050.製錬都市の朝
──製錬都市に訪れて最初の朝を迎えた──
マサトは、前日にお世話になった、お食事処ミン屋の宿舎の一室で目を覚まし、
今までの経験から来る早朝のトラブルを回避すべく、早々に自室から脱出する。
それは、前日に引き続いて、迷惑行為を引き起こす訳にはいかない。
と言う、マサトなりの謝意の一環であった。
宿舎を出て近くに流れる水路まで足をのばして共同の水場を確認する。
都市中を縫うように通っている水路は、生活用水として使用されている。
そして同時に製錬都市の主産業となっている
鍛冶職人達の工房にも引き込まれて工業用水としても使用されていた。
そして臭い物にはフタを閉めろ。と地下には立派な下水道も完備されていた。
これらは、鉱石を掘り出している山脈から流れている
複数の河川が集まって、製錬都市の近くで本流となっている
シェリー川からの豊富な水量が水源となっている。
そして、製錬都市の内外へと引き込まれた支流は、河川の氾濫の抑制。
外堀による外敵からの防御。そして運搬水路。としての役割も持たされていた。
水場に着くと、子狐達が顔を洗っていた。
狩猟都市の宿屋と違って、宿泊客は居ないが、
朝食を食べに来る客は居るらしく、水汲みをして大衆食堂へと戻って行く。
子狐達と朝の挨拶を交し、一緒に水場を使わせてもらって、
宿舎の部屋へと戻ると、ちょうどドアの前でハルナが、
突入の構えを見せていたので、乱暴な侵入を阻止する。
他の者は四人部屋にまだ残っている。と言う事だったので迎えに行く。
皆は当たり前のようにハルナの[流水]で出した水で、
朝の身支度を整えていたので、水場の確認を兼ねて早朝の散歩へと誘う。
二度目に訪れた水場は、すでに閑散としていた。
先程までは子狐達が並んで使っていた。
と言うと、ハルナが本気で悔しがる。
そんなハルナの横に位置する水路の対岸に、チラチラと人の影が見え始める。
この都市の住人達が動き出す頃合なのだな。
と思いながら、マサト達は散歩を切り上げて大衆食堂へと戻り、
女主人バーバラの好意で朝食をご馳走になった。
マサト達としては、好意を享受ばかりもしてはいられないので、
ハルナは、前日同ように[流水]を使った食器洗いと水汲み。
ベスは、解体済みでキープしていた、臭みの無い鮮度の高いイミュランの肉。
サンディは、抱え込んでいた試作の香り付きの液体石鹸。
ダーハは、大量消費されるイモの皮剥きとダーハの塩。と言う対価を支払う。
ちなみにマサトは、裏庭の丸太置き場にあった丸太を、
黙々と割って、薪割り小屋の中に積んでいき、宿泊と食事の対価を支払う。
その傍らでは、アルバトロスが、その雑食性を活かして生ゴミを食いまくり、
その食べ残しをガブリエルが、アルバトロスのオヤツにと、
収穫の腕輪に、お持ち帰りとばかりに回収していった。
そんなこんなで、対等な付き合いを構築すべく返した対価は、
大衆食堂の従業員一同から多大に感謝される事となる。
「あんた達、冒険者なんて辞めて、うちで働きな」
挙句の果てに、女主人からの本気の勧誘が始まった。
マサトはベスに頼んでいる装備作製の事もあったので、
短時間の協力をする対価に食事を提供してもらう。
と言う形で手を打ってもらう。
それは、狩猟に出かけられなかった時でも、
食い逸れないように。と言う、ささやかな保険であった。
──宿屋ルル──
大衆食堂から出たマサト達は、前日に教えられていた宿屋へと向かう。
大通りから一本奥に入った所にある入り口から宿屋へと入り、
窓から水路が見える二階の角部屋と、そこから隣接する二部屋を借りる。
いきなり三部屋も借りるのは贅沢にも思えるが、
いかんせんフォックスバットに比べて間取りが悪い。
基本的に一部屋二人を想定した作りとなっているので、
部屋割りは女性陣の部屋が二部屋とマサトの部屋になる。
そのうち女性陣の部屋の一室は、ベスの作業場としても使い、
残った方は小柄なダーハを含めた三人の寝室となる。
その分マサトの寝るだけ部屋は、荷物置き場として使う事にした。
「じゃあ私は、夜に作業する事もあるだろうから角部屋をもらうにゃ」
「オレは三部屋の間の部屋になるかな。
基本的には荷物置き場として使う事になるし、
一部屋空いていれば、ベスが作業をしていても、
ハルナ達が作業音に煩わされる事もない」
「そうなると皆で集まる時は、ボク達の部屋になりそうかな」
「ここの宿は、近くにミン屋があるので、
あまり食事に力を入れていないようなのです。
基本的に食事はミン屋で食べる事になりそうなのです」
「とりあえず、宿の確保は出来たから、次に行きましょうか」
これと言って、今すぐこの場でする事も話し合う事もなかったので、
サンディが冒険者ギルドへの移動を薦めて来る。
大量に抱えているイミュランを解体してもらう為にも、
ギルドの解体職人達の手に渡して置くべきだとマサトも思ったので、
当初の予定通りに、皆でギルドへと足を運んだ。
──冒険者ギルド──
同じ冒険者ギルドとは言え、場所が変われば人も変わり、
ローカルルールも変わる。
狩猟都市では、最初に全ての案件を受付嬢を通して話が進められていたが、
ここ製錬都市では解体部門と言う専用の受付が存在していた。
目に付いたその表示の下には、シワの深いゴツイ親父さんが、
