043.呼び出し
──異世界転移を経て25日目の朝を迎えた──
「おにいちゃん、おはようです」
「ああ、おはよう」
毎朝不意打ちで叩き起こされるのが不快だったので、
早起きをして久しぶりに井戸の近くで鍛錬をしていると
ダーハから声を掛けられた。
こんなやり取りも久しぶりだな。
と思いながら、ダーハから手渡されたタオルで汗を拭い、
一息つきながら朝の会話に花を咲かせる。
そのダーハだが、今朝は襟付きの赤色のワンピースに
白色のケープコートを羽織った装いをしている。
今まで見た事の無い装いだったので話の流れで聞いてみると、
どちらもベスが作った物だった。
「昨日、おねえちゃんのローブを作る前に試作を兼ねて、
ワンピースを作ってくれたのです。
おねえちゃん達のアンダースーツの代わりにって事なので、
見た目以上に丈夫に出来ているそうなのです」
「なるほど。ベスはダーハが成長期だからハルナのローブの試作を兼ねて、
サイズ的に融通が利くワンピースって形で代用を作ったのか」
ダーハが嬉しそうに、ワンピースの裾を持ち上げて、
ベスが施した細工部分を見せて来たので、その部分に触れて感触を確かめる。
確かにマサト達のアンダースーツに似た柔軟性の他に、
独特のしっかりとした感触が所々で伝わって来る。
「ま、まーくん。そこで何をしているんだよ……」
腰を掛けていた段差の背後から、ハルナに声を掛けられる。
振り向くと身体をワナワナと振るわせて、
真っ赤な顔をしたハルナの姿があった。
「ああ、ハルナ、おはよう」
「おはよう。じゃないんだよ。まーくん、何してるんだよ!」
「何って……ダーハと話をしていただけ……」
そこまで言ってダーハに向き直ると、
赤い布地から覗く生足が視界に入って来る。
そして目の前で直立し、ワンピースの裾を持ち上げた状態で我に返って
赤面しているダーハと目が合い、お互いに状況を察して冷や汗を流す。
「待て、誤解だ!」
「あのあの、おねえちゃん。違うのです」
「まさかダーハちゃんが朝っぱらから、
まーくんとそんな事をしているとは思わなかったんだよぉ!」
激怒状態のハルナに言葉が通じそうもなかったのでダーハを抱えて、
ベスとサンディに救援を求めるべく部屋まで逃走する。
しかしながら、その時のお姫様だっこ状態が、更に火に油を注いでいた。
なんとか部屋へと駆け込み助けを求め、二人にハルナを鎮火してもらうも、
その為だけで午前中の時間が費やされる事となってしまった。
──冒険者ギルド──
「あっ、サントスさん。丁度そちらに遣いの者を向わせ様と思っていた所です」
冒険者ギルドに着くと受付嬢のアンナさんがサントスを見つけて
慌てて駆け寄って来た。
「え~と、アンナさん。何かありました?」
サントスはギルドからの呼び出しがあったと言う事で、思わず身構える。
マサトも先の遠征時の盗賊の腕輪や未報告にしているダイアウルフの件で、
ギルドに対して後ろめたい事をしている自覚があったので、
何かがバレたのかと、内心でかなり動揺していた。
「ギルド長がサントスさんをお呼びになっています。
皆さんもご一緒に執務室までお越し下さい」
しかもギルド長直々の呼び出しとなると、かなり状況が悪そうに思える。
サントスはマサトに顔を向けると、背中を丸めてオロオロとしている。
明らかにサントスとしての偽装が剥がれて、素のサンディになっている。
「ひとまず話を聞いて見ない事には仕方が無いから行くぞ」
諦めもあったが、マサトは腹を括ってサントスに声を掛け、
アンナの後ろに続いて執務室へと向った。
◇◇◇◇◇
「サントス様、お久しぶりです」
執務室に入ると見覚えのある、ふくよかな女性がサントスに声を掛けて来た。
そのナナメ後方には、これまた見覚えのある年配の男性と、
見慣れない護衛と思われる男性が一人控えていた。
ちなみに見覚えのある二人とは、遠征の帰路で出会った
リディお嬢様とセドリックである。
リディお嬢様に関しては、すっかり寡黙病の症状が治まっていた。
「あのぉ、これはどう言った状況なのでしょうか?」
困惑の様子を窺わせるサントスが、ギルド長のヒュージィに解答を求める。
「こちらにいるお方は、お前達が受けていた採取依頼の大元の依頼主であり、
