035.収穫
──遠征日10目の朝を迎えた──
マサトは順調に成育している多弁草を食べに寄って来るロックバグを
刃路軌で吹き飛ばして、養殖していたロックイーターの群れの中に放り込む。
ロックイーターの溶解液と、岩を吸い込み、そして砕く歯で、
岩の外殻を持つロックバグの駆除処理を、
文字通り丸投げ出来る防衛ラインを構築した事で、
マサトの夜間警備の仕事は、かなり簡略化されていた。
そして生存競争に負けた方の魔物は、その亡骸をマサトによって回収され、
ある物は肥料となり大地に還元され、ある物はヒナ鳥であるアルバトロスの
エサとしてストックされる、と言う食物連鎖を生み出していた。
「人って一度楽を覚えると、そこから中々抜け出せないよなぁ」
マサトは共有の腕輪に魔石と狩猟品を回収する。
周囲の大量のドロップ品を、何事もないように回収が出来るマジックアイテムに
たった数日で毒されている自分に気づく。
「もし収納が出来るアイテムが無かった場合、持ち帰る物を
厳選しないといけないから、捨てて行くしかない物も多く出るんだよなぁ」
そんな事を思いながら、魔石とロックイーターを回収していく。
「あっ、どうせならロックイーターは、
さっさとエサにしておけば収納スペースを圧縮出来るのか」
マサトは共有の腕輪に大量に抱えている魔石を使って、
アルバトロスのエサを作っておく事で、デッドスペースを抑える事を思いつく。
さっそく魔石加工でエサ作りを始める。
とにかく細かくなるように、すり潰しておけば良いのだから
イメージはしやすい。
試しにエサに加工して地面に並べて見た結果、
うねった身体で取っていた場所が、かなりコンパクトになった。
今まで気にはしなかったが、これはかなり大きい。
そう言えばと思い返してみる。
最初にベスと狩りに出かけた時、
ベスは当たり前のように魔石加工を使っていた。
あの時はホーンラビットを対象にしていたが、今思えばあれも、
現地で持ち物を選別して圧縮すると言う考えが身に付いていたから、
自然と出て来た行動だったのかもしれないと、マサトは思い至る。
前日にベスが、ダーハに魔石加工を教えていたのは、
単に酒造りが面白そう、と言うのあったのかも知れないが、
ダーハにとっては、役に立つ知識と経験であった事には違いない。
逆に元からストレージコートと言う大容量の収納が可能だったサンディには、
こう言った発想や行動が見られない。
そう考えると、段階を踏んで冒険者として成長して来たベスと、
多少なりとも、それに倣って同じ道を歩んで来たマサトとハルナ。
それに対して、冒険者になったばかりのダーハに、
マジックバックを与えてしまったのは、冒険者としての成長を考えた場合、
早計だったのではないか。とマサトは少し考えてしまった。
◇◇◇◇◇
「マサト、ハルナ、お目覚めのようね。採取の方は終わっているわよ」
昼過ぎに目を覚ますと、
サンディが多弁草の採取が無事に完了した事を告げて来た。
マサトはハルナと共にサンディと連れ立って、
ガブリエルとアルバトロスの世話をしているダーハの下まで行く。
「おにいちゃん、おねえちゃん、おはようです」
カマドの前で食事の用意をしながら待っていてくれたダーハが、
すぐに昼食を用意してくれたので、
マサトはハルナと共に食事を取りながら状況の確認をする。
「多弁草は十分に採取が出来ているわ。採取しに来る冒険者も少ない訳だし、
それなりに値が高まっていると考えられるから、多目に採取してあるわ。
あと場合によっては育成用に欲しがる人が居るかもしれないから、
根の付いた物もいくつか確保しておいたわ」
「わたしは、採取が終わった後は、フェレースに戻る時の
食事の準備としてパンをいくつか焼いておいたのです。
事前に準備が出来るので、マジックバックは便利なのです」
「ああ、そう言えば、オレはアルバトロスのエサを用意しておいたんだった。
