055.串焼き
──製錬都市に訪れて2日目の朝を迎えた──
マサトは、日を追うごとに起床時間が早くなっていくのを問題に思いながらも、
早朝に訪れる事を伝えてあったので、鍛錬を兼ねて大衆食堂の裏庭で、
本日分の薪割りを始め、黙々とこなしていく。
前日の薪割りや粘土もどきの一件があった事もあり、
通り掛かる子狐達からは笑顔で迎えられる。
ある程度の量の丸太を薪に変えた後は、小屋に備えられた鉈を使って、
薪を更に細く割っていく。
火を起こす時は、いきなり太い薪に火が付く訳では無い。
着火材代わりとなる枯れ草や落ち葉に点火させて、
火を大きくしていく為の細い薪が必要となる。
今マサトが作っているのは、その為の薪であった。
マサトは、じいさんの所の薪ストーブを前にして、
座りながら鉈を使って、同様の薪作りをしていたので、
こちらの方が、斧を使った薪割よりも手馴れた感じでこなしていく。
割った細身の薪は、ガタが来て古くなっていた小振りのタルやバケツの中に
突っ込んでおく。こうしておけば、子狐達が運ぶ際に多少は楽になるだろう。
そんな思いのもとで作業をしていると、子狐達が水場から戻って来る。
前日の様子から、そろそろ切り上げる頃合か。
と見当をつけて片付けを始めて、入れ替わるように水場へと向かって、
汗を拭ってから大衆食堂へと向う。
「おにいちゃん、おはようです」
「ああ、おはよう」
大衆食堂の一角に朝食を運んで準備をしていてくれたダーハと挨拶を交して、
皆が待っているテーブルに着く。
そこには子狐達に囲まれていて上機嫌なハルナと、眠たそうにしているベス。
そして両者のテンションの差に挟まれたサントスが居た。
「まずは皆、おはよう。
そしてベス、ありがとう。新調したアンダースーツを受け取ったよ。」
「おはにゃ」
「まーくん、おはよう」
「マサト、おはようございます。
ベスのアンダースーツが、あれほどの物になるとは驚かされましたね」
「そうだね。ベスにゃんの腕があっての事だろうけどね」
ハルナは子狐達に手を振って、朝食を取るからと言って分かれると、
マサト達の会話に参加する。
そしてサントスは、多くの子狐達が離れた事で、
偽装に費やしていた緊張感を、わずかに緩めていた。
「私も予想外だったにゃ。あんな駄鳥が、こんなに化けるとは……」
ベスは珍しく疲れた様子で、テーブルにうつ伏せになって倒れ込んでいる。
「おいベス、大丈夫か?」
「今日は休息日だし大丈夫にゃ。朝食を食べたら一眠りをするにゃ。
ただ、ちょっと装備作りに集中しすぎた事は認めるにゃ」
「本当に無理をしないでくれよ」
「了解にゃ」
そう言うとベスは、ダーハが運んで来た朝食を一つまみして、
残りはマジックポーチに突っ込んで宿屋へと寝に帰って行った。
「まぁ、ベスは、何だかんだと、今までも無理はしなかったんだし、
少し様子を見る感じでも良いか……」
「そうだね。それで、まーくんは、この後は何をする予定なの?」
「オレは、サントスとダーハと一緒に、
早朝の内に金物屋に寄って来たいと思っている」
「昨日の話のヤツですね」
「はいなのです」
「えっ、ボクだけ追いてけぼり?」
「いや、別に一緒に来ても問題ないぞ。
ただ用事の都合上、二人には一緒に来て欲しいって事だ」
「ふ~ん、でも昨日の今日なのに、何でまた金物屋さんに行く事になってるの?」
「製作を依頼した槍の仕様変更を頼みに行くんだよ」
「えっ、槍じゃダメなの?」
ハルナの素朴な疑問に対して、サントスがマサトに代わって答えた。
「ハルナ、そう言う訳ではないのです。
ただ、ダーハの場合、突き以外に足払いや上段からの振り下ろしと言った手段の
動きが良かったので、せっかくのオーダーメイドなので、
それらの利点に対応がしやすい武器に調整してもらおうと言う話を
昨日の夕飯前にしていたのですよ」
「あっ、ボクが粘土もどきを作っていた時だね」
「ですです」
「基本的に槍は、柄となる棒に金属の槍先を接合させる事になるから、
後からでも変更は出来るだろうけど、全体のバランス調整をするのに、
石突き部の素材や重量にも関わって来るらしいから、
早めに話をしておきたいんだよ」
「そっかぁ」
マサト達が金物屋に向かう理由に、納得をした様子を示したハルナは、
先程まで近くに居た子狐達の事に話題を変えて、楽しそうに話し出す。
マサトは、そんなハルナの話に相槌を続けながら、食事の時間を過した。
そのようにして、まったりとして過ごしたマサトは、
食後の野草茶を飲んで、金物屋に向かう頃合だと席を立つ。
すると、それに続いてサントスとダーハも席を立って続く。
そして当然のように、ハルナも金物屋まで付いて来た。
◇◇◇◇◇
金物屋に着くと、店舗はまだ閉じられていたが、裏の工房は稼動していた。
裏から回り込んで工房を訪ねると、
