041.夜間にて
──冒険者ギルド──
「サントスさん、申し込まれてい魔物の解体と、買取りの査定が出ております。
ご確認をお願いします」
夕刻にギルドを訪れると受付嬢のエルマが、
サントスを見つけて声を掛けて来た。
「そこで相談なのですが、ギルドとしては皆様が回収を希望している
スカリーラーテルの毛皮と鉤爪の一部を買取りさせてもらいたいのですが……」
「ダメにゃ!」
エルマの言葉をベスが斬って捨てる。
「あの~、私はサントスさんに伺っているのですが……」
エルマはパーティの中で最も冒険者ランクが高いサントスとの会話に
横槍を入れて来たベスに、わずかに顔を引きつらせる。
「全てのスカリーラーテルを仕留めたベスが言っているのでダメですね」
「えっ?」
エルマが目を見開いてベスを見る。
「ぶっちゃけ、今なら私が狩るよりソッチのに任せた方が楽だし、
キレイな毛皮が取れるから、次からは任せたいにゃ」
「ええっ?」
エルマは、ベスがテーブルに果実水を運んで座っている
ハルナを指差しているのを見て更に困惑する。
「そう言う訳なので、当初の予定通りの取引きでお願いします」
「は、はい、分かりました……」
結局の所エルマは、このパーティを率いているのが、
最も高ランクのサントスであると勘違いをしたまま話を進めていたので、
予想外の事実に買取り交渉の切っ掛けを失う。
サントスは早々にギルドとの取引きを済ませて、狩猟品と買取り金を回収すると、
テーブルで待っていたハルナ達の下へと向かいイスに腰を掛けた。
「ギルドとしても、最近なかなか流通しない
スカリーラーテルの毛皮や鉤爪は、
やはり喉から手が出る程欲しかったんでしょうね」
サントスがエルマの反応からギルドの実情を察して呟く。
「エセ商人も良く言ったにゃ。
あそこで日和見してたら、オマエに作る装備がグレードダウンしてたにゃ」
「えっ、冗談ですよね」
「サントス、一応忠告しておくけど、ベスは本気で言っているからな」
「うん、ボクもそろそろベスにゃんが本気か冗談か、
なんとなく分かるようになって来たよ」
「あのあの、つまりスカリーラーテルの毛皮を
サン……ちゃんの装備を作るのに使うつもりなのです?」
「えっ、そうだったの?」
「候補として考えている段階にゃ。
だから売ろうとしたなら、その分は何処を減らす事になるかと言うと……」
「な、納得……」
「今はベスに装備の更新を頼んでいる訳だから、
素材の買取りについては完全に任せた方が良いだろうな。
あと必要な素材の魔物がいるなら狩りの候補として考えよう」
「ほほう、私としてはかなり美味しい待遇にゃ」
ベスはマサトからのお墨付きをもらって気分が高揚している。
「ベス、図らかずしも今までの鬱憤を晴らせる舞台が整った訳だけど、
無理をしていると判断したら、オレ達が忠告する。
それを軽視した場合は、どうなるか分かっているよな?」
「りょ、了解にゃ」
「まーくん、りょーかい」
「は、はいなのです」
「わ、分かったわ」
マサトが見せる威圧にベスはもちろん、
ハルナ以外の脳裏に梅干がセットとなり緊張が走る。
ある意味マサトの印象操作による威圧が功を奏し、
ベスに釘を刺すと同時に、他のメンバーよるオーバーワークの抑止網を構築した。
──宿屋フォックスバット──
「……何をやっているんだ?」
「きゃーっ、まーくん。こっち見ないでぇ!」
「マサト、もう戻って来たの!」
夕食後に宿屋の風呂に入って、マサトが借りている部屋へと戻ると、
顔を真っ赤にした、あられもない姿のハルナとサンディ、そしてベスが居た。
「と言う訳で、早速エセ商人達の防具を作ってみたにゃ」
ベスの端的な説明の通り、二人は所謂ビキニアーマーに近い物を
身に着けている。しかもかなりキワドイ。
「えーと、オレが借りている部屋を、
ベスが工房代わりにして装備作りをするのは許可したけれど、
どうしてこうなった?
