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053.薪割り

 ──お食事処ミン屋──


 街中を通っている水路沿いに大衆食堂へと戻って来る。

基本的に探索と言う名目の休息日のつもりでいたので、

地理の確認と武具の調達の目処が立った所で、

ミン屋で昼食を取った後は、完全に自由行動にする。


 と言う訳でマサトは、再び裏庭の薪割り小屋で、せっせと薪を量産していた。


 なぜこんな事をしているかと言うと、昼食を取りに寄っただけのつもりが、

その大盛況っぷりで混乱を起こしていたのを見かねたダーハが、

大衆食堂の手伝いに入る事となったので、それならばと、今朝話をしていた

短時間の協力(アルバイト)をする事にしたからである。


 ただしベスは、マサト達の装備作製、

サンディは、商業ギルドへの顔出しと、

冒険者ギルドへ解体品の回収に向かう為に別行動をしている。


 ここで改めて、マサトがしている薪割りの環境を整理してみる。


 斧の重さは2キロ程度で少し重い。

これは非力な者が斧の重量を使って割りやすくする為のものだ。


 そして丸太を乗せる薪割り台は、丸太を輪切りにした物を使用している。

その大きさは直径が40センチ、高さが30センチくらいとなる。


 薪割り台は、直接地面に丸太を置くより安定して丸太を立てられ、

空振りした時に斧の刃が台に刺さって、刃が痛むのを防いでくれる物となる。


 マサトは薪割り台に丸太を乗せて次々に割っていく。

そしてある程度の大きさに割った薪は、

薪割り小屋の中に放り込んで積んでいった。


 マサトは毎年、年末になると田舎のじいさんの所で、(もち)つきをしていた。

(きね)(うす)を使ってやるやつだ。


 じいさんの居る田舎でも、すでに村の中でそんな手間を掛けてやっている所は、

じいさんの所だけとなっていたが、じいさんは臼にヒビが入っていたのを見て、

わざわざ年末の市で新しい物を買って来ていた。

そして杵と臼を買って帰る光景が珍しかったらしく、

市に取材に来ていた人に尋ねられて、

テレビのニュースや新聞の記事にも取り上げられていた。


 そんな年末の30日の早朝。

前日から、ばあさんが水に浸しておいた餅米(もちごめ)を、

マサトは薪ストーブで蒸す役割が毎回あてがわれる。


 薪ストーブの横には薪が積んであり、

その薪をナタで割って薪ストーブにくべていく。

その時は椅子に腰掛けながらやっていたので気にならなかったが、

今回のように、丸太を薪割り台に乗せ、割った薪を拾い集めて小屋に入れる。

と言う作業が、実は一番腰にきて大変だったのだと、マサトは思い知らされる。


 薪割りは、最初は中々上手く割る事が出来なかったが、

餅つきの杵を振り下ろす動作と同じだと気づくと、意外となんとかなった。


 最初にロングソードを使っていった時と同ように、

振り下ろす際に、斧を持った時に下になる引き手で斧を引いて加速させる。


 斧自体が持つ重量に物を言わせた力に、落下の勢いを加速させた力を加えて

丸太に振り下ろすと、良い感じでヒビが入るようになり、

上手くいった時は一発で割れるようになった。


 こうして朝食後の薪割りでコツを掴んでいた事もあって、

現在は前述した通り、調子に乗って薪を割ったは良いが、

飛び散らかした薪を集めて薪割り小屋に放り込む。

と言う作業で何度も中腰となって腰にきていたりする。


 そしてマサトは、作業の区切りで行った腰を伸ばす為の背伸びが、

こんなにも気持ちの良い物だったのだと再確認するのであった。


「まーくん、おつかれ」


「おにいちゃん、おつかれさまなのです」


「ああ、おつかれ」


 薪を拾い集めていると、洗い物を担当していたハルナが、

野草茶を差し入れに持ってやって来る。

その後には配膳を手伝っていたダーハの姿もあった。

 

