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018.それぞれの戦場

「皆さんが納得いかない様なので、【商談に入ります】

アナタ方に与えていたヒントの一つを開示(かいじ)します。ハルナ、アレを」


「は~い、まーくん、どうぞ」


ハルナが肩掛けカバンから、ソレを取り出した。


【【【【ええーーーっ!】】】】


 皆の目の前に再三のラビットファーが現れる。


 それはマサト達三人が最初の狩りに出た時にベスが作った

三枚のなめし革の最後一枚。


「皆さん、オレは常に説明しています。ちゃんと【理解】して下さい。

現物は一つでは無いと説明しました。そして追加情報です。

【コレがオレとハルナが持っている最後の一つです】

オレは常に正しい情報を開示しています。

皆さんはちゃんと【理解】していますか?」


 皆がマサトの言葉に引き寄せられる。

 誰もがもう一言一句聞き逃すまいとしていた。


 ◇◇◇◇◇


 マサトは常に正しい情報しか発言していなかった。

 ベスが作った嘘の情報に触れずに、

言い回しを変え、都合の悪い所は意図的に()せる。


 マサトは、友人(ベス)とは言っても、亡くなったとは言わない。


 友人は、この世界に存在していました。

(今もベスは存在していますが)今は(商業ギルドにベスは)居ません。

 とマサトは言う。


 マサトは一切(うそ)をつかない。


デリックとサントスは、半端に前回の知識があるだけに、

こういった差異に気づけないでいた。


 そしてマサトのラビットファーを使った商談の流れを追うとこうなる。


【先程の商談を引き継ぎ、商談に入ります】と宣言。

 それが指す意味は、

【商人にとっての戦場は商談】

 ゆえに【価格では無い】【価値】の【一発勝負】

【争いの種になるなら処分してくれ】


 この条件が発生している。


 それを【理解】していないデリックが、全く確認もせずに、

相場の20倍の【価格】を真っ先に提示したのである。


 この時点で商談が不成立になっていた。


 マサトは、ベスが提示した説明をシャロン以下、

記録水晶(メモリークリスタル)を見る事になる者達に向けて、まとめて伝える。


 二戦目のデリックの敗北の理由を伝える為に……


 マサトはベスに

「ベスの事情が分かってないサンディを悪く思うのを止めてくれ」とは言ったが、

マサト自身は、サンディの行動を全面的に許している訳では無い。


 これはマサトのパーティと言う集団に関しての考え方の問題だ。


 ゆえにマサトは最初から、この三戦目を視野に入れて行動していた。


 彼らはもう、マサトが語る言葉に注視するあまり、

その他への注意が散漫(さんまん)になっている事に気づかなくなっていた。


 ◇◇◇◇◇


 マサトは静かに、ゆっくりと語りかける……


「ここで一つ、ハッキリと【理解】してもらいます。

これ以降、オレやハルナ、そしてベスが、

例え冒険者としての活動中であり、その死が魔物との戦闘であったとしても、

この記録水晶を見た者達からは、このラビットファー(がら)みで狙わて殺されたと

常に嫌疑(けんぎ)が掛けられます。

そうなったら皆さん、どうなるかお分かりですね?」


 皆が固唾(かたず)()んで耳を傾ける。


「デリック、サントス。オマエ達が、オレ達殺しの主犯だ!」


「「なっ!」」


 デリックとサントスの目が見開らかれる。


「商業ギルドが冒険者ギルドを()めて、害を成したと判断され粛清(しゅくせい)対象になる。

そこまでいかなくても、デリックとサントスを(こころよ)く思わない者達にとっては、

格好の攻撃材料になる。そうですよね。シャロンさん」


「なるほど、確かにそういう見方も出来ますね」


 デリックとサントスの顔が青くなる。


「オカシイ、オカシイデリック!」


「ちょ、ちょっと、何を言っているんですか?」


「おいおい、サントス。落ち着けよ。

オレ達に危害が(およ)ばなければ良いだけの話だ。

それにちゃんと商談を成立させてオマエ達が正式に手に入れてくれれば

お互いに言う事は無いだろ? オマエ達次第なんだぞ。がんばれ」


「なっ!」


 サントスはマサトが、なぜ敵対しているはずの商談相手を応援しているのかが

理解が出来ない。ゆえにサントスの中で、マサトの行動に対する警戒が強まり、

それは次第に畏怖(いふ)へと変貌(へんぼう)し、蓄積(ちくせき)されていった。


 マサトの言葉がゆっくりと続く。


「さて、これが三度目だぞ。すでに何度もチャンスは与えているんだ。

そのどれもオマエ達は(つか)めていない。

この最後の三枚目の存在すら気づけなかっただろ?

