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029.再出発

 倦怠感(けんたいかん)を覚えながら目覚めたマサトの視界に

ハルナの姿が飛び込んで来る。


 上体を起こしハルナから差し出された野草茶を飲みながら

今までの経緯を教えてもらい、マサトは自分の(いた)らなさから

ハルナに無茶をさせてしまったと反省していた。


「そうか、そんな事になっていたのか。ハルナ、ありがとうな」


「うん。まーくんが治って良かったよぉ」


 マサトは、いつも通りの笑顔を向けてくるハルナに感謝の言葉を返す。

 部屋の窓から見える太陽の位置から、

時は昼を過ぎて間もない頃だろうかと考えながら、

一緒に戦った仲間達の事について訊ねた。


「それで、他の人達はどうなったんだ?」


 マサトはハルナが用意してくれた遅めの昼食を食べながら訊ねた。


「スーラン達は、マーカスの遺留品を回収して街に戻って行ったよ。

ウニさんが残念がってたけど、盗賊狩りをやってる場合じゃ無いって言って、

ミラちんが引っ張って行ったよ。

たぶん人狼化の解毒薬の研究に入りたかったみたいだよ」


「そうか。それでケヴィン達は?」


「あの二人も人狼遊戯が解除されたら、すぐに村から出発して行ったよ。

落ち着ける土地を探すんだって言ってたね

あとムーランが、ガブリエルに首飾りをプレゼントしていたね」


「ガブリエルは、妙にムーランを気に掛けている様子だったからなぁ」


「そうだね。まるでムーランを守る番犬みたいだなって思ってたよ」


「それでベス達は、何をしているんだ?」


「サンちゃんを直す為の多弁草を取りに行って、さっき帰って来たよ。

ダーハちゃんが、多弁草を(せん)じて薬湯(やくとう)にして、サンちゃんに飲ませてる。

饒舌薬程の効果は無くても、数回飲み続ければ完全に治るって言ってたよ」


「そうか。それじゃあ、一度顔を見せに行くか」


「うん、そうだね」


 マサトは、ゆっくりと立ち上がる。

 ハルナの魔法で体力は回復出来ても、

失った血が補充される訳でも無い為、軽い立ちくらみを起こす。

 わずかにフラついた身体をハルナに支えられ、

照れくさく感じながら部屋を歩み出る。

 そしてハルナもまた、その後ろを共に歩んで行った。

 

 ◇◇◇◇◇


「ケヴィン【ダイアウルフ】でヒュ!」


 奇病から多少回復したサンディが訴えて来た。


「サンちゃん、まだ壊れてるね」


「あのあの、ダイアウルフって人化するのです?」


「まぁ、私の世界だと人化しなかったけど、今回はエセ商人の言う通りにゃ」


「ベス、信ヒてくれて、ハりがとう」


 サンディの狂言とも取れる言葉をベスが肯定する。

 鑑定持ちのサンディの言葉ではあったが、さすがにマサトも混乱していた。


「待て待て、ダイアウルフって人化するのか?」


「あたヒが、強欲な人狼に襲われた時に

ケヴィンが割ヒ込んで来て(かば)ってくれハでしょ? 

あの時にクモンに代わって視界ヒ入ったケヴィンを視て確認ヒたのよ。

あたヒだって最初、自分の目を疑ったハよ!」


「オマエらも、そこはエセ商人を信じてやるにゃ」


「ベスが、今までヒなく頼りになるハ」


「そう言えば、ベスはケヴィンとムーランの事をオスとメスって言ってたよな?

すごく失礼な呼び方だとは思っていたんだけど、もしかして気づいてたのか?」


「最初は、なんとなく人外の気がしていたにゃ。

妙に人狼の事や昔話に詳しかったのが気になっていたにゃ。

その内、駄犬がメスを気にし出して番犬やってるのを見て、

メスが腹に子供を抱えているのに気づいたにゃ」


「えっ、ベスにゃん、ムーランって身篭(みごも)ってたの?」


「駄犬は気づいてたようにゃ」


「ワウッ!」


 ガブリエルがサソリの尻尾を元気に振って応える。


「そんでもって、私が確信したのは、

ダイアウルフが人狼を踏み潰した現場を見た時にゃ。

あそこは、あのツガイが居た建物の近くにゃ。

身重(みおも)のメスに危害が及ぶのを危惧したオスが出て来たのだと察したにゃ」


「ちょっと待ってくれ。何か時系列が、おかしい気がする。

ベスはケヴィン達がダイアウルフだと分かっていない時から

オレに彼らを放っておけと言っていただろ?

