来上がる品をイメージして近づける。
マサトはベスの笛と同じ、単音の単純な笛をイメージして魔石の力を解放する。
そして光の収束と引き換えに、マサトの目の前に小さな笛が現れた。
「おおっ、出来た」
「おめおめ~」
ベスがマサト達それぞれに成功の言葉を送っているのに気づき、
隣のハルナの手元にも笛が現れている事に気づく。
「まーくん、試しに吹いてみよう」
ハルナが嬉しそうに言ってきたので、同時に笛を吹いてみた。
【ピィーーーッ】
「───」
マサトの笛からは音が響き、ハルナの笛は無音っとなった。
「あれっ? 音が鳴らないよぉ」
【やかましいにゃ!】
ハルナは音が鳴らなかった事に困惑し、
ベスは耳を押さえて怒鳴ってきた。
「あっ、ごめん」
マサトは、笛を思いっきり吹いてしまった事を謝る。
「そっちじゃ無いにゃ!」
しかし、ベスが言っているのは、未だに音を出そうと、必死に笛を吹いている
ハルナの方であった。
「ハルナの笛の方なのか? でも音なんて出てないぞ」
「そうなのかにゃ?
でも私は、その音が聞こえて来ると頭が痛くなってくるにゃ」
ベスは、耳と言うか頭を抑えている。
「あっ、もしかしてハルナの笛って【犬笛】になってないか?」
「まーくん、犬笛って何?」
「その名の通り、犬に聞こえる音を出す笛だよ。」
「私は犬じゃないにゃ」(プンプン)
「いや、そうじゃなくて、正確には人間では聞き取れない高音だな。
犬は人間の2倍までの高音が聞こえ、そこまでになると人間には聞こえない。
猫は人間の5倍までの高音が聞こえるんだったかな。
とにかく、そう言う笛って事だよ」
「あ~、分かったよ。
確かにボク、笛を作る時に、子犬が寄ってくるイメージで魔石加工をしていたよ。
じゃあ、この笛を使えば、まーくんに隠れて、
こっそりとベスにゃんを呼ぶ事も出来るんだね」
「何に使うつもりか知らないけれど、人間に聞こえない高音って言うのは、
その音が届く距離が短かったはずだ。
逆に近くにいるベスの頭や耳に掛かる負担は大きくなる。
使い道が無く、ベスに迷惑が掛かるから二度と使うなよ。
ベスは、もし同じような事があったら距離を離せば聞こえなくなるから、
一応覚えておいてくれな」
「分かったにゃ」
「ボクも、何となくだけど魔石加工ってのが分かったよ」
「それじゃあ、これはこれ位にして、狩りを再開するか」
その後、マサトは近くに居たホーンラビットも交えながら、
魔物への索敵、接近、釣り寄せを練習していく。
狩りを終えた帰路の道中で、ベスから今日の成績が告げられる。
要努力だそうだ。
マサトは駆け回った疲労も相まって、ガックリと肩を落とした。