020.休息日
──異世界転移を経て9日目の朝を迎えた──
「昨晩はお楽しみ……」
「何もねぇーよ!」
朝っぱらからマサトは、ベスにからかわれていた。
「でも絶対、駄メイドの事を考えたのにゃ」
「えっ、あたしの事を想ってくれてたのかしら」
サンディがベスの言葉を聞いて嬉しそうに近寄って来る。
その姿はなぜか昨晩と同じメイド服姿だった。
「なんでメイド服着ているんだよ」
「その~、あたしってずっと男物の服ばかり着ていたから
こういう女性らしい服って新鮮で……
それに今日は休息日だから別に何を着ていても困らないでしょ?」
「この部屋から出ないなら許可」
「そ、そんなぁ……」
「まーくん、サンちゃんに、もっと普通の服を買おうよぉ」
「それが一番の解決策だよな。
とにかくサンディ、その服装での外出は禁止だからな」
「分かったわ」
「それじゃあ、オレは素振り稽古をして来る」
そう言い残してマサトは、いつも通りに部屋を出た。
◇◇◇◇◇
「おにいちゃん、おはようです」
「ああ、おはよう」
中庭にある井戸へ向かう途中でダーハに声を掛けられた。
ダーハは、いつも通りの仕事着を身につけマサトの下にやって来る。
「その……昨日の夜は迷惑を掛けてしまって、ごめんなさいです」
「いや、気にしなくて良いよ。良い友達ばかりでよかったね」
「はいなのです」
昨晩、ダーハがパーティに入りたいと言って来たので、
宿屋の女主人レジーナに、ダーハをパーティに迎え入れる為の
身請け話をしに行ったら、あらぬ趣味を疑われ、
ダーハの仲間の子狐達にも取り囲まれた。
ダーハが必死に誤解を解いてくれ、また女主人が持つ独自の情報源からの
裏取りが成された事で、マサトの身の潔白が証明される。
その後は、レジーナにダーハの事を任されたが、さすがに話が急だった為、
ダーハは今日一日は、仕事に入るように頼まれていた。
ちなみにダーハはアイアンランクの冒険者として登録されていた。
これはレジーナが、子狐達に狩猟と採取の教育を施し、
冒険者ギルドに常時依頼の達成報告をさせていたからである。
それはレジーナの子狐達の将来を見据えた配慮の現われであった。
マサトはダーハを見送ると、日課の鍛錬に入る。
宝刀・蒟蒻切の抜刀と納刀を繰り返す。
刀の扱いに慣れない為、どうしてもぎこちなくなる。
「確か刀を抜くというより、
鞘を引くって感じだって聞いた事があったような……」
マサトは、おぼろげな記憶を頼りに試行錯誤する。
「オレもいつか居合い斬りとか
格好良く出来るようになってみたいよなぁ……」
そんな事を夢想しながら格好を付け、居合い斬りのマネ事をする。
【ガシャーンッ!】
「えっ?」
マサトは急な物音に驚く。
その音は、マサトの目の前にあった植木鉢が壊れた際に発せられた音であった。
しかしながら、マサトと植木鉢との間には10メートル程の距離が離れている。
マサトが刀を誤って当てて壊した訳でないが、
あまりにもタイミング良く壊れた為、どうにも居心地の悪い感覚に襲われる。
「風か何かで落ちたのか?」
マサトは、後片付けをする為に植木鉢近付いた。
すると壊れた植木鉢の背後の壁に削れたような跡が残っている事に気づいた。
その削れた跡は、マサトが振るった一振りの軌跡と重なっていた。
「まさか、刀が当たっていた?
いやオレの手に何かが当たった感覚は無かったぞ……」
マサトは思案し、そしてバカな考えに至る。
マサトは近くにあった木の枝にタオルを掛け、
そして距離をとってからタオルを目掛けて、先程と同様に居合い斬りを放つ。
【パスンッ!】
タオルが大きく揺れ、枝から落下した。
「うおーっ!」
マサトは狂喜乱舞した。
「何かスゴイ事が起きた! これは要検証だな」
それからマサトは、朝食の時間も忘れ試行錯誤した。
その結果分かった事が以下となる。
意識を集中して振うと、遠距離に届く攻撃が放てる。
その射程距離は、約10メートル。
居合い斬りに限定された攻撃では無い。
視認出来ない為、斬撃の正体は不明。
物体を斬る事は出来無い。
まとめると、遠距離に届く不可視かつ質量のある斬撃を10メートル飛ばせる、
と言うのが正しい表現になるのかもしれない。
「うん、下手に鋭い斬撃が放たれるより良いかな。
見えない以上、フレンドリーファイアが怖いし……」
大ウソである。
「チクショー、期待しちまったよ!
