044.逃避行
──夜逃げ明けの朝を迎えた──
前回の遠征で、夜間の見張りのローテーションがほぼ決まり、
ハルナが朝食の準備をしている間、
マサトは周囲警戒を兼ねて薪にする枯れ木を集め、
ベスは駄犬、駄鳥と呼びながら、ガブリエルとアルバトロスの世話を焼いていた。
そうこうしているとサンディとダーハが起きて来る。
全員が顔を合わせた所で朝食を取り、
ダーハが入れてくれた野草茶を飲んで一息をつく。
そのわずかな間にサンディが、ストレージコートにテントを収納して
出発準備を整えてくれたので、早々に出発をする。
そしてのんびりと歩きながら旅程について話し合う。
「さて、この後の事だけど、街道をこのまま道なりに歩いたとしても、
今日中には製錬都市までは辿り着けない訳だが、
普通に移動距離を稼ぐので良いのか意見を聞いてみたいんだけど何かあるかな?」
「そうね。今のあたし達は依頼を受けている訳でもないし、
寄り道をしながらでも良いのよね」
「私は何か面白い獲物が居たら狩りたいにゃ」
「まぁ、それも良いかもな。狩猟品を売れば今回の旅費を補えるしな」
「そうね。腕の良い鍛冶職人の多い製錬都市に向かうのなら
武器の更新もしたいし、その資金稼ぎをしておくのも良いわね」
「でもでも、そんなに稼げるような物って何があるのです?」
「たぶん今なら、あのサスの廃村周辺の魔物なら、
どれもそれなりの値が付くんじゃないかな」
「まーくん、それは何で?」
「ギルドはスカリーラーテルの狩猟品を買取りたがっていた。
それは狩猟場所や強さと言った難易度の問題もあって、
狩れる者が居なかったんだと思う」
「冒険者がいっぱい居るのにです?」
「ああ、分かったわ。国境の街の武術大会ね。
実力のある者が流れて行って、人材不足になっているのよ」
「そう。あのリディお嬢様も、その関係で国境の街に向かっていたんだろうし、
そう言う祭事なら尚の事、功名心がある実力者は流れて行く。
結果的に元々手が回らなかった地域の魔物が狩られなくなって、
狩猟品の供給が不足していって値が上がる。
ある意味スキマ狙いの稼ぎ時になっていると思う」
「ほほう、面白いにゃ」
「まーくん、それじゃあ前回みたいに途中から街道を外れて、廃村に向かうの?」
「いや、それは止めておこう。
今オレが説明したのは、あくまで状況からの推測だ。
だから途中で魔物を発見した場合は狩りに変更しても良いとは思っている。
基本は製錬都市に真っ直ぐ向かって、そこで情報収集をしてからが良いと思うな。
それでも何か良い情報や意見が有るのなら聞いて見たいって感じかな」
「そうね。良い狩場とは言えないかもしれないけど、
ジャッカロープやアンテロープを見つけたら狩りましょうか」
「サンちゃん、ジャッカロープは、この前狩ったシカの角を持ったウサギ。
って言うのは分かるんだけど、アンテロープってのは何なの?」
「アンテロープって言うのは、長い角を持ったウシよ」
「おおっ、牛肉食べたぁーい。大きなウシさんが見つかると良いねぇ」
「あのあの、ウシとは言っても、おねえちゃんが思っているのは、
バッファローだと思うのです。
アンテロープは、どちらかと言うと見た目はヤギなのです」
「ウシのにヤギなの?」
「オレが持っている知識の中にレイヨウってのが居るんだけど、
アレが同じ特徴を持っていたし、確か別名がアンテロープだったはずだ。
大雑把に説明すると、
哺乳類─┬─ウシ科(角が枝分かれしていない)
│ ├ウシ、ヤギ、カモシカ、ヒツジ
│ └レイヨウ(別名がアンテロープ。上記以外のウシ科)
│
└─シカ科(角が枝分かれしている)
確かこんな分類だったと思う。
カテゴリー的には、ウシもヤギもアンテロープも全てウシ科だ。
オレ達からしたら、見た目がヤギならアンテロープもヤギで良いだろ。
って思えるけど、日本人が緑色をアオって言うのと同じで、
こっちの世界の人がアンテロープの事を、ずっとウシって認識しているのなら、
オレ達は何も言えないよな」
「う~ん、何だかモンニョリとするけど、確かにまーくんの言うとおりだよ」
「それより、そのアンテロープってのは美味しいのかにゃ?」
「アンテロープの肉は、脂身の少ないアッサリとしたお肉なのです。
シチューにするのが美味しいのです」
「あたしは以前にソーセージにした物を食べた事があったけど、
アレも美味しかったわね」
「ふむ、良い皮も取れそうだし、注意して探してみるにゃ」
他愛の無い会話を重ねながら歩みを進め、