「まーくん、こっちは終わったよ」


「バーバラさんが、すごく助かったって言ってたのです。

一休みして上がって良いそうなのです」


「もうそんな時間になっていたのか」


「まーくん、自分で作った薪の量を見直してみたら良いよ」


 マサトは手伝いに入って、それ程の時間が経っていないように感じていたので、

ハルナから野草茶をもらって一息ついてから周りの様子を見る。


「まーくん、集中しすぎだよ」


「まぁ、薪割り自体は、それほど苦にはならなかったからな」


「まーくん、かなり力や体力が付いてきたって事だね」


「そうなのかな。あまり自覚は無いんだが」


 ハルナに言われて、改めて薪割り小屋に詰め込んだ薪の量を見て、

少なくとも異世界転移直後の自分なら、これだけの量の薪を割る前に

斧を持つ腕は上がらずバテバテになって、へたり込んでいたように感じる。


「普段は、この薪割りも子狐達でやってるんだよな?」


「はいなのです。皆で交代でやっているのです」


「じゃあ、ダーハもやっていたんだよな。

ちょっと試しにダーハ達のやり方を見せてくれないか?」


「はいなのです」


 マサトはダーハに斧を手渡して薪割りを試してもらう。


「わたしは、いつもこんな感じなのです」


 そう言ってダーハは、振り下ろした斧に合わせて腰を落とし、

膝を曲げながら薪を割って、そのままチョコンとしゃがむ。

その姿が実に微笑(ほほえ)ましくて可愛いかった。


「ダーハちゃん、カワイイんだよ」


「おねえちゃん、ちょっと危ないのです。止めて欲しいのです」


「ハルナ、刃物を扱っている時に抱きつくのは、本当に危ないから止めような」


「うっ、ダーハちゃん、ごめんね」


 ハルナの気持ちが分からなくは無かったので、

最低限の注意をしてダーハの薪割りについて訊ねてみる。


「ダーハは最後にしゃがんでいたけど、それって何か意味があるのか?」


「これですか? 

腰を落としたり、しゃがんだりするのは斧を空振りした時に、

刃物が自分の足下に来ないようにする為なのです」


「ああ、なるほど。

オレも全く腰を落とさないで斧を振り下ろす事は無いんだけど、

それでも今朝、薪割りをしていて危ない時があったんだよな。

だから金物屋で籠手(ガントレット)は見送ったけど、脛当(グリーブ)ては購入した」


「えっ、それって薪割り用だったのです?」


「まーくん、何やってるんだよ……」


 マサトは二人に、足下の脛当(グリーブ)てに視線を向けられ、呆れられた。


「いやいや、もちろん防具として買ったんだよ。

決して安全靴代わりってだけじゃないからな」


「うん、まーくん。そう言う事にしておいてあげるよ」


「くっ、限りなく信用されてない感が半端ない……」


「えとえと、それでですね、

斧を振り下ろす時に腰を落とすのは、おにいちゃん達のように大きくなった時に

足下に刃物が来るのを防ぐ為に最初に教えられるのです。

ただ、わたし達は、まだ背が低いので、そのまましゃがんだ方が安全なのと、

振り下ろした時に力が掛けやすくてなって薪も割れやすくなるらしいのです。

あとあと、腰を落とすのは、腰や膝に掛かる反動の負担を減らして、

ケガをし(にく)くする為のものらしいのです」


「なるほどな。ちょっと試してみる」


 マサトはダーハのアドバイスを受けて、試しに斧を振るってみる。


 斧を丸太に振り下ろして、インパクトの瞬間に腰を落とす感じにしてみると、

丸太が今までよりも割れやすくなったように感じる。


「面白いな。ちょっとの事で、かなり変わったな。

その薪割りを教えてくれたって人は、他に何か言ってなかったか?」


「えとえと、確かこんな感じで、斧を振り回して、

最後に少し前屈みになる感じだったのです。

斧の力を薪に全部行くようにする為に、地面に足が着かないように

身体を浮かせる感じにする。とか言っていたのです」


 ダーハが掃除用のホウキを斧に見立てて、

下から上へと右肩を軸にしてグルリと回転させて、

その勢いのまま薪に振り下ろすような大振りを実演してくれた。


「なるほど、上手い人だと、そう言う使い方をするのか。

斧の頭部の重さを利用した遠心力で持ち上げて、

その勢いのままフルスイングで振り下ろす訳だな」


「ですです。なので面白がったり、ふざけたりしてマネをすると、

空振りした時に、自分の足に向かって刃物が来て大ケガをするので危険なのです。

そう言う訳があって最初に、斧を振り下ろす時は腰を落として、

刃物の軌道が自分の足下に来ないようにする事を教えられたのです」


「確かに、そうしておけば例え斧を空振りして、薪に当たらなくても、

薪割り台や地面に当たって止める事が出来るな。

まぁ、オレも慣れたら、そのやり方を試してみたいけど、

人が近くに居る時は使いたくない方法だな。

フルスイングして、すっぽ抜けたり、

不意に近寄られた時に振りを止められなくてケガをさせそうで怖い」


 マサトは、ダーハが見せてくれた薪割りの方法を見て、

それを教えた人が上手かったのか、それともそれを覚えていて

マネをしたダーハが器用だったのかを考えていると、ある考えが頭をよぎった。


「なぁ、ダーハ。後でサンディが戻って来たら、

ちょっと試してみたい事があるから、その時は一緒に付き合ってくれないか?」


「あ、はい。分かったのです」


 マサトは、ダーハから面白い話が聞けた事に満足すると、

残りの薪を薪割り小屋に放り込んで仕事を終える。

 そして夕方までの僅かな時間を、そのままハルナとダーハと一緒に

ミン屋のテーブルを一つ借りて、のんびりと過ごした。

 そう、過ごしていたはずだったのだ……


 ◇◇◇◇◇


「マサト、一体何をしたのですか?」


 夕食時を前にして大衆食堂に現れたサントスが、(いぶか)しげな顔で訊ねて来た。

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