058.昼食
──製錬都市に訪れて3日目の朝を迎えた──
「バッファロー、1。釣るにゃ」
水辺に訪れていたバッファローの群れの中から離れて、
孤立している個体を狙って、ベスがチャクラムの投擲で先制する。
そして、敵愾心を持って襲って来るものなら、そのままに引き付け、
逃走するものなら、ガブリエルに追い駆けさせてパーティの下まで誘導する。
そこからパーティに向かって突進して来るものがいたならば、
バインドと刃路軌による行動阻害を仕掛けて、
間合いを取って攻撃を加えていく。
今回は、マサトとハルナが防具、サンディが剣、ダーハが槍と、
いろいろ新調した事から、改めて戦闘時の確認を目的に置いていた。
その中でも、ダーハの槍を使った戦闘訓練を最優先課題にしている為、
バッファローをターゲットに絞って、狩猟依頼を受けいる。
そう言った事情から、最初はサンディに、
ダーハに合わせて槍を使って戦闘に参加してもらっていた。
現在、マサト達の布陣は、
前衛が、盾となるマサト。
中衛が、釣りと遊撃のベス、更に槍使いのサンディとダーハ。
後衛が、行動阻害と緊急回収、そして回復魔法を担当するハルナ。
となっている。
今までは、どちらかと言うと、盾となる前衛がいない状態だった。
強いてあげるなら、ベスが回避盾としての役割を果たしていた状態である。
つまり今までの布陣と役割は、
前衛が、釣りをこなす回避盾のベス。
中衛が 後衛の護衛と物理攻撃を担当するマサトとサンディ。
後衛が、メインの魔法攻撃を含めた魔法全般を扱うハルナとダーハ。
となっていた。
ここで、マサトが前衛に立つ事が出来るようになった要因は、
新たに実戦投入した武離路と言う
設置型の刃路軌による防衛能力の向上が大きかった。
これは不可視の強固な、つっかえ棒を目の前に設置しているようなものなので、
簡易的な防壁を築いている状態に出来た。
その為、物理的な盾を持たないマサトではあったが、
突進攻撃をして来る相手に対しては無類の強さを発揮した。
マサトは、初動の突進攻撃に対しては刃路軌の吹き飛ばし攻撃で、
その威力を相殺し、接近されたなら武離路で受け止める。
その後は、武離路の引き撃ちで強固な防壁を築きつつ、
なまくら刀の檻に誘い込み閉じ込めていく。
ただし、先にも言ったように武離路は盾ではなく、つっかえ棒である。
その為、互いに、設置していない場所からの攻撃は通る。
そこで槍の出番となる。
武離路の設置箇所は、事前の打ち合わせで、
基本的にマサトのベルトラインと決めて、
あとはマサトからのサインで、パーティメンバーに通知されている。
しかし、実際に視認が出来ないので、
斬撃攻撃の場合、武離路との接触で攻撃が不発に終わってしまう事が考えられる。
ゆえに、そのようなリスクを槍の刺突攻撃で軽減させていた。
サンディとダーハは、初動で動きの止まったバッファローの脚を貫く。
これによりバッファローが生み出す、力強い攻撃の源を封殺する。
そこにベスが、背後からの強烈な一撃をバッファローに加えて素早く離脱し、
再び次の獲物を探しに向かう。
この時点でバッファローは瀕死状態となっており、
それをマサト達で仕留めていく。
その間ハルナは、周囲警戒をしつつ、
状況に応じてバインドをはじめとする行動阻害と、
マージによる緊急回収に備えて待機していた。
このパターン化された狩猟を、マサト達は最適化すべく試行錯誤する。
途中から、サンディが剣やクロスボウを使ったパターンも組む。
この場合、剣を振るえるように、側面に配置する武離路の位置を
工夫する必要があった為、かなり頭を悩まされた。
最終的に、武離路で敵を封殺して戦う場合は、
サンディは、剣を使わない事に決める。
これは、とにかく手間が掛かりすぎて、
素直にバインドを入れた方が現実的だったからだ。
その後、狩ったバッファローのうち小振りの一頭を、
ベスが解体して昼食にする。
基本的に解体して得た肉は、焼いて食べる事になるのだが、
ダーハが慣れない槍での戦闘で疲れきっていたので、
まずは水分補給をさせて休ませる。
そしてハルナが、事前に用意していた物を共有の腕輪から取り出して、
ダーハに渡した。
