019.新生
──冒険者ギルド──
執務室内に二つの人影があった。
部屋の主であるギルド長ヒュージィと冒険者シャロン。
彼等はシャロンが持ち帰った記録水晶から映し出された
商業ギルドでの一幕の一部始終を見ていた。
見終わったヒュージィが重い口を開く。
「事の発端が、どのような物だったか計りかねないが、
なかなか面白い結果が見れたな」
「そうですね。私も最初、何が起きたのか分かりませんでしたが、
こうして見直すと、確かに見る者が見れば、
商業ギルド長デリックの浅慮による商談の不成立。
続いて商品管理能力の欠如と粗が見えてきますね」
「それをアイアンランクの冒険者が見抜いた、いや誘導したという事か」
「彼、マサトの実力は、アイアンランク相当で間違いは無いでしょう。
ただ、このような搦め手を用いる事の出来る貴重な者と見るべきでしょうね。
冒険者は基本的に力に頼った戦い方に重きを置く傾向が強いですから」
「そうだな。何より最後の提案が面白い。
商業ギルドと冒険者ギルドの共同による
大規模な革細工職人の品評会の開催か」
「ええ、冒険者ベスの友人、革細工師【レスファー】の後継者の選定会です。
失われた技術なら再現すれば良いと言う、発想だそうです」
「確かにな。今回のような、希少ゆえの高騰と争いを回避すると言う事か。
技術の一端を広く公開して職人達の実力の底上げしてしまえば
問題が解消され、都市も発展する。
両ギルドも素材と商品による利益を得られる訳だな」
「マサトが言うには見本とされる、なめし革の域に達するまでは、
数年は掛かるだろうと。
ゆえに毎年開催する祭事にしてはどうだろうかと言っていました。
こうして定期的に都市に人を呼ぶ呼び水とし、
上位者の褒賞品として都市に店を持つ権利を与える。
与えるのは権利ですので、そこに出費はありません。
必要なら商業ギルドに融資をしてもらうように働きかけ、
職人の裁量で店を持ってもらえば良いそうです。
こうして外部の優秀な職人を集める事で、目標の品質に達するまでの
期間短縮が見込めるだろうとも言っていましたね。
一度、技術が復活すれば後は職人達が勝手に学んでいき、
都市の最高の特産品になるだろうとも言っていました。
まぁ最後は、最終的な調整は両ギルドの方が慣れているだろうからと
こちらに諸々を放り投げて締めくくっていましたか……」
「商業ギルドの方は、この提案をどう受け止めていたんだ」
「レスファーが残した希少な、なめし革を自らの失態で失ったのです。
この提案に乗らずに永久に失う愚行を行い、その事が知られれば、
商人としてどころか本当に命を狙われかねません。
マサトが最後の最後で残してくれたレスファーのなめし革の端切れを提供し、
レスファーの後継者選定会の開催に、全面的な協力を約束してくれています」
こうしてマサトは、ベスの願いを叶える為の種を撒いて商業ギルドを去った。
後に狩猟都市フェレースの主力産業となる革細工業と、
最大の祭典となるレスファー際の芽が、これより育ち始める事となる。
実在しない革細工師レスファー。その名は長い時を経て二代目へと継承される。
名付け親はマサトであった。
ベスのラビットファーの略、ベスファー。
その頭文字をベスのBの一部が欠けた状態Rとして、レスファーと名付けた。
それはマサトにとってレスファーとは、ベスには至らない、
あくまでベスの一部としての認識であったからだった。
◇◇◇◇◇
商業ギルドを出たマサトにサントスは訊ねた。
「マサト、もし三度目の質問にデリックが【正しい価値】を示せていたなら、
どうなっていたのでしょうか?」
マサトは、なんの事は無いと答えた。
「そうなっなら、ラビットファーを渡して、同様に革職人の品評会を提案する。
価値が分かる相手なら、オレの話を聞いてくれる可能性が高い。
つまりオレは、あの商談が成立、不成立に関わらず、
目的を達成出来る算段があった。失敗しても損失は無い。
記録映像を取っておいたのは、途中で説明したように、
オレ達の身の安全を確保する手段の一つにする為だ。
