002.狩猟都市フェレース
──異世界転移初日──
異世界転移を経た後、無事に幼馴染みの少女ハルナと合流を果たしたマサトが、
真っ先にした事は……
「まーくん、異世界だよ。ファンタジーだよ!
ボク、魔法を使ってみたい!
そんでもって、エルフにケモ耳にドラゴンの子供とお友達になりたーい!」
「落ち着け、まずは現状把握な」
ハイテンションな幼馴染みを宥める事だった。
運命の女神が言っていたように、首に掛けているプレートに触れて得た、
この世界の基礎知識の中に、この世界や運命の女神の名前は無かった。
言われてみればその通りだと思う。
世界の名前なんて、元の世界の名前だってオレは知らない。
比較対象と観測者が居ないのなら名前をつけて識別しようなんて
一般人が思う訳がない。
運命の女神の名前が無いのも、
どこぞの唯一神の名前を口に出すのは恐れ多いと言うのと同様に、
新たに名前を付けようとした不届き者が居なかった為だ。
ちなみに、今居るこの場所の名は【狩猟都市フェレース】
世界の基礎知識の中に、その名前は無い。
それくらいは自分達で調べなさいと言う事らしい。
森林地帯の真っ只中に開拓された歴史の浅い小都市。
かろうじて都市の仲間入りを果たした規模だ。
しかしながら、狩猟都市を自称するだけあって、
住民達の活気は満ち溢れている。
彼らは森林地帯を開拓し、周囲の魔物を狩る。
そこで得た魔獣の皮や骨は加工品の素材に。肉は食材に。
魔物から得られる魔石は、高品質の物は魔道具等の素材に。
低品質の物は生活魔法の触媒に。その中間品である一般品質の物は、
多岐に渡り加工や触媒などに使用される。
小都市フェレースは、生活基盤と防壁、狩猟品の加工施設の整備に加え、
冒険者達の護衛により、主要都市間での安全が確保されている。
安全圏が確保された事により、独立を志した職人達が訪れ定住し、
加工業が盛んになる。
交通の安全性が向上した事により、商人達の往来量が増し流通が盛んになる。
狩場と消費地が近い事により、大量の荷物を持ち運ぶ手段に乏しい
新人冒険者であっても、収入の期待値が高まり冒険者達の活動が盛んになる。
周囲の魔物が狩られる事で安全圏が広がり、都市開発が促進される。
小都市フェレースに集う人々は、現在の好循環の恩恵を享受し同時に、
この都市を築いている者の一員だという自負を持っている。
住民達は、この大開拓時代を陽気に逞しく生きていた。
と言う訳で、オレ達は先程からチラチラと名前が挙がっている
冒険者の御用達施設、【冒険者ギルド】にやって来ていた。
「魔法~、魔法~」と、執拗に言って来るハルナに根負けして、
情報収集を兼ねて冒険者ギルドに併設されている食堂で食事を取っている。
ちなみに話相手は、ハルナが捕まえて来た、
仕事終わりで帰宅しようとしていたギルドの受付嬢のアンナさん。
(なんてハタ迷惑な……)
マサトはアンナに同情してしまう。
マサト達は、お金は所持していなかったが、
運命の女神様からの初期特典らしき魔石が、それなりにあったので、
換金してもらい当面の資金にした。
そして内心でどう思われているかわからないが、
親身になって教えてくれたアンナさんには、
ちゃんと食事をおごって感謝の意を表した。
ちなみにお金の単位は【G】でした。
そんなこんながあって冒険者ギルドへの登録と、
ハルナが、アンナさん直伝の生活魔法三点セット、
着火、 送風、 流水を覚えた。
入門魔法の説明も受けたがオレには理解が出来なかった。
説明の途中で頭の中にモヤが掛かったような感覚になる。
どうやら魔法適正が無いとこうなるらしい。
逆にハルナは、あっさりと理解し、いくつかの魔法を覚えたようだ。
「まーくん、魔法の試し撃ちに行こう!」
「じゃあ、ギルドの練習場に行くか」
「まーくん、違うよぉ。モンスター退治に行こう!」
「いやいや、ちょっと待て。とにかく、ちゃんと魔法が使えるか試してからだ」
「まーくん、心配しすぎだよぉ。ちゃんとイメージも出来てるから大丈夫だよ」
「イメージ? 魔法ってそういうものなのか?」
「そうだよぉ。生活魔法だって同じだよぉ。
着火(チャッカマン)、送風(卓上ミニ扇風機)、流水(ダムの排水)だよ」
「えっ? あ、うん。言われてみればオレも似たようなイメージでやってたかな」
「そんでもって攻撃魔法は、
ファイア、バーギィ、ウォーター、サンダー、ストーン、ブリザード」
「うんん? 今なにか混じらなかったか?」
「回復・補助魔法は、
ヒール、キュア、ライト、ブライン、バインド、フォグ、マージ」
「フォグ(濃霧)にマージ(合流)?」
「フォグは、ブライン(目隠)と似た使い方になるかな。
マージは、自分の近くに引き寄せて合流する魔法だよ」
「どちらも状況によっては使えそうだな。
それにしても、マージってかなり高度な魔法のように思えるんだけど……
とにかく気になる所もあるし練習場で使って見せてくれよ」