口に葉っぱ付きの枝をくわえて椅子に深く腰掛けている。
「なんじゃボウズ共。冒険者の依頼の受付なら、
あっちのベッピンさんが居る所に並ばんかい。
ここが空いとるからと言うて来られても、
ワシはあんなミミズが這ったような文字は読めんぞ」
この人は文字が分からなくて、どうやって仕事の連絡や報告をするのだろうか。
と思っていたら、親父さんの後ろから若い男性が駆け寄って来た。
「すみません。朝から腹の調子が悪くて、少し席を外していました。
魔物の解体と買取りをご希望の方ですよね。
自分が解体部門の担当をしているダミオンです。
いやぁ、こんな朝から人が来る事なんて滅多に無いですから、
ちょっと油断……いえ、失礼しました。
あっ、こちらはバッハ班長。
解体職人達のまとめ役をしてもらっています」
「ダメ男と葉っぱかにゃ。覚えやすいにゃ」
「ダミオンです」
「誰が葉っぱじゃい」
ギルドの職員達の何とも言えない対応に、どうした物かと思っていたら、
ベスが茶々を入れ始めたので、マサトは対応を任せる事にする。
「分かったにゃ。それでダメ男、
いっぱい持って来たから、出しても良い広い場所に案内しろにゃ」
「ダミオンです。お見受けした所、それらしき荷が見当たらないのですが……」
「後ろの二人が持っているマジックバックに入っているにゃ。
それくらい察しろにゃ。ダメ男」
「ダミオンです。なるほど、だからこんな朝からの持込みだったのですね。
ではバッハ班長、こちらの方々を案内して下さい」
「ふむ、見た所、駆け出しの冒険者のようじゃが、
マジックバック持ちとは……どこぞのボンボンと嬢ちゃんかいのぉ。
まぁ、ええわい。付いて来い」
お互いに和気あいあいと、無遠慮な言葉を交しているのを見て、
マサトはもう一つの用件を済ませるべく、ベスに話し掛ける。
「そっちはベスに任せても良いか?」
「別に構わないにゃ。でもどうしてにゃ?」
「オレはサントスが、この前の商人達から預かっていた
イミュランに襲われて亡くなった冒険者達のギルドカードを
ギルドに提出して来る」
「マサトの言うように、待ち時間の事も考えると、
二手に分かれた方が良いでしょう」
「それならボクは、先に受付に行って順番待ちをしているね」
「了解にゃ。エセ商人と子狐が居れば、こっちは問題が無いにゃ」
「それじゃあ、もしオレ達の用件が先に終わったら、この辺りで待ってるな」
「分かったにゃ。ところで葉っぱは、何で葉っぱを咥えているにゃ?」
「葉っぱと言うんじゃないわい。
作業場だとタバコを吸わせてもらえないんじゃ。口が寂しいんじゃ……
って、ええい、みみっちく聞こえるじゃろうが。言わせるんじゃないわっ!」
「なんだか、仲良しさんなのです」
「それではマサト、お願いします」
マサトはサントスから遺品のギルドカードを受取ると、
人が少なくなり始めた受付の前で順番待ちをしているハルナの下へと向かう。
◇◇◇◇◇
「冒険者ギルドへようこそ。私は受付を担当しいるルセラよ。
今日はどのような用件かしら」
元気の良い受付嬢のルセラが、依頼表を持たないマサト達に訊ねて来た。
「オレ達は、この街に来る途中で魔物に襲われて亡くなった冒険者達の報告と
彼らのギルドカードを届けに来たんだけど、この場合どうすれば良いのかな?
あと、その時に居合わせた商人達から活動証明書も預かって来ている。
撃退した魔物を含めた解体と買取りの件については、
さっきダミオンって人と話をして、
仲間がバッハ班長って人に案内されて付いて行っている」
マサトは遺品のギルドカードと活動証明書、そして自身のギルドカードを
受付嬢のルセラに提出する。
「分かったわ。すぐに確認するわね。
あっ、その前にコレに分かる範囲で答えておいてね」
そう言うとルセラは、記入用紙を置いて確認の為に奥へと消えて行った。
「まーくん、何を書いてって事なの?」
「要するに状況確認の為の質問だな。
報告との違いがあった場合、ツッコミを入れやすいから書けって事だろうな」
聞きたい事があれば、向こうから質問して来るだろうと、
これをサラサラっと書いて提出する。
程なくして戻って来たルセラが、冒険者達の死亡報告と
ギルドカードの回収に対するが報奨金出ていると伝えて来た。
思いの外アッサリとした手続きと安い報奨金が提示される。
冒険者の死亡確認に高い報奨金を出していたら、
それ目当ての殺し合いが起きるか。
とギルドが冒険者の死亡確認を行なう上での悩ましさを垣間見た。
マサトは、こちらの用件の方が先に終わったようなので、
ベス達を待つ時間を使って、サッと依頼ボードの確認をする。
目に付くのは鉱山周辺の魔物の討伐依頼。
これはエイジの主産業が鍛冶を始めとする事からも、
重要度が上に来る事は容易に推測出来た。
他にはバッファローを始めとした食用の魔物の討伐依頼や
都市内で発生している通り魔の捕縛依頼と言った物があった。
バッファロー狩りは分かるが、通り魔の捕縛は街を守る衛兵達の仕事だろう。
と思ってしまう。
ただ行き交う噂話の中に、数年毎にエイジで入手した武器と
調子に乗った駆け出しの冒険者。
と言う組み合わせが、同じような迷惑行為を引き起こしているらしい。
その為、冒険者ギルドとしては、冒険者の管理と言う点からの負い目で、
この手の依頼を引き受けざるを得なくなっているようだった。