056.露店のお酒
「それで、もう一つの木札だけど、何でそんな物を買ったんだ?」
マサトは、さきほどハルナが見せてくれた、
数字が書かれた木札を買った訳が気になっていた。
「ああ、これだね。まーくん、これは数字の色違いの物があったから、
赤、緑、黄、黒の四種類を買って来たんだよ」
「もしかして、トランプの代わりか?」
「まーくん、正解。でも、どちらかと言うとウノの方に近いのかな」
「なるほど。ちょっとしたヒマつぶしに良いな」
「あのあの、トランプとかウノって何ですか?」
「ダーハちゃん、札を使った遊びの一種だよ。
あとで宿屋に戻ったら教えてあげるねぇ」
「はいなのです」
マサトは、ハルナとダーハのやり取りを聞いて、不思議に思ってしまう。
「う~ん、サンディ。ここでは遊びや娯楽って何があるんだ?」
マサトは、木札を見ているダーハの様子を見て訊ねる。
「子供なら、追い駆けっこや隠れんぼ。
大人なら飲み食いやケンカの賭けなどが一番身近なものかしら」
「トランプもダイスも無いのか。今までの転移者達が健全すぎる」
「(普通に娼館があるのに、健全って言葉はどうなのかしら……)」
「(あっ、やっぱりそう言う施設はあるのか)」
「(ちょっとマサト、そう言う所に行ってみようだなんて考えないでよ)」
サンディが、ハルナとダーハに気遣って、声を落としてツッコミを入れて来た。
興味が無いと言えば嘘になるが、常に子犬のように後を付いて来る
ハルナがいるのに、どうしてそんな場所に近づけれると言うのだろうか。
「(オマエ以上の美人でも居なければ、そんな所に行かないな)」
と軽口を叩くと、サンディは、
「なら平気ね」
と言って上機嫌で歩き出した。
性格やトラブル気質を除けば、実際に見た目だけは美人なのだが、
どれだけ自分に自信があるんだ。と呆れてしまう。
その後、露店を見回っていると、
サンディが酒を売っている店を見つけて買い物を始める。
そこにダーハも加わって品定めが始まった。
サンディは自分用に、ダーハは調理酒として買っているようだ。
マサトも、改めて露店に並ぶ酒を見る。
そこに並んでいる物について、露店主に話を聞いていると、
近くで栽培している米から作った物もあると言う。
ヘビ酒や梅酒を作った時に使った酒も、同様の酒であったので、
どこかで米を使った酒を造っているのは分かっていたが、
水が豊富に流れている、この辺りで造られていたのだと理解した。
そんな中、露店の端に追いやられた色味が濁った数本の酒瓶を発見する。
「すみません、その色の付いた酒って売り物ですか?」
マサトは露店主に訊ねた。
「これですかい?
これは持って来る最中に悪くなった出来損ないです。
こうなった物は、変な味になってしまうんですよ。
かと言って、せっかく時間を掛けて造った物を捨てるのは心苦しいんで、
商品の種類を賑わわせるのに一役買ってもらおうと、
端っこに置いているんですがね」
マサトは、露天主の話を聞いて興味を持つ。
「へぇ~、ある意味で珍しい物ですね。
ちょっと興味を引かれたので、舐める程度で良いんで、
味見をさせてもらえないかな?」
「えっ、兄さん、本気ですかい? 腹が痛くなっても知りませんよ」
露店主は、マサトの正気を疑って止めておけと言って来るも、
マサトは、何かがあっても自己責任だから。
と言い切って露店主の了承を得る。
酒瓶を開けると、その表面には何やら薄い膜が張っていた。
それを見て露店主が、再三の制止の言葉を掛けて来るも、
マサトは露店主から借りた小皿に色付きの酒を注いで、
匂いを確認してから味見をする。
「う~ん、コレは……」
「兄さん、大丈夫かい?」
マサトの渋い顔を見て、露店主が心配そうに訊ねて来る。
「ハルナ、ちょっとコレを味見してみてくれないか?」
「えっ、まーくん、なになに?」
マサトは、自分が味見をした小皿をハルナに渡して、味見の感想を求める。
「まーくん、コレって、アレだよね」
「やっぱり、そうだよな」
「えっ、一体どう言う事ですかい?」
露店主は、何事かと思い、返品された小皿に残された色付きの酒を口に含み、
