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047.オイルショック

 マサトは、開けた場所で野営に入ろうと候補地を探をしていると、

サンディが、もう少し先まで足を伸ばそうと提案して来た。


 こう言う時のサンディには、必ず何か考えがあるので、

ここは素直に従って歩みを進める。


 そしてベスが、街道にほど近い崖の所にあった横穴を見つけ事で、

本日の野営場所が決定した。


「サンディ、さっきは聞かなかったけど、

いつもなら早めに野営場所を決めていたのに

オレが野営場所を探していた時に避けたのはなぜだ?」


 マサトは、こう言う場合の判断は、

サンディの方が優れているので任せるているが、

どう言う考えから来る判断だったのかが気になったので訊ねる。


「今日は日中の間は天気が良かったけれど、

夕方くらいから少し風がしっとりと湿った感じに変わって来ていたのよね。

だから今夜に雨が降る可能性があったから、

雨を少しでも避けれる場所を探していたのよ。

途中でベスもあたしの意図に気づいたみたいだったわ。

だから、この横穴を見つけてくれたんじゃないかしら」


「なるほど、そう言う事だったのか」


 マサトはサンディと横穴の入り口にテントを設置して、

テントと横穴を連結させて、いつもより余裕のある居住スペースを確保する。


 夕食は商人達から仕入れた野菜のスープとイミュランの肉の串焼き。

それと、一緒に仕入れたヤッファと言う名のオレンジに似た柑橘類を

絞った果汁に水とハチミツを加えて作った果実水(エード)も用意した。


 料理する場所は、サンディの忠告を聞いて、

横穴の入り口近くにカマドを作る。


 これは雨が降った時に、横穴の中で暖を取れるようにとの備えでもある。


 夕食を取り終えた頃から、シトシトと雨が降り始める。


 マサトは、雨が降る前に集めておいた枯れ木をカマドにくべながら、

せっせとお湯を沸かし、石を焼く。


 お湯はともかくとして、なぜ石を焼いているかと言うと……


「まーくん、サッパリしたよ。ありがとう」


 ハルナの身体から、立ち上がる湯の匂いと甘い香りが漂って来る。


 冷え始めた夜風を避け、暖を取る事を主目的としながら、

今朝ハルナが作っていたイミュランオイルのお試しを兼ねた入浴タイムが、

ダーハの砂塵操作によって拡張された横穴の奥の簡易浴場にて、

薄布一枚隔てた状態で絶賛進行中であった。


「じゃあ、まーくん、追加のお湯をもらって行くね」


 風呂上りで薄着のハルナが横にしゃがんで、

無邪気にその瑞々(みずみず)しい肌を近づけて来たのに

思わずドキリと動揺するも、何とか平静を装いながら、

カマドから取り出した焼き石と水を入れた水桶を渡す。


 するとハルナは、カマドの火に掛けている鍋の中から、

お湯を水流操作で宙に浮かせて、代わりに[流水]で出した水を鍋に注ぐ。

そしてお湯を浮遊させたまま運び、

水桶を両手で持って簡易浴場へと戻って行った。


 ちなみに水桶の中に入っていた水は、焼け石を入れた事で、

その熱でお湯へと変化している。

 要するにどちらもお湯を沸かしていたに過ぎない。

大量のお湯をまとめて沸かす為に、少しでも効率を上げようとした苦肉の策だ。


 マサトは拾い集めておいた少し大きめの石を

カマドの火の中に追加で放り込んでいく。


 薄布一枚隔てた所からは、何やら明るい声が聞こえて来る。

一応声を控えているようで、話の内容は聞き取れないが、

その声色(こわいろ)から仲良く楽しんでいるのが伺える。


「ハルナが多少水温が高い水を出せるとは言え、

全員分の風呂の湯なんて作れないぞ。

風邪をひく事はないだろうな?」


 次第に外の雨足(あまあし)が強くなって来て、

横穴の入り口付近の気温が下がって来たのを感じ、

いざとなればハルナの清拭(クリーン)で、身体を乾かせるだろう。

と思うも少し心配になって来る。


 そんな心配をしているとベスが風呂から上がって戻って来た。


「あ~、疲れたにゃ。先に寝るにゃ。おやすみにゃ」


「ああ、おやすみ」


 風呂から上がって来たベスは、やたら疲れた様子だった。

そして、ふと疑問が浮かぶ。


 ベスのツヤと(うるお)いのある髪を見て、

イミュランオイルを使っているのだと思っていたが、

ハルナの時とは違って、あのハチミツの甘い匂いはして来なかった。


「あっ、おにいちゃん、お湯をありがとうなのです」


 そうこう考えているとダーハも戻って来た。


 火の近くまでやって来て、ちょこんと腰を掛けて座ると

尻尾を乾かしながらブラシで手入れしている。

 その身体から昇る湯の匂いと供に、清涼感のある香りが漂って来る。


「あれ、ダーハは何か付けているのか?」


 別に匂いフェチとかでは無いが、気になった事を率直に口に出してしまい、

言った後で変な目で見られたらどうしよう。と内心で焦る。


 ダーハは始め、何を言われたのか分からずキョトンとした顔をしていたが、

何か思い当たる事があったらしく、笑顔で答えてくれた。


「ああ、これなのです。これは、おねえちゃんのオイルと