「ダーハちゃん、エトログのハチミツ漬けだよ」
そう言ってハルナは、イミュランの襲撃明けに商人達から得た
エトログと言う柑橘類を小さく切って作ったハチミツ漬けをダーハに食べさせた。
「スッパイのです。でも甘いのです。でもスッパイのです」
それは要するに、大きなレモンを使ったハチミツ漬けであった。
レモンのクエン酸は、新陳代謝を活発にして疲労回復を促進させる。
ハチミツの糖分は、その際のエネルギーとして使われて、更に効率を上げる。
ゆえにそれは、スポーツ後のエネルギー補給と疲労回復において、
シンプルかつ抜群の相性を持つ事で有名な組み合わせであった。
また、レモンとは香酸柑橘類と分類される物であり、
その香りのよるリラックス効果も有している。
ちょうどハチミツが漬かる三日を経過した物だったそれは、
ダーハの心身を癒し、皆無だった食欲をも取り戻す切っ掛けとなる。
「と言う訳で、ダーハちゃんが食べやすいように、
今日のお昼は、ちょっと変わった物にしてみたよぉ」
ハルナは、カマドの上でお湯を沸かしていた大き目のナベを指し示すも、
その中には何も入っていなかった。
いや、よく見ると底に海草が一つ沈んでいる。
「ハルナ、何の冗談かしら。
これって海草よね。それが一つあるだけなんですけど……」
「うん、そうだねぇ。でもそれも役割が終わったから取っちゃうねぇ」
「そして何も無くなったにゃ」
ベスもハルナが何をしたいのか分からなかったようで、
興味を持ちながらも様子を見ていた。
「ひとまず先にタレを入れた器を渡しておくな」
マサトは、全員分の器に黒いダレを入れて渡す。
そしてベスに薄くスライスしてもらっていた牛肉を一枚ずつハシで持って、
お湯が張られたナベの中で数回くぐらせると、
皆の器の中に配って食べてもらう。
「えっ、何コレ、美味しい」
「油っぽくなくて食べやすいのです」
「酸味がある醤油かにゃ。面白い味なのにゃ」
「まーくんが作ったポン酢醤油、美味しいね」
「昨日見つけた酢に醤油と搾ったエトログを混ぜただけなんだけど、
予想以上に上手く作れたな」
マサト達は、あろう事か異世界で昼間からシャブシャブを始めた。
(しかも狩猟中)
「お肉って、こんな食べ方があったのね」
「やたら薄く肉を切らせると思ったら、お湯で熱を通させる為だったのかにゃ」
「あのあの、最初に海草をお湯に入れていたのは、どうしてなのです?」
「出汁を取っていた昆布の事だね。
簡単に言うと、この昆布が持つ美味しいって感じさせてくれる
グルタミン酸って言う旨味って言うのが、
肉類が持つイノシン酸って言う旨味と一緒になると
美味しさが増すって話なんだよ。
昆布の旨味を取る為には、ゆっくりとお湯に浸しておく必要があるから
最初にお湯に入れておいたんだよ」
「まぁ、お湯の中で肉を数回くぐらせて、
熱を通すやり方さえ、ちゃんと覚えて守ってくれれば良いよ。
熱が通っていない肉を食べるのは、危ないって事は分かるよな?」
「じゃあ、食べ方も分かっただろうし、野菜も入れちゃうね」
「あと、肉を入れていくとアクが出て来るから、
適度にアク取りをしながら食べてくれ」
マサトとハルナが説明している最中にも関わらず、
三人は面白がってフォークで刺した肉をお湯にくぐらせて、
シャブシャブしていた。
「料理自体は単純だから、野営時の食事には良いかもね」(モグモグ)
「でもでも、お肉を薄く切るのは大変だと思うのです」(ハグハグ)
「あっ、それなら最初にボクが、ブリサードで少しだけ凍らせた肉を切れば、
簡単に切れるようになるよぉ」(パクパク)
「あと、街中に居る時に先に下準備をしておいて、
マジックバックに収納しておけば、作るのが更に楽になるにゃ」(フーフー)
「まぁ、普通は昼にのんびりと、
食事なんてしてる場合じゃないだろうしな」(アク取りアク取り)
「あっ、まーくん。ゴマも買ってあったから
ゴマダレも作ってみようよぉ」(パクパク)
「別のタレかにゃ?」(パクリッ)
「えっ、それ食べてみたい」(モグモグ)
「あのあの、わたしも食べてみたいのです」(シャブシャブ)
「あれって、エトログの代わりに、すりゴマを加えるので良いのか?
