059.来襲
「ワウッ、ワウッ!」
ガブリエルが吠えた先に視線を向けると、一台の荷馬車が疾走していた。
その後方には、イミュランの郡隊が追走している。
マサトは、つい最近、同じ光景を見たなぁ。
と思いながら、製錬都市に向かって一直線に駆け込もうとしている
荷馬車を見送る。
そう、見送ったのだ。
しかしながら、荷馬車は急に90度方向転換をして
マサト達の所に突っ込んで来た。
「全員起きろっ! 戦闘準備!」
マサトが、声を荒げて皆を叩き起こす。
「視認13、駄犬、ゴーにゃ!」
【パシュッ!】
いち早く駆け出したベスが、
ガブリエルを連れ立って前線に出て幻覚の霧を展開する。
「ベス、態勢を整えている余裕が無い。自由にやってくれ」
「了解にゃ」
マサトは、ベスに初動の戦闘を任せると、
パーティへの指示を出す為に、その場に留まる。
「えっ、急になぁに?」
未だに寝ぼけた状態のサンディが、
気の抜けた返事をして来たので思わずムッとなる。
「ハルナ、流水!」
『流水』
【ザバァーンッ!】
「ちょ、ちょっと、いきなり何するのよっ! ズブ濡れじゃないっ!」
「サンちゃん、目が覚めたなら戦闘準備。
これ以上、まーくんの手を煩わせないでくれるかなぁ」
「は、はい」
ハルナの得も言えない威圧感に圧倒されて、サンディも大人しくなり、
現状の危機に向き合い始める。
その様子を見て、ダーハも慌てて槍を構え、
迫り来る郡隊を前に必死に冷静になろうと努めていた。
「今回、ベスとガブリエルには【自由にやってもらう】
ハルナは、ガブリエルのフォローを頼む。
サンディとダーハは二人一組で常に行動。
サンディは、ダーハを守る事に専念してくれ。
あとの事はオレ達に任せてくれて良い」
「わ、分かったわ」
「はいなのです」
マサトの指示が何を指しているのかを察した二人は後方に下がり、
サンディは武器をクロスボウに持ち替え、
ダーハも周囲に狐火を展開して待機させた。
ハルナは、フォグの魔法で、ガブリエルの幻覚の霧が
無為に霧散しないように場に留め、
マサトは武離路による防壁を構築する。
「駄犬、グローアップ!」
先行したベスが、周囲警戒を済ませてガブリエルを開放する。
そして、ガブリエルの幻覚の霧に突っ込んで来た荷馬車が
助けを求める訳でも、警告を発する訳でもなく通過しようとした事で、
ベスは荷馬車の主を敵対者として認識する。
荷馬車を追ってイミュランの郡隊が追従する。
グルルルッ……【ヴボォーーーッ!】
幻覚の霧の主が、軍隊を威嚇し、咆哮を上げる。
その姿は、獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾を持つ巨大な魔獣。
イミュランの郡隊は、突如現われた巨大な魔獣により恐慌状態に陥り、
幻覚の霧の中を駆け巡る。しかしそこは、決して抜ける事が叶わぬ幻影の地平。
ハルナのフォグの魔法によって、幻覚の霧は流動した渦を描き、
イミュランの郡隊を幻惑し、霧の中へと誘導して封じ込める。
「「「ヴゥー、ヴゥー、ヴゥー」」」
霧の中から、けたたましい鳴き声が次々に響いてくる。
その声の主達は、巨大な魔獣の大爪に大牙、サソリの尾に蹂躙され、
吹き飛ばされていく。
霧の中に在るのは、今までのような子犬の魔獣では無かった。
そこには、確かに実体を伴う巨大な魔獣が存在していた。
それは、かつてマサト達が遭遇したダイアウルフが如き、雄々しい魔獣。
幻覚の霧から弾き飛ばされた残党が、
マサト達の手によって全て始末されていく。
そして全てが終わると、霧の中から巨大な魔獣、
チワ・ワンティコアが姿を現し、ダーハの下へとやって来て足下で座る。
その身体の上には、アルバトロスが遠慮もなく飛び乗って、じゃれあっていた。
「エルちゃん、ありがとうなのです」
ダーハが、ガブリエルの労を労うと、ガブリエルの首に巻かれた
黄色いスカーフの下に隠された牙の首飾りが輝き、
身体が元の子犬サイズに戻っていく。
【銀狼の首飾り】
それは、マサト達が人狼の閉鎖空間に囚われた際に、
ガブリエルがムーランから与えられた首飾り。
それは何の変哲の無い首飾りであったが、人化の術を得て、
長く人間の社会に溶け込んでいたダイアウルフが身に着けているうちに、
その過程が昇華されて一つの能力を宿す。
そして、その能力は、中古能力として、
特定の条件下でのみで発現する物であった為、
本来の持ち主であるムーランが、その能力の事を知る事は無かった。
銀狼の首飾りに中古能力として宿った奇跡とは【成獣化】
手っ取り早く言えば、昔の魔法少女物の定番魔法
【一時的な大人への変身】である。
この能力が実戦で使用されたのは、今回で二度目であった。
その一度目は、同じくイミュランの郡隊に襲撃された先の戦闘である。
その際もマサトは、最初に窪地に幻覚の霧を散布させて
