046.イミュランオイル
──イミュランからの襲撃明けの朝を迎えた──
昨晩は商人達の気遣いもあって、マサト達は夜の見張りを免除されていた。
その事もあって快調な目覚めと供に疲労が抜けたマサト達は、
早起きをして張り切っていたダーハを手伝いながら、
商人やその護衛の人達の朝食作りを買って出る。
ちなみに朝食の食材は前日に大量入荷したイミュランの肉がメインである。
それなりに強い臭いを持つ赤身の肉。
と言うのが一般的な認識とされていた為、
商人達は最初、かなり難色を浮かべていたが、
そこはサンディのストレージコートに保管され、
ハルナの豊富な水量を使ったベスの解体、
そしてダーハの野草による臭い消しが施された肉である。
その食欲をそそる焼けた肉の香りに誘われた後は、
多目に用意していたはずの肉もスープも全て平らげられてしまった。
朝食後に話を聞いてみると、三組の商人達は協力して、回収出来た積荷を
当初の予定通りに狩猟都市へと運ぶ事に決めたそうだ。
その際にベスが肉を得る為に解体した時に出た
イミュランの他の部位の狩猟品と
商人達が運んでいた商品との交換を持ち掛けてみると、
イミュランの皮や羽毛が飛ぶ様に取引きされた。
商人達からしたらイミュランを丸ごと運搬して、
今回の赤字の補填に当てるよりも、
荷馬車のスペースと解体費を抑えられるこの取引きの方が旨みがあったようだ。
マサトは商人達に、野営をするに当たって不足になりがちだから。
と言い訳気味な説明して、野菜や果物、特にマサト達が急な出発に際して
買い忘れていたと気づいた柑橘類を中心とした物の中から、
どうせ収納で保管するのだからと日持ちのしない物を多目に譲ってもらう。
そして同時に、一人のみならいざ知らず、同業者が三人いる場において、
マサト達の損失ばかりが目立つ取引きの不平等さから来る商人ゆえの矜持。
と言う建前の、他者に対する見栄と打算を刺激して、
彼らが持っていた香辛料やハチミツと言った甘味などの
少々値が張る物を交渉のテーブルに上げてもらって取引きを済ませた。
「こっちだと脂肪は捨てられるんだね」
マサトとサントスが商人達とのやり取り終えて、
彼らの出発を見送ってから自分達の野営陣に戻って来ると、
ハルナは朝食を作っていた時から、じっくりコトコトと煮込んでいた
イミュランの脂肪を入れた鍋の様子を見ながら、
商人達がイミュランの脂肪を削ぎ落としていた事について聞いて来た。
「ハルナ、別に獣脂が全て捨てられている訳ではないわよ。
獣脂から取れる油は何かと使われるから需要は多いわ。
でも他の魔物からでも取れるから、
持てる荷物量に限界がある場合は、どうしても優先度が落ちるわね」
商人達を送り出して警戒度を下げたサンディがハルナの疑問に答える。
「あっ、やっぱり油は取るんだね」
「ハルナ、やっぱりって事はもしかして……」
「そうだよ、まーくん。これはね油を取ってみてるんだよ」
マサトが鍋の中を改めて覗き込んで見ると、
確かに鍋の上面に油の層が浮いていた。
「まーくん、前にイミュランは、ボク達の世界のエミューに似ているって
言った事があったよね」
「ああ、そんな話をしていた事があったよな」
「そのエミューから取れる油って、保湿性が高くて日焼け対策にもなるんだよ」
「オレは似た様なので馬油って言うのなら
知っているんだが、それに近い物なのか?」
「まーくん、それと同じ物って思ってくれて良いよ。
馬から取る油か、エミューから取る油かの違いだよ」
「なるほど。
オレは昔、じいさんの所の薪ストーブでヤケドをした事があって、
その時に馬油を渡されて塗っていたんだけど、
そうしたらヤケドの痕がキレイに消えていったんだよなぁ」
「そう、それだよ。
さっきは日焼け対策って言ったけど、正しくは炎症を抑える効果で、
日焼けを予防するんじゃなくて、日焼けをして荒れた所を治す感じだよ。
馬油よりも人間の肌に近い成分を持っているのがエミューオイルなんだよ。
だからイミュランで同じ事が出来ないかなって思って
油を取ってみているんだよ」
「でも、馬油にしろ、そのエミューオイルにしろ、
ちゃんとした精製方法が分からないんじゃ、
まともな物が出来ないんじゃないか?」
「たぶん大丈夫だと思うよ。
エミューオイルには、元々こう言う話があるんだよ」
そう前置きすると、ハルナはエミューオイルについての逸話を語り出した。
「ある開拓者がエミューを狩って解体した肉を運んでいたんだよ。
でも激しい日差しによる日焼けと筋肉痛に参ってしまって、
その肉を木の枝に引掛けて、木陰で一眠りして休んでいたんだ。
その時に肉の脂肪から流れ落ちた油が、
寝ていた人の日焼けや筋肉痛になっていた部分に垂れ落ち続けたんだよ。
そしてその人が目を覚ますと、日焼けと筋肉痛が治っていた。ってね」
「つまり、その話の即効性の真偽は別として、
特に手を加えられていない状態の油でも効果が出る。
と言う部分は信用出来そうだな」
「ボクもそう思うよ。だから少しだけ待ってね。
瓶詰めしちゃうから」
ハルナは水流操作を使って鍋から油のみを分離して取り出すと、
空中で回遊させて粗熱を取って、共有の腕輪から取り出した瓶に詰める。
