004.露店巡り
──異世界転移を経て2日目の朝を迎えた──
「まーくん、ベスにゃん、朝だよ、起きろーっ!」
マサトはハルナによって開放されたカーテンにより、顔面に差し込んで来る
朝日とモーニングコールによって、否応なしに寝ていた床から叩き起こされる。
マサトは目をしかめながら、重い頭を左右に振り、
昨晩マサトが寝るはずだった二段ベッドの下段で、
我関せずとばかりに寝ているネコの獣人ベスの姿を見ながら
前日の会話を思い出していた。
◇◇◇◇◇
マサト達は宿屋フォックスバットの自室で情報交換が交わしていた。
「なんにゃ、マサハルは紅玉の転移者かにゃ」
「ベスにゃん、まーくんとボクの名前を一纏めに略すの止めよっ」
「それハルナに同意な。それでオレ達が、紅玉って事は、ベスは何になるんだ?」
「私は翠玉にゃ。ちなみに私は『ネ・コリン族』にゃ。
この世界のネコ族の『ケットシー』とは別者にゃ」
「えっ、ケットシーがいるの? ボク欲しい!」
(頭が悪そうな種族名だな)
「そんでもって、コレが私の【宝剣】にあたる【チキンナイフ】にゃ」
ベスは翠輝が宿る宝玉が埋め込まれた短剣を手元に出現させる。
その宝玉が宿す翠輝は、マサト達の宝玉と比べてわずかに力強く輝いていた。
「私の基礎技能は、私の世界で言う所だけど【盗賊】にゃ。
でも決して本当の泥棒でもスリでもないにゃ。
技能上の分類って事にゃ。なので魔物の索敵や釣り寄せが出来るにゃ。
あと私達は、狩猟民族なので魔物の解体も一通り出来るにゃ」
「シーフ? ハルナ、オレ達には、そう言う分類って無いよな?」
「うん、無いね。ボクは魔法を覚えられたけど、
明確に魔法使いって訳でも無いみたいだよ。回復や補助魔法も使えるもんね」
「オレも武器は刀扱いの木刀だけど、別にオレ自身が侍って訳でも無いしな。
柔道と剣道の選択授業で剣道を取ってはいたけど、その程度の経験しかないしな」
「ふ~ん、そこら辺は、別世界との差かもしれないにゃ」
「そうなると、オレもある程度は索敵が出来そうだけど、
そう言った役割はベスの方が適任そうだから、
オレが前衛、ベスが斥候と遊撃、ハルナが後衛で、明日からの狩りを試すか」
「分かったにゃ」
「ベスにゃん、明日は朝市に行くから一緒に見て回ろうね」
「マサハル、了解にゃ」
「もう直す気ないな……」
その後、ベスも同じ宿に宿泊している事が分かり、話は深夜まで続く。
そして、そのままなし崩し的に、マサトはベスに寝床を奪われ、
渋々、床で就寝する事となった。
◇◇◇◇◇
マサトは全身が軋み、頭も朦朧とした最悪のコンディションで朝を迎える。
ゆえにマサトが真っ先にしたのは、
宿屋に相談して部屋割りの変更を掛け合う事だった。
幸いにして部屋の空きがあった為、手続きはアッサリと進みマサトは安堵する。
マサトは宿屋一階の酒場兼食堂でハルナ達を待つ間に、
前日ハルナと一緒に居た子狐のダーハの姿が見えたので挨拶をした。
ダーハの方もマサトに気づき笑顔で挨拶を返してくれる。
ただその直後、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。
明らかにハルナの事を警戒しているのが窺える。
マサトはダーハに飲み物を注文し、のんびりとニ人を待つ事にした。
程なくして身支度を終えたハルナ達がやって来る。
そこに注文していた飲み物を運んできたダーハが来て、
ハルナにモフられて涙目になると言う一幕があった為、
ハルナに厳重注意をしてダーハには謝罪をした。
頭を撫でて励ましたら、機嫌を直してくれたのでホッと胸を撫で下ろす。
その後ダーハに朝食を注文をして、食後は市場を見る為に街中へと向かった。
◇◇◇◇◇
市場には、すでに出展準備を終えた露店商達が、威勢の良い掛け声と共に、
道行く人々を招いていた。鮮度の高い野菜や果実も多く並び、
そこから流通が活発に行われている事が伺われる。
ハルナとベスは連れ立って歩き、目に付いた物を細々と買っていた。
マサトも狩りで必要になりそうな物を物色しながら、
魔物の素材の相場をチェックをして回る。
「まーくん、これ持ってて!」
時折、ハルナがマサトを荷物持ちに使ってくる。
「あっ、これもお願い」
「マサハル、これも安いにゃ。買い貯めしておくにゃ」
「まーくん、これも追加ね」
「マサハル、珍しい調味料(味噌と醤油)があったにゃ。買っておくにゃ」
「まーくん、お米だよ、お米! ひとまず10キロ買っとくね」
【ちょっと待て!】
さすがにマサトが声を荒げた。
「狩りを控えた今、なぜこんな重量のある物を買い込むんだ!