ヒナ鳥の成長速度が分からないから、加工していないロックイーターも
残してあるけど、これらは全部ガブリエルの収穫の腕輪に渡しておけば良いよな」
「そうだね。ガブリエルはアルバトロスのお世話係だよねぇ」
「ワウッ!」
「フュ、フュ、フューッ」
「仲良しさんなのです」
ガブリエルがマサトに元気に吠えて答えると、
アルバトロスも一緒に鳴いて答える。
その様子をダーハは、嬉しそうに見守っていた。
「それで、姿が見えないベスはどうしてるんだ?」
「明日になればフェレースに向けて戻る事になるから、
最後にもう一度、目ぼしい物が無いか見て回って来るって言っていたわ」
「ある意味いつも通りって訳か」
「それで撤収を始めるのは明日からで良いのよね」
「そうだな。慌てて今日から戻る必要もなければ、
無為に遅らせる意味も無いからな。
あとベスが戻って来たら廃村のサスまで戻る。
あそこなら拠点化しておいた古民家が残っているから
ここで野営をするよりも安心して休めるだろう」
「そうだね。建物の中だと安心感が違うよね」
「それじゃあ、あたしがテントの回収をしておくわ。
どうせ明日の野営で必要になるんだし、
分解しないで丸ごとストレージコートに収納しておくわよ」
「お、おう。よろしく頼む」
サンディが事も無げに、とんでもない事を言い出し、
そして実際に目の前でストレージコート内に収納されていくテントの姿は、
かなりシュールな光景であった。
「サンちゃんのコート、本当に四次元ポッケだよ」
「ああ、テレビで見た事のある光景だよな」
マサト達の認識がどうしても、国民的アニメの光景に引きずられる。
マサト達が持つ腕輪にも収納能力があるが、
サンディの腕力では持ち上げれない大きさの物が、吸い寄せられるように
ストレージコート内に収納されていく様子は、やはり圧巻であった。
(これだけの事が出来れば、
魔石加工で空きスペースを作るなんて発想は出てこないよなぁ)
マサトは環境が人を育てると言う言葉の意味を
目の前でまざまざと見せつけられた気がした。
──廃村サス──
ハルナ達は拠点化していた古民家に戻って来ていた。
勝手知ったる他人の家で、ハルナは米を炊き、ダーハは川魚を焼く。
その間マサト達は別行動で、
ベスが探索中に、木の下に大量に落ちていたのを見つけたと言う、
手触りが桃のような薄緑色をした小粒な果実の回収をして回っていた。
マサトは満足いくまで果実の回収を済ませて廃村に戻ると、
夕食までの間に大きなタライに果実をまとめて入れて水洗いする。
そして夕食の休憩を挟んで、皆がそれぞれ動き出すと、
果実の表面に傷が無いかを確認しながら選別をする。
そんな様子を不思議そうに眺めながらサンディが訊ねてきた。
「ねぇマサト、そんな食べられない物を拾って来てどうするつもりなの?」
「え~と、サンディの鑑定には、コレがどう視えているんだ?」
「生で食べるのに適さない毒性のある果実、って出ているわ」
「ああ、その通りだ。合っているな」
「知っていて集めて来たの?」
「ベスもダーハも知らないって事は、こっちだと完全にノーマークなんだな」
「まさか毒物を作る気じゃないわよね」
「そんな物騒な物を好き好んで作らないな」
マサトは傷の有無を調べながら、果実のヘタの部分を丁寧に取っていき、
ザルの上に敷き並べる。
そして風属性魔法が使えるサンディに
果実を傷付けないように微風で乾燥させてもらってからビンに詰めして行く。
「サンディ、ヘビ酒を造った時に使った酒とハチミツを分けてくれ」
「ええ、良いわよ」
マサトはサンディがストレージコートから出した酒とハチミツを
果実を入れたビンに注いでいく。
そしてマサトは、これから作る物が失敗した時の保険として、
用意した材料の半分を共有の腕輪にスットックして、
残りの半分を使って作業を続行する。
マサトは魔石を取り出して、時間を掛けてゆっくりと
果実とハチミツと酒を馴染ませるイメージで魔石加工を行う。