アレはどうしてなんだ?」


「それは前も後も関係無いのにゃ。

今回の人狼騒動とは関係ないと見ていたからにゃ。

ただでさえ面倒事が起きてる時に、余計な要素を増やしたくなかったのにゃ。

だから、ダイアウルフが現れた時も、放っておけと言ったのにゃ。

結果論になるけど、現状でダイアウルフとは衝突が起きず、

何事も無くやり過ごせているのにゃ」


「お、おう」


「ともかく、ダイアウルフの事は他言無用にゃ」


「ベス、どうヒてですか? ギルドに報告すれハ報奨金が出る情報でフよ」


「オマエが、私に売られる覚悟があるなら報告すると良いにゃ」


 ベスは軽蔑の視線をサンディに向ける。


「ベスも止めろ。あとサンディ、自分の言葉の意味を考えろ」


 マサトも呆れながらサンディをたしなめる。


「オマエは、女性である事、ハーフエルフである事を隠して冒険者をしている。

それはオマエ自身が、ただその【存在】として

他者に狙われる【立場】にあるからだ。

その事は彼らダイアウルフと変わらないはずだ。

自分はそう言う【立場】を忌避(きひ)しているのに、

ダイアウルフなら良しとするって言うのなら、

ベスが言う未来しか、オマエには待っていないぞ」


「ダイアウルフ達は、絶滅したと言われていたけど、

その実は、生存の為に人化の術を手に入れて人間の社会に溶け込み、

生き長らえていたのにゃ。

それならば放っておいてやれば良いのにゃ。

エセ商人がエルフって種族を滅ぼしてまで金勘定をしたいって言うのであれば

好きにするにゃ。

アレはオマエらエルフが辿る未来の姿にゃ」


「うっ、ごめんなさヒ」


「まぁ、サンディの事は、それ位で良いだろう。

遅くなったが、オレの事で、いろいろと迷惑を掛けてしまって済まなかった。

そして、ありがとう」


 マサトは皆に謝罪と感謝の言葉を述べた。


「ふっ、オマエが謝る事は無いにゃ」


「ベス……」


「本当にダメだと思ったら、ちゃんと殺すか、逃げるかしていたにゃ」


「ベスーーーッ!」


「ベスにゃん、ヒドイ!」


 ベスがマサトの言葉を、軽く放り捨てる。

 それをマサトとハルナも冗談交じりで軽く返した。

 しかし、続いたベスの言葉は、真摯(しんし)なものであった。


「エセ商人も子狐も覚えておくにゃ。

パーティって言うのは互いに対等であって、共に戦う者の集団にゃ。

ただの仲良しグループじゃ無いのにゃ。

対等って事は、同じ目的の為に互いに力を貸し合うって事にゃ。

エセ商人のように依存する事でも無ければ、

子狐のように遠慮する事でも無いにゃ。

同様にリーダーが、一方的に命令を下せるものでも無いにゃ」


 ベスはゆっくりと、サンディとダーハに顔を向けて言い含める。

 そしてマサトとハルナに言う。


「だからこそ、自由な気質の冒険者に好まれる形態なのにゃ。

とは言え自分達の都合で、自己完結をしようとしたオマエらを

責めるつもりも無いにゃ。

それもまたなパーティって形態が許容出来る自由なのにゃ」


 ベスの厳しさとも優しさとも取れる言葉に、

マサトとハルナは思わず背筋を伸ばす。

 そしてダーハの素直な言葉がベスに問う。


「でもでも、それなら一緒に居る意味って無いのです。

いつでも切り捨てられたり、裏切られる関係なんておかしいのです」


「それは、ソイツらが【仲間】じゃないからにゃ」


「えっ?」


 ベスの言葉にダーハは困惑する。


「子狐、本当に困ったら、仲間に頼れば良いのにゃ。

オマエが誰にも頼れないのであれば、それはオマエに仲間がいないって事にゃ。

今回、人狼化を前にして誰にも頼らず解決した手腕は、お見事にゃ。

でも、どっちがヒドイ話かって事にゃ」


「ベスにゃん、ごめん」


 ベスの言葉は、サンディとダーハに対する苦言であると同時に、

ハルナへの忠言であった事に皆が気づく。


「あの時ツガイの危機で、盲目的になっていたオマエの事は、

オス狼も気に掛けていたにゃ。

そりゃそうにゃ、ある意味オマエと同じ立場にあったのにゃ。

そんな中でも、オス狼は【私達の仲間】だったにゃ。

そこの所を、しっかりと(かえり)みる事にゃ」


 ベスの顔に(かげ)りが差す。

 それは、かつて共に集い、探索し、狩りに出かけた仲間達との

過ぎ去りし光景を思い出したがゆえの、郷愁(きょうしゅう)の念から来る感情の発露(はつろ)であった。 

 ベスは手招きをして、ダーハとガブリエルを呼び寄せる。


「まぁ、私から言っておく事は、こんな所かにゃ。

ともかく、病人共は今日一日休んでいるにゃ。

子狐と駄犬は、訓練を兼ねて夕食の調達に行くにゃ。付いて来るにゃ」


「は、はいなのです。行って来るのです」


「ワウッ!」


 ダーハとガブリエルはベスの後を追って駆け出す。

 その姿を見送ったマサトは、

ベスの言葉にうな垂れるハルナをサンディと共に慰める。

 しかしながら同時にベスに感謝していた。