そして盛大にむせて吐き出した。
「この色付きの酒の元になった物を10本買うから、
コイツらをサービスで譲ってくれ」
「ゲホ、ゲホッ、あ、あんたら、正気かっ!」
露店主にツッコミを入れられながらも、ちゃっかりと値切り交渉をする。
「こっちとしては大助かりだが、兄ちゃん達は本当にそれで良いのかい?」
「個人的に面白い物が手に入って良かったと思っているな」
「そうだね。たぶんボク達以外だと誰も欲しがらないだろうね」
「まぁ、普通に酒を買ってくれた上で、
捨てるつもりだった物を引き取ってくれるわけだから……まいどあり」
露店主は、何とも納得がいかない感じであったが、
満足そうに去って行くマサト達を見送るしかなかった。
ちなみにマサト達が入手した色付きの酒とは【酢】である。
露店主が販売していた米から造る酒とは、要するに日本酒にあたるものであり、
日本酒も酢も、米と水と米麹を使って生成している。
そして酒の表面に張られた薄い膜とは、酒から酢に変化する際に起きる
酢酸発酵が進行していた現われであった。
ただし、この膜が白くて粉っぽい膜を張っていた場合は、
有害菌が発生しているので、酒を混ぜて膜を沈め、
再度酢酸発酵で有害菌を駆除していく必要がある。
ともあれマサト達は、梅干作りの際に出来る梅酢に引き続き、
この世界では、全く見向きもされていなかったが、
使い勝手の良い酢を入手する事に成功して、
それなりに楽しく、そして有意義に露店巡りを過ごした。
その後、宿屋へと戻る時に金物屋の前を通り掛かると、
冒険者らしき青年が、店の外から中を覗いて右往左往していた。
マサト達が早朝に訪れた時とは違い、店舗は開いていたのだが、
結局、その客らしき人物は店の中に入る事なく、どこかへと行ってしまった。
金物屋に、せめてもう一人店番をする人が居れば、
ああ言う客の対応が出来るだろうに。
と思いながら、マサトは宿屋へと戻って行った。
──お食事処ミン屋──
宿屋に戻り、ちょうど起きて来たベスを誘って、
昼食を取りにミン屋へと移動する。
前日が異常だったようで、さすがに今日は落ち着いた様子で
子狐達が働いていた。
注文を取って、それが来るまでの間にハルナが買って来た木札の束を
テーブルに広げて木目トランプの説明をサントスとダーハにする。
ちなみにベスは、似たカードゲームの知識があったので、すぐに理解していた。
「それじゃあ、簡単なジジ抜きからやってみようか。
ハズレになる一枚を決める為に、対になるカードを束から一枚抜くね」
ハルナが木目トランプの束から一枚除外して、
マサトを除く四人でゲームがスタートする。
なぜマサトがゲームから抜けているかと言うと、
サントスとダーハに、分からない事があった時にアドバイスをする為だ。
こうして、ジジ抜きがスタートした。
◇◇◇◇◇
昼食がテーブルに揃う。
その頃には全員がルールを覚えて、問題なくゲームが成立するようになる。
計三回の戦績は、一位抜け勝者が、ベスが二回、ハルナが一回。
最下位の敗者が、サントスが二回、ダーハが一回となった。
「もう一回、もう一回やりましょう」
「エセ商人。オマエは、こう言うのに向いてないにゃ」
「そうだね。それに食事が冷めるから、続きをするなら食べた後だね」
「じゃあ、一度片付けるです」
「サントス、ひとまず観察を使ってズルをしなかった事は褒めてやるな」
「あっ、そうか。その手が……」
「サンちゃん、それやったら、もう混ぜてあげないからね」
「じょ、冗談ですよ。やだなぁ……」
サントスが、よく今まで商人をやって来れたな。
と思うくらい、観察抜きの状態でのポンコツっぷりが表面化したゲームだった。
ダーハ並みに素直すぎて、挙動に動揺が簡単に現れるので、
これがジジ抜きではなくて、ジョーカーのあるババ抜きだったなら、
勝率は皆無になるように思える。
昼食を済ませると、ベスは早々に宿屋へと戻って行った。
マサト達も、あまり木目トランプを人目に入れたくはなかったので、
続きをするなら宿屋に戻ってしようと言って、
ゲームの間につまめる物をミン屋で注文して持ち帰る事にした。