効果が無さそうなら、この都市から逃げれば良いだけなんだけどな。
喧嘩ってのは、勝つ為にするんじゃない。
勝敗関係なく、目的を達成する為にするんだよ」
サントスはマサトの恐ろしさを思い知る事となる。
それはサントスの考えが及ばない域の話だった。
そして、この者を相手にした時点で、
自分の敗北が決定してしまうのだと……
「こうなると、まーくん、容赦ないよぉ」
ハルナが言った言葉の意味がサントスの中に染み込んで来る。
ゆえにサントスは、マサトを恐怖と畏敬の対象として見ていた。
「あっ、それとサントスは、パーティから除名な」
「えっ?」
サントスは顔を真っ青にし、立ち尽くした。
──宿屋フォックスバット──
「見捨でないでぐだざい」(ダバァー)
部屋に戻るとサンディがマサトに大泣きしながら懇願して来た。
「あ~、まーくん。サンちゃん、泣かしちゃったぁ」
「一体何があったにゃ?」
部屋に戻るなり、泣きじゃくり懇願してくるサンディの様子に、
ハルナは面白がり、ベスは困惑していた。
「う~ん、ちょっと反省してもらっただけだよ」
「冗談だって言っでぐだざい」(ヒッグッ)
「でも【新しい四人目】が入ったからなぁ」
「あのあの、サントスさんって女の方だったのです?」
部屋の中には、目を丸くしたダーハが居た。
「ハッキリ言うぞ、サンディ。
オマエはガブリエル戦の時、仲間に見捨てられて逃げていた所をオレ達が助けた。
だが今日オマエは、冒険者じゃ無く、商人だった。
オマエは冒険者の仲間を見捨てたんだ。同じ事をしたんだよ。
だから『商人サントス』を殺しに行かせてもらった。
あそこで仲間を守れないなら、パーティからは遠慮してもらいたい」
「ご、ごめんなざい……」(グズッ)
「逆にダーハは、オレを信頼してくれた。
ハッキリ言って、今日のオレは怖がられて嫌われてもおかしくなかったと思う。
それでも見習いで良いからパーティに入れて欲しいと言われて、オレは応えた。
サントスの方が冒険者としての経験もランクも上だけど、
信頼って言うのならダーハの方が信頼出来る」
「うっ、言い返ぜない」(エッグッ)
「だからサンディ、【五人目】としてなら、もう一度チャンスをやる」
「えっ?」
サンディは、マサトの言葉の意味が良く理解出来ないでいた。
「サンディが一番の新参者としての扱いだ。これはケジメだ。守ってもらう。
それに不服があるなら、話はもうお終いだ」
それがマサトが示せるケジメの付け方だった。
マサト達のパーティ内に序列なんてものは存在しない。
マサト自身があらゆる面で未熟だと理解しているからだ。
だからベスにもサントスにも意見を聞く。
ただ、だからと言って今回の事でサンディに、
過剰なペナルティは与えれないが、与えないと示しが付かない。
だから実質、意味の無いものであったとしても、
与えたと言う体裁だけは取る必要があった。
「あ、ありがどう」(ヒッグッ)
「まーくん、やっぱり、優しいよねぇ」
「じゃあ、ちゃんと駄犬の世話をしてもらうにゃ」
「ぎゃあーっ! ぞれだげは止めでぇーっ!」(血涙)
「ベス、追加制裁は無しで頼む」
「分かったにゃ。オマエがリーダーにゃ」
「この子、カワイイのに怖いのです?」
「ワウッ!」
こうして新たにダーハを加えたパーティに、いつもの雰囲気が戻っていった。
◇◇◇◇◇
「それでは、ダーハちゃん。さっき教えた通り、皆の事を呼んでみよう」
ベスが作った料理をダーハが皆の前に配り終えると、
ハルナがいきなりそう言い出した。
「は、はいなのです」
ダーハが恥ずかしそうに皆の顔を見て順番に呼んでいく。
「ガブちゃん、サンちゃん、ベスにゃん、おねえちゃん……」
(おい、ちょっと待て!)
ハルナは素直なダーハに、おねえちゃんと呼ばれ大満足している。
「お、おにいちゃん」
(ぐふぉっ!)
恥ずかしがりながら上目遣いで呼ばれたそのワードは、
予想を遥かに上回る威力でマサトの心をぶち抜いた。
「ハルナ、悪ふざけがすぎるぞ。ダーハが恥ずかしがっているじゃないか!」
(ハルナ、嬉し恥ずかしすぎて耐えられない。ダーハを直視出来ない!)
