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028.落狼

「上手いな」


 マサトは、ケヴィンがサントス達から距離を離すように

強欲な人狼を誘導して戦っているのを感じ取り思わず呟く。


 ケヴィンが戦いの場を(さだ)めて足を止める。


『バインド』


 ハルナが絶妙なタイミングで、強欲な人狼に足止めを仕掛ける。


 強欲な人狼は、トップスピードからの急停止を強要され、

体勢が崩された所を、ベスによるヴェノムズラッシュで

毒の状態異常が付与され、自然治癒能力が阻害されていく。


 正面のケヴィンに攻撃を集中せざるを得ない状況に追い込まれながらも、

死角からはベスに絡まれ、攻撃が散漫になっていく。


 バインドの効果を打ち破り、ハルナに攻撃を仕掛けるも、

マサトが専守体勢で待ち構え、刃路軌(ハジキ)吹き飛ばし(ノックバック)攻撃で(はじ)き飛ばされ、

再びバインドの足止めを強要される。


 強欲な人狼は、目の前のケヴィンの強固な守りを突破も崩しも出来ない。

 更に死角を付いてくるベスの動きは捉えきれず、

攻撃は空を切るばかりであった。


 そして、そこにハルナとスーランの攻撃魔法の追撃が加わっていった。


「完全に型に(はま)ったな」 


 先の人狼戦に比べても安定した戦闘の流れに入り、

マサトはパーティとしての一つの完成形を見ていた。


(今のケヴィンの位置にオレが出て、オレの位置にサントス、

スーランの位置にダーハが入れるようにならないと、いけないんだろうなぁ)


 マサトの意識がわずかに戦闘から反れる。

そしてその思考の揺らぎと、強欲な人狼の突破が重なった。


 強欲な人狼が、ケヴィンの剣を切り上げ体勢を崩すのと

バインドの効果切れが同時に起きる。


 瞬時に地を蹴り跳躍に移行した強欲な人狼が、

マサトの眼前に迫り近接戦闘へと持ち込む。


 マサトが横薙ぎに振った一閃を、強欲な人狼は身を低くし回避すると、

爪撃をもってマサトの脚を刈りに襲う。

 その爪撃を身を引いて避けながら、戻す刀を振り下ろして腕を刈り返す。


 強欲な人狼は腕を引き、一閃をやり過ごすと、

逆手を突き上げ喉元を裂きに掛かる。

 強欲な人狼は、ひたすらマサトを追撃し、前進を止めない。


(完全にオレをターゲットに決めやがったなっ)


 マサトは、強欲な人狼が、この場で数を減らせる数少ない人間として、

自分を標的に定めた事を察する。


 喉元に迫る爪撃を、上半身を反らせてやり過ごし、

蹴りで強引に間合いを離すと、刃路軌の吹き飛ばし攻撃で、

ケヴィンとベスの方向に押し戻そうとする。


 しかしながら、その軌道も既に読まれ対処される。

 そして強欲な人狼が遂にマサトに食らい付いた。


「まーくん!」


 ハルナが悲痛な叫びを上げる。


 強欲な人狼は、マサトを押し倒して左肩に食らい付いたまま、

頭部を左右に振り噛み切ろうと、もがき続ける。

 追いついたケヴィンとベスが、マサトから引き剥がす為に攻撃を加えるも、

道連れの相手を定め、覚悟を決めた強欲な人狼の噛み付きは剥がれない。


流水(ストリーム)