あと今のは完全に事故だからな。
鍵が有るのに掛けてなかったのが悪いんだからな」
マサトは必死に弁明しながら、状況説明を求める。
その間、ハルナとサンディの扇情的な姿から
視線を外しきれなかった事は許して欲しい。
「最初はエセ商人用のアンダースーツに組込むパーツを試作していたんだけど、
単品だとサイズ合わせが、やりづらそうだったから、
遊び心でビキニアーマー風にしてみたにゃ。
そんでもって、どうせ作るなら、ローブの下にも着込めば良いんじゃないか。
と思って二人分作ってみたにゃ」
「う、うん、そこまでは理解出来た。
だけど何でオレの部屋で試着してるんだよ。
向こうの四人部屋ですれば良いだろう。
あとベスは、ただでさえ大変な仕事量を抱えてるのに、
何でこんな身を削るようなネタに走る……」
「ダーハちゃんの情操教育の問題?」
「え~と、せっかく着るのならマサトに感想を聞いてみたかった……から?」
「性分にゃ」
「ハルナ以外は禄でもない理由だったな……」
マサトは冷静さを装いながらツッコミを入れるも、内心はかなり動揺していた。
ハーフエルフのサンディには、その美しいプロポーションを
強調して来るビキニアーマーに加え、
こちらを遠慮がちに覗き込んで来る仕草に思わずドキリとさせられる。
それに対してハルナは顔を赤らめ、
サンディとのプロポーションを比較されるのを嫌い、
近くにあった布地を巻いてビキニアーマーを覆っていたが、
普段はローブで視界に入らない肩部や生足が露となっている為、
思わず目を奪われてドギマギさせられる。
そしてその様子を見ているベスが、
マサトの視界の端でニヤけているのが、ちょっとムカつく。
「とにかく目のやり場に困るから終わったら教えてくれ」
マサトは気まずい空間からダーハのいる部屋へ行こうとするも
サンディに呼び止められる。
「ちょっとマサト、感想くらい言ってよ」
「ああ、すっごく良く似合っているよぉ」(本音)
「ちょっと棒読みじゃない。ちゃんと見て答えてよ!」
「すまないサンディ。オマエの姿が眩しすぎてオレでは直視出来ない。
いつもの様にその姿が少しでも隠れていてくれてたなら、
オレも素直な言葉を言えただろう。
不甲斐ないオレを許してくれ」(テキトー)
「えっ、あの、そのぉ……ありがとう」(テレテレ)
「まーくん……」(ジト目)
サンディを本気でテキトーにあしらっていたら、
ハルナがこちらを睨んできた。
その姿はパッと見で、素肌に布地を纏っただけに見える為、
隠されているがゆえの如何わしさを誘発して来る。
「ハルナ、そのぉ……スマン。本当に衣服か何かを着てくれないか?
何か悪い事をしている気分になるんで頼む……」(ドギマギ)
「えっ? う、うん。まーくん、こっちこそなんかゴメン」(アセアセ)
ハルナはマサトの視線が布地から覗いている生肌を
彷徨っているのを感じて、自身の無防備さに気付き顔を赤らめる。
そして思わず謝ると、追加で手近にあった布地を引っ張って来て腰に巻いた。
「なんだか見てるこっちが、むず痒くなって来たにゃ」
こっちが気恥ずかしさで悶えたい状況なのに、
事の元凶が他人事の様にしているのが、どうにも納得がいかないが、
サンディにも上着等を身に着けてもらい、
話が出来る環境を整える事を最優先した。
「それでそのアンダースーツに取付けるパーツの調整ってのは終わったのか?」
「一通りの確認は終わったにゃ。
補強パーツの配置位置のデーターも取れたので、
今はパーツを組込むポケットを作って、
破損時にパーツを取替えられる仕様にするかを悩んでいた所にゃ」
「へぇ~、直接縫い付ける訳じゃないのか」
「それでも良いけど、最初の一着は後々の調整やメンテナンスの事も考えて、
この仕様で作ってみようかと思てはいるんだけど、
素材の数の問題で、結局二着目以降は一体型で作る事になりそうにゃ。
アンダースーツは着替えの事も考えると複数必要になるにゃ」
「なるほど、色々と考えているんだな」
「それにしても、ボクとサンちゃんとだとパーツの数や位置が違うのは何で?」
「エセ商人は、射撃の他に近接攻撃をする事も想定して調整をしてあるにゃ。
逆に生粋の後衛であるオマエのは、元々動き回る事が少ないから、
いざと言う時の為に、防御面を重点としたパーツ配置と強度を持たせているにゃ。
簡単に言うと、前者が着痩せする感じで、後者が着太りする感じにゃ」
「だからかっ! さっき上着を羽織った後
サンちゃんと並んだ時に太って見えたんだよ!」
「オマエはローブを羽織る事になるんだから相対的には今までと変わらないにゃ。
身体のラインが出にくいんだし、誰も気にしないにゃ」
「それでも太って見えるのは嫌なんだよ」
「そうかにゃ……分かったにゃ。
全体のバランスを考えた上で、胸部にも十分な厚みを持たせられたから、
かなり安定した防御強化が出来たと思っていたんだけど、
そう言う事なら再設計するにゃ」
「ベスにゃん、そこはそのままの仕様で良いんだよ!」
(むしろ可能ならもっと詰め物が欲しいんだよ)
「難しい事を言うにゃ……」
「う~ん、さっきのハルナって、そんなに太って見えたか?
アレくらいなら健康的で良いと思うけどな。
ダイエットに執着しているクラスの女子を見た時なんかは、
痩せすぎていて怖いって印象を受けた事があったんだよなぁ……あっ」
ハルナ達の会話に思わず本音が出てしまい、
ヤバイと感じた時には、すでに遅かった。
「ほほう、良い事を言うにゃ。
ただオマエが、ああ言う姿を見慣れているとは思わなかったにゃ」(ニヤニヤ)
「まーくん、何を見ているんだよ」(ジト目)
(水泳の授業かっ、水泳の授業の事だよねっ!)
「でも、まーくんが平気だって言うならボクは、
このままでも良いかな」(テヘッ)
「マサト、あたしって痩せすぎてる?
もしかして怖いって思われていたりするのかしら?」(オロオロ)
三者三様の面倒くさそうな反応が返って来た。
「色々と誤解を招いている様だが、
痩せ細った二の腕とかが視界に入った時の印象だからな。
あとオレからはもう何も言えない。自分達で決めてくれ」
マサトは、これ以上の追求を回避すべく、自室から緊急避難をするのであった。