ナノン辺境伯であるウェキミラ卿に縁のある方なのだが、
国境の街ナハナハまでの護衛に、お前達のパーティを指名して来ている」
「お断りします」
ヒュージィの説明にマサトは間髪を入れずに断った。
「ちょっとそこの貴方。貴方に聞いているのではありません。
私はサントス様に聞いているのです」
マサトの返答に一瞬場の空気が固まったが、
いち早く復帰したリディお嬢様が、
マサトの返答を無視してサントスに返答を求めた。
「我々のパーティのリーダーは彼です。
リディお嬢様は何か勘違いをしているようですが、
彼が断るのであれば、お受けする事は出来ません」
「そ、そんな……」
リディお嬢様は自分が声を掛ければ、要望が必ず通ると思っていたらしく、
信じられないとばかりの表情を浮かべている。
「キサマら、たかだか一介の冒険者の分際で、
こちらのお方の要求を断ると言うのか!」
お嬢様とマサト達とのやり取りを見ていた護衛の男性が突っ掛かって来た。
マサトは護衛の男性の言葉に少し違和感を覚える。
[こちらのお方]と言うって事は、
お嬢様が、この男性の直接の雇い主ではないのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶも、マサトは男性の言葉に対応すべく口を開く。
「では、逆にお聞きます。
アナタはお嬢様に仕えているセドリックからの信頼も厚く
実力のある方だとお見受けします。
だからこそ、この場に一人だけ同席を許されているのですよね」
マサトは護衛の男性とセドリックに視線を向けて様子を覗うと、
セドリックが首を縦に振って同意を示したので、
護衛の男性に向けて話を続ける。
「そんなアナタから見て、駆け出しにすぎない
アイアンランクの冒険者パーティであるオレ達なんて、
その経験不足から護衛の邪魔にしかならない存在であるはずです。
お嬢様の意向がどうであれ、その身をお守りする立場にあるのなら、
力不足の自覚から依頼を断ったオレの返答は受け入れられると思いますが、
違ったのでしょうか?」
護衛の男性は、マサトのお嬢様に対しての物言いを気に食わなく感じるも、
その真意を察して異論を挟めなくなってしまっていた。
マサトは今度はリディお嬢様に向き直る。
「お嬢様も、ご自身を守ってくれている護衛の方々のご苦労を
蔑ろにする様な行動は、お止めになった方がよろしいかと思います。
それと、確かに言い方が良く無かった事は謝罪します。
失礼な言葉で不快な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。
それでは失礼します」
マサトは忠告として言っておくべき事を言うと、早々に執務室から退室する。
その背後をサントス達も慌てて続き、取り残されたヒュージィ達は
呆気に取られていた。
「リディアーヌ様、申し訳ございません」
ギルド長ヒュージィが恐縮のあまり声が少し震えていた。
「いいえ、私の性急な申し出に付き合わせてしまい申し訳ありません。
セドリックもテオルドも迷惑を掛けました」
「いいえ、私から見ても興味深い者達でしたので、
護衛として雇ってみるのも良い案であったと思っておりました。
しかしながら、まさか辺境伯様の名を前にして、
ああもアッサリと断られるとは思いもしませんでした」
「自分も主であるウェキミラ卿を軽視されたと感じて、
思わずムキになってしまいました。
普通は目の前に訪れたチャンスを逃すまいとして飛びつくものです。
それをこちらの事情を汲み取った上で、ああ返されたとあっては、
無理強いをするような事をすれば、こちらの正気を疑われます。
扱いづらいタイプではありますが、放って置くには惜しいとも思えました」
セドリックと護衛の男性テオルドは、マサト達と相対して感じた評価から、
リディアーヌがサントスを含むパーティとの接触を持とうとした事に、
一定の理解を示していた。
「彼らの活動は、なかなか興味深い物があります。
ギルドとしても注目しているパーティの一つです。
ただ、冒険者となって間もなく、護衛依頼の経験もありません。
ランクもサントス以外は下から二番目のアイアンランクの者達です。