 ハルナの魔法が強欲な人狼に放たれる。


【まーくんを離せ!】


 ハルナが、ベス達に今まで見せた事の無い冷徹な声で、強欲な人狼に命じる。


 ハルナが放った魔法は、さほど大きくも無く威力のある魔法でも無かった。

 しかし、それは強欲な人狼に致死を与えるのに十分な効果を発揮しつつも、

マサトを離させる猶予を与えていた。


 ハルナが放った魔法は、マサトの左肩を覆う水球となり、

強欲な人狼の頭部に絡みつく。


 強欲な人狼は呼吸を絶たれ、地上に在りながら水中で(おぼ)れさせていた。


【まーくんを離せ!】


 ハルナの死の宣告が響く。


 あらゆる攻撃に耐え、反撃に転じてきた強欲な人狼であったが、

呼吸を絶たれるという想定外の攻撃に動揺を隠しきれずにいた。


 噛み付いた口の端からは、止め(どころ)なく水が流れ込み、

次第に消失していく酸素によって、肉体と精神の耐性が削られ、身悶えしていく。


 そして遂に強欲な人狼の牙が外れた。


『マージ』


ハルナの引き寄せ魔法で、強欲な人狼からマサトを引き離し、

手元へと手繰(たぐ)り寄せる。


「まーくん!」


 ハルナは激痛で意識を失っているマサトを抱き寄せ、ヒールで回復を施す。

 そこにハルナ達を守る為、スーランが駆け寄ってくる。


「マサトは大丈夫ですか?」


「ダメッ、スーラン達の時と同じで回復魔法の効果が鈍くなってる!」


 ハルナの顔に焦りの色が浮かぶ。そこにケヴィンが合流した。


「強欲な人狼は溺死した。今ベスが確認に向かっている。

時期(じき)に結果が出るだろう」


 ケヴィンの言葉にスーランは、ケヴィンの背後で息絶えている

強欲な人狼の姿を確認する。 

 そこでスーランは、ふと疑問に思う。


「ベスは何を確認しに行ったのですか?」


 ケヴィンは無言でマサトの容態を見守る。

 そこでスーランも言葉の意味を察した。


「ダメにゃ。人狼遊戯が解除されていないにゃ……」


 程なくして戻って来たベスが告げる。


「やれやれ。

つまり人狼遊戯が、まだ人狼が残っていると判定しているという事だな」


「それってつまり……」


【バシューーーッ】


 大音量と共に大量の水流が出現し、

マサトを抱えたハルナの周囲を水の壁が囲む。


【まーくんに近寄ったら殺すよ】


 ハルナは水牢結界を構築して立て篭もる。


「ハルナ落ち着いて下さい。

まだマサトが人狼に成ったとは限らないんですよ」


「気休めは止めておけ。

現状で候補者はアーチンと強欲な人狼に噛まれたマサトのみだ。

アーチンの様子を見るに人狼とは思いがたい。

だからこそ、ハルナも(かたく)なにマサトを守ろうとしているのだろう」


「しかし……」


「私が言うのもなんだけど、今のアイツに勝てるヤツは

人狼遊戯内には居ないと思うにゃ。

殺ろうと思えば強欲な人狼に使ったように、皆を溺死させられるにゃ。

下手な言葉は身を滅ぼすにゃ」


 スーランはベスの言葉で、次に続けようとした言葉を飲み込み身を引く。

 ただベスが、本当の事も話してはいないのだろうとも感じていた。


『マージ』


 突如スーランが水牢結界に引きずり込まれる。


『バインド』


 ハルナは立て続けにスーランを足止めし、

手に持った短剣で二の腕を切り裂いた。


 ◇◇◇◇◇


 ハルナは気を失っているマサトを抱き寄せ、

回復魔法の反応が鈍い事を確認する。


(強欲な人狼は間もなく死ぬ。そうなると、まーくんが危なくなる。

なんとかしないと……)


 ハルナは、マサトが回復魔法を受け付け(にく)くなった事で、

人狼化に対応する身体に変質している過程なのだと推測していた。

 そして、そんな中で適応したマーカスやクモンと同様に、

マサトも人狼化しているのだと直感的に感じ取り焦っていた。


 ハルナは、マサトの傷口を洗い流して洗浄し、ヒールによる回復ではなく

キュアによる治療に切り替え試みる。


「ダメにゃ。人狼遊戯が解除されていないにゃ」


 ベスの声が聞こえた。

 ハルナは、人狼遊戯がマサトの人狼化を感知しいるのだと察する。


『アクアケージ』


【バシューーーッ】


 ハルナは反射的にマサトを抱え、

大量の水流で周囲を囲み、水牢結界を構築して立て篭もる。


【まーくんに近寄ったら殺すよ】


 ハルナは時間を欲していた。

 マサトを(まも)れるのは自分だけなのだと、宝杖を固く握り締めて牽制する。


(キュアでも変化無し。

たぶん原因とボクの人狼化に対するイメージが違いすぎるからだよね……)


 ハルナは傷口を洗浄し、その汚水を隔離して考える。


(やっぱり狂犬病みたいなもの? 