ベスさんの、え~と、草木灰(そうもくばい)液とか言うので作った石鹸(せっけん)の匂いなのです」


 そう言ってダーハは液体の入った小瓶を取り出して、

フタを開けて匂いを()がせてくれた。


「ああ、本当だ。野草(ハーブ)を混ぜた液体石鹸の匂いだったのか」


「ですです。最初はベスさんがオイルがあるなら試しに作ってみる。

と言って基本の液体の石鹸を作ってくれたのです。

そうしたら、おねえちゃん達が、色々な匂いの石鹸作りを始めたのです。

最初はオイルと一緒のハチミツで、次がわたしが持っていた野草類なのです。

それで気に入ったのがあったので、それで身体を洗って来たのです」


「なるほど。石鹸はあって困る物では無いしな」


「今は商人さん達からもらった果物やミルクと言った、

ちょっと悪くなりそうだった物を使って作っていたのです」


「そうか。オレも後で分けてもらおうかな」


 話を聞いた感じでは、最初と追加で持って行った分で、

四人分のお湯が足りていそうなので、今沸かしているお湯と焼き石の余剰分は、

共有の腕輪にでも突っ込んでおこうと思う。


 ダーハとカマドの柔らかい火の(ぬく)もりに当たりながら、

他愛も無い話をして過ごす。

 しかし気づけばカマドに掛けていた鍋のお湯が沸騰にまで達していた。


 ハルナとサンディが石鹸作りに熱中しているにしても、

さすがにそろそろ止めさせるか。

と思いダーハに様子を見に行ってもらうと、すぐに戻って来た。


「おねえちゃん達が倒れているのです」


 鼻を押さえて慌てて戻って来たダーハの様子から、

マサトは急いでハルナの元へと駆け込む。

簡易浴場と(へだ)てていた仕切り布を()くると、

悪臭ではないが複雑な臭いが充満していて頭が痛くなる。


「換気が不十分な場所で調子に乗った結果、気を(うしな)ったって所か」


 マサトは、ひとまず鼻で息をするのを止めて、ハルナとサンディを担ぎ出す。


 運良く、問題となっていた臭いは、薄布一枚を隔てて簡易浴場の所で

停滞してくれた為、拡散する様子は無かったが、

念の為ダーハの砂塵操作で文字通り臭い物にフタをして隔離しておく。


 そうこう(あわただ)しく騒いでいた事もあって、

仮眠を取っていたベスも起きて来る。


「アホかにゃ」


 寝起きで不機嫌だったのか、グッタリと倒れている二人を見て

一言投げ掛けると、マジックポーチから鼻に通る臭いが詰まった

小瓶を取り出して、二人に嗅がせて覚醒させる。


 古き良き時代背景を持つ映画で、気を失った美しい女性が、

小瓶のニオイを()がされて目覚めさせられる。

と言う今回と同じ、様式美的なシチュエーションがある。


 しかしながら、ここで[匂い](好ましいニオイ)と言わずに、

[臭い](好ましくないニオイ)としている事から、

そのイメージは察してもらいたい。


 この様な気付け薬が使われるシーンで臭いを嗅がされているヒロインとは、

王子様のキスによって目覚めるお姫様とは真逆で、悲惨な目に合っている。

なぜならその臭いとは、大抵は強烈なアンモニア臭である。


 マサトは、覚醒した二人が嗚咽(おえつ)交じりで咳き込み、

もがき苦しむ姿に同情はするも、自業自得だとも思ってしまう。


「ハルナ、サンディ、大丈夫か?」


「まーくん、大丈夫じゃないよぉ。鼻がおかしくなちゃったよぉ」


「マサト、この臭い何なのよ……もう嫌っ!」


 二人共涙目になっている。

そして自分達が、なぜこんな目に合っているのかの自覚が無かった。


 そしてハルナ達と直前まで一緒に居たダーハに、

二人に対して事の推移の説明をしてもらう。

その頃にはもう、ベスは寝床に戻って、さっさと寝てしまっていた。


「気を失ったのは、いろんな匂いが交じり合った結果、

脳や身体が、その複雑な臭いに対して

反応や処理が上手く出来なくなったのが原因だろうな」


 マサトは、今回の事についての推測を二人に伝える。


「ひとまず香り付きの石鹸やオイルを作るなら、換気が出来る所で作業をしろ。

それと人には個人差があるから、

感じ方の違いで頭痛等の不快感を与えてしまう事がある。

香りって言うのは空気中を漂うから、タバコの煙や酒の臭いと同じで、

意図せずして他人に臭いを振りまいてしまう。

こう言うのをオレ達の世界では【香害(こうがい)】と言う呼び名で、

新種の公害として認定されている。

だからあまり強い匂いの物を作らない事だ」


「ううっ、まーくん、りょーかい」


「調子に乗って、匂いの良い物を作ろうとしたのが裏目になったのね……」


「まぁ注意する事は伝えたし、あとは上手くやってくれ。

それとハルナ、簡易浴場を閉ざしてしまったから[清拭]をもらえるか?

何だかドッと疲れた……先に少し仮眠を取らせてくれ」


「うん、分かったよ、まーくん。

ボク達は、もう少し涼んでいるよ。『清拭(クリーン)

そして、おやすみ」


「ありがとう。おやすみ」


 マサトは、得も言えぬ疲労感から脱力し、一時の眠りについた。

こうしてハルナ達が、もたらしたオイルショックは終息した。

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