外界からの視界を遮り、ガブリエルの姿を覆い隠していた。
それは単に、幻覚だったとしても、ガブリエルの巨体を晒した場合に起き得る
混乱を抑制する意味合いの他に、ガブリエルが本当に巨大化出来る。
と言う真実と、その戦闘力と言う手の内を秘匿する為の物でもあった。
ガブリエルは、その小柄な子犬のような容姿ゆえに
許されている感がある魔獣である。
その為、成長した姿と、その戦闘力が知られてしまった場合、
ガブリエルの身柄の拘束を始めとした多岐に渡る介入が予想される。
そうなってしまった場合、マサトは最悪でも銀狼の首輪だけは
回収しておく必要を感じていた。
それは銀狼の首輪が、まがり間違って強大な力を有する
魔物の幼獣の手に渡ってしまった場合、
甚大な被害を起こしかねない代物だからである。
マサトは、ダーハの下に戻って来たガブリエルから遠ざかったサンディに
注意を促して、周囲警戒をする。
そして、イミュランの郡隊を始めとした目撃者が居ない事を再確認すると、
戦闘地域から外れた位置で停止している荷馬車の下へと向かった。
◇◇◇◇◇
「おれは死ぬ訳にはいかなかったんや。必死やったんや。許してぇや!」
「ふざけるんじゃないにゃ!」
ちょうどベスが、荷馬車の主を簀巻きにして
尋問をしている場に遭遇した。
話を聞いてみると、荷馬車の主であるアッレーは、
この先にある鉱山の採掘場の一部が崩れて、
魔物の巣に繋がってしまったと言ってきた。
そこで冒険者ギルドに、魔物の討伐と救援を求める為に街道を外れて
近道をして急行していた所、
イミュランの巣にぶつかり、その場にあった卵をいくつか潰してしまった事で、
イミュランに追い駆けられる事となり、
次第にその追っ手が郡隊にまで膨れ上がっていった。
と言う事だった。
「だったら、なぜ真っ直ぐに製錬都市に向かわないで、進路を変えたんだ?」
マサトは、荷馬車の主の直前の行動を見ていたので、その事を詰問する。
「それは、このままだと後ろに追いつかれてしまうと思ったからや。
そんな時に冒険者のパーティが目に入ったから、
助けを求めに行ったんや。ホンマやで!」
「大ウソにゃ。
私が近づいても、後ろのイミュランについて、
助けを求めるでも、警告を告げるでもなかったにゃ。
コイツは、最初から私達を身代わりにして自分だけ助かろうとしていたにゃ」
「ウソやないわい。それにアンタ達冒険者は、魔物を狩るのが仕事やろ」
「自分達の身の安全が確保出来ない状況での狩猟なんて論外です。
我々は常に一定の安全を確保した状態で狩猟を行います」
「そ、そうは言うても、アンタ達は、あの群れを追い払って無事やないか。
アンタ達にしてみれば魔物を探す手間が無くなって、
むしろ大助かりなんちゃうんか」
アッレーは、結果的に無事にやり過ごせた現状を前提にした
言い訳を始めだす。その上で感謝されたい口ぶりになる。
「まーくん、この人じゃ話にならないよぉ」
「そうですね。
マサト、このままでは、この者の言っている採掘場の件も疑わしくなります。
仮に採掘場の件が本当なのであれば、早急な対処が必要でしょう。
この際、それらの判断も含めて冒険者ギルドに連れて行って
真偽に関する判断は、ギルドに委ねるのが良いと思います」
「そうだな。
ハッキリ言って、こちらの消耗も激しい。
アナタの不信な行動も見逃せないので、
本当にギルドに向かうのか確認させてもらいます。
オレ達が同行する事に異論はありませんよね?」
「も、もちろんや。命の恩人やさかいな」
「じゃあ、コイツの荷馬車を使って製錬都市まで引き返すにゃ。
返り討ちにしたイミュラン達は、変に他の物と混じると、
後々問題視された場合、私達の証拠品として認められない可能性もあるにゃ。
この荷馬車で運搬するのが良いと思うにゃ」
「それじゃあ、運搬料はコレくらいでどうや?」
ベスの話を聞いたアッレーが、商魂逞しく。
と言うか、場の呆れた空気も気にせず、
満面の笑みを浮かべて運搬量を要求して来た。
「……それくらいなら払っても構わないが、
その代わりに、そこのサントスに、この取引きの証明書を作製してもらうから、
それにサインをしてもらう。それで良いな?」
「そんなもんでええんか。良か良か」
アッレーは、上機嫌で取引きの証明書にサインをする。
そしてアッレーは、出発を急いでいると言って、
マサト達がイミュランを積み込むのを荷台で受け取って
手伝ってはくれたのだが、積み込んだイミュランを何度も足で踏んだり、
更には足をもつれさせて倒れ込んだりした事で、
そのあまりにな扱いの悪さからベスがキレていた。
ともかく、出発の準備を整えて、全員が荷馬車に乗り込んだ事を確認すると、
ベスの監視の下で、アッレーに荷馬車を操らせる。
そしてマサト達は、アッレーの乱暴な馬車の扱いによって拍車が掛かった、
荷台の居心地の悪さを我慢して、製錬都市へと駆け込むのであった。