商人として致命的だと思うぞ。

これまでの経緯を見られたら、今後オマエ達はカモにされるだろうな。

なにせ、素人のオレ相手に何も出来ずに商談を失敗して

弱点を(さら)してしまったんだからな」


「じゃ、弱点デリック?」


「アレは致命的だったと思うぞ。

それに気づかないサントス、オマエも同じだ」


 マサトに指摘されサントスは背筋に冷たい汗が流れる。

目の前に座るデリックも激しく動揺し、脂汗(あぶらあせ)(にじ)ませていた。


「顔色が悪そうだな。大丈夫か?

じゃあ、話題を少し変えようか。

そう言えば、オレがベスを追って出て行った後、

ベスが【タダで差し上げたラビットファー】は、どうなったんだ?」


「それなら、ここにあるデリック」


 デリックが半分になったラビットファーを両手に持ち、取り出して見せた。


「なっ、デリック! アナタは商業ギルドのギルド長でありながら

商談に失敗したにも関わらず、なぜ商品を手にしているのですか!

あまつさえ、それをタダで受け取るとはどう言う事です!」


 シャロンがデリックのあまりの行動に抗議した。


「シャロンさん、アレはベスがデリックに対してやりすぎた事への謝罪の意味と、

あとオレとベスが今日登録した冒険者まな板セットと、コンニャクと言う商品の

契約の履行(りこう)反故(ほご)にされないようにと、ベスが気を使って渡した物だと、

オレは【理解】しています。そうですよね?」


「そ、そうデリック。

これは謝罪の意味を込めて渡された物で、

決してやましい手段を使って手に入れた物では無いデリック」


「ええ、そうですね。シャロンさん、気遣っていただきありがとうございます。

おかげで、契約の履行が反故にされない事を明確に

記録水晶に残す事が出来ました」


「そ、そんな事を商業ギルドはしませんよ。マサト、いい加減にして下さい」


 サントスはマサトのしたたかな用心深さに寒気を(もよお)した。

 デリックも同様に恐々とし、額から大量の汗を滲ませ、

両手がこぶしを作り、自然とその力は(こも)っていった。


 その様子を見てマサトは、笑みを浮かべ語りかける。


「ふっ、サントス、目が曇ってないか?」


「……お気遣い無く、話を続けて下さい」


 サントスはもう気が気では無かった。

 この時間が早く終わって欲しいと、ただただ願ってしまっていた。


「さて、そろそろ答えを聞かせてもらえますか?

今、目の前にあるのが最後の品です。

これは、ある一人の職人が、(つちか)ってきた技術の結晶です。

ギルド長は、どれくらいの【価値】を示しますか!」


 全く同じ三度目の質問。

これに答えられなければ価値の分からない愚か者だと自ら証明した事になる。


 デリックは答えられない。サントスも答えを持っていない。

 当たり前だ。彼らはただ欲しただけだ。決して同じ物を用意は出来ない。

 手に入らない物と知りつつも、しかしその類似品なら山のようにある。

 だから、その比較で物事を考えてしまっていた。元は同じ物なのだからと……


 そう安易に考えてしまった為、発想が()り固まってしまっていた。

 新たな価値観を見出せなくなっていたのだ。

 だから気づかない。その【真の価値】に……


 沈黙が続く。


 それが一つの答えである事に気づけないままに……

 だからマサトは【終わらせる事】にした。


「では、オレからの提案です」


 デリックとサントスがマサトの言葉に思わず身構えた。


「もしオレに、ベスがタダで差し上げた

【状態の良いラビットファー】を返してくれるのであれば、

この完全品のラビットファーと交換して差しあげましょう」


「「えっ?」」


 デリックとサントスは、マサトの言葉の意味が理解出来ず困惑する。


「オレとハルナにとっては、どちらも【同価値】です。

ただ、ベスが投げやりに手放してしまったと、後悔をして欲しくはない。

だから、半分になってしまった物だとしても返してあげたい。どうですか?」


 デリックとサントスはマサトの申し出の意味が理解出来ない。

 二つがどうして同価値になるのか……

 

