022.野営
──遠征初日の朝を迎えた──
宿屋を引き払い、冒険者ギルドでパーティ名の登録を行うと、
防壁の門を抜け街道を歩く。
採取依頼にあった廃村のサスまでは、途中まで街道を使えるので
初日は道なりに進むだけで済む。
また、それなりに商人達が行き交う為か、
その護衛によって街道沿いの魔物が狩られているらしく、
魔物に遭遇する事も無く順調に旅程は進み昼が過ぎた。
マサト達は小柄なダーハの体力に気を使い、小休止を多めに取って、
ベスが事前に作っていた携帯食の干し肉やクッキーで補給を取りながら
歩みを進める。
「まーくん、全然魔物が居ないねぇ」
「そうだな。オレ達が気づいていないだけなのかなぁ」
「ちょくちょく遠目に、こっちの様子を見ている魔物は居たにゃ。
とは言っても、襲う為じゃなくて、駄犬を警戒してって感じだったにゃ」
「ワウッ!」
ガブリエルは遠征に際して、遠目からでも分かりやすいようにと、
サンディのストレージコートの肥やしとなっていた、
派手な黄色いスカーフを首に巻いて、ご機嫌にサソリの尻尾を振っていた。
「そうなのです? 気づかなかったのです」
「子狐とエセ商人は、移動中も周囲警戒の訓練にゃ。
野営の準備までの間で、見逃しが多かった方には夕食でペナルティにゃ」
「は、はいなのです」
「えっ、ちょっと待ってよ。あたしもなの?」
「じゃあ、ヨォーイ、スタートだよ!」
ハルナが面白がって、勝手にスタートの合図を送る。
ダーハは素直に目と耳に集中して訓練に取り組み、
巻き込まれたサンディは、遠征の数少ない楽しみの一つである
平穏な夕食の為に取り組む。
試しにマサトも、ペナルティの無しで、こっそりと参加して、
夕食時に答え合わせを聞こうと周囲を警戒しながら歩いた。
◇◇◇◇◇
「今日は、この辺りで野営にしましょう」
夕暮れまでに余裕のある時間帯だったが、
サンディが事前に模写して用意していた地図と周囲の地形を見て判断を下した。
「もう少し行けば、目印のピション川の支流の河川と
街道に挟まれた平地があるんだけど、あたし達は水の心配が無いから、
森から離れ過ぎず木陰が残っている、この場所で良いと思うわ」
「了解。そのあたりの判断はサンディに完全に任せるよ」
「それじゃあ私は、駄犬と夕食の獲物を狩って来るにゃ」
「ワウッ!」
「マサトは、あたしとテントの設営ね」
「ダーハちゃん、一緒に夕飯の下準備をしようねぇ」
「はいなのです」
結果的に三班に分かれての分担作業となった。
サンディは最初、周囲を見渡していたので何をしているのかを聞いてみたら、
風向きと水捌けの良さそうな地面を調べていたのだと言う。
「強風や大雨に対する一応の用心ね。
テントの向きによっては、風に飛ばされやすくなるわ。
まぁ、滅多に無いんだけど基本だから覚えておきなさい」
マサトはサンディに教えられながらテントを張り、
地面に固定する杭を打ち込んでいく。
その間にハルナは、得意の水魔法で水を出し、鍋で米を研ぎ水に浸していた。
ダーハもまた魔法を器用に使ってテントの風下に、カマドを作っていく。
ちなみにダーハは【砂狐】と呼ばれる種類の一種で、
土属性と火属性の魔法を得意としている。
ダーハは、魔法で周囲の土を少しずつ掻き集めてカマドを形成すると、
近場で集めて来た枯れ葉を着火材にして、『狐火』を使ってカマドに火を起こす。
あとはカマドに枯れ木をくべて行き、火を安定させると、
ハルナに出してもらった水でお湯を沸かし始めた。
マサト達がテントの設営をしていると、
数組みの馬車と護衛、冒険者の集団が通り過ぎた。
彼らは皆こちらからも見える、この先の川辺まで行くと
野営の準備を始めていた。
通り過ぎて行ったある数組みは、こちらの様子を見て茶化すような笑みを向け、