そうなるとウィルスに対するワクチンが必要になるけど、

人狼化は、潜伏期間が短すぎて対応しきれない……)


 ハルナは、洗浄して隔離しておいた汚水を水流操作で、分離させていく。


「ハルナ落ち着いて下さい。

まだマサトが人狼に成ったとは限らないんですよ」


 スーランの声が聞こえてくる。

 ハルナは静かにして欲しいと思った。


 今は時間が惜しい。それでは間に合わない。

 スーランは人狼化していない事がサントスの観察で確認されている。

 マサトは、今、この時が分水嶺(ぶんすいれい)なのだと……


『マージ』


 それは、一瞬の閃きだった。

 ハルナはスーランが水牢結界に引き寄せバインドで足止めし、

マサトへの攻撃を抑制すると、

魔物の解体用にと持たされていた短剣でスーランを切りつける。


 ハルナのあまりにも唐突な行動に、水牢結界の外が騒がしくなる。

 

「ハルナ、どう言うつもりですか!」


 スーランの語気が荒くなる。


「殺しはしないよ。ジッとしていてっ!」


 ハルナの静かに、そして冷徹に放たれた言葉に、

スーランは思わず押し黙ってしまう。


 ハルナは、魔石を取り出すと水流操作で集めた素材を使い、

ベスが行った魔石加工を思い出して、マサトの事を想い一心に創造する。


 ハルナの宝杖の紅輝が輝きを増す。


 宝杖を中心に行われた魔石加工。

 その中心に素材となる、水、人狼の唾液、そして二種類の血液が流れ込む。


【ピカァーーーッ】


 ベスの魔石加工とは異なり、水牢結界内を(まばゆ)い紅輝が照らす。

 輝く紅輝は中心の宝杖へと収束して行き、宝杖の紅輝も輝きを増す。


 ハルナは新生した宝杖を素早く握り締めるとマサトに向け魔法を唱える。


『キュアヒール・ラクロウ』


 ハルナの魔法がマサトを包む。


 紅輝に包まれたマサトの傷が、通常の回復魔法を受けた時と同様に

回復していく。


 ハルナは未だ気を失っているマサトの状態が安定したのを確認すると、

マサトを抱き締め、水牢結界とバインドを解除した。


「ベスにゃん。確認をお願い」


 穏やかに話すハルナを見て、皆が我に返る。

 そして、ベスが急いで人狼遊戯の解除の確認に向かおうとした所……


「マチャト、人間でちゅ。アーティン、人間でちゅ。ミィラ、人間でちゅ」


「ウチが確認して来ました。閉鎖空間は解除されているわ」


 サントスとムーランの二人から人狼遊戯の解除が確認された。


「サントスの観察が複数に行使されている事からも、間違いなく終わったようだ」


「はわわわ、でも口調が戻ってないのです」


「ソイツの事は放っておくにゃ。どうせ薬草取りに向かうのにゃ」


「ウニは最初から人狼じゃ無いって言ってたウニ」


「どうやって、マサトの人狼化を止めたんだわさ?」


「そうです。一体アレは何だったのですか?」


 ハルナの起こした奇跡に注目が集まる。


「スーランごめん。まーくんが人狼化するまで、

どれだけ時間が残っているのか分からなくて乱暴な事をして……

スーランは人狼化しなかった貴重な人間だって気づいて、

咄嗟(とっさ)にス-ザンの血が必要になったんだよ」


「それはどう言う事だわさ?」


「つまりスーランの血は人狼化に抵抗出来る薬、【血清】になるんだよ」


「私の血が薬になるのですか?」


「最初は、人狼の血から人狼化する元となる毒みたいな物の

毒性を弱めたワクチンって言う薬を作ろうと考えたんだよ。

だけど人狼遊戯の判定から、人狼化するまでの時間が短いって気づいたんだよ。

そうなると体内で抵抗力を育てる期間が必要な代わりに、持続力を持たせられる