 ただ、これで一連の商談が無事に終わるのであれば、早く終わって欲しい。

 その思いから条件を了承する事に決めた。


「分かったデリック。交換に応じるデリック」


「シャロンさん、交換をお願いします」


「わかりました」


 マサトはシャロンにラビットファーを手渡し、

デリックとの交換の立会いを頼む。

 重々しかった空気が去り、日常への帰還を夢想しサントスは弛緩(しかん)していた。

マサトの警告どおり、目が曇っている事に気づかずに……


「デリック、どう言うつもりですか?」


 シャロンの冷たい声に再び場が凍りつく。

 サントスは、顔を上げデリックを見ると、

その首下にシャロンの剣が突き付けられていた。


 デリックの手には、あの美しかった光沢が見る影も無くなり、

変色してしまったラビットファーが握られていた。


 それはデリックの手から流れ出した

大量の汗によってもたらされた変質であった。


「デリック、商談は不成立です。

その理由が何か【理解】出来ていますわよね。

この事は、冒険者ギルドから各方面に報告がされます」


 シャロンは、マサトにラビットファーを返却する。


「それでは、最初に提示した条件を履行します」


「さ、最初の条件とは、な、なんですか?」


 サントスが恐る恐る訊ねる。


「決まっているじゃないか。

【争いの種になるなら処分してくれ】って言われている。

ベスが履行出来なかった【前提条件】だ。

【商談を引き継ぐ】って、オレは最初に宣言している」


【ザバァーンッ!】


 マサトが、ラビットファーを持つ手を前に突き出すと、

そこにハルナが躊躇(ためら)いも無く流水をぶち込んだ。


「これで、この世に友人が残した品は全て処分出来ました。

これも、言いましたよね。

オレにとって友人のラビットファーは同価値だと。

【同じ処分の対象】なんですよ。

この記録水晶を見た人が、オレ達を逆恨みするかも見知れませんが、

良く見直して下さい。チャンスはいくらでも与えています。

そして手渡してあったラビットファーには、

早い段階で【取り扱い注意】と警告していました。

商人として致命的な管理ミスです。

そして、もう一度言っておきます。

オレ達が何かしらの理由で死んだ場合、

その主犯は、この結末をもたらしたデリックとサントスです。

オレ達冒険者に危害が加えられた場合、

それは冒険者ギルドを舐めた利敵行為に他なりません。

粛清(しゅくせい)対象となる事を、お忘れ無きよう、お願いします」


 デリックとサントスは自分達がマサトに、

完全にあしらわれていた事に気づいた。


 マサトをアイアンランクの冒険者と甘く見すぎていたのだと……

 二人はマサトを相手に全く交渉の舞台に上がれず、一方的に殴られ戦死した。


 サントスは、改めて思い返す。マサトとはそう言う戦士だったと。


 ハルナに心配性だと何度も言われていた。

 ぬかるみを作り、バインドを重ね、遠距離攻撃で一方的に敵を倒す。

 それらの戦闘指揮を()っていたのはマサトだ。


 マサト自身は、決して強くは無い。

 だからこそ、臆病(おくびょう)にも思える用心深さを以って敵に相対する。


 ベスは言っていた。商人にとっての戦場が商談なのだと。

 だがサントスの認識はそこに(いた)っていなかった。


 逆にマサトは戦場と見なした。

 だからマサトはいつもと同じように戦っていたのだ。


 サンディは知らない。誰も知らない。

 それはハルナが、自分の固有能力を恥ずかしがり、

マサトにお互いの能力の開示(かいじ)()せさせたからだ。


 マサトの固有能力は【常在戦場(じょうざいせんじょう)


 その言葉は、常に戦場に在る事を意識し、

あらゆる事態に対処出来る様にすると言う武士(ぶし)の心構えを表した教え。


 ゆえにマサトが戦場と認識した状況下に()いて、その神経は()()まされる。


 マサトは戦闘向きの固有能力だと評したが、それは認識不足である。

 なぜならば転移後、今が最もその固有能力が力を発揮していたからである。

 そして同時にマサトの紅玉が、また一回り大きく輝きを増し

成長していたのであった。


「最後に消失したラビットファーを入手する方法を教えてあげますよ」」


「「「「えっ?」」」」


 マサトの思わぬ言葉に皆が唖然(あぜん)とする。


「オレは友人の願いを叶える為に商談を引き継ぎました。

だから友人のラビットファーが全て無くなった今、

オレは、もうひとつの願いを叶える為の道を示そうと思います」


 マサトはデリックの手にわずかに残ったラビットファーの無事な部分を

端切(はぎ)れとして切り取り丁寧(ていねい)に集めた。

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