またある数人は親切心からか、この先の川辺での野営を薦めてくれた。
「ご親切にありがとうございます。
しかし森に入っている仲間の事もあるので自分達は、ここで野営をします。
お気遣い感謝します」
こちらが低姿勢で説明すると、親切な人達も理解してくれ、
お互いに手を振り気分良く分かれる。
テントの設営を終え、ダーハが入れてくれた野草茶で
一息を付いているとベスが戻って来る。
ベスは取って来た木の実をハルナに渡すと、
水桶を持たせたダーハを連れて行き、頭部に鹿の角を持つウサギ
【ジャッカロープ】を素早く解体してダーハに肉を渡す。
そんなベスの解体を目の当たりにしたダーハは、
ベスに憧憬の眼差しを向けていた。
(思った以上に良い先生をしているなぁ)
マサトは、ベスとダーハを見て素直にそう感じた。
「今晩の夜間から朝にかけての見張りは私がやるにゃ。
と言う訳で先におやすみにゃ~」
ベスは戻って来るなり、食べる物も食べずにテントに入って、
さっさと寝てしまった。
「お、おう、おやすみ」
「まぁ、一番適任だし安心出来るから問題ないわ。
そうなると最初は、あたしとダーハ。次にマサトとハルナとベスが良いかしら」
「そうだな、索敵能力の高いベスとダーハ。範囲魔法があるハルナとダーハを
振り分けるとなると、その組み合わせが良いかもな」
「早い時間帯の見張りなら二人だけでも十分だしね」
「あ~、ボクはお米を炊いちゃったから出来上がって、
おにぎりを作ってから休むよ」
「それなら、次は早めにオレとダーハが交代して、
オレとサンディで見張りをする。
最後に、朝食の準備込みでベスとハルナそしてオレの三人で見張りかな」
「うん、ボクはそれで良いよ」
「それじゃあ、あとはサンディに任せるな」
「はい、おやすみ」
「おにいちゃん、おやすみなのです」
マサトは、後の事をサンディに任せるとテントに引っ込み横になる。
とは言え、まだ夕刻に差し掛かったばかりの時間帯な為、
すぐには寝付けなかった。
マサトは、離れた位置で寝息を立てているベスに、ある意味感心する。
(早寝が特技のメガネの小学生って何気にスゴイよなぁ)
そんなアニメの事を考えていたら、いつの間にか寝ついていた。
◇◇◇◇◇
「マサト交代よ」
優しく声を掛けられ目が覚める。
薄明かりに照らされたサンディの姿に思わず見入ってしまうも、
その横で眠そうに船を漕いでいるダーハに気づき、頭を切り替える。
「ダーハ、お疲れさま。ゆっくり休んでね」
「はい、おやすみなのです」
ダーハに労いの言葉を掛けてテントを出ると、少し強めの風が出ていた。
サンディが選定した設置場所が良かったのだろう。
森に近い為、自然と防風林の役目を果たしてくれていて、
テントで寝ていた時には、風が出ていた事に全く気づかず熟睡が出来た。
またダーハが作ってくれたカマドも、
風の影響で火を消されるのを防いでくれていた為、
マサトは遅目の夕食に暖かな食事を取る事が出来た。
「マサト、珍しく風が荒ぶりそうだから風除けの結界を張ってくるわ。
ちょっとの間、ケダモノを見張っていてね」
「分かった。ガブリエル、カム!」
「ワウッ!」
マサトはジャッカロープの肉でガブリエルを呼び寄せ、
久しぶりのスキンシップをはかる。
そして改めてガブリエルの顔をまじまじと見て、ふと昔の事を思い出す。
「う~ん、そう言えばオレも最初にテレビでチワワの顔を見た時、
じいさんの家で飼っている柴犬に慣れていたから、
ちょっと抵抗があったんだよなぁ
サンディは、狼系の魔物には抵抗が無いみたいだから、
あれに似た感覚なのかもなぁ」
マサトはガブリエルの顔を覗き込み、頭を撫でながら、そんな事を考えた。
そして物は試しとガブリエルに、
お座り、伏せ、待て、付いて来い、下がれ、
と指示を出してみると、ちゃんと出来ていた。