そのサントスでさえ、本来なら指名依頼や強制依頼の対象外です。
彼らが断った理由も、本来なら依頼主の方が冒険者を選別するに際して、
最も用いられる理由の一つです。
その事に理解がある点に関しては、ギルドとしてはありがたい人材です。
しかしながら今回の件に関しては、申し訳ありませんが、
ギルドとしては、これ以上の協力は出来ません」
ヒュージィは冒険者ギルドと言う組織として、すでにいくつもの例外の下で
マサト達との接触を認めていた。
ゆえに、いくら相手がミィラスラ王国の第二王女であろうとも、
この辺りで話の幕を下ろしたいと考えていた。
「リディアーヌ様、冒険者ギルドの方々にも立場がございます。
此度の我々の性急な行いが、彼らに多大な負担を強いています。
この辺りでご自重していただきたく思います」
「セドリック、分かりました」
セドリックの進言を受けてリディアーヌがソファーに深く座り脱力する。
それを見てヒュージィは、ホッと胸を撫で下ろした。
「それにしてもアイツら、まさか自分達が王国の姫様を相手に
依頼を断ったとは思ってもいないだろうな。ハッ、ハッ、ハッ!」
「そ、そうですね。ハ、ハ、ハ……」
執務室の中で、護衛テオルドの爽快な笑いと、
ギルド長ヒュージィの乾いた笑いが響いていた。
◇◇◇◇◇
「よし、あのふっくら王女様に気づかれる前に、フェレースから逃げるぞ」
ところがドッコイ、マサト達は全てが分かった上で、
しらばっくれて逃げを打っていた。
「まさかマサトが警戒していた様に、本当に探しに来るとは思わなかったわよ。
しかもあの護衛、辺境伯側の人間だったわ」
「ええいっ、エセ商人は、どうしてこうトラブルを引き寄せるにゃ。
しかもこんなに早いとは思わなかったにゃ」
「サンちゃんの[観察]にしっかりと本名や王族だって出てたもんね」
そう、マサト達は最初にサントスがリディお嬢様を観察した時点で、
実態を把握して今までシラを切っていたのであった。
「あのあの、これって逃げる意味があるのです?
それに逃げるってどこに行くのです?」
「オレ達のパーティは、何かと訳ありの集まりだ。
転移者、稀代の職人、ハールエルフ、中古鑑定、塩狐、新種の魔獣。
ちょっと上げるだけで、コレだけ出て来る。
王族や貴族って言うのは、権力と財力、そして何より知識がある。
ズルズルと関わるとトラブルの元に成りかねない」
「はわわわ……」
マサトの指摘にダーハが顔を真っ青にする。
この中で最も知られてはいけない事実となるのは、
過去に悪名を残した希少種、塩狐。つまりダーハの事となる。
過去に正体を知られた塩狐が、捕縛後に利用されて一国を滅ぼした。
とされる歴史から、害種として認知されており、
現在王国が迷惑を掛けられているケットシーよりも、
その危険度は高く設定されていた。
「知識のある相手ってのには、色々と気づかれやすくなる。
直接対峙する相手に敵意が無くても、情報が漏れればトラブルを招く。
だから、一旦身を隠して、こちらの情報を遮断する。
お嬢様一行がナハナハの街に行くのなら、向う先は反対だな」
マサトはサンディに候補地を伺う。
「そうなると、サスに向った時に使った街道方面だから、
製錬都市エイジになるかしら」
「まぁ、妥当だろうな」
マサトはサンディが出した解答に納得するも……
「え~、ボクはケットシーが見たかったよぉ」
ハルナのあまりにもな不平に、マサトは頭を抱えたくなる。
「ハルナ、ナハナハの街に行っても見れないって言っただろ。
まさか本当に国境突破をする気だったんじゃ無いだろうな?」
「ち、違うよ、まーくん。
ちょっと辺りをお散歩はしてみたかったかなぁ……っと」
時折顔を出すハルナの困った行動が、
何もこのタイミングで出て欲しくは無かった。
と思いながら、マサトは決を取る。
「今後そっち方面に向うのは無し。に賛成の人、挙手!」
賛成4、反対1。誰が何処に上げたかは、ご想像に任せる。
ともかく冒険者ギルドを出て足早に宿屋へと向う道中で行動方針を決めると、
ベスとダーハを宿屋へと向わせて部屋を引き払い、
マサト達は当面の食べ物を買い漁る。
そして日が暮れる前に防壁の門の前で合流すると、
製錬都市へと向かい出発した。