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048.稽古相手

 ──オイルショック明けの朝を迎えた──


 明け方に止んだ雨の名残が残る木陰の下で、

マサトは、う~ん、と思わず声に出しながら背伸びをする。

そしていくつか覚えているストレッチをして身体をほぐした。


 とは言っても、なんだかんだと頭に浮かんでくるレパートリーの大半は

ラジオ体操である。


 体育の授業の時は、ダラダラとやっていて叱られていたが、

思い直して身体をしっかり伸ばす事を意識してやってみると、

頭の中で一曲終わらせた時には、軽く息が上がっていた。

 その予想外にあった運動量に改めて驚かされる。


 適度に身体がほぐれた所で、宝刀を構えて素振りを始める。

刃路軌と言う変則的な戦い方を主軸としているだけに、

それを使う上で、使いやすい振り方や相手をハメやすい軌道を模索した結果、

素振り稽古も、すでに自己流の色を強めていってしまっている。


 マサトは虚空に向かって仮想の敵と相対する。

その見えざる対戦者のイメージとして浮かぶのは、

一度死の間際に立たされた存在である強欲な人狼。


 強い者なら他にも居た。

一時共闘したケヴィンや狩猟したスカリーラーテルは、

強さの上では強欲な人狼以上である。


 しかしながら刀を交える様な戦闘をしたのは、強欲な人狼のみであった。

ゆえにマサトの中では、特別な存在として心に刻まれていた。


 虚空の敵と相対する。

刀と爪が交差してせめぎ合う。

そのスピードに翻弄(ほんろう)されて、切り崩す事が叶わず、何度も身を削られる。

次第に振りが大きくなり、そこに付け込まれる。

そして刀を振るう事に集中していたマサトは、思わずやってしまう。


 ガツンッ……【ザバァァァーーーーン!】


 マサトが突き出した宝刀が、滞在していた木を思いっきり叩きつけ、

その頭上の葉に留まっていた大量の雫を一斉に開放してしまった。

 当然、その集中豪雨はマサトの身に降り注ぎズブ濡れとなる。


「まーくん、何やってるんだよ」


 突然の轟音に、何事かと様子を見に来たハルナが、

ズブ濡れとなっているマサトを見つけて、呆れた様子で訊ねて来た。


「下手をした。[清拭]をもらえるか」


「もう、しょうがないなぁ『清拭(クリーン)』」


 マサトは、情けなく思うも素直に[清拭]の手助けを求める。

するとハルナも、なぜか嬉しそうに応じてくれた。


 その後は、起きて来た皆と一緒に朝食を取って出発の準備をする。

昨晩に隔離していた簡易浴場は出発前に掘り返して、

作ってあった石鹸やオイルを回収する。

そして二次被害が起きない様にちゃんと換気を施した。

立つ鳥は跡も香臭も残してはいけないのだ。


 ◇◇◇◇◇


 マサト達は野営陣を引き払って旅路を進める。

その途中の川辺の茂みで、

見た目がヤギな痩せたウシであるアンテロープを発見した。


 イミュランの素材を大量に入手した現状では、

特に狩る必要は無かったが、せっかく見つけたので、

後々の事を考えて、一度は狩ってみよう。と言う話となった。


「マサハルサンダー、アンテロープ、一。釣るにゃ」


「あっ、ベスにゃんの魔法詠唱、ひさしぶりだね」


「しかし対象のターゲットには使用出来ません。だな」


「バカな事を言ってないで、逃がさない様に捕捉しておいてよ」


「はわわわ、速いのです」


 ベスがチャクラムを投擲してアンテロープを牽制する。

襲撃されたアンテロープは、逃げの一手を打つも、

その逃走経路は、すでにベスによって誘導されたもので、

サンディから放たれた矢弾の洗礼が待ち構えている。


 しかしながら、そのサンディの初撃は、

アンテロープの軽快なステップで回避されてしまう。


「イヤァーッ! こっち来ないでぇーっ!」


 サンディの悲痛な叫びが響くも問答無用で、ガブリエルが迫る。


 サンディには悪いのだが、アンテロープを簡単に逃がす訳にはいかないので、

ここは初撃を外したのが悪いと諦めてもらい、

ガブリエルには、獲物の逃走経路の封鎖に協力してもらう。


 そしてマサトも、アンテロープを挟んでサンディとは反対側に

位置取りをしながら包囲を狭めて攻撃に参加する。


 事前に知らされていたとは言え、実際にアンテロープと対峙してみると、

その素早い左右へのステップと跳躍、

そしてその動きの中から繰り出される突進攻撃に翻弄(ほんろう)されてしまう。


 今回は、あくまでアンテロープを相手にした戦闘訓練。

と言う意味合いが強かったので、ハルナには取り逃さない限りは、

バインドを使わないようにしてもらっていた。


 次第にアンテロープの動きに慣れて攻撃が当たるようになり、

それに伴い周囲の様子を伺えるだけの余裕が生まれて来る。


 いち早く動きを見切ったベスは、

サポートに徹してアンテロープの動きを牽制していた。


 サンディも動きを先読みして矢弾を順調に当て始める。


 ハルナとダーハは、単発の魔法を放っているが、なかなか当てられないでいた。

二人はどちらかと言うと範囲攻撃をする事が多かったので、

バインド抜きの状態だと、素早く動き回るアンテロープに、

上手く狙いを定められないでいる様子だった。


 そしてガブリエルは、その小さな身体でありながら、

やはり未知の魔獣と言う事からか、アンテロープからは警戒され、

良い具合に猟犬の追い立ての如き仕事を果たしてくれた。


 あとアルバトロスは、ガブリエルの後を追い駆けようとしていたので、

ハルナのバインドで、強制的に[待て(ステイ)]のお勉強中であった。


 一通りパーティの現状戦力が把握出来た所で、

最後はサンディがアンテロープを仕留め、そのままストレージコートに収納した。


「基本的にはワイルドディアなんかと同じね。

ただちょっと変則的にリズムに変わる事があったから

狙いが付けづらくはあったわね」


 マサトもアンテロープが、一瞬の溜めにも似た動作から

多方向に急加速する感じの動きに翻弄されていたので、

サンディの意見に同意する。


「確かにあれはタイミングが取りづらかったな。

ワイルドディアの様に左右に大きく開かれた大角が無い分、

回避がしやすかったのが救いだったけどな」


「そして後衛二人の命中率は、悲惨なものだったにゃ」


「そうだね。なんだかんだで、ボクはバインドに頼っているからね」


「あのあの、ごめんなさいなのです」


「まぁ、それは今後の課題だな。

パーティで動いている分にはイミュラン戦の時の様に、

オレ達が範囲攻撃を使えるように、舞台を整える事も出来る。

だからダーハは、自分に出来る事と出来ない事を知る事から始めれば良いんだよ」


「どう見ても今回の狩りは、そう言うのを確認する為のものにゃ。

弱点を気にするより、気づけた事を喜ぶにゃ」


そう言うとベスは、次のターゲットを見つけて指差す。


「バッファロー、1。

ちょうど単独でフラついているのがいるにゃ」


「おおっ、まーくん、水牛だよ。牛肉だね!」


「ステーキも良いが、牛丼が食べたい。狩るぞ!」


「は、はいなのです」


「あの二人、たまに変なスイッチが入るわよね」


 その後、絶対逃がさないマンと化したマサトとハルナが、

容赦なく初手バインドからの狩猟を開始して、ホクホク顔で牛肉をゲットした。

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