ついでに放り投げたジャッカロープの骨を取りに行かせたら、
これもちゃんと手元まで持って来てくれた。
「これ、絶対ベスが躾けてるよな。それなのに駄犬呼ばわりか……
オマエもがんばれよ。あっ、骨は食べて良いぞ」
「ワウッ!」
ガブリエルは思いがけないご褒美に、嬉しそうにかぶり付いていた。
風除けの結界を張って戻って来たサンディが、
骨にかぶり付いているガブリエルを見て、顔を引きつらせる。
「サンディ、苦手な物があるのは仕方が無いけど、
少しだけがんばってガブリエルの扱いを覚えないか?」
「無理っ、絶対に無理だからっ!」
マサトは不測の事態を想定して、
サンディに提案してみるも問答無用で却下された。
「これはサンディの為でもあるんだぞ。
それにガブリエルへの指示の仕方を覚えるだけだ。
さっきオレが試してみたけど、おそらくベスが、かなり教え込んでいる」
「指示を覚えるだけで良いの?」
「ああ、ちょっとやって見せるな。
不安だったらオレの後ろに回って隠れて見ていてくれ」
「わ、分かったわ……」
マサトの言葉に従いサンディが背後に身を隠す。
「カム!」(こっちへ来い)
「ワウッ!」
「ヒィッ!」
マサトの声に反応してガブリエルがやって来る。
マサトの背後からは、サンディの怯えた声と共に、
両肩に置かれていたサンディの手で思いっきり掴まれた為、
肩に痛みが走り、ちょっと涙目になる。
ひとまず、この場は我慢してガブリエルを褒めながら順次指示を出していく。
「シット!」(お座り)
「ダウン!」(伏せ)
「ステイ!」(待て)
「バック!」(後退)
「シャシュ!」(静かにしなさい)
「オフ!」(離れなさい)
「よしガブリエル、偉いぞ」
「ワウッ!」
最後にガブリエルの名前を呼んで撫でてやってから開放する。
「こんな感じだな。指示は出来れば目を見てするのが良いんだけど……」
「無理!」
「だよなぁ。あとサンディの場合は、ガブリエルの名前は呼ばなくて良いからな。
名前を呼ぶと、ご褒美にエサをもらえたり、
撫でてもらえると思って近寄って来るかもしれないからな」
「うっ、分かったわ」
「ひとまず、バックだけでも覚えておけば良いんじゃないか?」
「そうね。一番使いやすいかも……」
「あと指示を出してガブリエルが後ろに下がったら、
エサを投げて食べさせてやってくれ」
「分かったわ」
その後、マサトがガブリエルを呼び寄せ、
サンディが後ろに下がらせる指示を出す事にした。
あまり長々と繰り返してもガブリエルの集中力が続かないと思い、
軽く数回試したのだが、すんなりと出来たので、サンディも少し安心していた。
◇◇◇◇◇
「それじゃあ、あたしは休むわ。後はお願いね」
「サンちゃん、おやすみ」
「それじゃあ念の為、風除けの結界って言うのを見て来るにゃ」
「ベスは食事を取ってないだろ? 温めておいたから先に食べておいたらどうだ」
「おにぎりを一つもらって行くにゃ。他は後でゆっくり食べるにゃ」
交代の時間となり、サンディが二人を起こして来ると、
ベスは早々に周囲の様子を確認しに出て行った。
マサトもベスの行動を見て、反対側の様子を見に回る。
テントから20メートル程離れた地点から、風の強さを急激に増していく。
おそらくサンディが施した風除けの結界の境界線が、この地点にあるのだろう。
風の強さは、マサトが交代で見張りに付いた時に比べてかなり強くなっていた。
「サンディの風除けの結界のおかげもあるけど、
防風林が有ると無いとじゃ、かなり違うんだろうなぁ」
マサトは境界線辺りに溜まっている枯れ木を、薪の足しにと拾って戻る。
そして同じく戻って来たベスに様子を聞きながら、
マサトはカマドに枯れ木をくべた。
「風除けの結界って、風を受け流している感じだったにゃ。
あくまで風を防いでいるだけなので、魔物の侵入は可能だけど、
