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017.商人と冒険者

「それではデリックさん、ここからはベスに代わってオレが、

【先程の商談を引き継ぎ、商談に入ります】

あとサントス、今回オマエはオレの敵と見なす。デリックに付いてろ!」


「えっ?」


 マサトの宣言にサントスが驚く。


「あ~、サンちゃん、やっちゃったね。こうなると、まーくん、容赦ないよぉ」


「一体、なんですか? 意味がわかりません!」


「オマエは冒険者じゃない。だから今回オマエは敵だ。あとは自分で考えろ」


「ふふふ、なるほど。だから冒険者ギルドからの立会人を呼ばれたのですね。

では、問題の品を見せてくれますか?」


 商談室の中には六人が居た。

 一つのテーブルを挟みマサトとデリックがソファーに腰を掛ける。

 マサトの両隣にはシャロンとハルナ。背後にはダーハが立っている。

 そして対面のデリックの右後方にはサントスが困惑しながら突っ立っていた。


「では、まずこちらを見てもらいます」


 マサトは肩掛けカバンからソレを取り出した。


「「「「なっ!」」」」


 マサトとハルナ以外が驚愕する。

 それは、先程ベスによって欠損(けっそん)させられたラビットファーの完全品であった。


「ど、どう言う事デリック!」


「アレはベスの亡くなった友人の形見で、たった一つの品だったはずです!」


 デリックとサントスがマサトに詰め寄る。


「ああ、ベスにゃん、そんな事を言ったんだぁ」


「なんでハルナは、そんなに落ち着いているんですか!」


「オマエ達は、話をちゃんと【理解】していない。だからベスを怒らせたんだ」


「そ、それでこれはいくらで売ってくれるデリック?

先程の倍、相場の20倍でどうデリック!」


「20倍ですって! と言う事は、

先程は10倍で交渉が決裂したと言うの?」


「はわわわ……」


 シャロンとダーハの目の前には、滑らかで美しい光沢を放つ

ラビットファーがある。

 それに誰がどのような価値を見出すか。そんな事は今はどうでも良かった。

 ただソレが現在、誰の手元にあるのかを示せれば良かった。


 マサトは静かに、ゆっくりと語り掛ける。


「先程、ベスが説明した事をおさらいしましょう。

ちゃんと【理解】して下さいね。

ベスは「一つ見てもらいたい物がある」とは言いましたが、

それは、現物が一つと言ったのではありません。

分かりますよね? 今、目の前にあるのですから」


 その場に居る全員が一言一句聞き逃さない様、マサトの発言に耳を傾けた。


「これは、【友人】が残した物です。

その友人は、この世界に存在していました。今は居ません。

まぁ、この事はハルナも知っています。

なので、先程まで居なかった方への補足として教えてあげます」


 ハルナに全員の視線が集まる。

 ハルナは、ニコリと笑みを浮かべるも、

マサトの何か含みを感じさせる説明に皆が少し困惑している。


「その友人が言うには、使っているなめし液の関係で、

水に濡れると変色や劣化が起きると言う事です。【取り扱い注意】です。

そして友人は、他の革細工職人の未熟さを憂いでいました。

最後に、この世に物を見る目が無く、

【争いの種になるなら処分してくれ】と言い残して去りました。

皆さん、ここまでは理解出来ましたか?」


 マサトは全ての説明を静かに、ゆっくりと。更にゆっくりと……

常に静かに何か含みを込めている感じで語りかける。

その声に皆は、ひとまず無言で(うなず)いた。


「では、前回ベスが言った事を復唱します。

ギルド長、【商人にとっての戦場は商談】

冒険者も商人も命のやり取りは【一発勝負】

求められているのは【価格では無い】

ギルド長は、どれくらいの【価値】を示しますか!」


 沈黙が落ちる。


「あっ、その前に」


 マサトの口調が本来の、いや、少しふざけるように明るく変わり、

デリックの返答を(さえぎ)る。


「ハルナ、やってくれ」


「まーくん、りょ~かい。『流水(ストリーム)』」


【ザバァーンッ!】


【【【【ギャァァァーーーーッ!】】】】


 ハルナの圧倒的な流水の水量で、皆の目の前にあったラビットファーが、

完全に水浸しになり、見る影もなくなった。


「もぉ~、だから、まーくんを怒らせちゃダメって、最初に注意したのにねぇ」


「はぁ……本当にコイツらは商人なのか? 話を全然聞かないしダメダメだな」


 マサトとハルナ以外が、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の叫びを上げる。


「アナタ達、自分が何をしたのか分かっているの!」


「シャロンさん、あなたが怒る事は無いでしょ? 

別に損する訳じゃないし、オレの持ち物だし……」


「コイツら、頭がオカシイ、オカシイデリック!」


「はわわわ……」


「マサト、こんなの商談でもなんでも無いでしょう!」


「まーくん、この人達、自分が何をしたのか理解出来てないよぉ」


「オレとベスで二度説明したぞ。シャロンさん、結果が全てだ。

コイツらは、ベスが先の商談で決めた条件を満たせなかった。

商業ギルド長デリックは戦場で死んだ。オレが与えた二度目の戦場でだ。

今見たこの事実を包み隠さず冒険者ギルドから発表してくれ。

見る人が見たら全て分かる。商人のデリックとサントスは死んだ」


「ちょっと待って下さい。サントスも死ぬんですか?」


「当たり前だ。現に商談がなぜ失敗したのか理解していない。

オマエ達は、商談と言う戦場を()めすぎた。

オレは、前回の全ての条件を引き継ぎ、それをわざわざ再確認させた。

商人として、これ以上の致命傷があるか」


「そうだねぇ、まーくん、優しいから

最初に自分で考えろって、手を差し伸べて上げてたのにねぇ」


「えっ?」


「オレはオマエは敵だとも宣言した。

オマエは傍観者じゃ無い。当事者だ。だから戦場で死んだ。それだけだ」


 マサトの冷たい視線がサントスを射る。


 サントスはすでに何が何やら分からなくなっていた。

 自分は、なぜマサトの敵になっているのか。

 マサトとデリックの商談だったはずが、

いつの間にかマサトの刃はサントスにも向けられていた。


 そして何よりもマサトから向けられた冷酷な視線に身震いした。


 すでに勝負は決していた。

 いや、交渉すべき品は失われ、結果的に勝敗など成立しない。

 これはマサトの子供じみた嫌がらせなのだ。

 シャロンは一連のやり取りを見てそう思った。


(高額な品を惜し気もなく使い捨ててまでやるとは、とんだ駄々っ子ね)


 シャロンはもう必要ないと記録水晶(メモリークリスタル)に手を伸ばす。

しかし、その手はマサトに(つか)まれ制止された。

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