そりゃあ、異世界で入手困難な設定にされがちな食材が、
ドサクサ紛れにアッサリと入手出来た事にもビックリだけど、
こんなの持って歩けないぞ」
「あっ、まーくん、ごめ~ん。
ちょっと調子に乗りすぎちゃったよぉ」(エヘヘッ)
「ええっ? 何を言っているのにゃ。これくらい冒険者ならヘッチャラにゃ」
皆の認識が大きくズレていた。
ベスはマサト達の反応に困惑している。
「ああ、そう言う事かにゃ! じゃあ一度、宿屋に戻るにゃ」
ベスは何か思い当たったようで、マサトから荷物を半分受け取り、
宿屋に向けて歩き出す。
マサト達もベスの後を追い宿屋まで戻った。
──宿屋フォックスバット──
マサト達は改めて割り当てられた部屋へと向かう。
室内に入るとベスはマサト達に訊ねてきた。
「たぶんだけどオマエ達は、こういうのを持って無いって事かにゃ?」
そう言うとベスは、腰に着けているウエストポーチに米10キロを収納した。
「えっ、それって有名なチートアイテムの【マジックバック】か!」
「あ~、良いな、良いなぁ。それどこで買ったの?」
「いや、これは私が居た『元の世界』で、作ってもらった物にゃ。
こっちの世界にあるかは分からないのにゃ。
私の世界にも『冒険者』ってのがあって、ある程度お金が稼げるようになったら、
職人に作ってもらうのが冒険者の常識だったにゃ」
「そうなのか」
「だから、皆が持ってるものだと思っていたにゃ。
オマエ達が持ってないって分かったので、
周りの人に見せない方が良いのかなって思ったのにゃ。
ひとまず、買い貯めした分は私が持ち歩くにゃ。
私は軽装でいる為に、マジックポーチにしているので、多くは持てないけど、
普通のリュックを担ぐより多くを持ち運べるにゃ」
そう言うとベスは、ポーチの中に買い込んだ荷物を全て収納した。
「ベスにゃん、良いなぁ。ボクも四次元ポッケ欲しい」
「私が知ってる物は特別な職人じゃないと作れないのにゃ。
普通の物で良ければ魔物を狩った素材で作れるにゃ」
「ベスにゃん、本当?」
「私達は狩猟民族にゃ。皮、骨、木材の加工と裁縫の技能。
あと解体を含めた料理を一通り習得しているにゃ。
こっちの世界には、魔石を使った加工技術があるから、
一部の工程を省略が出来るので楽なのにゃ」
「おおぅ、何気に優秀なベスにゃん!」
「でへへへ、もっと褒めてくれて良いのにゃ」
「でも、こうして聞いてみると、
ボク達とベスにゃんの異世界転移って仕様が違うんだね。
ボク達は持ち込み禁止だったのに、なんだかズルイよぉ」
「それは、この世界とベスの世界が似た環境や文化だったんじゃないかな。
オレ達の場合だと着ている物からして、違和感満載になるからな」
「そうだね。初期特典もらっちゃってるものね」
「あとどう考えてもオレ達のゲーム脳的な知識とベスの知識って、
この世界が半端に仲介している分、
気づきにくい認識の誤差を生んでいるんだよなぁ」
「まーくん、たぶんだけど、運命の女神様が言っていたように、
どっちの世界からも『因子』ってのを取り込んでいるからじゃないかな?」
「まあ、分からん者と知らん者が考えた所で、正解は出ないのにゃ。
だからそんな物だと思って、気づいたら直していけば良いのにゃ」
「そうだな。じゃあ、少し遅くなったけど冒険者ギルドに寄って、
適当な依頼を受けてから狩りに出かけようか」
マサトは自分達には当たり前の事でも、
この世界では違う事があるのだと再認識した。
そしてそれがゲーム等で得た半端な知識を元に
思考がロックされている事にも気づかされる。
(この世界の人の事を、もっと知る必要があるんだろうな……)
マサトは、そんな事をお思いながら冒険者ギルドに向かった。