結構強い風が吹いていたから、魔物も自分達の巣に篭って
今は身を守っていると思うにゃ。
下手なちょっかいを出さなければ、今夜は安全だと思うにゃ」
「そうか。まぁ警戒は必要だけど、ある意味この天候で良かったのかもな」
「ここに居ると、全然大した事が無い感じだよねぇ」
ハルナとベスは、味噌を加えた焼きおにぎりを作りながら
先に温め直しておいた味噌汁で暖を取っていた。
真夜中に飯テロは止めて欲しいので、
マサトは素直に自分の分の焼きおにぎりを注文する。
その横では、ダーハが仕込んでおいてくれたジャッカロープの肉が、
串焼きにされて焼かれていた。
「ダーハちゃんの串焼き、おいしいね」
「保存と香り付けを兼ねて、塩と磨り潰した木の実を揉み込んでいるにゃ」
「宿屋で働いてたからか、そういう使い方を自然と身についているのかもな。
そう言えばベス、ダーハとサンディにさせていた
周囲警戒の訓練結果ってどうなったんだ?」
「しまったにゃ。タイミングを逃して忘れてたにゃ。
今から罰ゲーム用の青汁でも作るかにゃ」
「程々にしておいてくれな」
「ちゃんと身体に良い物を用意しておくにゃ」
周囲の木々が風に揺られ、その視覚に訴えられた事象でしか判断が出来ない
強風に囲まれながらも、マサト達の時間は穏やかに過ぎていく。
しかしそれも、一つの切っ掛けを境に変化した。
【カン、カン、カン、カン……】
始めは気のせいかと思っていた音が、
次第にその数を増やし、いつの間にやら大演奏を奏でる。
時刻は深夜の真っ只中。
音自体は決して大きくない為、テント内で就寝中の二人には全く届いていない。
最初にベスとガブリエルが気づき、
その視線を川辺の方へと向け、顔をしかめていた。
「何が始まったにゃ?」
「これって川辺で野営している人達だよな?」
「えぇ~、何か怪しい儀式を始めちゃった?」
「通り過ぎて行った商人や冒険者に、
おかしい所は無かったと思うんだけどなぁ……」
闇夜に浮かび上がっている焚き火の光を頼りに、
川辺の様子を目を凝らし観察していると、何かが宙に舞い上がった。
「「「あっ!」」」
ここでマサト達は事態に気づいた。
「テント、飛んで行っちゃったよぉ」
そう、彼らのテントが強風に煽られて飛んで行ったのである。
「テントを固定する杭を慌てて地面に叩き込んでいた音だったのかにゃ……」
「サンディも、珍しく風が荒ぶりそうって言ってたよなぁ。
普段はこんなに風が吹かないから油断してたんだろうな……」
「まーくん、荷馬車がゴトゴト、川に落ちて行くよぉ」
おそらくあそこには大損害を出して、
顔を真っ青にしている商人が居るのであろう。
鳴り止まない杭叩きの音に哀愁を感じていると……
【ワウッ、ワウッ!】
ガブリエルが川辺に向かって声を上げ、
それに遅れて川辺でいくつかの炎が流れる。
その様子にマサトは異変を察した。
「襲撃を受けている?」
遠目で確認は取れないが、
闇夜に紛れて動いている者に対して魔法で応戦している様子が覗えた。
「この辺りだと【ブラックウルフ】だと思うにゃ。
真夜中の近所迷惑な音に気が立って、家族総出で襲ったみたいにゃ」
「ひどいコンボを見た」
「まーくん、どうしよう。助けに行く?」
「止めとけにゃ。混乱状態の所に行ったら、逆に混乱を増長させるにゃ」
「そうだな。川辺の周囲が『照明』の魔法で、かなり視界が良くなってきている。
ブラックウルフが、今までのように暗闇からの奇襲が出来なくなっているな。
向こうは十分に対処出来ているから、
オレ達は飛び火して流れてくる敵を警戒して自衛に徹しよう」
マサトは周囲を警戒しつつ、川辺で起きている戦闘の推移を見守る。
その後マサト達は、幸いにしてブラックウルフとの戦闘も無く、
無事に朝を迎える事となった。