マサトは新たな力、紳士力を覚醒させた。
「え~、これが良いんだよぉ」
「エセ商人の事を秘密にするのなら、この呼び方の方が誤爆が無いのにゃ。
そう言う意味では、良い言い回しなのにゃ」
「おにいちゃんは嫌なのです?」
「そ、そんな事はないよ……」
(嬉し恥ずかしいんだよ……)
紳士力が増大していく。
「ご主人様、こちらをどうぞ」
「サンディ、なんの悪ふざけだ?」
なぜかクラシック風のメイド姿になっているサンディが、
長方形の箱をマサトに差し出してきた。
「そ、そんなぁ……ハルナお嬢様に、
ご主人様に御仕えするなら、こうしなさいって教えられたの。
お願いだから見捨てないでぇ!」
サンディは涙目で懇願してくる。
「サンちゃん、すっごく似合ってるよぉ」
「ちなみに衣装は、私が提供したにゃ」
「とにかくサンディ、分かったからそんな目で見るな。
オレも、いろいろとつらい……」
(オマエ、似合い過ぎてるんだよ!そんな目で見るな。
ドキドキするんだよ……)
紳士力の増大が止まらない。
「二人共あんまり悪ふざけするな。それとサンディも頼むから口調を戻してくれ」
「わ、分かったわ……」
「それで、この箱はなんだ?」
「それはベスに、あたしからマサトに渡しなさいって言われたの。
昨日言っていた『作ってみたい物』だそうよ。
マサトに謝りたいなら、これをプレゼントすれば良いって言ってくれたの」
「ベス、そうなのか?」
「フッ、私の手に掛かれば片手間で創れたのにゃ。
ちゃんと教えた通りに言って渡すにゃ」
そう言うとベスは、サンディに言葉を促す。
「そ、その~、マサト。、いろいろと困らせてしまったようで、ごめんなさい。
これからは、ちゃんと気をつけるから……
【コレをあたしだと思って使って下さい】」
「ああ、気持ちは分かった。ありがとう」
マサトは、サンディから手渡された箱を受け取る。
それを見てサンディは、胸を撫で下ろしてホッしていた。
「サンちゃん、まーくんに何をプレゼントしたの?」
「えっと、ベスからは中身が何かは教えられていないわ」
「見てのお楽しみって訳か?」
「そうにゃ。お楽しみにゃ。一人で見る事を推奨するにゃ」
「なんだろう、ベスのこの含みのある笑いは……」
そして皆、ベスが作った料理を食べながら、和やかに会話は進んでいった。
そんな幕間に、マサトは箱の中身が気になりソッとフタ開けて覗き見る。
【サッ!】
マサトは、すぐに箱のフタを閉じベスに視線を向ける。
その視線に気づいたベスは、イタズラっぽく微笑んでいた。
「マサト、器が空いているわね。取ってあげるわ」
メイド姿のサンディがマサトを気遣い、料理を取り分けてくれた。
その時、前屈みとなり強調されたサンディの胸が
マサトの視界に飛び込んで来る。
と同時にサンディからもたらされる陽の光を感じさせる匂いが、
マサトの鼻腔をくすぐった。
紳士力が再び増大する。
「はいマサト、どうぞ」
眩しい笑顔が向けられ、その言葉が発せられた唇に、自然と視線が向かった。
【コレをあたしだと思って使って下さい】
サンディの言葉が脳裏に蘇る。
(ぐふぉっ!)
マサトに【ベスからの精神攻撃】が突き刺さった!
「ちょ、ちょっと、席を離れるな」(ドキドキ)
「まーくん、りょ~かい」(にこにこ)
「おいしいのです」(ハグハグ)
「マサト、あたし何か気分を害しちゃった?」(おろおろ)
「気にしすぎにゃ。いてら~」(ニヤニヤ)
ベスは、イタズラっぽく微笑んでいた。
◇◇◇◇◇
部屋を出たマサトは、箱の中身を再確認する。
それは、以前の赤紫色より色彩が薄くなった【チクワ型のコンニャク】だった。
(【なんて物を創りやがるんだっ!】)
マサトは、声にならない絶叫を叫ぶ。
それはパンドラの箱であった。
その夜マサトは、、いろいろな考えが頭をよぎり、
悶々とした状態で一夜を過ごした。