魔石加工の光が発現して素材を包む。
そして次第に訪れる光の収束を以って、
琥珀色をした液体の中に、薄緑色をした果実が沈む、酒ビンが現れた。
「これって果実酒を造っていたの?」
「本当は別の物を作りたかったんだけど、
たぶんオレとハルナ以外には受け入れられない物だからな。
最初に悪い印象を持たれると困るから、受けの良さそうな物にしてみた。
あと材料も本来の物とは少し違っているから、あくまで試作品だ」
出来たての果実酒をカップに少し注いで二人で試飲してみる。
甘みと酸味のバランスが程好く取れてくれたらしく、
サッパリとした美味しさとなっていた。
「これ美味しいわね」
サンディが、目を見張らせて高評価を付けてくれた。
「う~ん、予想通りだけど、オレには少しキツイかな。
じいさんの見よう見マネだったけど、まぁ一応完成してくれたな。
オレは飲む時に水割りにして薄める事にするよ」
「なに言ってるのよ。そんなのもったいないわ」
「いや、オレの飲む量が減れば、サンディがその分飲めるんだから良いだろう」
「あっ、そうね。
マサトは酒1:水9の水割りで良いのね」
「まぁ、オレは果実水くらいまで薄くても文句は無いが、
普通は6:4までだって聞くぞ。
それと使っている酒は、それなりに強いから、
飲みやすくても酔いやすいから気をつけるんだぞ」
「分かったわ。それでこの果実酒って、なんて名前なの?」
「鑑定には出てないのか?」
「甘みと酸味のバランスの取れた酔いやすい果実酒って表示が出ているんだけれど
名前が無いのよね。果実の時にも名前は無かったわ」
「誰にも見向きされなくて、名前も無かったのかよ……」
「鑑定でも毒性ありって出ていたからかもね」
「オレ達の世界だと果実は【梅】で、果実酒が【梅酒】だな」
「梅酒ね……あっ!」
「どうした?」
マサトは、サンディが梅酒の名前を口にしながら、梅酒をじっと視だしたので、
何事かと思って訊ねる。
「あっ、気にしないで。
ちゃんと鑑定で名前が表示されるようになっただけだから」
「そうか。いきなり声を上げたから、何かおかしな物でも混じっていて、
それが見つかったのかと心配になったよ」
「あははっ、ごめんなさい。
今まで、こんな事って無かったから、自分でも驚いちゃったのよ」
そう言うとサンディは、梅酒を注いで再び飲み始めた。
「取っ掛かりとして、気に入ってもらえたんなら良かったよ。
まぁ、本当は別の物を作りたかったんだけど、
間違いなくオレとハルナ以外には受け入れられない物だろうからな」
「えっ、それってどう言う物なの?」
「オレ達の世界でも、他国の人間には、なかなか受け入れてもらえない食べ物だ。
だからそれについては気にしなくて良い」
「そ、そうなのね」
サンディは、その食べ物に興味を持ったようだが、
お互いの為のも、ここは諦めてもらう事にする。
その後もマサトは梅酒を水で割って加減を見ながらゆっくりと飲み、
サンディは調子に乗ってハイペースで飲んでいた。
そうこうしていると、サッパリした様子のハルナとダーハがやって来る。
その上気した肌と濡れた髪からは湯気が昇っていた。
「もしかして風呂に入っていたのか?」
「そうだよぉ。さすがに『清拭』や水浴びばかりじゃ辛いからねぇ」
「まぁ、ここなら使えそうな建物もあるだろうし、
逆に言えば、ここだからこそ風呂を作って入れたって所か」
「そうだねぇ。あれっ、まーくん、それって……」
ハルナが目ざとく梅酒を発見する。
「まーくん、それどうしたの!」
「ああ、ベスが探索で見つけたって言うのが梅だったんで、
今まで梅酒造りをしていたんだよ。
風呂上りでノドが渇いているのは分かるが、
先に水を一杯飲んで水分補給をした上で、身体の熱を冷ましてからなら
梅酒一杯までなら飲んで良いぞ。
あとサンディは逆に、酒を飲んだ後だから風呂に入るの禁止な。
酒を飲んだ状態って言うのは、身体に負担が掛かっているから