ワクチン(能動免疫)だと間に合わないって思って……

その時にスーランの事に気づいて咄嗟に

体内で抵抗力を育てないので持続力は無けれど、

即効で身体に抵抗力を持たせられる血清(受動免疫)を作る事を

思いついたんだよ」


「でもハルナは薬ではなくて、魔法を使ったわさ」


「うん。最初は薬を作ろうと思ったけど、

ボクもそれほど薬の事が詳しい訳じゃないんだよ。

ただイメージは出来るので、足りない知識をイメージで補える魔法に

頼らせてもらったんだよ。

その結果ボクが創った魔法が【ラクロウ】だよ。

第一段階は、魔石加工による血清の作成。

素材は、人狼の唾液(毒素)、まーくんの血(汚染血液)、

スーランの血(血清)、あとは水(生理食塩水)を使って、

毒素を特定して、血清を作成。

第二段階は、作成した血清に、キュアによる毒素治療促進と

ヒールによる治癒促進を複合して、人狼化の対抗魔法を作成。

第三段階は、魔法をボクの宝杖に記録して、宝杖の力を借りての最適化。

だから、ボクの新しく変化した宝杖は言うなれば【落狼の杖】になるかな」


「すごいだわさ。と言う事はスーランやアーチンの血から

人狼化の特効薬が作れるって事だわさ。

帰ったら早速アーチンの血を絞り取りるだわさ」


「とんだとばっちりウニ!」


 ハルナの説明に、ミラは感嘆の声と同時に探究心に火を付ける。


 しかしながら、ハルナは真実を語ってはいなかった。


 ハルナが血清魔法を完成出来たのは、

ひとえにハルナの【固有能力】に依存したというのが大きかった。


 【落花流水(らっかりゅうすい)


 それがハルナがマサトに伏せていた固有能力名である。


 それは、落ちた花が水に従って流れる様子を表す言葉。


 そして男女の気持ちが互いに通じ合い、

相思相愛の状態を表現する言葉でもある。


 それはハルナを形成している想い力。


 母親に連れられ歩いた散歩道。

 その帰り道で出会った二人は同年代の幼子だった。


 近所に住み、親同士の付き合いから一緒に遊ぶようになり、

自然と幼馴染みの関係になった。


 母親から教わった贈り物のチョコをプレゼントすると、

男の子もお返しをくれた。

 まだ小学校に入る前の話だ。二人共良く分かってはいなかった。

 それでも、女の子はとても嬉しかった事を覚えている。


 小学校に入ってからも一緒に遊んだ。男の子達に混じって遊ぶ中で、

両親は女の子の言葉使いを直したかったようだが、

女の子は男の子と一緒に居たかったので直す気は無かった。


 中学校に入って周りの女子に言われて、自分の気持ちに気づいた。

 しかし幼馴染みでいる事が当たり前となっていて、

今更言葉に出して言えなくなった。

 そして一緒に居られる事を享受した。

 この気持ちを知られて、今を壊される事が怖くなった。


 だからハルナは、想いを伏せ寄り添う道を選んだ……


 ゆえにハルナの落花流水は、

ハルナがマサトを想い行動する状況下において、

その想いの強さに応じて両者の能力を向上させると言う形で発揮される。


 言うなればハルナはマサトと言う個人に対する【狂信者】であった。


 今回、ハルナがマサトを想い、

人狼化による他者からの殺害を回避すべく行動した結果、

その能力は最大限に力を発揮される事となる。


 ハルナは、落花流水に伴い高まった集中力と水流操作能力を駆使し、

血清と魔法の二種類の作成という高難易度の離れ業を処理し実現してしまう。


 ハルナは今まで存在しなかった、

血清魔法と言う新たな境地を創造したのであった。

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