運命の女神様、オレを撲殺侍にしたいのかよ!」
とりあえず不便なので、刃の道跡として【刃路軌】と命名する。
そして落ち着きを取り戻したマサトは、腹が減ったので遅めの朝食を取りに
食堂へと向かうも、そこにはすでにハルナ達の姿は無かった。
おそらくサンディの服を買いに行ったのだろう。
加えて食堂は、すでに粗方後片付けが済んでおり、
さすがに今から注文するのは、働いている子狐達に申し訳ないと思ったマサトは、
外で食べ歩きするのに良い機会だと思い至り、宿屋を出る事にした。
「そう言えば、一人で出歩くのって始めてか」
用事で一人になる事はあっても、
ほとんどがパーティで行動していたのだと思い返す。
マサトは久しぶりの自由時間なのだと改めて実感するのであった。
◇◇◇◇◇
「蒟蒻切がある以上、使い方が違うロングソードはもう必要ないから、
それに変わる予備武器が欲しいんだよなぁ」
マサトは、食い道楽と洒落込みながら、刀に似た武器は無いかと物色していた。
「日本刀はさすがに無いだろうから、
西洋刀の類が何かあれば良いんだけど……」
露店商を見て周り、掘り出し物を探す。
数件の武器屋を回り変り種の武器に思わず目が奪われる。
なかなか思う武器と巡り合えず昼が過ぎ、
冒険者ギルドの近くを通りがかったので、マサトはフラッと立ち寄る事にした。
──冒険者ギルド──
マサトは貼り出されている依頼表を眺めながら、
聞こえてくる噂話に耳を傾ける。
街道に現れる盗賊団。
魔物の襲撃を受けた寒村。
病気の娘の特効薬を求める商人。
ハチミツを要求してくる新米冒険者。
潜入調査と破壊工作を得意とする傭兵。
ゴブリンを専門に討伐依頼をこなす戦士。
不可能と思われる依頼をこなす謎の狙撃手。
蘇生魔法と称して死体に電撃魔法を浴びせる魔道士。
いろいろと思う所がある噂話が飛び交っていた。
「う~ん、さすがに対人戦はやりたく無いんだよなぁ。
そうなると必然的に、盗賊の討伐依頼は除外。
魔物の襲撃を受けた村の周辺調査依頼は、実質魔物の討伐込みだよなぁ……
そのくせ討伐依頼になっていない。依頼主の村も必死なんだろうけど、
不誠実さが見え隠れしていんだよなぁ。
ダーハを加入させて間もない現状では、
パーティの安全性を考えると、とても受けられる依頼じゃない。
そうなると、実際に受けられそうな依頼は、特効薬になる素材の採取依頼か。
オレ以外が独自の探索手段を持っているから、採取場所は特定しやすい。
後は周辺の魔物の生息状況次第で依頼を受けるかを相談だな」
マサトは、一通りチェックを入れると、
最近お気に入りの果実水を一杯飲み、冒険者ギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
「まーくん、見ぃーつけたぁ!」
冒険者ギルドを出てしばらく歩くと、不意に背後から声を掛けられる。
振り向いた先からはハルナが駆け寄って来た。
「おう、そっちは済んだのか?」
「そうだよぉ。サンちゃん、お披露目だよ」
白と新緑色を基調にしたチュニックを着た女性が、
少し心もとなさげに歩いて来た。
「マサト、どうかしら……」
「えっ、サンディか?」
【赤髪】の女性が不安そうにマサトに訊ねて来た。
「うん、似合ってると思うけど……髪を染めたのか?」
「違うわよ。この髪留めの効果で、身に着けている間は、
髪の色が変化して見えているのよ」
赤髪のサンディは、髪をハーフアップにまとめている【バレッタ】を指差す。
「サンちゃんが、露店で見つけたんだよぉ」
「露店で? 結構なマジックアイテムのように思えるんだけど……」
「コレは、あたしの【観察】で見つけた物よ」
(ああ、【中古鑑定】で見つけた物か)
マサトはソレが、サンディにしか視れない【中古能力】で見つけて、
安く手に入れた物なのだと理解した。
「それで、その効果が髪染めって事なのか?」
「赤髪限定のね。でも、それで十分なのよ。人の認識の大半は髪と瞳の色だから」
「まぁ確かに最初、サンディだって気づかなかったもんな」
「これでサンちゃんも一緒に出歩けるね」
「でも、落ち着かないのよね。
いつもならすぐに武器が取り出せるけど、この格好だと携帯もしづらくて……」
「サンディはマジックバックを持って無いんだったな。
ストレージコートの思わぬ落とし穴だな」
「サンちゃんって、風属性の魔法が使えるんだよね? それじゃダメなの?」
「そう言えば、魔法を使っている所を見た事が無いな」
「いいえ、使っているわよ。ただ、あたしの魔法運用は、
矢弾を射る為の補助が主なのよ。
ターゲットへの接近時に、周囲の音を遮断して察知され難くしたり、
矢弾を風に乗せて飛距離を伸ばしたりね。
直接的な攻撃性の魔法は、ちょっと……ね」
「そうだったのか。まぁ、何かトラブルがあっても逃げる事くらいは出来るだろ?