まぁ、試しに作って見るか」(ムシャムシャ)
マサトは、ハルナがゴマと一緒に購入していた、すり鉢でゴマをすり潰して、
すりゴマを作る。
そして、すりゴマと酢と醤油でゴマダレを作って試食してみる。
「あっ、これ好き。美味しいわ」
「ほほう、かなり違った感じになったにゃ」
「ほんのり甘いのです」
どうやら三人から無事に好評を得る事が出来たようだった。
しかしながら、マサトとハルナは、何か物足りなさを感じてしまう。
「まーくん、何か、何かが違うよぉ」
「分かっている。せめてもう少し何とかしたいよな」
「まーくん、味噌を加えるって聞いた事があるよ」
「なるほど、あと甘みが欲しいよな。そうなるとハチミツか?」
「あっ、また食べ物の事で、二人がおかしくなり始めたわ」(パクパク)
「旨い物が食べられるなら、好きにやらせとけば良いのにゃ」(シャブシャブ)
「これ美味しいのです。何が悪いのです?」(アク取りアク取り)
時折発症するマサトとハルナの病気に、
サンディは呆れながらも食事の手を止めようとはせず、
ベスはマイペースに様子を覗い、
ダーハは一旦、食事の手を止めてアク取りを始めた。
マサトが、すりゴマを作ってハルナが、ゴマダレを調合する。
「まーくん、どう? 香り付けを兼ねてゴマ油も少し加えてみたよぉ」
「うん、美味いっ!」
マサトは、ハルナが作ったゴマダレに満足して、シャブシャブしだす。
それに続いてハルナもゴマダレで食べて、ほっこりしていた。
そうなると他の三人も、新しいゴマダレに交換して食べ始める。
「ちょっと、何で最初からコレを作らないのよ。
もうお腹がいっぱいよ!」(パクパク)
「これはまた、匂いも良くなって味も変わったのにゃ」(ハフハフ)
「甘いのです。美味しいのです」(ハグハグ)
そして誰も率先してアク取りをしようとしなくなった。
◇◇◇◇◇
穏やかな風が流れる木陰の下で、食後の昼寝休息が取られる。
全員が食べすぎ状態となり、眠気に襲われる。
と言うのもあったが、慣れない戦闘で疲労したダーハの事を考慮して、
マサトは、場合によっては午後からの狩猟を切り上げて
製錬都市に戻る事も視野に入れていたので、これくらいは許容範囲であった。
狩猟中は、離れた場所に放していたアルバトロスも、
今はガブリエルに身体を預けて一緒に昼寝をしている。
しかし、そんなアルバトロスを無視して、ガブリエルが急に立ち上がって
辺りを見回す。
そして当然のようにアルバトロスが、ガブリエルの身体から転げ落ちた。