具合が悪くなるって聞いた事がある。
今日はハルナに『清拭』を掛けてもらって我慢しろ」
「うう、まーくん、りょーかい」
「あたしもお風呂に入りたかった……」
「風呂に入りたいなら、さっさと寝て明日の早朝にでも入るんだな。
オレは軽く水浴びでもして来る」
「それなら、あたしも水浴びで良い」
「ちょっとサンちゃん、
なんで、まーくんと一緒に行こうとしているのかな?」
「なんだか眠くなって来たし、さっさと水浴びして寝ようかなって」
「うん、サンちゃんが少し酔っているのは分かったから。
まーくんは、ちょっとだけ待っててね」
「言われなくても待ってるから、サンディの事を頼む」
サンディが梅酒を気に入ってくれたのは良いが、
次からはストレートで飲ませるのは止めようとマサトは思う。
程なくしてベスも風呂上りにやって来る。
ちょうどダーハに梅酒の試飲として、
微量のストレートと水割りを渡していた所だったので、
風呂上りではあったが、ベスにも求められて同量を手渡した。
同時に調理をする事の多い二人には、
梅を扱う際の注意と利用方法を伝えておいた。
その間もマサトは、梅酒の底に沈んでいる梅を取り出す為に、
梅酒を別のビンに入れ直す作業を続ける。
その際に取り出した梅の果実に興味を持った二人が、
食べてみたいと言って来たので、少し悩みながらも一粒ずつ与えてみると、
梅酒にする前の硬かった梅を知っているだけに、
柔らかくなった梅の果肉に驚いていた。
「まーくん……」
背後から恨めしそうな声が響いてくる。
「ボクが楽しみにしてたのを知ってたくせに……」
「いや、試飲程度の量と、梅を一つずつだろ。そんな声を出す事か?」
些細な事だと思いながらも、マサトは嫌なタイミングで帰って来たな、
と思ってしまう。
「マサト、あたしも梅酒が欲しいわ。
ついでにベス達が食べていた梅も食べてみたい」
「さっき眠たいって言ってただろ。もう寝ろよ」
「え~、飲みた~い、食べた~い」
「もう、面倒だから少しずつだぞ」
下手に酔っ払いを量産したくは無かったので、
ハルナに水と氷を出してもらって、水割りとロックを少量に分けて配る。
「じゃあオレは水浴びに行って来るけど、本当に飲みすぎるなよ」
「まーくん、分っかっているよぉ」
「大丈夫、大丈夫よ~」
どうにも信用が置けない生返事が返ってくる。
「ダーハ、ハルナ達の見張りを頼むな」
「えっ、あっ、はいなのです」
ダーハはダーハで、梅の果肉の方を気にしている。
珍しくダーハの方も信用が置けない気がする。
「ベス……」
「ひとまず、作った酒を持って行ったらどうかにゃ」
「そうするか」
「ちょっと、まーくん、ボク達を信用してないなんでヒドイよぉ」
「そうよ。置いて行きなさい」
どうにも信用が置けない言い回しに聞こえてしまう。
「オレの目を盗んで飲む気がないなら、持って行っても良いだろう」
「まーくんは、そんなにボク達の事が信用出来ないんだね」
「少なくとも、今の反応を見た感じだと、サンディは信用出来ないな」
「マサト、ヒドイ」(うるうる)
普段の残念さを知ってはいるが、見た目だけは美人な為に、
こう言う時はズルイと思ってしまう。
「はぁ……じゃあ置いて行くけど、
もし約束を破ったらどうなるか分かっているな?」
マサトは無駄だろうと思いつつもハルナ達に釘を刺しておく。
それに対す反応は実に分かりやすいものであった。
(ああ、コイツら、間違いなく反故にして誤魔化す気だ)
マサトは、これから訪れる結末を察して、
事後処理の準備をするのを見られない為にも、
水浴びをしに行くと言ってその場を離れた。
◇◇◇◇◇
「予想した事が、その通りになったとしても
それが良いとは限らないな」
マサトが水浴びをして戻って来ると、梅酒の中身の量が増えていた。
少し味見をしてみると、明らかに薄くなっている。
水を加えて増量したのは間違いないなかった。