前回野営をした場所を過ぎ、河川に掛かる橋を渡って先を行く。
街道を行き交う人の多くは狩猟都市へと流れて行く。
ついでに様子見をしていた、街道から外れた所で魔物を狩っていた冒険者達も
同じ方向に向かって皆歩いて行った。
人々の関心が、その先にある国境の街に向いているのは間違いないだろう。
歩みの先にまた一組の冒険者パーティが見える。
彼らが狩っているのはダチョウを小振りにした魔物であった。
「もしかしてアレがイミュランって魔物なのか?」
マサトはガブリエルの背中で疲れて寝ているイミュランのヒナ鳥である
アルバトロスと見比べて聞いてみる。
「ですです。アレはイミュランなのです」
「おおっ、まーくん、エミューにそっくりだよ。」
「頭が悪そうな顔をしているのにゃ」
「結構大きな個体ね。それに大抵は集団で固まっているのに、
単体を相手に戦っている所を見ると、
よほど魔物を引っ張り出して来るのが上手い者がいるんでしょうね」
魔物と戦っている冒険者達を見て、それぞれが思い思いに感想を口にする。
マサトとしては、街道に比較的近い所で戦っていたパーティのおかげで、
成鳥のイミュランを初めて見る事が出来た事を幸運に思う。
長い首を伸ばしてのクチバシでの突きや、
鋭い足の爪から繰り出される爪蹴で、
包囲して攻撃して来る冒険者達に抵抗しているのを見て、
単体で見ると以前にハルナが言っていたエミュー程の厄介さを感じない。
しばらく見学していると、冒険者パーティは無事に狩猟を終える。
すると、最初はマサト達だけだった見学者が、いつの間にやら増えていた。
旅程の間のちょっとしたイベントに、
道行く商人達も一時の娯楽とばかりに見学していたようだ。
通常より大きな個体を狩った事で、
彼の冒険者パーティは、この小さな舞台の英雄となり、
周囲の見学者達の盛大な拍手と歓声が、地鳴りのように響く。
その熱気に当てられたのか、ガブリエルも興奮気味に吠えていた。
「なぁ、本当に地鳴りがしていないか?」
マサトの素朴な疑問より先に、ベスが行動を起こして、
近くの岩場の上に立って遠方を見つめていた。
「ああ、これはヤバイにゃ。アイツら、相当キレてるにゃ」
ベスは視線の先に、迫り来る黒い郡隊を捕らえていた。
「あのあの、どう言う事です?」
「あの冒険者パーティが下手を打っていたって事です。
狩った一匹を上手く引っ張り出して来たんじゃなくて、
あの一匹以外を逃がしてます。それで応援を呼び寄せてしまったんですよ!」
サントスの叫びを聞いて、英雄に祭り上げられていた冒険者達と
一時の娯楽に釣られた商人達の顔色が一気に青くなる。
「オマエ、ちゃんと釣って来たんじゃなかったのかよ!」
「ヤバイよ、ヤバイよぉ!」
「オマエら、何やっとるんじゃあ!」
「責任とって戦え!」
「護衛の皆さん、お願いします!」
「くっ、楽な仕事だったはずなのに、ツイてねぇ!」
「馬車を出せっ、とにかく逃げるぞ!」
団結した魔鳥の群れが、烏合の衆と化した人間達を襲う。
それぞれの商隊が自衛に奔走する中、マサト達も早急な対応を迫られた。
「マサト、コレどうするのよ」
不安に駆られたサンディが動揺しながら訊ねて来る。
「多勢に無勢すぎる。まず数を減らす。
全員、 窪地に向かって全力ダッシュ。
ただしオレとベス、サンディは前方に、
ハルナとダーハは後方に向かってダッシュ。
その後、前衛は敵を駆逐しつつ時間を稼ぐ。
後衛は防御陣地の作製。
ダーハは[砂維陣]で、自分の身を隠せる程度で良いから防壁を作ってくれ。
あと今回はガブリエルを使う。
幻覚の霧を散布させて窪地に霧を停滞させておいてくれ。
ハルナは敵の勢いを削ぐ為に[流水]で防壁の手前の足場を荒らす。
前衛と敵との距離が詰まって来たら合図を送るから、
マージでサンディ、ベス、オレの順で回収を頼む。
それじゃあ、行くぞ!」
「えっ、ちょっとマサト、他の護衛の人達と協力した方が……」
「エセ商人、賽は投げられたにゃ。迷った分だけ死に近付くにゃ」
「ダーハちゃん、行くよ」
「は、はいなのです」
「あっ、ちょっと置いて行かないでよ」
マサトの後を、いち早くベスが追い、そして追い越して行くと、
マジックポーチから、三つ又に結んだロープのそれぞれの先に
革で包んだ石を結びつけた投擲武器ボーラを取り出す。
そして郡隊の首下と足下を目掛けて連続でボーラを放ち、
結果を見ずにマサト達が待機する下へと全力で後退した。
ボーラはイミュランの群れに適当に放たれているが、