その時はどこかに隠れて、さっさとサントスになってやり過ごすんだな」
「そうね、そうするわ」
「それじゃあ、まーくん、一緒に見て回ろう」
その後マサトは二人の買い物に引きずり回された。
そう言えばと、今更ながらにベスの事を聞いてみると、
赤髪のサンディに似合う衣類を選んでいたら、
途中で飽きたと言って別行動をしだしたらしい。
マサトはストレージコートの代わりとして、二人の荷物持ちをさせられながら、
ネコらしい気まぐれが許されているベスを羨ましく思う。
気の済むまで休日を謳歌したサンディが、宿屋に戻る前に少し席を外し、
サントスとなって戻って来ると、荷物の大半を収納してくれた。
その際に赤髪のサンディを尾行しているような動きを見せた者が数名いたが、
サントスは上手く彼らを撒いて戻って来た。
「(まぁ、これくらいの追い駆けっこは、何度も経験しているから……ね)」
サンディは、うんざりしながら呟いた。
マサトはハーフエルフであるサンディは、やはり人目に付き、
何かと巻き込まれ体質なのだと認識した。
だからこそサンディは、マサト達のパーティに加わりたいと
求めて来ていたのだと……
(昨日のオレは感情的になりすぎていたなぁ。
サンディの事もちゃんと考えてやらないとな……)
マサトは、パーティからの除名を告げた時の
サンディの恐慌状態を思い出して反省する。
「さて、宿屋に戻るか」
マサトはそう切り出すと、手荷物としてそれなりに残してある荷物を持ち
宿屋への帰路についた。
──宿屋フォックスバット──
「反省会にゃ」
マサト達が部屋に戻り、しばらく経ってからベスも戻って来た。
そして間髪入れずに、ベスからのダメ出しが突き付けられた。
「オマエ達、あれだけ尾行されてて、何のん気に買い物してるにゃ。
せめて察知するにゃ。可能ならさっさと撒くにゃ」
そう言ったベスの手には、不届き者の捕縛に対する報奨金が握られていた。
つまりベスは、あまりにも鬱陶しく付いて来る不審者に嫌気が差し、
サンディ達と別れた後、十数人の不審者を無力化して
衛兵に突き出していたのであった。
その際に「知り合いのエルフの護衛中に付け回された」
と衛兵に理由を説明して調べてもらった所、
いろいろと怪しい経歴の持ち主達だったらしく報奨金が出たと言う。
それを聞いたサンディの血の気は引き、身を縮めた。
マサト達も自分達の平和ボケした認識を改めた。
「あたし、報奨金が出るような相手に付け回されていたの……」
「あまりにも面倒だったので小者は放置したにゃ。
あと最近は街道に盗賊も出るって噂もあったにゃ」
「それはギルドでも聞いたな」
「髪の色を変えて身元がバレなくても、
そのまま連れ去られたら意味が無いのにゃ。
オマエは自分の身が守れるだけの索敵能力を身に付けるにゃ」
「サンちゃん、しばらくは一人歩き禁止だね」
「それとオレ達とばかり一緒に居ると、そこから身元がバレる恐れもあるな」
「あとは髪型を変えて耳を隠すにゃ。
エルフと見られなければ多少はマシになるんじゃないのかにゃ」
「え~っ、サンちゃんの耳を隠すなんて勿体無いよぉ」
「耳に髪が掛かると、落ち着かないんだけど……」
「オマエら、本当にバカかにゃ……」
「これはさすがにベスに同意だな」
そんなバカ話がダラダラと続き、その夜は更けて行った。