「う~ん、動物性の油だから、ちょっと臭いが気になるけど、
保湿液としては結構上手く出来たみたいだね」
ハルナはハチミツの様な琥珀色をしたイミュランオイルを手に取ると、
手の甲に塗って伸ばしながら確認をする。
「ちょっと私にも分けてくれにゃ」
「ハルナ、あたしも試してみて良いかしら」
「あのあの、わたしも使ってみたいのです」
どうやら女性陣の興味を引いてしまった様だ。
その後、四人が試供品の品評会を始めてしまう。
最初は肌に塗った感想だったのだが……
「サラサラして良いオイルなんだけど、やっぱり少し臭いが気になるわね」
「サンちゃん、それなら同じ保湿効果があるって言う
ハチミツを加えてみよっか」
「あっ、私はハチミツを混ぜる前の油が欲しいにゃ」
「じゃあ、ベスにゃんには先に少し渡しておくね。
それで、こっちの物にハチミツを加えて混ぜ混ぜして……」
「あっ、ハチミツの甘い匂いがするのです」
「こんな感じかな。こう言うのって、
本当はお風呂上りとかの肌が濡れている時に使うと、
オイルと一緒に水分を肌に浸透させてくれるんだけどね」
ハルナは配合したイミュランオイルをサンディとダーハに手渡す。
そんな中、ベスは配合前のオイルを垂らした布切れに火を付けて
延焼実験をしていた。
「ベスにゃん、作るのに手間が掛かってるんだから
そう言う使い方は止めてよぉ」
「素材は今回大量に手に入ったのにゃ。一度作って手順を確認したなら、
次からは魔石加工で作れば良いのにゃ。細かい事を言うなにゃ」
「ベスの事を全面的には味方は出来ないけれど、魔石加工で作るのは有りね。
この甘い香りがするイミュランオイルなら、
高級品として売りに出せるレベルよ。
材料費が掛かるとしてもハチミツだけで、
魔石加工で作れるなら手間も掛からないから利益率も高いわよ」
サンディはハルナの甘い香りが漂うイミュランオイルに、
かなりの高評価を示していた。
「サンちゃん。まーくんもボクも、こう言う物を売り出す気は無いよ」
「どうしてですか?」
「だって冒険者になったのに、ボク達が作れるからって、
そればかりを作らされるのは嫌だからだよ。
ボク達が作るのは、それが欲しいから作るんだよ。
本来、物を作るって言うのは、そう言う想いがあって作る物だよね」
「まぁ、確かにそうなのかもしれないけれど……」
「それに今回のボクのイミュランオイルは、
イミュランの脂肪を使っているんだよ。
それが原因で、それ程流通していなかったイミュランが、
いきなり脂肪を集める為だけに乱獲とかされて、
絶滅危惧に陥ったりしたら嫌だからね」
「いくらなんでも、そんな事は起こらないでしょ」
「サンちゃんは、ハーフエルフだから年齢や肌の事を、
あまり気にしていないみたいだけど、女性の執着は怖いんだよぉ。
もしボクが、イミュランオイルの事を聞かれて、
実はイミュランじゃなくて、エルフの脂肪から作りました。
って言ったら、世の中の女性は、
あのイミュランとエルフの両方を思い浮かべて、
どっちの事を信じちゃうだろうね?」
「間違いなくエルフ狩りが始まるにゃ」
「じょ、冗談よね?」
「あのあの、本当に始まると思うのです……」
ハルナとベスの言葉に、サンディは胸を隠す様に腕組をして身構え、
ダーハは顔を青ざめさせていた。
「だから、このオイルの事を聞かれても、ナイショにしておいてね。
ボク、素材の名前を間違えて答えちゃうかもしれないから」
ハルナの静かな[お願い]に三人は無言で頷くしかなかった。
「あっ、そうだ。ダーハちゃん、ちょっとこっちに来て前に座って」
「は、はいなのです」
ダーハは、直前の言葉もあって少し緊張しながらハルナの前に座ると、
ハルナはダーハに清拭を掛けた後、
イミュランオイルを使ってダーハの髪を櫛で梳く。
最初は、何をされるのかと緊張していたダーハだったか、
次第に心地良くなった様でリラックスしていった。
「よし、ダーハちゃん、もう良いよ」
ハルナがダーハの目の前に水鏡を生み出す。
その水鏡の中を覗いたダーハは、
自分の髪がツヤで天使の輪を作っているのを見て思わず声を上げてしまう。
「えっ、わたしの髪がツヤツヤになっているのです」
「うん、最初のだと、ちょっと臭いが気になったから、
こう言う使い方は出来ないかなぁ。って思ってたんだけど、
ハチミツの甘い匂いがするようになったから、
良い具合に使えると思ったんだよね。
保湿性が良いから、こんな風に髪に潤いを持たせる事にも使えるんだよ」
「おねえちゃん、スゴイのです」
ダーハはイミュランオイルの効果を知って嬉々としながら、
大切にしている尻尾のお手入れに使い始めた。
「おーい、そろそろ出発しないか?」
「あっ、まーくん、もう少し待っててね」
マサトは、思いのほか時間が掛かっていたので、
一応、こちらの意向を伝えてはみたが、アッサリと流される。
そして、結託した女性には逆らえないと諦めモードに入り、
ガブリエルとアルバトロスを相手に戯れながら大人しく待つのであった。
◇◇◇◇◇
陽が頂点に達し、そしてまた沈む。
マサト達は、心地良いそよ風を、その身に受けながら、
出発が遅くなった事を除けば、これと言ったトラブルも無く、
その旅程を順調に進ていた。