上下に放り分けられた上に、敵の数が数だけに
先頭の敵に避けられた所で、その背後の者に命中して、
首に絡まれてパニックを起こす者と、脚を絡まれて転倒した者を中心に、
後方から追従して来た味方が次々と衝突して転倒して行く。
運よく衝突を回避した者達は、散り散りに駆けているだけに、
今まで統率されていた郡隊が見る影もなくなっていった。
こうして幸いにもマサト達は、
最大の脅威となり得た突進による蹂躙を回避する。
「ちょっと突っ突いてみようと思っただけだったのに、
予想外の駄鳥っぷりでビックリにゃ」
ベスは軽口を叩きながら、混乱を抜けて迫って来る一団に向けて
マジックポーチから弓を取り出して矢を放つ。
その横にはマサト、更に奥には追いついたサンディが陣取る。
そしてストレージコートを使って、撃ち終ったクロスボウと、
矢弾装填済みのクロスボウを入れ替えながら連射をしていた。
二人の少し前方に陣取ったマサトは、刃路軌による吹き飛ばし攻撃で、
突進速度の速いイミュランとの距離を保つ事に専念する。
それでもジリジリと間合いを詰められていくのは、
マサトの刃路軌と言う技が単体攻撃でしかない為、
突進して来る敵の数に対して相殺しきれないからである。
三人が引き撃ちしながら前線を維持する。
しかしながら同じ事を繰り返していれば学習される。
イミュランは最も殺傷力のあるサンディの射程外から回り込むように流れて行く。
「頃合だな」
マサトはハルナに合図を送り、マージでサンディをハルナの下まで撤退させる。
マサト達が支えている前線の抵抗が、
急激に衰えたのを察した郡隊が再び牙を剥く。
「本当に私が先で良いのかにゃ?」
「ああ、先に行ってくれ。
ついでにガブリエルを待機させておいてくれ」
「了解にゃ」
ベスがマサトに確認をすると、残しておいた最後のボーラを放ち、
敵を二体巻き込んで数を減らすと、ハルナのマージで撤退する。
残されたマサトは、イミュランを吹き飛ばしながら、
刃路軌の引き撃ち後退を継続する
しかしイミュランの疾走がマサトを捕らえる。
マサトは先頭のイミュランに刃路軌を当て、追従する敵を巻き込んで
吹き飛ばすも、左右に展開して迫る郡隊からの爪蹴に半包囲される。
《武離路》
マサトは後方に飛び退きながら横薙ぎに一閃して爪蹴を牽制する。
その時、襲撃者達との間合いが突如開いた。
いや、正しくは襲撃者達の足が停滞する。
襲撃者達は、もがきながら前進を試みるも、
その思いが叶わず渋滞を起こし、数瞬後、
突如バランスを崩して一斉に折り重なって倒れた。
『マージ』
マサトの身体が わずかに宙に浮き勢い良く引っ張られる。
数瞬の時間稼ぎの成果が、ハルナによるマサトの回収と言う形で実を結ぶ。
「まーくん、今何をしたの?」
ダーハによって作製された簡易防壁まで引き寄せられたマサトに
ハルナが訊ねて来る。
「説明は後で。ダーハやってくれ」
「駄犬、ゴーにゃ!」
「ワウッ!」
『火至把手』
ハルナが仕込んだ防壁前のぬかるみに足を取られている郡隊の左右に、
巨大な炎の壁が現れて迫る。
郡隊が慌てて、全力で駆け抜けようとするも目前には、
ガブリエルによって散布されていた幻覚の霧が、
その濃度を急激に高めながら停滞していく。そして──
グルルルッ……【ヴボォーーーッ!】
郡隊の前方には、獣の身体、コウモリの翼、サソリの尻尾を持つ
巨大な魔獣が立ち塞がり、低い唸り声に続き咆哮を上げた。
突如現れた魔獣に恐慌状態に陥り、郡隊は逃走の一手を打とうとするも、
後ろは同族の群れで埋まっている。
そう、彼らは既に機を 失していた。
そして前方に現れた魔獣が、元は子犬サイズの魔獣だと気づく事が叶わず、
郡隊は左右から迫る炎の双璧に飲み込まれて消えて行った。
これを以ってマサト達の戦闘は、ほぼ決する。
その後、炎の双璧による挟撃から逃れたイミュランによる
散発的な襲撃はあったが、最初に構築しておいた防壁により、
マサト達は容易に迎撃を可能としていた。
◇◇◇◇◇
「クソッ、俺様の積荷を傷物にしやがって! 大損だ!」
「ワシの所も穀物を食い荒らされて同じ感じですじゃ」
「オラっちは牽引させていた馬も殺されちまっただよ」
「あのぉ、オレ達は冒険者になって、まだ日が浅いので、
イミュランとの戦闘は初めてだったのですが、
この辺りだと今回の様に集団で襲って来る事が多いのですか?」
マサトはイミュラン被害者の会の皆様と同じ焚き火を囲み、
夕食後の被害報告会に出席させられていた。