店主であるベイルが、すでに作業が終わった製品を木箱に詰めている所だった。
マサト達は、それを手伝いながら、槍の仕様変更についての相談をして、
その調整をする為に、工房に残されていた過去の試作品を
ダーハに手にとってもらっていた。
ベイルは槍の作成に、まだ手を着けていなかったので、
仕様変更は問題なく行われた。
ただし、また明日になって変更を言いに来るのは止めてくれ。
と苦笑いと共に釘を刺される。
こうしてマサト達は、金物屋での用件を済ませると、
近くの広場へと足を伸ばした。
そこには多くの露店商達が運び込んだ商品を広げて、露店を開いていた。
マサトは、いつものようにダーハと一緒に露店を見て回る。
それに遅れてハルナが合流した。
「マサト、おまたせ」
目の前にどこかで見たような人がいた。
「あっ、サンディか。
いつもとは逆っで、顔しか見えてなかったから分らなかった」
「はわわわ、分らなかったのです」
「マサト達のあたしへの認識が、ストレージコートか、
耳と髪の色だって事が良く分ったわ……」
「おいおい、別に貶しめたりした訳じゃないからな」
「いきなりだと、見慣れていないので驚いてしまうのです」
「まーくん達の、反応が面白いんだよ。
でも、このヒシャブならサンちゃんの髪も耳も隠せるから良いよねぇ」
どうやらハルナが、目の前のサンディをコーディネートしたようだ。
サンディは、イスラム教の女性のようにヘッドスカーフを頭に巻いて、
上半身は大型のストールをポンチョのように羽織っている。
「まぁ、前のように髪の中に耳をしまうよりは圧迫感が無くて良いんだけど、
その代わりに風をあまり感じられないのが不満かしら」
「わがままだなぁ」
「一応、ヘッドスカーフもストールも薄目の布地の物を使ってるんだけどねぇ」
「あっ、髪は赤髪にしているのですね」
「ええ、念の為にバレッタの能力で赤髪にしているわ」
「それで手に持っているのは何だ?」
マサトは、サンディとハルナが手に抱えている布袋を指差して訊ねた。
「これは近くの教会が出品していた物で、
リバースネールの串焼きと学習用の数字や文字が描かれた木札の束よ。
どちらも教会が面倒を見ている孤児達に教えて作った物ね。
他にも育てている野菜やパンなども売っていたわね」
サンディが布袋から取り出したのは巻貝の串焼きで、
ハルナが取り出したのは1から10までの数字が書かれた木札の束だった。
「リバースネール……川の巻貝か。
と言う事は、孤児達が近くの水路から集めて来た貝を串焼きにした物って事か」
「この辺りだと昔から食べられている物だって聞いた事があるのです。
でも泥抜きが、ものすごく手間と時間が掛かるので、
自分で調理しようとする人は少ないのです。
ミン屋でも扱っていなかったのです」
「そうね。だから基本的に、ここの教会の露店でしか売ってないらしいわ。
教会は今も昔も、孤児達の食料としてリバースネールを使った料理を
扱っていたらしいから、味も他の所の物とは違うって事みたいね。
そして同時に、ここの教会の貴重な収入源になっているんでしょうね」
「なるほどな」
マサトは、サンディから串焼きを一本もらって食べてみると、
何かジャリッとした食感がしたので、思わず口から出す。
「えっ、何これ、泥抜きに失敗しているのか?
ジャリジャリしていたんだけど?」
「ああ、それね。マサトは、お子様ね。その噛み応えが良いのに」
「そうなのか?」
マサトは、どうにも馴染めなかったので串焼きは遠慮する事に決めた。
すると串焼きを食べていたサンディに、ダーハが質問をした。
「あのあの、サン……ちゃんから串焼きを視て、何か変な所は無いです?」
「うん? 別に何も変わったものは視えないけど、何かあるのかしら?」
「あのあの、リバースネールには、そのような食感の楽しみ方もあるのですが、
基本的には、その歯応えがする内臓の部位は、
取り除いて料理をする方が安全なのです」
「えっ?」
サンディは、ダーハの説明を聞いて食が止まる。
「教会が、リバースネールの扱いに熟知しているって事なので、
間違いは無いと思うのですが、内臓にちゃんと火を通していないと、
お腹を痛くする事があるのです」
サンディは、改めて串焼きを視る。
そして、ホッと胸を撫で下ろした。
どうやら全ての串焼きに問題は無かったようだ。
「サンディ、頼むから恐ろしい事をするなよ」
「ご、ごめんなさい」
「まーくん、でも、お腹が痛くなっても、
教会に行けば治してもらえたんじゃない?」
「いや、もしダーハが言ってるような物なら、それは寄生虫の類だろうから
場合によっては無理かもしれない」
「そっかぁ。まぁ念の為に食べた分の用心で、
ボクとダーハちゃんの魔法を掛けておくねぇ」
マサトは、サンディと共に、ハルナのキュアとダーハの治祇を掛けてもらい、
一旦、落ち着きを取り戻した。