 ベスの語った言葉は、マサトが思うパーティの姿に酷似(こくじ)していた。

 そして本来は自分が、切り出さなくてはならなかったパーティの在り方を

代弁してもらった形となり申し訳なく思っていた。 


 ◇◇◇◇◇


 夕食の調達の為に狩りに出ていたベス達が、

ジャッカロープに加え、山菜とキノコ、そして川魚を収穫して帰って来た。


 ちなみに川魚は、廃村についた最初の日に、

ベスがダーハに教えながら作っていた、

魚取りの仕掛けから回収して来た物である。


 いつものようにベスがジャックロープを解体し、

取れたウサギ肉で、ダーハが煮込みスープを作る。

 それに平行して焚き火の番をしながら

ハルナはダーハに出してもらった塩で、魚を塩焼きにしていった。


 その間マサトはサンディと地図に向き合いながら、

スーラン達から聞いていた情報の整理をする。


「採取依頼の分とサンディの分の多弁草を集めるとなると、

山間部寄りにあるっていう群生地まで足を伸ばした方が良いって事なんだよな?」


「そフね、午後から取りに行った近場でハ、

未成熟な物ばかヒで必要量が揃わなヒわ」


「ダーハが煎じた薬湯を飲んで、大分良くなったみたいだけど、

ちょっと見てて(つら)くなるな」


「あたヒも話してヒて辛いワ」


 マサトとサンディが寡黙病の弊害(へいがい)に頭を悩ませながら話をしていると

夕事の準備を整えたベスとダーハがやって来たので、焚き火を囲み夕食を取る。


「あのあの、明日は採取依頼の薬草取りで良いのです?」


 珍しくダーハから話題が振られる。

 ベスに遠慮するなと言われた事で、パーティに少しでも馴染もうとした

努力なのかもしれない。

 マサトはダーハの素直さを心地良く感じる。


「そうだなぁ。まずは多弁草を確保してサンディの治療を優先したいな。

ただし二つの懸念材料が有る。

ケヴィン達が遭遇した盗賊団と、スーラン達が取り逃した人狼だな」


「あっ、そうなのです。忘れていたのです」


「ベス達は、二度村から出て周辺を見て来たんだろ?

その時に何か気づかなかったか?」


「人狼との遭遇場所は、村からかなり離れているのにゃ。

一応気をつけて周囲を見回ったけど特に痕跡は無かったにゃ。

盗賊団の方は、なんとも言えないにゃ。

盗賊団てのが、小規模なのが多数いるのか、

大所帯なのがいるのかでも変わってくるにゃ。

ただ、この廃村内の家屋の老朽化を見るに、

ここに立ち寄っている形跡は無いにゃ。

加えてこんな所じゃ人通りが悪くて稼ぎにもならないはずにゃ。

もし近くに居るなら、別の所に隠れ家的な物がある可能性が考えられるにゃ」


 ベスの言葉にサンディも頷く。寡黙病の為、話すのが億劫(おっくう)になっているようだ。


「と言う訳で、明日からは多弁草を探すのと同時に盗賊団を探してみようと思う」


「えっ、盗賊団を探すのです?」


「あっ、そっか。

まーくんが依頼を受ける時に、何か考えていたのってコレなんだね」


「どう言う事なのです?」


「オレは直接的に依頼を受けて盗賊団のを相手にするつもりは無いんだよ。

人を相手に戦うのには、どうしても抵抗があるんで出来れば避けたい。

だけどいつかは必要になると思う。

だから盗賊団には、オレ達の追跡技能の練習相手になってもらう」


「ほほぅ、面白い考え方にゃ」


「オレ達は盗賊団を相手に戦闘はしない。

ただ、情報を持ち帰りギルドに報告はする。

サンディは好きだろ? 情報提供による報奨金」


 マサトの話をベスは面白がり、サンディは心外だと顔をしかめる。


「オレ達が予定している遠征の日程から逆算して、

盗賊団の痕跡探しは明日から三日間で行う。

それで発見出来なければ素直に撤収する。

サンディは明日から回る多弁草の採取場所のマッピングも頼む。

オレ達はあくまで採取依頼中に盗賊団と遭遇した事の証明にもなるし、

必要ならその情報も売って良い。そこはサンディに任せる」


 そこまで言うとマサトは皆の顔を順に見て意見を待つ。


「マサトが他のパーティとの共同依頼にならなヒ

採取依頼ホ受けた意味が分かったハ」


「まーくん、あくまで深追いはしないって事だね」


「分かったのです。がんばるのです」


「ところで一つ聞いても良いかにゃ?」


 ベスがマサトに真剣な顔で考えながら訊ねてくる。


「これは訓練って事で、盗賊団に気づかれずに情報を持ち帰って来るって事なら、

情報の証拠となる物も必要になるんじゃないのかにゃ?

私達がいくら言っても信用されなければ意味が無いのにゃ」


「まぁ、言われてみたらそうだよな」


「つまり、証拠としてちょっと借りて来ても構わないって事で良いかにゃ?」


「まぁ、そうなるな……」


「了解にゃ」


 ベスはマサトの返答に、楽しそうに微笑を浮かべた。

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