オレが頼み込んだ事で、ハルナに練習場で実演してもらえる事となった。
練習場は冒険者ランクの昇格試験にも使われる為、広さには余裕がある。
冒険者の鍛錬の場として解放されているが、使用者は皆無。
今もオレ達しか居ない。
皆ハルナと同じで、さっさと狩場に出て行ってしまうようだ。
「じゃあ、杖を出すね」
ハルナは、胸の辺りに手を当てると、ハルナの目の前に木製の杖が出現した。
正確には、ハルナは自分のプレートに触れてる事で、宝玉のカケラに内包された
自分の因子を武器という形で具現化し【宝具】として取り出した事になる。
ハルナの宝具は【宝杖】だ。
宝杖の上部には、透明な宝玉が付いており、
その中央には、紅く輝く小さな光、紅輝がある。
この紅輝が、現状の因子の成長度を表している。
オレ達が持つ因子が成長するにしたがって、紅輝も大きくなり、
それに伴い武器も成長する。そして宝玉が紅輝で満ちた後、奉納する事で、
オレ達は運命の女神に願いを1つ叶えてもらえる。
ハルナは宝杖を掲げ、順番に魔法を試していった。
ハルナが持つ魔法のイメージと宝杖の組み合わせから、オレの予想が当たる。
結果から言って、ハルナは優秀な魔法の使い手だった。
ハルナの生活魔法三点セットのイメージ、
着火(チャッカマン)、送風(卓上ミニ扇風機)、流水(ダムの排水)からの
予想通り、ハルナの魔法適正は水属性だった。
火属性魔法のファイアの威力は人並み、風属性魔法のバーギィは、
そもそも発動さえしなかった。
まぁ、それはそうだろう。
他の魔法と見比べて、どう見ても系統が違ったしバグっている。
水属性の魔法適正に関しては、ハルナが言うには、
「あ~、そう言えば【固有能力】に『流水』って漢字が付いてたよ」との事。
「お互いの固有能力を教えあっておくか?」
オレは良い機会だからと聞いてみた。
「まーくん、プライバシーの侵害だよ!
他の人にも軽々しく言ったり聞いたりしちゃダメだと思うなぁ。
お姉さんとのヤクソクだよ!」
なぜか顔を赤らめたハルナにオレは怒られた。
(いやお姉さんって……ちょっと生まれたのが早かっただけの差だろ?
言った後で恥ずかしがるなら言わなければ良いのに……
それとも何か恥ずかしい漢字や意味の能力名だったりするのだろうか?)
オレはそう思いつつも、表面上は素直に受け止め聞き流す事にした。
話は戻って、風属性の魔法適正に関しては、
ハルナは思い込みで使えると信じて疑わなかったらしく本気で落ち込んでいたが、
これに関しては、さすがにオレは厳重注意をした。
実戦で未確認の魔法を当てにして不発に終わった場合、本当に死に兼ねない。
今のオレの戦闘力は非常に低い。魔法が使えないのでハルナより弱い。
何かトラブルが起きてもハルナを助けてやれないだろうと
自覚しているからこそ、オレは慎重になっていた。
その理由の最たるものがオレの【宝具】だ。
オレの宝具は、便宜上【宝刀】に分類される。
宝刀の持ち手である柄の先端、柄頭と呼ばれる位置に、
宝玉が在る事を除けば、ハルナの持つ宝杖と全く同じである。
いや、宝杖には魔法に対する補助能力がある事を考えれは、宝杖以下の代物だ。
オレの宝刀は、宝杖と同じ素材。木製だ。
つまり宝刀と言うカテゴリー内に位置する【木刀】なのだ。
(運命の女神様……あなたはどうしてこんなに撲殺を推奨しているのですか?
オレが持つ固有能力は、戦闘向きと思える物でした。でもですね。
コレはひどくないですか? 実質ひのきの棒ですよね?)
オレは出来れば、生産系か、行商人系の固有能力が欲しかったなと思いながら、
ハルナと一緒に練習場を後にした。
陽は傾き始めているが、近くの狩場の様子を見に行く位なら出来そうだった。
しかしオレは、先ずは足場固めからすべきだろうと思い、
今日と明日は街中の探索と必要な物の調達に当てたいと考えていた。
「なぁハルナ。ひとまず宿を探さないか?
受付嬢のアンナさんに、オススメの宿を教えてもらったけど、
部屋が埋まってたりしたら大変だろ?
その後は、のんびりと街中を見て回らないか?」
マサトは、魔物退治に出かけたがっていたハルナが、
素直に話を聞いてくれるか心配だったので、それらしい理由を添えて反応を見る。
「えっ! ま、まーくん……」
ハルナは一瞬、思考停止状態で固まっていた。
数秒の後、再起動と同時に両手で自分の身を守るように身構え、
次第に朱を帯びていく顔をマサトに向けて怒り出した。
「まーくん! ボクはこんな真つ昼間から
女の子をホテルに連れ込むような子に育てた覚えは無いよ!
しかもデートとホテルと順番が逆だよ!
そういう所をちゃんと守ってもらえないとボクだって困るよ!」
何やら理不尽な怒りをぶつけられた。
マサトのTRPG的な発想と、ハルナの純国産初のRPG的な発想が、衝突した。
(オレは絶対悪くない。『有事』が全て悪い!)
マサトは、古き良き有事のシナリオに、全ての責任を押し付ける事にし、
ハルナの誤解を必死に解く事に努めた。